第五十ニ話 バッド・ワールド
~***・ブラン視点~
「向こうの私は上手くやったみたいね」今にも崩壊しそうな小屋の中で水晶玉を覗きながら動向を確認する。想定通りに行けばあのままいけば、私は五人で行動する。
問題があるとすれば極度の人見知りを発動して輪に入れないことくらいだろう。これもブレイクが何とかしてくれるだろう。こっちのブレイクは何とかしてくれなかったけど。正確にはどうしようもなかったんだけど。
「それよりも、あんたたちはまた来たの?」扉の先にいる男達に話しかける。数は数十を超えるだろう。過去に私を強姦して辱しめを受けさせた人間達だ。
「当たり前だろ!!お前にやられた傷が疼いて仕方ねぇんだ!!」向こうから罵声が飛んでくる。下衆を極めたその声は私の神経を逆撫でする。
「そう、なら殺してあげる」指をパチンと鳴らして魔法を発動させる。断末魔が一瞬聞こえて静寂が訪れた。
「これだからこの軸は嫌いなの」私がいる軸はバッド軸。全てが悪に傾いてしまった世界線。幼い頃からいじめを受けてきた。暴力は当たり前。性的暴行も当たり前。私には人権なんてない。勿論この世界線にブレイクやアクセルはいない。彼らは私の目の前で死んだ。
グロリア王国の国家転覆罪の容疑で大衆が石ころを投げる中、無残に首が落とされた。ギロチンではなく、刃毀れした切れ味の悪い斧で何度も首を叩かれて絶命した。
彼らは強かった。処刑される直前まで戦い、捕まった後も戦い続けていた。失われた概念を取り戻すために。私は彼らを助けられなかった。その資格が無かった。できたのは彼らが求めていた概念を取り戻すということだけだった。
処刑された彼らを見た後はマギア王国の魔法学校に入学した。そこでも辱しめを受けた。強姦、全裸で歩かされたこともあった。
その時に分かった。世界は私に興味が無いんだって。だから暴れることにした。抵抗することにした。この糞みたいな世界に傷跡を残してやるって。
始めは私をこんな風にした故郷を燃やした。禁断の魔法を使って。代償はもちろんこの軸にした。私を悪にした世界には最大の復讐だろう。
次に狙ったのはブレイクとアクセルを殺したグロリア王国だ。ここは中々に手強かった。特にギルガ家とオーバー家が。それ以外は大したことが無かった。魔法で瞬殺。でもこの二つだけは本当に違った。
魔法を発動する前に攻撃されたり、魔法を阻害されたりした。それでも挫けなかったのは二人の意志を継ぐという思いがあったからだ。
何度も自分のことを蘇生した。時間を戻して、何度も、何度も、何度も、殺せるまで繰り返した。二人のことを助けられる時間を探したけど、この世界には無かった。この世界は二人のことが嫌いだったようだ。
王国を滅ぼし後は隠居生活をしている。監視者にばれないようにひっそりと。たまに他の軸に干渉してこうならないように助言している。なんでかって聞かれたら,,,答えられない。言えることがあるとしたら失うことは一番恐ろしいからだろう。
ここまで生きてきてたくさんの物を失ってきた。初めても捧げられなかったし、二人も失った。故郷も自分の手で壊した。こんな苦痛を味会うのは私だけでいい。
「他人の心配をする必要があるのかい?」私の回想を邪魔するように空間を裂いて現れたのは調停者だった。
「君には絶望の運命しかないよ。背負うものも悪だ。能力も禁断。世界は君の崩壊を望んでいる」一方的に言葉を放ち、攻撃をしてくる。それは不可避の速攻。神速。これ以外の言葉が見つからない。
私は基本的な体術では調停者に勝つことができない。それは何回も時間を巻き戻して確認している。勝てるのは世界を介した魔法のみ。この私を見放した世界を犠牲にして放つ攻撃だけ。
