第六十三話 魔王と道化
目の前に勇者が現れた。辺りには吹くはずの無い黒い風が吹き、燭台は轟々と青い炎を立ち上げている。勇ましき者?俺の足は震えが止まらないのに?笑えてくる。
「さて、貴様は何が聞きたい?」魔王の一言で俺の体から力が抜けた。どしゃりと情けの無い音を立てながら地面に崩れ落ちた。
「おっと、申し訳ないことをした。闘気が抜けていなかった」魔王はそう言うと何もない空間に手を入れブレスレットを取りだし身に着けた。すると先程までの圧倒的な雰囲気が霧散した。
「それにこっちの方が話しやすい。楽に生きたいのに世界がそれを拒むんだから。でも君の運命、魂はそれをしない」彼女はそう笑う。俺の顔は緊張でひきつっているのに。
「君もそんなに緊張しないでよ。久しぶりの来客で嬉しんだから」そんな俺とは対照的に彼女は笑顔を浮かべていた。目も俺の髪の色と同じ蒼い色に変わっていた。
「あなたはアタナシアで間違いないでしょうか?それを踏まえての調査なのですが」頭を下げながら質問を投げかける。
「えぇ、私の名前はアタナシア・フォーズ・コントレクス。未だに覚えられているのね。この忌まわしい名前が」少しだけ嬉しそうな口調で回答してくれた。
「いえ、世界は忘れていますよ。覚えているのは変わっている人間だけです」それにつられるように俺も普段の口調に戻り、頭を上げた。まぁ、声のトーンはまだまだ上がっているがな。
「自分で変わっていると言うの?面白い人ね。近くで話をしましょ?」彼女はそういって手をクイクイと曲げ伸ばした。
「恐れ入りますがそのような無礼な行動は出来ません」再度頭を下げ、丁重に断る。どこに地雷があるか分からん。歩き方一つで死ぬかもしれない。
「そんなに心配しなくていいよ。君は受け入れてくれているから」まさか俺の心を読んでいる!?
「よくわかったね。そういうことだから観念して雑談しよう」まさかブラン、アミス以外にも心が読める人間がいたなんて,,,まさか,,,,,,と言いたいところだが本当に死にそうだから自重しよう。
「分かりました」照らされた絨毯の上を歩きアタナシアに近づく。正直緊張がまだ解けていない。手足が同時に出てもつれて転びそうになるのを抑え、彼女の座っている椅子に辿り着いた。
「それで魔王である私に何が聞きたい?君は私のお気に入りだから何を聞かれても答えるよ」無邪気な顔を見せる彼女の顔を見て緊張なんて吹っ飛んだ。こんなかわいい子が危害を加えるわけないじゃないか。
「なんで気に入ったんだ?」いつもの口調で聞く。
「私の能力『仲間』が反応しているから」
「仲間?そんな能力聞いたこと無いぞ」彼女の発言はおかしい。この世界の能力は全て本にまとめられている。そしてそれは世界中が共有している。だから抜けているということは殆どない。俺みたいに分からない人間もいるが見た人間が何かしら名前を付けているはずだ。
「消えた能力だから。禁断の魔法、君なら分かるよね?それに使われたんだ。平和な世界で生きる生き物はみんな仲間だからって理由で封印のために代償として差し出された」悲しそうに教えてくれる彼女は儚くて、見ているこっちも胸が苦しくなって泣きそうになる。
「じゃあなんで使えるんだ?」俺の知っている知識では代償で払ったものは基本的に帰ってこない。帰ってくるのはもっと大きなものを世界に差し出したときだけ。それに封印ってことは現在でも効果が続いているはずだ。
「私が魔王だからって言っても,,,納得はしてくれなさそう。正直に答えるとするなら世界最大の変革組織、『禍福』のメンバーで能力を割り振られたから、って言えば納得はしてくれる?」
正直なところ彼女は嘘を吐いている。証拠は二つ。一つは禍福と言う組織は存在しない。これは王国にいたときに世界各地から組織の情報を貰っていたから。ついでにベータからも情報を貰っている。
