第五十六話 挑戦者
~***・ブレイク視点~
「ここが最果てかぁ」目の前にあるのは巨大な氷塊。遠くまで透き通っていて青く見える。これはこの氷からではなく俺の頭の上にある、空に由来するものだ。空の光を氷が受け取り、俺達に飛ばしている。
「これを越えれば俺も晴れて八強入り」人間の生活限界圏を越えた先に有るこの氷の壁。ブリザードウォールは挑戦者の九割以上を飲み込み成長している。ここから帰還に成功した人間は極僅か。俗に八強と呼ばれる人間達だけだ。
この先にあるのは人類が隠し続けている世界。魔界、神界、龍界と言った世界だ。俺も実際に見たわけじゃない。ただじいちゃんが残した地図にそう書かれていた。
世界の隅には強者、猛者しか越えられない壁がある。そこはあえて空白にしてある。それを埋めてくれ。というのが地図を炙ったときに出てきた。
「それじゃ、登りますか」氷に剣を突き立てて上に登っていく。この辺りは魔法が上手く使えないし、スキルの発動もいまいちだ。能力も使えるが現状じゃ有効打にはならない。
ザク!ザク!と小気味のいい音と共に上がっていく。頼れるのがこれだけというのが不安だ。山登りや崖登りだったらもっと凹凸があるんだが、この壁は非常に滑らかで掴むところが無い。
「世界の果てを必ず見てやる」寒くて手はかじかんでいるし、呼吸も浅くなっていくのが分かる。それでも進むことは止められない。俺の憧れの人が見せたかった世界があるんだ。
そう思うと体の内から力が沸いていくのが分かる。芯から魂が熱くなっている。先人達が俺の背中を押してくれている。負けられない。落ちたくない。何よりも自分に勝ちたい。
「やっと能力が使えるな!」心と魂が熱くなった時にだけ発動できる俺の能力『挑戦』身体能力が数十倍になり、情報処理能力が百倍になる。
一度燃えた魂は灰になるまで燃え続ける。歴史に名前を残せなくても俺の姿を見てくれた奴の網膜に焼き付ける。それが俺のこれまでの生き方。そしてこれからの生き方。
「うおおぉおおお!!」一回の登攀で数十メートル上に上がれる。さっきまでの進捗がちっぽけに見える。この世界の能力はやっぱりぶっ壊れだ。
数分もしないうちに俺は壁の上に到着した。達成感で魂が揺れているのが分かる。これだから挑戦は止められない。
「これが,,,!!」目の前に三つの門が不気味なオーラを纏わせながら建っていた。そしてそれを守るように金の鎧を身に着けた騎士が弓を構えていた。
「ここは最果ての手前。汝の強さを讃えると同時に試させてもらう。私を倒せば世界を見る権利が得られる」ギリギリと音を立てながら弦が引き絞られていく。
立ち振る舞い。言葉遣い。その全てに強者の余裕が窺える。今まで見た中で一番強い人間だということが脳を通さなくても分かる。体がぴりついている。久しぶりに限界に挑めそうな気がするぜ。
「いいぜ」魔法空間から大剣を取り出す。それと並行して魔法を展開していく。ここに来る前までは使えなかった魔法が使える。魔法は治癒魔法と時間遡行魔法。欠損した時のためと俺が死んだときの保険だ。
「その覚悟に万雷の喝采を」幾千の矢が俺に向かって撃ち込まれる。余りの速さに初めの数本は見逃した。左腕の感覚が無いし、右足の感覚もない。これは魔法の出番が来るか?それとも能力の限界に挑戦するか?
