第八十話 獣世界 終
「朝か,,,」悪夢にうなされながら目を覚ました俺は全身がネバっとした汗で濡れていた。気が付いた俺は魔法空間から予備の服を取り出し、体を拭いてから着た。こういう時に浄化魔法があれば楽ができるんだけどな。
「睡眠薬も駄目、ね」前まではこれ一粒で安眠だったんだが、もう効き目がないようだ。他の方法を探すしかない。睡眠魔法、は無いが催眠魔法で再現することは出来るだろう。ブランさんにやってもらおう。
「まぁ、体の疲れはないようなものだしいいか」脳に疲労が溜まっているだけで体が疲れているわけじゃない。筋肉痛も無いし、関節の変な痛みもない。幼少期から積み上げてきた鍛錬が輝いている。これだけは過去の俺を褒めてやりたい。
「行きますか。八咫烏」手を伸ばし神を召喚する。この行為も慣れたもので息をするように自然とできる。
「相分かった」火の粉を巻き上げながら黒い鳥が目的地に向かって羽ばたく。俺はそれをできるだけ速いペースで追いかける。向こうは俺の速さに会わせて飛んでくれる。
なんでも人界、獣世界は神界の空気よりも軽く、歩いているけど常に走っている状態らしい。だから普段の倍以上行動できるらしい。正直チートだろ。神様だから仕方ないけど。
「なぁ、烏。ナギサたちはどこで信仰できるんだ?」神様繋がりで疑問だったことを聞く。神様は偶像や神殿、祠で祈りを捧げることによって信仰できる。やり方とかは人によって違うが、神に頼み事をするというのは変わらない。
「大和国に行けば信仰できるぞ。面倒だったら虚空にでも祈れ。京の神は何処にでもいるからな」少しだけ烏の口角が上がったような気がした。
「そうですか。素敵ですね」言われた様に虚空に祈りを捧げる。今までの旅の事を談笑をするように思い浮かべる。それが終わったらこれからの旅を見守ってほしいというありきたりなもの。
時間にして数十分くらい。木から落ちたり、物にぶつかったりしなかったのは烏が誘導してくれたからだ。本当にどこまでも気が利く奴だ。
「別のところの神を信仰するのは禁止じゃないのか?」
「見たことも無い神を信じるなんてことできませんよ」グロリア王国では戦神のアレスや、友好関係にある神を信仰しなければならない。それ以外を邪教と蔑んでいる。誰をどう信じるかなんて人それぞれだよな。押し付けるって言うのはお門違いだよな?
「それもそうだな」少しだけ速度が上がった烏の後をスキルを使いながら追いかけていく。身体強化のパッシブに平衡感覚上昇と肉体強化、体力持続のスキルを発動させることで時速六十キロほどを出すことが出来る。リミッターの掛かっていた状態だったらここまでの速さは出せない。
無心になって烏の後を追い続けること数時間。太陽が沈んでいく頃に目的地である大樹に辿り着いた。想定よりも早く着いたことは嬉しい誤算だ。
「必要になったら呼べ」漆黒に身を包みながら烏は消えた。ここまでの道案内の礼を言いたかったんだが言いそびれてしまった。また今度会うときに言えば良いか。
「メイさんとテトリアさんは何処に居るのでしょうか」神殿の穴はまだ塞がっていない。中に居るのだろう。メイさんは家に戻っているか、防人の仕事をしているかの二択だろう。いや、休日かもしれない。
「どこに言っていたんだい?アクセル君?」後ろから声が聞こえた。振り返るとそこにはテトリアさんが立っていた。
「別の世界って言っても信じられないですよね?」頭を掻きながら良い言い訳を探す。
「信じるよ。君の手から落ちる灰はダスト軸の物だろう?」指摘されて気が付く。手のひらから軽いものが空を舞いながら地面に落ちているということを。
「彼,,,いや、あそこの軸の灰はいつ見ても生気が感じられないね」
「何か知っているんですか?」
「長くなるけどいい?今日は寝れないよ?」