もう一つは禁断の魔法で消された概念であれば俺がすんなり受け入れているということだ。もし彼女の話が本当であれば俺は疑うということをしない。それが当たり前なのだから。なのに違和感を覚え疑問を投げかけることができている。矛盾が生じている。彼女が隠す理由は分からない。
「こればかりは視ないと分からないかもね」アタナシアはそう言うと首にかけていたネックレスを外し、俺の首にかけた。すると視界が暗転し体が空中に放り込まれる感覚に包まれた。
「ここはどこだ,,,?」辺りを見回すが何もない。どこまで行っても暗闇が続くだけ。足元は金属のような冷たさを感じる。
「そこはゼロの世界。私たちのリーダーがいるところ」頭の中にアタナシアの声が響く。
「見つけられるかどうかは運次第だけど、見つけられたら私の話にも納得するはずよ。時間は一時間くらいだから頑張って」エコーを残しながら声が遠のいた。
「一体何なんだ?」いきなり訳の分からない空間に飛ばされて見つかるかもわからない人間を一時間で探し出せ?無理難題を言ってくれるぜ。
「まぁ、探すしかないか」一時間もボーっとして無駄にするなんてこと俺にはできない。とりあえず動いて手掛かりか何かを掴まないと。
「あひゃひゃ!」「おっおっ!?」「なんでもできる」暫くの間真っ直ぐ歩いていると辺りから声が聞こえた。声の感じからして男。だが、なんというか、道化と言うか作られた声の感じがする。
「誰かいるのか?」虚無に向かって声を出す。もしもアタナシアが言っていたリーダーだとすれば進展がある。
「僕はここサ!」「でも見つけられない」「見つけてよ?」「壊れる?僕と世界」「回るよ廻る、混沌です」
「どういうことだ?」支離滅裂な言葉にたくさんの声のせいで頭が?でいっぱいになる。
「あひゃひゃ。なんでもできる?だから何もしない。全知全能の蒙昧」答えになっていない答えが返ってくる。
「意味が分からない」苛立ちを隠せなくなった俺は怒気を纏わせながら声を出す。
「意味?そんなのどうでもいい。僕が僕である限り」
「ふざけるな!!」蒼を体に纏わせて虚空に向かって撃ちだす。実体のない人間で当てるなんて不可能だがこうでもしないと怒りに体が包まれてしまう。
「これは,,,蒼?君はエンド?それとも原初?それとも真?教えてよ」男の声に初めて理性が乗っかった。
「誰だっていいだろ」
「良くないサ!僕の意思が受け継がれてる!世界!愛してる!
嬉しい!!本当に???本当サ!
神は馬鹿だ! 上位者も!僕は死なない!魔王以外にもつながっている!
いつから!??時間なんて無いよヨ??」空間が大きく歪むと目の前に黒と白の縞々模様の服を着た道化の化粧をした人間が現れた。
「お前は誰だ?」蒼を纏わせながら距離を取る。恐らくはアタナシアが言っていたリーダ。
「僕はゼロ。ゼロ・ブレイク・ワールド。失われたものを探す道化師さ。君は?」笑いながら手を差し出してくる彼はサーカス団にいる陽気なピエロだった。
「俺はブレイク。すげぇ人になりたくて旅をする冒険者だ」差し出された手を握り名乗る。
「ブレイク!僕と同じ名前!」俺の名前を聞くなり彼は笑いながら首を伸ばしていた。本当に首が伸びている。俺の頭の上に頭があって、頭と胴体を繋ぐ部分は何もなく、デュラハンのような感じだ。
「ピエロみたいだな」思ったことを口にする。ここまで意味の分からない動きをするのは皆を騙して笑顔を生み出すことを生業としている人間だけだ。
「ははは!ありがとう!」ゼロはそういって頭を増やした。そして増えた頭はボールのように跳ねてどっかに行ってしまった。
「それで楽しい所悪いんだけど,,,,,,」笑っていた彼の表情は暗く沈み、黙り込んだ。
「どうした?黙り込んで?」
「死んで?」
「え,,,」次の言葉を出す前に俺の右上腕が地面に落ちた。
瞬間、俺の脳が危険信号を上げ始めた。それは今まで生きてきた中で一番激しく、悍ましく、速いものだった。走馬灯の方が遅く感じるくらいに。