「答えは決まってるよなぁぁああ!!!」大剣を振り回し屋を地面に叩き落としていく。無茶な動きに体が悲鳴を上げているがそれを能力が補ってくれている。
こんなところで逃げの魔法を使う?世界の果てを見るのに保険なんて必要か?先人達は半端な覚悟でこんなとこに来てないよな。
「まだまだ行けるぞ!!!」視界の隅が赤くなっていく。今まで味わった事の無い高揚感。これがじいちゃんが教えたかった冒険。周りに無謀と馬鹿にされても己を信じた人間だけが知れる話の続き。
「堪らないねぇぇぇぇ!!」時間の流れが遅い。さっきまで視認できなかった矢がはっきりと見える。そしてそれよりも速く動く俺の肉体。最高にハイってやつだ。
「流石はチャレンジャー」騎士の声に合わせて矢の密度が濃くなる。
「あんま舐めんな!!」魔法空間からさらに大剣を取り出し空中操作する。今の俺ならこんなこともできるはずだ。できなくてもやらないよりもましだ。後悔を残すのは絶対に嫌だ。
騎士の攻撃を捌き続けること数刻。遂に騎士の手が止まった。向こうは無傷なのに対して俺は満身創痍。左腕、右足の完全欠損。下腹部からは血が止まることを知らないで流れている。かろうじて見える右目もぼやけ始めている。手に力が入らない。死が近い。でも満足だ。
「最果ては見えないか,,,」地面に倒れ込みながら呟く。
全身全霊を尽くしても見えなかった景色。少し気になるが俺にはその資格が無かった。でもその道中で最高の宝を手に入れた。かけがえのない仲間、挑むという尊い行為。俺が何故生きているのかようやくわかった気がした。
「君の姿を忘れない___」遠のいていく意識の中で最大の賛辞を受け取った。この世界に生まれて本当に良かった。後はこの想いを俺に繋ぐだけ。頑張ってくれよLIB。
お前よりも先に消えるがお前が壊したときにまた帰ってくる。その時が来るまで俺は本の中でじっとしていよう。いや、俺はこんなところで終わってもいいのか。
「終わらないぞ,,,」確かに俺から離れた意識を肉体に繫ぎ止め、蘇生を開始する。魔法は使わない。俺の能力だけで死という概念に挑ませてもらう。憧れだけならだれでもできる、そこで終わるならそこが知れてる。
バキバキと嫌な音を立てながら骨が、肉が、血が凝縮されていく。数分もすれば俺は元の姿に戻るだろう。死に対しての挑戦報酬としては少ない気もするが、生き返れただけ良しとしよう。
「俺は自由に生きれないが、世界に挑むぞ。LIBだけが背負うものじゃないしな」完全に構築が終わった体を見下ろしながら騎士の横を通る。今の俺ならなんだってできる気がする。
「君みたいな人間を通すわけにはいかない」門を開けようとした瞬間に俺の顔の横に矢が通り過ぎる。
「どういうことだ?お前を倒していないからか?」地面に突き刺さった大剣まで刹那の時間で到達し、引き抜き騎士に向かってぶん投げる。
「そうだ」騎士は俺の大剣に向かって魔力で出来た矢を撃ち込むバラバラに砕いた。まだまだギアが上がるってことね。でも俺はその位置にいない。
「なら仕方ないが殺させてもらう」魔法空間から無銘の大剣を取り出して一刀両断する。ガランガランと鈍い音と血がビチャビチャと流れる音が後ろから聞こえる。
さっきまでは脅威だと感じていたが今は遥格下に思える。死を克服した報酬がここまでとはな。能力の上限も解放されたみたいだし、このまま生き方を貫き通していくか。
「さて龍界に繋がる門はどれかな」俺の目的は龍界に行って神と崇められる人物に会うことだ。なんでも抵抗者って奴が前に俺の目の前にいきなり現れて龍神に会ってくれと頼んできた。そのこと自体は問題は無かったから二つ返事で了承した。俺の目的と噛み合うし、ついでだからな。
八強になるのもついでだし。ていうか名前が刻まれたところで俺の書かれ方はダサいはずだ。挑戦神とか、不屈神とかそんな感じになる。それだった知らない方がましだよ。
「これで間違いない、よな?」目の前にはドラゴンを模した金属で作られた像が置かれた黒の門があった。右には金で出来た宝玉が、左には銀で出来た宝玉がはめ込まれている。
「間違っていても問題ないか。時間が掛かるだけだし」門に手を当てる。触った感じは冷たい。金属特有の臭さがあるが、ほんのりと感じるくらいだ。
力を入れるとゴゴゴと重い音と共に門が開いて行く。中からは赤い光が俺に向かって放たれる。正解を当てれたみたいだ。
「これが龍界,,,」目の前に広がっていた景色は想像を絶するものだった。
空は龍が飛び交い、山は常に噴火をし、黒煙を轟々と立ち上げている。地面は肥沃な大地なのか深い緑で覆われている。木は鮮やかな果実を実らせている。
「まずはこの世界で生きないとな」この後のことを考えながら俺は世界を歩き始める。俺の旅はまだ始まったばかりだ。