「だから何?私は忙しいの」時間を巻き戻して、調停者が現れるところまで巻き戻す。彼は神で不変の存在だから、この違和感に気が付いているだろう。何度も同じことを繰り返していることを。
「出て行って」手に魔力を集めて調停者にぶつける。菫色と翡翠色の光線が心臓部分を貫く。神ですら避けられない不可避の攻撃、私も使えるんだよね。
「君は、また、強くなるのか,,,?」溢れ出る血を見ながら聞いてくる。こんな経験久しぶりなのかしら。それとも自分が最強だと勘違いしているのかな。
「愚問ね。あなたが止まるまで止まらないわよ」再び光線を頭部に撃ち込む。神は厄介な存在だ。殺すことができない。神格と呼ばれる形態しか壊せない。唯一殺せる方法は信仰が無くなるということ。でもそれはゼロに近い確率。
わすらるる神がいる時点で神は消えない。オリジンも、トゥルーも知らない私だけの秘密。後知っているのは世界図書館よりも上の図書館。時空図書館を管理する神。所謂この世界の創造主だけだ。
「そうかい。なら僕も同じ。抗うよ」神格が塵になる前に裂けるほどの笑みを浮かべた。それは悪意が凝縮されたようなもので、おおよそ神がする顔ではなかった。
「邪神にならないようにね」忠告をしてとどめを刺す。調停者はまだ話の通じる神だから助かる。邪神になると会話すらままならない。本当にこの世界はイカレている。これを正すためにはブレイクの力が必要不可欠だ。
でもこの軸に彼は存在しない。故に私は別の軸の私に頼ることしかできない。それも安定した強い軸。オリジン、トゥルー、ジェノサイド、ダスト。考えられるのはこの辺り。でも神を殺すにはLIB軸の力じゃなければならない。それにジェノサイドやダストは精神が崩壊しているから関わりたくない。
実際にジェノサイドのブレイクは殺戮マシーンだし、ダストのブレイクは私とアクセルの亡骸を抱えながら泣いているだけだ。
自由を手にするために戦う、自由の意志が無ければ勝つことができない。
「ここも潮時かしら」扉の外から複数の足音が聞こえる。これも背中に押された奴隷紋のせいだ。これのせいで私の現在地は奴隷商であれば分かるようになっている。
「テレポート」適当に魔法を唱えて大陸間を移動する。本来であれば船や転移版を使って移動するんだけど、私の無尽蔵の魔力の前では距離なんて関係ない。
「ここは汚いわね」バッドの世界は悪意に満ち溢れている。スラム街ばかりで家無き人が徘徊している。富裕層も奴隷や市民を弄んで笑っている。
今私がいるのは恐らくスラム街の奥。陽だまりすらできない暗い場所。嫌なところに転移した。適当に魔法を発動すると碌なことが無い。
「あんたはこの住民じゃないな」辺りを見回していると上の方から声が聞こえた。視界を上の方にやると無精髭を生やした男が私のことを見下ろしていた。
「そうよ」魔法を使って男がいる場所まで一気に駆け上がる。崩れ落ちそうな建物に身を預けられるほど私は勇敢じゃない。でも情報収集はしたい。会話できる人間は珍しいし。
「あんたは魔法使いか。ならよかった。犯しやすい」男はにやりと笑い、魔封の手錠を懐から取り出して私に取り付けた。こいつも強姦しようとするのね,,,
「そんなちっぽけなの効かないわよ」禁断の魔法を発動させて強制的に解除する。所詮魔封の手錠。莫大な魔力を流せば破壊できる。超級の魔法でも掛けられているのであれば話は別だけど。
「それじゃ、またね」円環の理に入れることを祈りながら男に向けて魔法を数百発撃ち込む。魔方陣なんて展開してなくても魔法は発動できる。あれは単に補助をするための代物。私には必要ない。
「ここはどこかしらね,,,」曇り空の下で思考を巡らせる。大陸間を移動したのは間違いない。でも第何大陸なのだろうか。前まではその大陸の特徴が残っていたんだけど、今は面影なんて残っていない。