「構いません」そう言うと彼女は神殿に入っていった。それを追う形で俺も中に入る。完全に内側に入ると大樹の穴が塞がり密室になった。
「適当に座ってくれ」長方形のテーブルを囲うように配置された椅子が魔法により一斉に後ろに引かれた。
「失礼します」彼女に言われたとおりに一番手ごろな椅子に座る。装飾も無く、腰や肩を休める柔らかいものが無い無骨な椅子。これがしっくりくる。
「それじゃ話を始めようか」テーブルの上に置かれた燭台の上の蝋に火を灯した。
「端的に言うと僕は霊神で抵抗者。目的は上下関係を破壊すること。具体的にはワールド・ブレイクを発動させて奴隷の概念を消す。代償はこの世界に喰わせる」
「霊神で抵抗者ですか?」ダストが教えてくれたのは八強や、神、抵抗者はどの時空に行っても一人しか存在しない。ダスト軸の俺やこの軸の俺みたいに複数が存在するわけではなく、この世界に一人しかいないということ。
そして気になる点が一つ。霊神はダスト軸にも存在している。これはアイツの口からきいたから間違いないだろう。あんな状況で嘘を吐くなんて思えないし、ましてや相手は俺だからな。メリットが無さすぎる。
「あぁ、少し違うのは君たちと同じ様に複数存在しているけどね」彼女はそう言うと空間に亀裂を入れ、中に手を入れた。
「僕の能力の都合上そうなってしまうんだ。これは前の入れ物」取り出したのは腐敗が始まっている人間だった。違うのは耳が四つ生えていること。
「見た目は違うけど僕には変わらない。霊魂と意識を使う能力でしかできない荒業だけど」地面に落ちた人間の死体が燃え上がり、あっという間に灰と化した。
「もう少し説明をしておくと、僕の能力は輪廻転生。大きな魂を中心にどの意識を運べるか選べる。選ばれなかったのは他の軸に飛ばされて同じように生きる。だから僕が複数存在している」彼女は俺が疑問に思っていたことを教えてくれた。
「一番意識の強い貴方が、抵抗者として活躍しているわけですね」
「そう言うこと~。物分かりが良いね」猫耳をピコピコさせながらテトリアさんは笑った。
「代償を世界に喰わせるというのも散らばった意識や魂を捧げるわけなんですね」魂と意識を操る能力でワールド・ブレイクと発動条件である命を捨てることを騙す。良く出来ている。違ったら恥ずかしいが。
「正解。話が長くなるかと思ったけど、アクセル君は聡明だからすぐに終わりそうだ」どうやら考えは当たっていたみたいだ。
「では、質問。軸が多くなればなるだけ統率が取れなくなるのに僕が統一しない理由は何だ?」
「何かあった時に備えるため、ですか?」頭を使って導き出した答えを口にする。すこしありきたりなものだが、これが正解だろう。管理者に殺されても別の意識か魂に乗り移れば解決できる。それに自分と言う一番の理解者が常にいるのは心の安息を保つのには必須だろう。
「半分正解。何かあった時のためにもストックしているけど、本当の使い方は自爆だよ」テトリアさんは少しだけ悲しそうな顔をした。
「自爆、ですか,,,?」飲み込めない現実を口から吐き出す。
「魂と意識を犠牲にした攻撃が一番管理者にダメージが与えられる」自慢げに胸を張る彼女は、過去に試したことがあるような雰囲気を持っていた。
「本当なら最後まで見たいんだけど、運命に縛られないと生きていられないから」どこまでも寂しそうな表情を顔に張り付ける彼女を見ていると涙が出そうになる。何もできない自分にも腹が立つ。でも今の俺なら___
「なら壊しましょう。運命も、世界も」冷たい手を取り、目を真っ直ぐに見つめる。ブレイクに、自由に感化されたあの時と同じ感情を霊神に、女性にぶつける。
「認められなくても、拒絶されても僕は味方です」手が少しだけ濡れる。
