第六十六話 悪魔
「今日はここが限界ね」体を慣らすために走っていたが、ここまで時間が掛かるとは思っていなかった。これなら魔法を使って強引に王国に行けばよかった。
「さてと、久しぶりにキャンプをしますか」魔法空間からテントや料理器具などを取り出していく。ここら辺は見慣れたものだからいちいち説明しなくてもいいわね。
「このくらいでいいか」適当に焼いた肉を皿に乗せず、そのまま口の中に入れていく。このままの方が洗い物が少なくなるし、出来立てが食べれる。
「なんだか懐かしい」こんな風に飯を食べるのはいつ以来だろうか。ブレイク達と別れた後、すぐに殺されて、何年もあの空間に居たから日常と言うありふれたことがとてつもなく嬉しい。
「早く旅を再開したいよ~」二人の背中を思い出しながら空を見る。あの二人はいつも私のことを気にかけてくれていた。そして交差点で見た三人の新しいブレイクの仲間。前よりもずっと楽しい旅になることは間違いない。
想像するだけで胸が躍るし、笑顔になれる。そのくらい冒険者と言うのは面白い。でも実力が無ければできないし、死がずっと隣にあるけど。だから冒険者の人口が少ない。
「今日はもう寝よう」昂っている心を落ち着かせるためにも横になってぼーっとしたい。
そんなことを思いながらテントの中に入ると中に動く影があった。それは長いような短いような伸縮する体で、そこから辺りを探るように黒い触手を広げていた。
「あんたは誰?」気持ち悪い動きをする影に問う。魔力の流れからして生き物であるのは間違いない。体の内側から外側に流れているからね。
「,,,」影は意思疎通が取れないのか、取れるが問う方法が無いのか沈黙をするだけだった。
「私の言葉は理解できるの?」そう聞くと影は体を上下に伸ばした。これは恐らく理解しているということなのだろう。
「あんたは人格さえあれば喋れる?」次の問いに対しても影は上下に体を伸ばした。面倒くさいが、人格を作るしかなさそうね。人格は人形みたいなもので、魂とか、意識とか、生命力が入る器のことね。
「クリエイト・ドール」土で作った人形を作る。骨格と筋肉のモチーフをブレイクにして、顔や細かいところはアクセルに寄せる。理由は懐かしい気持ちが抑えられなくなったから。
「できたよ」我ながら上手く出来た力作に入るように促す。すると影は足元からしみ込むように人格に入っていった。見た目は相も変わらず真っ黒だが、装備や顔のパーツがあるのか、明暗が生まれた。
「感謝する。若き娘よ」若い男の声が人形から聞こえた。これがこの影の声なのね。中々イケメンな声。
「汝の願いを一つかなえよう」影が乗り移った人形がまるで自分が王かのような雰囲気を醸し出しだした。
「願いね,,,邪魔だから消えて」眠い私は早く寝たい。こんな風に優しくしているのはまだ眠気のピークが来ていないからだ。もしも最高点に到達すれば今すぐオリジナル魔法を撃ちだすだろう。
「侯爵の地位に座する我を無下に扱うとは,,,人間よあまり驕るな?」
「どこの侯爵よ?」
「魔界、いや悪魔と言った方が良いか?今、貴様の前にいるのは由緒正しき悪魔なのだ」腕を広げ声高々にする人形はどこか崇拝をしたくなるカリスマ性があった。悪魔なんて崇拝するわけなんて無いけど。
「それで?」
「貴様は悪魔と聞いて何も思わないのか?」塩対応の私が癪に障ったのか自称悪魔は声を荒げ、胸倉を掴んできた。
「そう言われても神にあったこともあるし、なんだか弱そうに聞こえるのよ」今まで見てきた人物たちが神だったりしているから地位を持った悪魔だって聞いてもそこそこ強そうとしか思えない。
「それでは何故我を顕現させたのだ!?」服を握る力が強くなる。顕現って言われても邪魔だから呼んだだけなんだけど、それを言ったら間違いなくブチギレするに違いない。ここは冷静に言葉を選ばないと。
「したくてしたんじゃないの」あ、やっちゃった。本音が出ちゃった。見た目がブレイクとアクセルに似ているから口がすぐ動く。
「はぁ、貴様みたいな馬鹿者を久しぶりに見た」悪魔は溜息を吐きながら手を離した。服が伸びきって元に戻っていない。これを願い事にしようかな。
「我が名はアモファリア。富を司る悪魔だ。貴様のような馬鹿に富を与え、信仰を得ている」呆れたように悪魔は自己紹介をした。
「そんな馬鹿に人格を貰っているのはどんな気持ち?」
「最悪な気分だ。もう帰ってもいいか?」
「帰っていいよ」私からしたら睡眠の邪魔だから早く避けてほしい。
「今度は自分で器を持ってくる」彼はそう言うと影の形態に戻り、闇の中に消えた。
「これでやっと寝れる」寝袋に体をねじ込み、テントの上を見つめる。寝るという行為をするのは本当に数年ぶりだ。あの空間は生理現象なんて無いし、睡魔も食欲も無かった。満たせるというのは幸せなことだ。
「崇拝を,,,讃美歌,,,壁,,,監視下,,,」テントの外から中年男性の声が聞こえた。低く、聞き取れない部分が多く気味が悪い。方角は十二時の方向、正面だ。
「うるさいのよ!!」魔法を展開しながらテントから出る。そして声が聞こえた方向に向かって光魔法と炎魔法を合わせた魔法、フレイム・ホーリーレイを撃ち込む。
