第六十二話 魔王
「そういえば魔王はどうなったんだ?」目の前に置かれたパンを口に放り込みながらレンに聞く。
「アイツはまだ活動しているぞ。確か王様がお前に依頼をしたいとか何とか会議で言っていたな」
「五大会議か。俺も参加してみたいな」この五大会議と言うのはグロリア王国を守っていた五つの家名代表を集めて行われるものだ。今はいないから王が抜擢した人間たちがしている。
国民から不満の声は上がっていない。理由は前の王が終わっていたから。税金は高くその上国民には反映せず、経済を回さないでいた。さらに自分の保身のために他国に戦争を仕掛け、後方で安全に見ていた。ここまで話せばアレスがいかに愚王だったのか分かるだろう。
「選ばれていないのか?」レンは驚いた顔をしていた。
「あぁ。多分アイツが俺のことを前に出したくないみたいだからな」俺は指名手配されるほどの犯罪者で名前もブレイクから別の名前に変わっている。城の人間たちは普通に呼んでくれるが現場だとジャガーと呼ばれている。
「なのに魔王に出向けって話が出てるのか」レンは憐れむように俺のことを見た。
「仕方ない。俺がしたことはそれだけ重いことだからな」国を転覆させるくらいの破壊活動。万死に値する罪の重さを俺は背負っている。
「それじゃ俺は魔王のとこに行くよ。金は王から貰っとけ」皿の上に乗っかていたパンをすべて食べ切った俺は席を立ちあがり食堂を後にした。レンは食べるのが遅いから大事な話の時以外、毎回こうなる。直せるものじゃないし、俺が待てばいい話なのであまり気にしていない。
「魔王はどこにいるかな」俺の目的の人物である魔王は元人間で勇者だった。彼女は波のように押し寄せるモンスターに潜り込み、見る者、聞く者全ての人に勇気を与えていた。
しかし、平和になった今の世界に力のある人間は必要ない。世界が平穏になった後、彼女は助けた人々に敵意、悪意を向けられ闇の世界に身を堕とした。
「可哀相な人間だよ」俺はこのことを文献を読み漁り知ることができた。何故そのようなことをするのかは過去を繰り返せないためだ。王国のこともそうだし、次なる魔王を生み出さないためにも。
雑踏の中を適当にぶらつきながらどこにいるかを考える。魔王らしく豪勢な城を構えモンスターを従えているのか、それとも今もなお迫害され、怯えながら世界の隅で生きているのか。
「分からない」そう呟いて空を見る。快晴だというのに雨がぽつぽつと降り始めている。まるで狐につままれた気分だ。あいつらは頭が良く、魔法を使える。人を困らせたる面倒くさい奴もいるに違いない。
「ジャガー!どっかに行くのか?」人ごみが少なくなった時に前から木材を担ぎながら歩いてくる人がいた。土方という言葉が似合うくらい日焼けをし、筋肉は建築をするために発達している。
「あぁ、少し人を捜しにな」
「風邪ひかないようにな!この雨じゃお前もやられちまうぞ!!」先程まではまばらに降っていた雨は次第に粒を大きくしながら地上に水たまりを作っていた。
「じゃあな~~!!!」水を飛ばしながら豪快に進んでいくおっさんの背中を見ながら平和を実感する。こんな人間がいる限り平和だ。見た目は。
中身はどす黒く、汚く底が見えない。劣悪な環境に覆らない上下関係。死にたくなるような気分すらかき消される。地獄のような世界に染まれば体が慣れ麻痺する。俺もこの世界の一部になりかけている。
「雨の気分に任せるか」髪を濡らしながら雨雲を追う。いつもなら魔法で濡れないようにするんだが、今日はこの方がいい。汚れた俺の体を洗い流してくれ。
メインストリートを抜け、門に着き、適当に手続きをして外に出る。振り返るとそこには堅牢で重圧を感じる要塞が出来上がっていた。俺が攻め込んだ時よりも遥かに強くなってしまった。これが良いことか悪いことかは歴史が決める。
「ここまで来たか」雨に身を任せ動いていると北の廃城まで辿り着いてしまった。ここまで来るのに数時間程度。走りも加えていたからもう少し早いだろう。
眼前にある城は数百年前に勢力を拡大していたハステア王国の残骸。市街地は軒並み破壊され、歴史的に価値があるだろうとされている城だけが原形を留めている。
「折角だから入ってみるか」ここを調査してくれという依頼も舞い込んでいたしこのくらいの寄り道なんてことないだろう。
「中は,,,汚いな」瓦礫を飛び越えながら侵入してみたものの、中は蜘蛛の巣が張られ、埃が空中を舞っている。また内装も汚れていたり、壊れていたりととても豪華とは言えない。
「そこにおるのは誰だ?」探索をしていると奥の方からゆらりゆらりと灯りが揺れながら近づいてきた。
「私を殺しに来た人間か?」灯りがふっと消えると目の前の床に剣が数本突き刺さった。速い,,,!!
「魔王を殺して英雄か?」背後から声が聞こえた。俺の負けだ。勝てない。こう感じ取れたのはいつ以来だ?エンドレスはまだ勝算があった。俺との戦いもまだ戦えた。でも今回は土俵にすら立てていない。
「,,,,,,」
「沈黙は死と思え」剣が首に当たる。処刑人が持つような巨大な断頭剣。俺が普段使う剣でもここまで大きくない。
「俺は、俺は調査に来た人間だ」言葉を選びながら声にする。
「それで?」
「敵意も悪意も無い。ここの様子を見たかっただけだ」本当の事だけを口にしていく。ここで嘘を吐いたって仕方が無い。まぁ、スキルで看破されているだろうが。
「お前は生かしておこう」剣が地面に落ちると同時に城の燭台に火が灯り、玉座に繋がる赤い絨毯が照らされる。そして王の座に君臨する者がただ一人。
この世の絶対悪とされてきた魔王。世界を救い世界から見捨てられた英雄。
勇者が座っていた。
長い髪は床まで伸び悠久の時を生きてきたことを証明し、緋の右目はこの世に怒りを持っていることを、漆黒の左目は世界を見限っていることを表し細い体は迫害されてきたことを物語っていた。
「歓迎しよう、勇ましき者よ」




