第四十三話 神界 終
「あなたの恐怖は,,,ないみたいね。私にできることは無いわ」ツーフェイスから合格を貰った翌日に俺はテラーにそう告げられた。
「どういうことなんだ?」頭の中に?マークしか浮かんでいなかった俺はテラーに特訓の内容を聞いた。
「私の特訓は恐怖の払拭だったのだけど,,,あなたにはもうそれが無い。内心気が付いているんでしょう?強いて言うならそれが特訓ね」彼女はそういって家から出た。
俺が内心気が付いていることは二人を蘇らせることができないということだ。この世界に来てからずいぶんと時間が経ち、知識も増えた。そのせいで俺は知りもしたくなかったことも知ってしまった。
それは神に成っても俺はその力を得ることができないというものだ。これは俺の能力と運命のせいだ。神に成っても蘇らせる力、つまり生命エネルギーに作用する能力や、人を救うという運命を背負った者でなければできないということだ。
生憎、俺の能力と運命はその正反対。他者を殺め、闘争を求めるようになっている。つぐつぐ俺が嫌いになる。守るために得た力も意味がない。所詮俺は獣のように徘徊し血にまみれるのがお似合いってことだ。
「それは違うんじゃない?」縁側で俯いていた俺に声をかけてくれる神がいた。
「ナギサ,,,」紫色の髪をまとめた美形。見とれるくらいに美しい水の神。いつも俺の心の中を見透かしている。
「アクセルはアクセル。自分を否定しないで」そっと抱きしめられる。でも仕方ないだろ。今までしてきたことが無駄だって言われたら。
「僕はね、いろんなアクセルを見てきた。過去の君や未来の君。同じ時間だけど別の世界で生きる君だって見てきた。でもその中で君が一番君をしているんだよ。だからそんな風に落ち込まないで。僕ができることならなんだってするから」胸の辺りが濡れていく。泣いているんだ、ナギサが。俺のためを思って。
不変である神がいろんな俺を見てきて、俺のために泣いてくれている。そう思えば、今の俺も悪くないのかもしれない。こんな俺に泣いてくれる人がいるのなら___
「そうだな。俺は俺らしく生きるよ。お前が泣かないためにも」俺もナギサを抱きしめる。さっきまでの俺はどうかしていた。俺が今まで積んできた経験は全て意味があった。そしてそれが今の俺を形作っている。それを俺自身が否定するなんて荒唐無稽だ。
「笑顔のアクセルが一番だよ」泣きながら笑う彼はどこまでも人間のことが好きな遊び好きの神だ。そんな神のことを誰が嫌いになれるのだろうか。
「お前も笑顔が似合うから笑っていてくれ」涙を流しながら笑う。この世で誰か一人でも信じてくれる、泣いてくれる、思ってくれる人がいるのなら救われる。それが誰だっていいんだ。思ってくれるだけでいいんだ。
正解しか書いていない本には書かれていない別の回答。それを見つけるのが人生なのかもしれない。
「泣いているとこ悪いが、ちょっといいか?」俺たちの感動に横やりを挟む神がいた。この声はツーフェイスだ。
「なんだ?」
「黄泉の門が移動したらしい。しかもこの家の訓練場だそうだ」衝撃的な発言に家が驚愕の声に包まれる。
「て言うことは摩天楼まで行かなくていいってことか?」黄泉の門が置かれているのは警備が厳しい摩天楼というところだ。それはこの神界の中でも最も高い建物とされている場所で、その一番上に黄泉の門が置かれている。
当初の予定ではこっそり忍び込んで開ける予定だったが、ここに移動したなら話は別だ。何回もトライして開ければいい。最悪、神力を分けて貰って開けるのもありだな。ま、今の俺なら一発で開けられると思うけど。
「そういうことだ。お前の帰りを待っている奴が下界に居るんだろ?早く行ってやれよ」ツーフェイスは親指を立てて訓練場の方向を指した。
「そうだな」ここでの生活は名残惜しいが約束を交わしたブレイクが下で待っているんだ。でも最後に別れの言葉を言っておきたい。テラーはいないが、アレスは訓練場で瞑想でもしているだろう。
「行こう。門を開けに」訓練場に向かって歩き始める。今までに何回も通った廊下。迷子になったことが昨日のことのように思い出せる。今までに使った部屋は無いんじゃないかってくらいにはこの家を歩き回った。
でも、そんな日常も今日で終わり。不味い料理を食べることも、難しい本を読むことも。皿洗いをかけた戦いも。全てが終わってしまうんだ。なんか少しだけ、切ない。
「アクセル、門を開けに来たんだな」訓練場に着くとやはりというべきかアレスが剣を振っていた。流石は戦の神。どんな時でも戦っていないと落ち着かないみたいだ。今も自分が召喚したゴーレムと戦っている。
「ええ」金色に装飾された門の前に立つ。ナギサに教えられた門の形と同じだ。鎌を持った死神と、ハープを持った女神が彫られた金色の門。
後はこれに今までに蓄えてきた力を込めればいい。それでこの神界とはおさらばだ。
「いままで世話になりました」後ろを振り返って頭を下げて礼を言う。ここまでこれたのはここにいる神達のおかげだ。感謝しないで降りたら罰が当たりそうだ。
