第七十八話 獣世界5
「戻ってきたな」目を開けるとダストが焚火の隣に座っていた。どうやらあのまま俺は寝てしまったようだ。決意をしたって言うのに幸先が悪いな。
「束縛から解放された気分はどうだ?」コップに並々と注がれた俺の好物を渡される。どうやら軸が違っていても嗜好は同じらしい。
「すっきりしました」ゴクゴクと音を立てながら一気に流し込んでいく。爽快感を味わうにはこれが一番だ。喉を程よく刺激し、鼻孔を通るミントの香り。少しだけ甘く、後味がしつこくないこれはどんな料理にも合う。
「敬語かよ。俺とキャラの違いを作るためか?」ダストが口角を少しだけ上げて笑う。
「こっちの方がしっくりくるので」
「なんだそれ,,,って言いたいがその気持ち分かるな。俺にはもうそんな相手はいないんだけどな」少しだけ憂いを見せたダストは、俺と同じように一気に飲み物を飲み干した。
「どういうことですか?」
「俺のいる軸の人間は殆ど灰になって死んでんだ。こうやって話せるのが馬鹿みたいに嬉しい」憂いの原因になっていることを吐き出してくれた。そしてやっと点が繋がった。今までの言葉。なんで俺を必要としているのか。
「やっと気が付いたか。お前の生き方で俺の在り方が変わんだ」胸をあの時と同じように押される。違うのは焼ける様な熱い感情があるということ。
「それで、力も覚悟も前と違うお前に聞こうか。何が知りたい?」
「この世界について教えてください」俺が最も気になっているこの世界の構造。存在するかもわからない軸に、聞くことができなかった軸の続き。それさえ理解出来れば何か掴めるはずなんだ。
「良いぜ。少し長くなるぞ?」前置きをしたダストの口から語られたのはこの世界の構造、そしてどれほどの軸が存在するのか。俺達の上、神よりも位の高い存在がいるということ。そいつらに有効な攻撃ができるのがこの軸で生きている人間達であるということ。
自由と束縛の均衡が崩れ魂も意識も不明瞭になり、蘇生、転生が難しくなっていること。誰も死ななくてもいい、世界線を模索していることが語られた。
感情を出しながら喋られたせいで数日間同じところに拘束された。これ自体は別に問題じゃないからいいか。
「俺がお前に話したかったことはすべて話した。俺の軸の役目も終わりだな」話に一段落がついたところで、ダストは過去を少しだけ思い出す様に遠くを見つめた。
「軸ごとにも役割が?」ここまでの話を聞くと生き方、世界によって名前が分けられている。ダストと言うことは灰や塵に関係したことなのだろうが、見当が全くつかない。
「そうだな。でもこれ以上話したら管理者に目を付けられる」忌々しそうに空を見上げる彼の姿はどこまでもそれを憎んでいるように見えた。
「お前も気を付けろ。特に調停者、アイツはカスだ。抵抗者は頼れよ?有数の力自慢だからな」時空に裂け目を入れながら彼は重要なことをもう一度言ってくれた。
「分かりました」軽く礼をして見送る。ここまでこれたのは彼のおかげだ。どれだけ感謝してもしきれない。餓狼を扱えるようになったのも、束縛から解放されたのもな。
「じゃあな。今度は助けに来いよ?」返事を聞く前に彼は元の軸に帰っていった。一方的な約束。でも必ず守らなくてはいけないと思ってしまう。
「知らないところで世界が動き出しているますね」神のさらに上の存在調停者にそれに反旗を翻す抵抗者。逆に傍観、管理者側にいるのが信仰者。選択権は無数にあるだろうが、結末がある以上は決めなくてはいけない。
「それよりもメイさんのところに行かないといけませんね」朝焼けで真っ赤に染まる空を見上げながら大樹の上を歩く。何日も無言で家を空けてしまったんだ。心配させているだろう。それにテトリアさんも不審に思っているだろう。
素性が不明である人間の行方が突然分からなくなってしまったのだから。解消するためにはなるべく早く姿を見せないといけない。
