第六十七話 不法侵入
「ここがグロリア王国ね」目の前には堅牢な巨壁があり、通行するために使われるであろう巨大な鉄の門が口を開けている。その真下にはたくさんの人が往来していて遠目からでも活気があるのが伝わる。
「初めてだから通行証を貰わないと」初めていく国には通行証が必要になる。免責事項や注意事項、禁止事項等が書かれた書類にサインをするというモノだ。
こんな単純なものでいいのかと感じるかもしれないが、その紙には制約魔法が掛けられていて、破れば指名手配される。これで私たちが何で指名手配されていたのか分かったわね。ブレイクはこの国に捕まったから消えたし、私は死んだから消えた。
「はいー次の方ー」気怠そうな声を聞きながら前に進んでいく。この調子だと日が暮れそう。新参者や素性が分からない人間は時間が掛かるのは当然の事か。
「はい次の方。身分を証明できるものは有りますか?無ければ料金を頂きます」身分を証明できなければお金を払い国に身分を保証してもらえる。莫大なお金がかかるわけでもないし、良心的だ。
「これでいいですか?」冒険者のカードを見せる。私の冒険者ランクはBでそこそこ高い。ここから更に上げることもできるけど、ブレイクと同じ道を歩んでいきたい。
「はい、大丈夫です。ようこそグロリア王国へ」礼をされ、中に通される。荘厳な門を潜り抜けると賑わっている城下町が目に入ってきた。そして何よりも目を引くのが再建された城だ。金の装飾が施された赤の城は不死鳥を連想させてくれる。
「よってらっしゃい,,,」「朝一番の,,,」通りに足を進めるとどこも町にでもある市場が展開されていて、店員さんが客引きをしている。頭がおかしくなるくらいのうるさい雑踏に少年少女の大きな声。これにしか得られない栄養がある。
「そんなことより、ブレイクに会わないと」こんな風に感傷に浸っているのも良いが、まずは目的を達成してからだ。ブレイクと会って魔法の研究をする。あいつも最近魔法の研究を始めたらしいから丁度いいだろう。
踊るように人ごみの中を歩き城を目指す。あいつは確か秘書かそれに近しい地位にいるらしいから城に行くのが一番だろう。城に入るためには許可証が必要だけど、私には秘策がある。そう、不法侵入だ。
「久しぶりだけど上手く出来るかしら」路地裏に入り、魔法を展開していく。今からやるのは短距離転移魔法だ。この魔法のいいところは精度が高く、また転移先も見ることができる。だからブレイクの真ん前に出ることができる。
「よし、魔方陣はこんなものね」宙に浮かぶ緑色の魔方陣を見る。
「次は魔力の操作と転移先の指定ね」真ん中に余白を作り、転移する場所を定める。心配なのは魔法を跳ね返す魔法が張られていたり、純粋に魔法が到達できない仕様になっているということくらいだ。
「ブレイク発見」彼氏の仕事している姿を見て笑顔がこぼれる。前までは背中ばかりを見ていて顔が見れなかったけど、今は真正面から見れる。自分の成長が嬉しいのと当時に、昔みたいに軌跡が負えなくなるのが悲しい気がする。
「座標はここで,,,転移も,,,できる」魔力の流れに対して妨害が無い。と言うことは転移魔法が使えるということだ。
「それじゃ転移開始」魔方陣に魔力を流し込む。すると全身が緑色の光に包まれていく。数分もすれば指定した場所に飛ぶことができるだろう。
「うわわわ!!」視界が暗くなり明るくなると、空中にいた。そして次の瞬間にはブレイクが下敷きになっていた。幸いなのは彼がうつ伏せで倒れていたことだ。
「ぶ、ブランか?なんでこんなとこにいるんだ?」ブレイクは突然のことでもパニックにならず冷静を保っていた。
「マギア王国でしようと思っていたことができなくなったのよ」体の上から降りて立ち上がる。パンツ、見えていないわよね。
「ま、お前の魔法は規格外だからな。ここで禁断の魔法でも研究するか?」悪い笑みを浮かべながら本を開く様は悪魔そのもの。
「そもそも禁断の魔法自体研究自体がアウトでしょ?」禁断の魔法は経緯がどうであれ世界から忌み嫌われる魔法。それを研究したり知ろうとすること自体大陸法で禁じられている。
「俺だけ例外なんだ。魔王と接触した唯一の人間だからな」
「魔王と接触?あんた本当に人間?」幼馴染があり得ない位に成長しているんだけど。前見たときは神格に震えながら立ち向かう姿だったんだけど。数日でここまで変わるの?
