第三十八話 神界4
「やっと外に出れたな」鳥居をくぐり終わると京に戻ってきた。結局あの空間は何だったのだろうか。あの四人が作り出した隔離された世界か?それとも拡張された京なのか?
「考えるだけ無駄かな」俺の悪い癖は考え過ぎることだ。結果として空回りして上手くいかない。ブレイクみたいに楽天家でいれればいいんだが、生まれ持った性根を変えることは簡単にできない。
「しばらくは京を楽しむか」ここの環境に慣れるには生活に浸るしかないだろう。幸い、この世界は睡魔や空腹が存在しない。無限に行動できる。宿なんかを考えないで心置きなく探索できる。
今やることは神助けなのには変わりはないが、困っている神がいない限りは何もできない。やはり必然的に探索をしないといけない。ま、これを機に神界の一部である京を把握するか。
「どこに向かうかな」さっきまでは真ん中に行こうと思っていたが、四人と出会って居場所が分からなくなってしまった。適当にぶらつくか。疲れを感じたら休憩を取ってまた歩く。その繰り返しでいいだろう。
しっかし、同じような風景が続くと飽きるな。神も全然いないし、これじゃ助けるとかそういう類の行動は出来ないな。
今が夜だから通りが少ないのかもしれない。つっても常に太陽が昇っているから分からないが。そもそもあれは太陽なのだろうか。神だと言われても俺は信じれるな。
店も何もないしこの世界の住民たちは何を娯楽にしているのだろうか。俺達下界の人間を観察しているのだろうか。専用の部屋とか場所があってそこで固まってみているとか。それだったら神がいないってのも分かる。
「とりあえずは専用の場所を探してみるか」予想を当たっている体で行動しよう。空回りしても京を探索できるから損はない筈だ。
歩き始めて数時間以上が経った。いまだに神も専用の場所も見当たらない。ジャリジャリと地面をける音だけが聞こえる。呼吸音も俺だけ。本当にこの世界に生きている奴らは居るんだろうか。って死んだ奴が来る場所だから住民ってのが正しい表現だな。
はーあ。こんなくだらないことを連想させて遊ぶくらいには退屈をしている。まじで景色が変わらない。人間ってのは刺激が無いと死んでしまう儚い生き物なんだよ。ちょっとは娯楽をくれたっていいじゃないか。
ビュオオオォォ!!!!なんて考えていたら目の前が砂嵐でふさがれた。十中八九神の仕業なのは間違いないが、どこから仕掛けてきているのかわからない。風で弾かれた砂粒が体に当たって痛い。
「おい!姿を見せろ!!」叫んでみるが応答は無し。この近くにはいないのか。それとも黙っているだけなのか。分からに異常は逃げるしかないな。太刀打ちできる手段は無いし。
「やっぱり逃げ道は塞ぐよな」後ろにも砂嵐で壁ができている。左右は建物がある。一瞬で駆け上がれば逃げれるか?やらないよりはやって終わった方がいいだろう。
「ふっ!!」地面を抉れるほどの力で蹴り、上空に舞い上がる。向こうは俺の行動を完全い読めていないみたいだ。俺は建物の上に居るってのに砂嵐は同じところで残留しているだけだ。詰めが甘いな。
バキィ!!足元の建物が盛大に音を立て崩れた。まじか。流石にこれは想定外だな。
スタっと軽い音を立てて俺は着地する。建物の中には誰も居ない。というか生活感が何もない。家具の一つも見当たらない。ここはすでに廃墟、か。思う存分暴れられるな。
「これ以上俺のことを甘く見てたら痛い目に合うぜ?」ただのはったりだが、何も言わないよりましだろう。推薦も受けて餓狼は少しだけ使えるし、善戦までとはいかないが、傷跡だけは残せるだろう。
「活きがいいねぇ。推薦を受けているのは事実みたいだな」砂嵐が建物に直撃すし、爆音と共に亀裂が入る。巻き上がる土砂と建物の残骸を避けて道に出る。
「誰だお前は?」砂煙の中から出てきたのはハンマーを持った男だった。男の身長は二メートルよりも少し大きい。手に持った獲物はそれよりも巨大で、鉄の匂いが強烈だ。
「ドワーフのプロミネンスだ。お前、推薦を貰いたいんだろ?諦めた方がいいぜ」地面にハンマーを振り落とし、土を巻き上げる。また目くらましか。同じ手は二度喰わない。
短剣をプロミネンスがいた場所に飛ばす。すかさず俺は短剣を追いかけるように飛び出す。一本で相対できるような相手じゃないのは今の一瞬で分かった。二刀でやっと攻撃ができる相手だ。
「何故そんなことが言えんだ?」ハンマーで俺の攻撃を受け止めたプロミネンスに尋ねる。