白と赤が混ざった閃光は木々を燃やしながら直進し、音源であろう場所を粉砕した。しかし、男の声が止むことは無く、それどころか更に大きく、そして不気味な雰囲気を纏い始めていた。
「これ、本当に不味い感じ?」自分の身に降りかかるかもしれない最悪の事態を想定する。強姦されて殺害。もしくは奴隷として売られるか。それとも四肢を切断され身動きを取れない状態にされるか。
どっちに転んでも人生に終止符が打たれることが容易に分かる。こんなとこで死んだらブレイクに馬鹿にされる。それだけは本当に避けたい。
「何も感じない,,,心理刺す,,,」次は六時の方向から声が聞こえる。今は攻撃ではなく、防衛に徹した方が生存率が上がる。
「アタック・バリア。マジック・バリア。カース・バリア」自分が発動できる最大限の結界魔法を展開していく。得体のしれないもの程、恐怖を掻き立てる。視認できればまだ良いが今回は姿も見えていない。
「地下の詩,,,誰にも知られない悪の寓話」声が耳元で聞こえた瞬間、展開していた結界魔法が全て破壊された。
不味い!本能が頭が割れるくらい警鐘を鳴らしている。頭をフルに回転させてこの場を乗り切る方法を模索するが何も見当たらない。無傷で王国に向かうことは不可能。戦うしかない。転移魔法はあらかじめ展開しておく必要がある。一瞬で結界魔法を壊す奴前で転移魔法を使うのは無理だ。
「かかってきなさい!」再度結界魔法を展開し、攻撃魔法を用意する。あの空間で培ってきた力で勝利を掴んで見せる。
「愚かな魔法使いよ。悪魔の糧となれ」地面から現れたのは業火を包む黒衣の男だった。背丈は百八十位。腕には短剣とクロスボウが握られていた。何よりも目に付くのは街灯の内側に逆十字の刺繍が施されているということだ。
「あんたは悪魔崇拝者ね」悪魔を崇拝すこと自体は禁じられていない。ただ危害を加えるのは禁じられている。こいつは違法崇拝者だ。
「,,,」沈黙を貫く男を見て確信する。
「なら思う存分戦える」魔方陣を描きながら空中に躍り出る。魔法使いは弓使いに弱い。クロスボウを持たれているという時点で役職の不利ができている。それを解消するためにも長距離を保たないといけない。せめて弓の範囲外に出なければ。
「好きに戦わせない」クロスボウから無数の矢が放たれる。空気を切りながら飛んでくる矢は魔封じが施されているのか紫色に光っている。
「っ!!」間一髪のところで避けることができたが、魔封じの範囲内に入ったのか魔力が上手く掴めない。このままじゃ地面に落ちる。
「スカイウォーク」スキルを発動させ何とか落下を免れる。このスキルは上昇することは出来ない。ゆっくりと加工するか高度を維持するかのどっちかだけ。今回は高度の維持だ。
「諦めて供物になれ」クロスボウから再度矢が放たれる。さっきみたいに俊敏に動けない。これは避けきれない。直撃する。
「ああぁぁ!!」矢が左腕に当たり貫通、吹き飛ばされる。あまりの痛さに涙が出る。回復魔法を使おうとしても魔封じが掛かっていて魔法が展開できない。
「痛い痛い痛い!!」血が止まることなく腕から流れ出る。今まですぐに直してきた怪我がここまで痛いなんて。でもこれでやっと能力が解禁される。
「死は救済。受け入れれば痛苦も無く、転生の輪に入ることも無く、消えることができるぞ?」
「生憎、死んで帰ってきたから生贄にはならないわよ?」~希叶望手~
能力を発動させ、魔封じを無効化する。私の能力は希望。心のそこから願ったものが反映される。簡単なものはほぼ百パーセント成功する。今回のは比較的簡単な願いだからすぐに叶う。
「魔封じを無効化,,,お前は悪魔か何かか?」業火をより一層激しく燃やす男は困惑の表情を見せていた。
「才能があるだけよ」~希望的観測~
魔法の出力を跳ね上げ、男の周りを青の魔方陣で埋め尽くす。久しぶりに能力を使うから上手く発動できているのか不安だ。心から願わないといけないのが本当に厄介な制限だ。
「グロリアス・アズール」青の閃光が男の体を貫き分散する。これで死ななかったら次の手を考えよう。ってその必要もないみたい。男は地面に突っ伏し、息も絶え絶えだ。
「アモファリア,,,様,,,今、私はあなたの,,,元に」業火の勢いに飲まれた男は灰になった。アモファリア、さっき私が呼んだ悪魔と同じ名前なのは気になるが、私みたいな人間に呼ばれるということは大したことの無い悪魔だろう。
いや、もしかしたら強大な悪魔で一部分しかこの世に呼べなかったのかもしれない。生贄がどうとかの話もしていたし、業火に焼かれる男も謎だ。どこかで交わるような気もするし、交わらないような気もする。
考えることを止めようと思っても思考は止まらず、結局朝になるまで考え込んでしまった。悪い癖だ。
「寝不足だけど、行くしかないか」今にも落ちそうな瞼をスタミナポーションで引き上げ、王国に向かう。京で辿り着かなかったら相当腕が鈍っている。そんなことを思いながら荒野を駆け抜ける。何もないところは走りやすくて楽だ。