「辛気臭いな。死んだらまた会えるだろ?」
「今度はもっと凄いことを教えてあげるよ」
「僕のこといつでも呼んでね」三者三様の反応を見せる、アレスは不敵に笑い、ツーフェイスは本を読んでいる。そしてナギサは目に涙を浮かべていた。さっきも泣いていただろう。なんでこいつはこんなに涙もろいんだ。
「頼りにしてるぞ」ナギサの胸を拳で軽く押す。
「アクセルも八強になってきてね」俺の拳を握ってナギサは俺に想像以上の力を求めてきた。八強って勘弁してくれよ,,,
「それじゃ、またな」離された手を門に当てる。
「絶対に会いに来るから、その時は笑顔で」力を込めると金色の門は少しづつ開いていく。ズズズと重い音を立てながら厳かに。
もう後ろは振り返らない。また会えるから。姿を変えないで今と同じような姿で。
「本当にありがとう。楽しかった」声が少しだけ上ずってしまう。顔は見えていないはずだ。笑顔だけど、雫が地面に流れ落ちていく。
「いつかまた逢う日まで」神界に言葉を残し、俺は光に包まれた。力が抜けていくのが分かる。俺が今まで蓄えてきた神力だ。
「ここは,,,」光が霧散すると俺は平原の上に立っていた。周りには人工物が無く、遠くには赤い山が雲を貫いてそびえ立っていた。あの山には見覚えがある。世界でも屈指の高さを誇る、ドラゴニック・ガイア。標高一万を超える火山だ。
中には無数の龍が群れを形成して生息していて、かつては龍神がいるとして崇められていた場所だ。昔俺も山頂を目指してレンと挑んだが、千メートルのところで飛竜の群れの襲われて逃げ出した。
「懐かしいな」あの山があるということは目的の地であるドラゴ・ケープが近い。今はそこを目指そう。ブレイクとはそこで落ち合うはずの予定だからな。
それでも大陸間の移動になるだろうな。グロリア王国があるのは第一大陸と呼ばれる場所。世界樹があるのは四と五。ドラゴ・ケープがあるのは六だ。
「あそこに着くまで何年かかるかな」短剣を腰に携えて俺は歩き出す。流れていく雲。果てしなく広がる空。風に吹かれる草木。鳥のさえずり。咲き誇る花。透き通った川の水。
「この世界を楽しむか」向こうの世界は死んだらまた楽しめる。なら一度きりのこの俺を最大限楽しむことが二人を幸せにする方法だろう。
「今の八強は変わっているのかな」地面に建てられた石板を眺めて情報を収集する。この石板は人工的に造られたものではなく、地面から勝手に生えてくる意味の分からない物だ。
この石で分かるのは今この世界で八位まで誰が強いのかが神の名を冠して書かれていること。破壊不可能な石ということ。そして情報は常に更新されているということ。
俺も過去に八強に憧れていたが、これは人間の領域を超えたものにしか到達することができない。神と合間見ることで俺は実感した。
「一位は,,,変わらず冒険神、二位は剣神、三位は死神か」冒険神は俺の生まれる前からこの世界で一番上に座っている。長い間頂点にいるのに誰もその詳細を知らない。唯一分かるのは今も生きているということだけ。
剣神は世界の剣術を進歩させた神。彼がいなければこの世界の剣術は遅れていただろう。そのくらい彼の剣術は素晴らしい。攻守のバランスが取れた構えに、合理的な考えの元作られた動きはスクリーム流と名がつけられていて後世に引き継がれている。
しかし当てはまらない型も存在する。それがカウンターを主にするプリテン流。攻撃だけを考えたチャンス流だ。
剣術に階級があって数え方は魔法と同じ。俺はどの剣術も超級まで扱うことができる。だからいろんな剣を扱うことができる。魔法の才は無いけどな。話が逸れそうだから八強の話に戻すか。
「四位は,,,機械神、聞いたことが無いな。ドワーフか?」機械を使うのはドワーフ。しかし表立って公表するとは考えにくい。何か策があってこの地位に来たのだろう。
なにせこの世界での機械は特殊な位置だからだ。戦況を一気に引っくり返すことができる最強の武器。能力すらも凌駕する圧倒的なそれはグロリア王国でも有名だった俺の家紋にすら情報が流れてこなかった。
「五位は魔神、六位は戦神、順位が変わったんだな」俺が神界に来る前は戦神が五位だった。恐らく功績で負けたのだろう。
魔神は魔法を極めた人類が生んだ天才。本名はクゥトリア・エルム。俺の知っている限りでは人類の最大生活圏の際で生活しているはずだ。
戦神は言わずもがな戦場を求めて彷徨う人物だ。名前は分からないが今もどこかで戦果を挙げているのだろう。代表的な戦いは直近の世界樹戦争だ。
「七位は霊神、八位は絵画神か、か。ここら辺は知らないな」七位と八位はよく入れ替わる。だから覚えてなんかいられない。覚えていられるのは熱狂じみたファンだけだろう。
「ナギサを喜ばすためにも八強狙うか」餓狼を体に纏わせて鎧の様にする。神力を扱うことができないが、あの世界で培ったものは俺のことを高みに連れて行ってくれるだろう。