「今は戦争が起きているからな。神はそっちの方で手いっぱいなんだよ!!」あり得ない衝撃が俺の体の中に走り、遥か後方に吹き飛ばされる。どうやら力の差を見間違えていたようだ。今まで出会ってきた神達が別次元に強かったから麻痺していたが、こいつもれっきとした神で試練を越えた猛者なんだ。
「くそ、が」パラパラと軽い音を立てながら落ちていく瓦礫の中立ち上がる。追撃を警戒しないと。しかし奴の姿が見えない。どこに行ったんだ?目線を動かして捕捉しようとするが見えない。
「上か!!」一瞬影が俺の上を取ったのが見えた。素早く沿いの場を離れるために地面をえぐり取るように蹴り上げる。それが間違いだった。
「不正解。力の溜め過ぎだ」片足が潰れる音が俺の耳の奥底まで響く。激痛を知らせるために脳みそに信号が渡り俺に警告をする。今すぐこの場から離脱しろと。
「お前の目的はなんだ?」死を悟った俺はプロミネンスに疑問をぶつける。返答が無くても次の俺が必ず成し遂げてくれるだろう。
「神に成るのを諦めさせること、だ」ハンマーが振り下ろされる。今までの生き様に跪く時が来た。走馬灯が恐ろしく速い速度で脳裏をよぎる。直近のことからレーネたちと別れたところ。そしてブレイクと別れた事。惨めな幼少期を送っていたところまで。
こんなところで終わるのか?アクセルとしての生が?まじか、受け入れられそうにない。でもハンマーが目の前まで迫ってきている。避けるか?今から?無理だ。もう死ぬんだ。悟ったはずだろう。受け入れるしか道はないんだ。
クソみたいな世界に俺は笑うことしかできない。死ぬ前の顔が笑顔だったらなんて考えていたが強制的に笑うことがこんなに苦しいなんてな。ありがとな。次の俺に託すよ。
「何諦めてんだ?」ハンマーを片手で受け止め俺のことを起こしてくれた人間がいた。赤色の髪に金色のメッシュが入った髪型。オーバー家である証。だが、こんな人間俺は知らない。魔法に長けている家紋にここまでの体術を会得した人間なんて。
「プロミネンス、こいつは下界に帰す。それ以上調子に乗るな」謎の人物は銃を取り出して足に向かって発砲した。最新の機械を使いこなすなんて,,,
「お前、ネオだな。殺してやろうと思っていたんだよ!!!」オリジン?誰の原初なんだ?俺なのか?でも俺のことを助けてくれたのはダストだけだ。今更助けるのは遅い気もするが,,,何はともあれ
「助かった!!」潰れた足を動かして離脱を図る。一瞬でも隙ができたのはでかい。この間に俺はこいつから距離を取ることができる。
「アクセル!!お前は逃がさん!!」追撃をするようにプロミネンスは炎を纏ったハンマーを振り下ろした。爆風と熱波が俺に当たる直前。やはりというべきか、ネオと呼ばれる人間が止めた。
「無駄さ。俺を越えられるのは俺しかいない」凍てつく風を強烈に吹かせ、熱波を相殺した。それどころかプロミネンスの体の一部は凍結し始めていた。
「黙れ!!俺は限界を超える!」~紅炎~
そのことを認めないと言わんばかりにプロミネンスは能力を使い凍結した体を溶かし、全身に滾る炎を纏う。凄まじい熱気と覇気で蜃気楼が現れ、プロミネンスが複数に見える。そして蛇のように自在に炎が空気中を這いオリジンのことを取り囲んだ。
轟轟と燃え盛る炎の中で神がただ一人全力でたった一人のちっぽけな人間と相対する。戦争、なんでこんなことが起きたのかを理解できた。人間が時に神を越えその毒牙を向けるということを。
「言ったはずだ。お前に俺は越えられない」~狼現門~
ネオの背後に大きな門が召喚され、中から一匹の巨大な狼が現れた。体長は数十メートルで体毛は漆黒。だがところどころ機械が埋め込まれ白い煙を上げている。前足は完全に金属で大地を掴んでいる。
「がああぁぁぁ!!!」咆哮と共に機械が駆動し始める。ブオォォンッッ!!けたたましい音が大気を揺らす。凄まじい程の熱気だ。金属は赤熱し、冷めた場所を探す様に思いのままに溢れている。
プロミネンスの炎も関係しているだろうが耐えきれないエネルギーによって駆動音は激しさを増す。
「そんな犬っころ、燃やし尽くしてやる!!」~紅帝炎舞~
纏っていた炎がプロミネンスと踊るように自由自在に動く。頭から足まで息が完全にあったパートナーの様に寸分の狂い無く流れるように狼に襲い掛かる。