そんなことを思いながら軽々と木の上を駆けていく。急いでいたつもりだったんだが、どうにもダストと話していた場所はメイさんの家がある場所からかなり離れていて、一日では辿り着けそうにない。と言うか迷子だからあっているのかどうかも怪しい。
「八咫烏出て来いよ」こんな時に最短距離で道を示してくれるアイツがいたら頼もしいんだが、最近はどうにも顔を見せてくれない。神も忙しいのだろうか。なんて考えていると俺の陰が少しだけ揺れた。そして鳥が一羽空に向かって羽ばたいた。
「呼んだか?」黒い羽根に三本の足。神々しい雰囲気に太陽を背負っているかのように眩しく見える烏。八咫烏だ。
「いつも呼んでるよ」
「そうか。悪いことをしたな。言い訳だけでもさせてくれないか?」
「断る」申し訳なさそうにしていない顔を見てすぐに拒否する。反省の色が見えない人間の言葉は聞きたくない。ってこいつは鳥さんです。
「冗談です。言い訳でもなんでも聞きますよ」
「少し雰囲気が違うな,,,まあいいか。来れなかった理由は神界にまで天使が攻め込んで来ていたんだ。今はもう追い返したから大丈夫だとは思うが、少し気掛かりだ」羽を落としながら烏は今ま何故出てこれなかったのかを教えてくれた。
神界にまで被害が及んでいる可能性があるのか。管理者の下僕が天使と言うことはダストから聞いている。恐らくは裏には管理者がいる。他人事じゃなくなってきたな。
「ナギサたちは大丈夫なんですか?」神の中でも親しくしてくれた者を心配するのは当たり前だろう。
「アイツらは神界の京の中でも指折りの実力者だ。案ずることはない」
「それよりも、獣世界の長老が待っているのだろう?」烏はそう言って真っすぐに前に向かって飛び始めた。どんな道でも最短で往来できる最強の案内人。共に死線を潜り抜けた相棒。
「行きましょうか」見失わない様に小走りで後を追う。まぁ、赤く光りながら飛翔しているから見失うなんてことはないだろう。
背中を追い続けること十時間。切り傷みたいな雲の隙間から顔を覗かせる太陽は夕刻であることを教えてくれる。烏が言うにはあと二日はかかるとのことだ。今日は適当なところでキャンプをする必要がある。
「警戒し過ぎなのでは?」ダストは他人に見られたくないから遠くに設定したのだろうが、あまりにも遠すぎる。十時間走ってあと二日ってどういうことだよ。三百キロは余裕で越える。
「まぁ、恩人に愚痴を言うのは違うか」魔法空間から必要最低限の物を取り出しながら寝る準備をする。飯はそこらに実っている果実。毒かどうかわからないが、刺激があれば嚥下をするのを止めればいい。迷ったら食ってみろってどっかの誰かが言っていたからな。
「ダストに会ったのか?」ちょうど良さそうな止まり木で羽を整えていた八咫烏が聞いてきた。神様はどこまで人間の事を見ているのか気になってきた。想像できる範囲の事は手に取るように分かるだろう。
「ん?えぇ、この世界について教えて貰いましたよ」枝から美味しそうな赤い果実をもぎ取りながら返答する。腹が減っているから考えるのは後。
「抵抗者の話は聞いているのか?」
「一応聞いています。でも接触した覚えがないから何とも言えないですね」痺れが無いことを確認しながら果実を飲み込んでいく。薄味だが、大きいからすぐに満腹になる。贅沢は言っていられないしな。
「ふむ,,,この話をするのはまだ早いか」少しだけ考えるように首を傾げた烏は、喉元まで上がってきた言葉を出ないように止めた。
「どんな話なんですか?」
「怒りに飲まれないと約束するか?」神妙な顔をしながら烏は聞いてきた。怒りに身を任せる俺はもういない。どんな内容の話だって聞くことができる。
「勿論です」返答を聞いた烏は焚火に照らされながら烏は口を開いた。