「世界樹は見えないから丁度真ん中かしら」こんな荒廃した世界でも世界樹は光り輝いている。私を殺すために。あれはエルフが生み出した対人間用の植物。過去に世界樹戦争で人間サイドに奪われたけど、この軸では奪還することに成功している。
ちなみに第二回世界樹戦争では私はエルフサイドとして戦い、勝利を手にしている。クソみたいな人間よりかはましだった。話もできるし、悪意なんて持っていない。純粋な心で解決しようとしていた。それを無下に扱ったのは人間だ。
「エルフの国に行こうかしら」あの国じゃ私は英雄扱いだ。人間を何十万と殺し、世界樹を守り抜いた。エルフからしたら私は希望の光そのものだろう。運命は絶望に傾いているけど。
「それともドワーフの国に行こうかな」私が行ける大陸には何候補かある。世界樹がある第六大陸。ドワーフの国がある地下第二大陸と第三大陸。それ以外は敵対状態だ。私が望んだことだからいいんだけど。
「どっちに行っても碌な未来が見えないわ」魔法を使って未来を見るがしょうもない未来しか見えない。どんな行動をしても調停者に阻まれる。こいつは本当に暇なのか私に付きまとってくる。
「はぁ、これなら破壊活動に勤しんだ方がいいわね」歪んだ軸を治すには二つの方法がある。一つは文字通り元通りにする方法。もう一つはもっと歪ませてそれを正常にする方法。私は後者を選ぶ。この軸に希望なんてないから。
「まずはこのスラムからね」魔法でスラム街全体を見下ろせる上空に飛翔する。小さいスラムが合併しているのかカラフルな色合いをしている。まぁ、全て色あせているから鮮やかな色じゃないけど。
「恨みはないけど、ばいばいまたね」~絶望の箱~
黒い魔方陣が地面と天に浮かび上がり、六芒星の中心から禍々しい光が一本貫いている。次第に柱は大きくなり、近づくもの全てを飲み込み、規模を大きくし始めた。
これがこの魔法の特徴。私が止める、もしくは魔力が切れるまでこの世に顕現し続ける。コスパは悪いけど、町一つを地図から消すには丁度いい魔法だ。
「助けてくれぇぇ!!」「誰かいないの!!??」「ママ!パパ!どこ行ったの!??」下から絶望に相対した者の痛烈な悲鳴が聞こえる。そんな声を出されたって私はこの魔法を止めない。世界がそうしたから私もそうする。
「強いて言うなら世界を恨むことね」スラムの端まで魔方陣の弧が行き渡り、柱が全てを飲み込んだ頃、私は魔法の出力を止めた。これ以上やったら私の潜在魔力量が無くなる。今、敵対者が現れたら抵抗できない。
「これで世界をゼロに戻すことに近づいたわね」私の目標は調停者の殺害とこの軸の消去。この軸は存在してはいけない。並行世界のたらればの世界でも想像してはならない。だから***の存在が必要。でも彼らには力がまだ足りない。アクセルがいいところまで来ているけど。
「これでも八強は殺せないから恐ろしいわ」この軸にもやはり八強がいる。こいつらも私と同じで神に成ろうとしない狂った人間だ。
今の一位は冒険神、二位は剣神、三位は星神で四位は凶神。五位は魔神で六位は悪神。七位は霊神、八位は鬼神だ。正直冒険神と剣神はどの軸でもこの順位にいるだろう。彼らはこの世界を楽しんでいる。
軸の存在も知っているし、世界の構造も知っている。こんなにも壊れた世界で強大な力を治すのではなく自分たちで遊ぶために使っている。三位以降は順位争奪戦が激しい。この軸は特に。
八強同士の戦いで大陸が無くなるなんて当たり前。世界は荒廃の一途を辿っている。それを修復しているのが星神だ。彼がいるおかげで世界がまともなように見えている。
裏を返せば彼が悪意に満ちていればこの世界は終わるということだ。まぁ、そんなことをしようとすると冒険神が止めに来るんだけど。
