七十九話 獣世界6
「世界樹で散ったあの二人は抵抗者だ」短いながらも俺の心を確実に抉る言葉を、突き刺してきた。そして次々と準備ができていない俺に向かって言葉を放つ。
「エルフ語を封印したのは人間ではなく、管理者だ。戦争自体はエルフと人間がしたことだが、元凶は全て管理者にある。寝ていた龍が目覚めたことも、火山が活動を止め、世界樹が本来の機能を失ったことも。歴史を書き換え自分たちの都合のいいようにしている」烏は淡々と、今までに起きたことを当たり前の様に言う。俺が受け止められないとしても。
「彼女たちは世界を取り戻すための一撃、管理者から見た破壊行動、ワールド・ブレイクを発動させた。禁断の魔法。代償は使用者の命。蘇らせることは出来ない。目の前で爆発したのはそう言うことだ。機械のせいもあるが、それを埋め込んだのは同じ抵抗者のドワーフだ」何故二人を蘇らせることができなかったのか。それは俺の運命、能力、そしてこの代償のせいだ。
これで意識と魂が存在していてもこの世に同じ姿で戻ってくることはない。出来たとしても彼女たちだったもの___つまりは肉片と骨が周囲に散らばって終わる。
円環の理に入り、悠久の時を経てようやくこの世界に帰ってくることができる。そのくらい管理者の逆鱗に触れることは禁じられている。
「これを信じるかどうかはお前次第だ」返事を聞く前に陽炎の様に揺らめき、烏は闇の中に溶けて消えた。恐らくは神界に戻ったのだろう。
「信じるもしないも、神様の口から出たものですよね」烏の内容を頭の中で要約して答えを模索する。
一つ目はレーネとフィーレが抵抗者だったこと。二つ目は彼女たちは世界を取り戻すために魔法を使ったこと。三つ目は代償としてこの世界に生まれるには時間が掛かること。四つ目は歴史が改変されているということ。
正直三つ目は受け入れることができる。神界で味わった無力感がそのまま現実になったから。受け止めきれないのは一つ目と二つ目、そして四つ目だ。
命を犠牲にしてまで発動させる魔法だったのか。旅の道中で見せた非力さは演技だったのか。いや、魔法だけ見れば極級くらいのものを扱っていた。でもそれ以外は人並みかそれ以下。
野営地の設営や、食料の確保、夜通しの警戒は俺がしていた。ま、俺が進んでやっていたから文句も悔いも無い。話が逸れそうだから戻すか。
ダストの発言の通りであれば俺に話をすれば別の決定打があったかもしれない。それをしなかったということは何か理由がある。例えば管理者の目が厳しくて,,,これだ、彼女たちは最後まで牙を隠していた。味方を欺くという形になっても。
思えば本気で俺の事を殺しに来なかった。その気になれば世界樹の根を覆いつくすくらいの魔法を唱えることができたはず。でも時間稼ぎのような攻撃をしてきた。俺が死にかけたときは手を緩め回復をするのを待っていた。
牙を研いで敵にだけに突き立てる。油断してできたがら空きの首元を狙う雄姿。奴隷になっても迫害されても、体を改造されても変わらない意志の強さ。俺には無かった覚悟の現れ。
理解していても、理解したくない。大切な時間も嘘のように思えてしまうから。いや、それを決めるのは俺だ。本当かどうかは死んだら分かる。いや、ダストの言う通りの理想郷が作られるのならそこで逢える。
苦痛に耐えるのも、自分を騙すのにも慣れた。時間が掛かるだけ。それだけだ。彼女達が味わった苦痛よりもましだ。終わりが見えているから。
「それよりも歴史の改変について考えますか」迷走しかけている思考を元に戻す。二人を思い出すことはいつでもできる。今はやるべきことをこなさないといけない。
「烏の言っていることが本当ならダストの話と合う。でもダストが嘘を吐いている可能性もある」ダストから聞いたのは世界の構造とどのように機能しているのか。後は並行世界の存在とこれからの出来事、これまでの出来事だ。
キーになるのは世界樹戦争の部分だろう。ダストは初めから荒灰した世界にいたのに世界樹戦争の事を知っていた。つまり誰かから聞いたことになる。だが、アイツは他の軸は会話にならないと言っていた。
だから他の奴に聞いたというのは無い。でも謁見することは出来る。世界図書館だ。ここはあらゆる軸の事象を纏めているらしい。
「自分を疑い過ぎるのもよくないですね」ダストは俺の代わりに荒灰した世界で生きている。そんな軸を疑ってかかるなんて惨いこと出来ない。いや、俺はどんな軸でもそんな風に扱わない。こうやって生きているうちは支え合っているから。
「この世界は知らないことで溢れているな」青く光る月を見上げながら呟く。世界を知りたいと思って飛び出したはいいが、実際は何もわかっていない。その気になっているだけ。
本当のところは一パーセントも理解していない。だからそっちの世界の調べるだけで回答が出る世界が羨ましい。でも同じくらい可哀想になる。ずっと人生と言う大舞台のネタバラシをされているから。
何十億とある幸せの尺度。スラム街から帝国の王族。どれがいいのか分からない。結局は無いものねだりをする。なら今あるもので戦うしかない。そして掴み取る。彼女達と同じように。
「そのためにも今日を生き抜きますか」結論が出ないまま俺は晩飯の続きを始める。一つだけ言えるのは今の俺では答えが出せないということだ。他の軸に干渉できるようになってようやく土俵に立てる。
「木の実ばかりじゃ飽きる」口の中に放り込んだ数は百を超える。腹は満たされないし、顎周りの筋肉が痛い。小さいものだとここまで疲れるんだな。
「獣世界の住民は何を食って生きてるんだろうな」ここは獣人が仲良く暮らしているから共食いはありえない。かといって野生動物を食らうのだろうか。似たような種族だったら躊躇するだろう。やはり木の実などの植物中心の生活か。
「それとも魚か?」大樹の下には水が流れている。もしかしたら遥か下の川に釣り糸を垂らして釣り上げているのかもしれない。これだったら栄養のバランスもとれるだろうし合理的だ。ま、魚ベースの種族。人魚とかいたら問題だろうけど。
「なんにせよ早く合流しないとな」世界を知るためにはテトリアさんに話の続きをしてもらわないといけない。世界を取り戻すと言っていたんだ。ワールド・ブレイクかその類の魔法を発動させる予定なのだろう。
代償を被るのは俺以外の誰か。テトリアさんか、メイさんか。それとも他の誰かに背負わせるのか。誰かが犠牲になるんだったら話は断るか。誰かを失うというのは本当に辛いことだから。
心にぽっかりと大きな穴が空いて、それは時間じゃ埋まらなくて、満たされるものでもない。受け入れて初めて再生を開始する。でも一度の人生で完全に塞がるわけじゃない。ずっと後悔するかもしれないし、二日経てば元通りになるのかもしれない。
「今日はもう寝るか」止まらくなった思考を止めるためにも就寝の準備を始める。最近は眠りが浅くて疲れが取れない。スタミナポーションで誤魔化してはいるがいずれツケを払わないといけなくなる。それは少し避けたい。
「良く寝れますように」口の中に薬を放り込んで眠りにつく。これを飲めばすぐに眠たくなり、睡魔の波が押し寄せてくる。頼りたくはないんだが、状況が状況だ。仕方が無い。中毒の作用が出たら少しづつ減らして断薬をしよう。
睡眠薬を飲んで寝たこの日、俺は少しだけ悪夢を見た。忘れたくても忘れられない、厭な夢。恩人が目の前で死ぬという、後味の悪い夢を。