「罵声を浴びるなら僕が受けます。悲しかったら話を聞きます。楽しかったら一緒に笑いましょう」手が暖かくなる。
「話を承諾した時から僕は思ってましたよ。もう仲間だって。テトリアさんはどう思ってますか?」手が熱いと思える程熱を持ち、バケツから水が零れ落ちたんじゃないかってくらいに濡れている。
「君は、本当に賢いよ。皆が君みたいに世界はもっときれいだったんだろうね」宝石の様に輝く瞳を震わせながら霊神が呟いた。
「今まで自分の事を礎だと思っていたけど、アクセルのおかげで考えが変わったよ」
「僕も此処に来なければ囚われていましたよ」互いに笑いながら感謝を口にしていく。まだ心の内は知れていないが、ブレイクとブランさん、レーネとフィーレと同じようにかかわって生きていけるかもしれない。それだけで胸が躍る。
「話は終わったか?」ひとしきり笑い終わり、呼吸を整えていると、頭上から大剣が落ちてきた。
「うわっ!!」悠遠眼を発動させていたおかげで間一髪のところで避けることができた。が、髪の毛が大きく斬り落とされた。それにテーブルも真っ二つに砕け散り、火が樹に燃え移り始めている。
「久しぶりだね処刑人。アクセル君が力を付けたから摘みに来たのかい?」こんな状況に慣れているのかテトリアさんは冷静に戦闘態勢に入っていた。
「,,,」処刑人と呼ばれた黒い鎧を身に纏った騎士は沈黙した。誰も寄せ付けないような佇まい。隙間から見える黒く変色した皮膚は人ならざる者であるということを教えてくれる。」
「相変わらず口数が少ないね」
「あの人は誰ですか?」短剣を両手に持ちながらテトリアさんの横に立つ。正体の分からない敵と戦うときはなるべく情報があった方がいい。
「アイツは管理者の操り人形の処刑人だよ。力が付いた軸を取り込んで成長する厄介な存在だよ」極級魔法を展開しながら不敵に笑った。
「世界を壊すためにはあいつに勝たないといけない。でも抵抗者じゃないと勝てない。君は見てるだけでいいよ」鎧を大きく揺らすと魔法が発動した。
灼熱の炎に凍てつく波動。周りを飲み込む水の渦に鋭い岩をまき散らしながら回転する竜巻。それが処刑人の体一つに集約する。
「,,,」融解した金属に入り込む冷気と岩石。動きを封じるために考えられた圧倒的な魔法制御。暴力は目の前にあるのに俺に被害は来ない。
これが___抵抗者!!
「前よりもしぶとくなってる,,,管理者も本腰を上げたのかな?まぁいいや。ここで散ってもらうよ」立つことしかできない処刑人を見てテトリアさんは魔法の詠唱を始めた。しかし魔法の詠唱と言うには余りにも粗末で短いものだった。だが、今まで見てきた中で最も美しかった。
「乱れ、咲いて、笑って、砕けろ。リア・プレゼンス」詠唱が終わると同時に持っていた本が豪快な音を立てながら勝手にページをめくり始め、四方に紫と翡翠の光が飛び出した。そしてそれらを手繰るように指を回し一点に集めた。
「さようなら」直後、目を開けていられない程の閃光と、音が聞こえなくなるほどの爆音が俺の事を襲った。刺激が無くなり、状況を把握するために視界を得るために瞼を持ち上げた。
騎士が立っていた場所には何もなく,,,いや、それどころか壊れたはずの椅子も、テーブルも元に戻っている。辺りに移った火も蝋の上で優しく燃えている。
「驚いたかい?これが抵抗者の力だよ」何もなかったかのように椅子に座りながら笑うテトリアさんを見て戦慄する。一人の人間が持っていい力じゃない。そしてこれよりも上の八強がいるということも。
気が付かないうちに俺は取り返しのつかないところまで来たのかもしれない。だが、一度吐いた言葉を飲み込むのは男として恥じるべき行為。威勢よく啖呵を切ったからには最後まで戦おう。
「これを超えるための力がこの軸だ。さぁ、一年に渡る計画の話を始めようか」