「次は八強に入れるように力を付けないと」今の私じゃ八強に会えばすぐに殺されるだろう。彼らは運命、能力、努力、全てにおいて優れている。私が勝てるのは魔力量位だ。
「あとは異世界からの来訪者を狩らないとね」この世界のシステムは崩壊を始めている。厳密にいえば時空図書が機能停止をした。要するに歴史を刻むことができなくなったのだ。この現象はこのバッド軸だけの話なのかもしれない。
その影響で異世界からの転移者が増加した。それも余りにも強い能力を貰って。この点については問題ないと思っている。過酷な世界で生き抜くためには強い力が必要だから。でも彼らは行き過ぎた。この世界を荒らして回っている。
この軸を消去する私の目標に対してこいつらは迷惑極まりない。だから実際に見て殺している。判断の仕方は簡単で、魂が欠けているかどうかだ。ここでいう欠けというのは名前の消失だ。苗字が消えると言えば分かりやすいだろう。
この世界に生まれる時生き物は必ず名前を貰う。それは親であったり、世界に割り振られるとかね。私の名前はブラン。これは両親が付けてくれた。これの他に家名が存在する。モンスターであればその個体識別名が。
それを私の鑑定眼を使い、真名を見て、苗字が無い場合は攻撃を仕掛ける。これに対して反撃的な行動をとる場合は殺す。私の計画にぶれが生まれるから。防衛的な行動をとった場合は様子見、と言った感じだ。
幸いなことに転移者は他の軸には動かない不変の存在だ。この軸に流れ着いた転移者は可哀そうだ。ま、過去の人間を恨んでほしい。
「そんなことを言っていたら転移者が来たわね」魔方陣に引き寄せられたのか大層な装備を着こなした冒険者がやってきた。
「この惨状を生み出したのはお前か?」長剣を引き抜き私に問いかけてくる。この世界について何も知らないのに英雄気取り。勘弁してほしい。
「そうよ。でもあんたみたいに馬鹿じゃないの」超高速で魔方陣を展開していく。一瞬で数百に達したそれをみた転移者の顔は青ざめていく。
「俺がバカみたいな言い草だな」それでも男は睨むことを止めない。能力で思考加速をもらっているのならここが引き際だって理解しているはずなのに、どうしてこうも馬鹿ばっかなのかしら。
「当たり前でしょ。地力で負けているんだから」魔方陣全てを展開して男に向かって放つ。思考加速で避けられると思うけど、こんなのジャブだ。本気の一撃を喰らわすには溜めがいる。
「誰が地力で負けているって!?」男は魔法全てを叩き斬り、魔法の準備までし始めている。冷静な判断だわ。魔法使いには魔法で攻撃するのが良い。有効打は狙撃手で遠距離からの攻撃が一番なんだけど。
「そういうところよ」地面から無数の石の槍を出現させて体を貫く。
「がはっ!,,,こんなの痛くねえぞ!」男は回復魔法で自分の体を修復させていく。さっきまでの魔法はここまでのことを想定していたのだろう。
「そう。ならこれは?」遥か上空に金属の槍を吹き飛ばす。あの槍には重力魔法がかかっていて落ちてくるときには音速を越えているだろう。それまでの間は適当な魔法で茶を濁す。
「なんだこの魔法?俺のことを舐めてんのか!!」男は何も変わらない私の攻撃に苛立ちを覚えたのか、スキルを使用して目の前にまで接近してくる。
「舐めてなんかないわ」男の剣が目の前で止まる。事前に張っておいた結界魔法のおかげだ。
「だから全力で殺すの」直後男の体を数本の金属の槍が貫いた。その姿はオブジェとして飾られていても違和感を持たない程に綺麗だった。
「これだから転移者は,,,」息絶えた転移者に火炎魔法を放ち、燃やし尽くす。灰が残らなくなるまで。
「この世界はどうなるのかしら」赤黒く染まる空を見上げて絶望する。この世界は崩壊に近づいている。想像より遥かにも、着実に。