「塵に還れ!!」取り囲んだ炎は瞬く間に狼の四肢をもぎ取り、傷口を焼け焦がした。ハンマーで造られたとは思えない傷口だ。俺みたいに抉れた傷跡じゃない。さっきまでのあいつは本気じゃなかったんだ。だから俺は本気で逃げなければ。
あいつとの距離はまだ百メートルくらい。その気になれば刹那の時間で生まれらてしまうだろう。もっと遠くへ。足が片方無くなっても腕だけで進めばいい。
「があぁぁぁぁ!!!!」死にかけの動物程恐ろしいものはない。狼は自身が持っている最大の武器。改造された咢をプロミネンスに向けた。
エンジンが搭載されたそれは恐ろしい程の馬力を持ち、当たるだけで全てが壊れていく。証拠に守りに入ったプロミネンスのハンマーを当たっただけで砕いていた。
「ふんっっ!!」このままではまずいと思ったのかハンマーを捨て咢に掴みかかった。己の武器は己の体と言うべきなのか。それとも同じ土俵に立ち勝ってこそと思っているのか。
「おいおい、俺の相棒舐めてもらっちゃ困るぜ?」バキバキと音を立ててプロミネンスの体を食い荒らしていく。そして血肉を動力としてエンジンにターボがかかる。
「がああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」エンジンがかかった機械はもう止められない。生命と無機物の調和。相反するモノたちが惹かれ合う。駆動音が神界に響き渡る。
「お前の限界?俺達ネオにとっちゃ昔の話さ。さてと明後日に行きますか」ネオが手に持ったボタンを押し、狼のことを爆発させる。今まで蓄積された熱量。そして喰らったエネルギー。それが今解放される。
ドオォォォォンンンン!!!!――――――――イィィン。鼓膜が破れた。そのことに気が付いたのはプロミネンスのことを助けようとした神達のが聞こえなかった時だ。
目の前に起きた爆発に俺はただただ目を瞑ることしかできなかった。情けない話だ。俺のことを助けてくれた人にも礼も言えなかったし、恐怖から逃げることしかできなかったことも。
目を開けたときには地面に突っ伏したプロミネンスと思われる肉に駆け寄る神達だった。
おかしい。いつもは聞こえるはずの鳥のさえずりも。風が吹く音も。自分の心臓の音も。違和感を覚えるのにそこまでの時間を要する必要は無かった。
音が聞こえなくなっている?耳に手を当てると血が音に付いて腕を伝って地面に流れ落ちていった。
おいおい、俺の体どうしちまったんだよ。これもとに戻るのか?今日だけで体を失くしては取り戻してを繰り返していたが、これが一番効いた。なにせ予想ができていなかったことだからな。
鳥居をくぐったときも、片足を失ったことも、って俺今脚ないじゃん!これどうすんの!?耳も聞こえないし、うまく動けない。俺、今この神界で一番無力なんじゃない?誰か助けてくれえぇぇ!!俺の虚しい魂の叫びが神界に響き渡った。
~神界・生まれの地にて~
「ようやく生まれたか」顔が見えないように黒のヴェールに覆われた人物が生まれた神を覗き込む。
「これで戦争に幕を閉じれるかな」同じく顔をヴェールで覆い隠した人物が神を覗き込む。
「無理、だろうな」二人とは違って顔を丸出しにした長髪の神が椅子にどっかりと座り込む。ケイオスだ。
「なんでそんなことが分かるんだ?」赤い髪を揺らしながら一人の神が対面に置かれた椅子に座る。
「ネオから聞いた。あいつら俺達より先に生きてるからな」ケイオスは腰にぶらさげた酒を取って一気に飲み干した。度数が高いだろうが彼にとってそんなのは関係ない。今の現実から逃避できればなんでもいいのだ。
「なら仕方ないな。お前ら、もっと先に終わるから希望的観測はやめな」赤い髪を持った神はヴェールに包まれた二人に言った。それを聞いた二人は無言で頷き虚空に消えていった。
「お前は物分かりが良くて助かるよ」ケイオスは笑いながら外の景色を眺める。外は絶望が渦巻いている。血が吹き上がり、肉は散らばり、死が周囲を埋め尽くしている。
「はっ。どうあがいても先に生きる奴が偉いからな」赤い髪の神は大きなハサミを手に取って戦場に駆けだした。
「本当に物分かりが良くて助かるよ」神界の片隅で乾いた笑いが響いた。恐らくこの神も神界で最もかわいそうで無力な人物の一人だろう。そして視線は外から揺り篭に移った。
「あんたはそれでいいの?」揺られていた生まれたばかりの神は物怖じしないで聞いた。
「生まれた神はよく喋る」ケイオスの部屋は一瞬で血にまみれたホラーハウスに変わった。口は災いの元とはよく言ったものだ。