「お前、俺みたいな心の描写すんなよ」
「うるさい!」拳を顔に向かって振りかざす。なんでこいつと一緒にされなくちゃ、されなくちゃ,,,
「照れているブランも可愛いな」蒼い髪を揺らしながら笑う彼は本当に憎めない。
「馬鹿」
「馬鹿で結構。俺はやりたいことが沢山あるからな」前に向かってひたすら歩く姿は掴めない太陽。諦めることを知らない。道を変えるだけで絶対に同じ場所に辿り着く。昔からそんな人間だ。
「またやりたいことが増えたの?」
「あぁ。折角だから別れところから話すよ」そうして私たちは何時間も笑いながら過ごした。ここが彼の仕事場なのか、それとも自室なのか分からないが、誰も入ってくることは無かった。もしかしたら気が付いていたけど、気を遣って入ってこなかったのかもしれない。
話の内容はブレイクが王国仕えてからどんな人間とどんなふうに生きてきたのか。罪の意識に苛まれながら王国の復興に尽力したこと。そして自分自身と戦い私の事を思い出したこと。そして交差点に付く間に出会った二人の仲間の事。
情報を仕入れる人間がブレイクのところに来て意気投合。少女と死線を潜り抜け絆が生まれた事。そして奇しくも全員の目的が同じだった事。世界樹に行く過程でまた死闘を繰り広げた事。龍籠に乗った時にアクセルに植え付けられたトラウマを思い出した話は腹がちぎれるかと思った。
でも一番驚いたことは約束の時間が来ているということだった。あの交差点ではこの話をされなかったから腰を抜かすくらいに。
「さてと、俺はお前の事を王に伝えてくる」ひとしきり話をした後、ブレイクが椅子から立ち上がり、扉に手を掛けた。
「このままじゃお前は城に攻め込んできた輩だからな」そう言われて思い出した。ここに来るためには許可証が必要だということを。そして私はそれを持ち合わせていないということを。
「お願いするわね」手を合わせながらお願いする。まぁ、私はこの展開が読めていたからやったんだけどね。本当だからね。
「その必要は無い」ブレイクの進行方向とは真逆の方向に扉が開いた。扉の先には赤い髪の高身長の男性。金のメッシュに目がいきそうになるが、内包する魔力の質が違う。この人は純血魔法を扱える人物だ。
「プロティスかよ。俺達の話を聞いてたな?」
「途中からな。ブラン、と言ったか?俺はこいつの上司、いわゆる王だ。まぁ、俺にこの地位は勿体ないから気軽に話しかけてくれ」ブレイクの頭をわしわしと撫でながら彼は自分の身分を明かした。
「王、様?本当に?」あまりの現実味の無さにカタコトになる。これが本当だったら私は一発で首が落とされる。
「本当だ。ブレイクからも何か言ってくれ。俺みたいな人間は本当に王になる素質が無いからな」乾いた笑いを見せる彼の顔からはこれまでの苦労が見える。
「本当にこいつは王様だ」頭に置かれた手を払いのけてブレイクは王であることを肯定した。同時に私の顔から血の気が引き、冷汗がにじみ出る。
「本当に無礼なことを,,,」頭を下げ謝罪しようとしたがそれを止めたのは王だった。
「気にしなくていい。時期にこの座から降りるしな。その時は仲間として同じ道を歩もう」手を掴まれ、本心をぶつけられる。カリスマがあるとはこのことを言うのだろうか。ついて行きたくなる。
「だからブラン、貴女を客人として城に招こう。内容は魔法の研究でいいかな?」
「俺のブランを落とそうとするんじゃねー!」ブレイクがプロティスの胸倉を怒りながら掴む。
「うっさいなブレイク。君も彼女が冷遇されるよりはいいだろう?」力任せに握っている手を簡単に払いのけ、笑った。
「そうだが、取ったら容赦しないからな?」ブレイクの目が本気になる。周囲には黒い風が吹き始め、鳴いている。本当に私が知っているブレイクなのだろうか。そんな疑念が浮かびながらも私たちは魔法の研究に手を付け始めた。




