第二十七話 VS嵐斧
「今日はここら辺で止まるか」まだ目的地までは遠いし、太陽の真上にあるが、休憩を取ることにした。体も重たいし、心も何か重たい。自分がしたことは悪だと世界に言われているような気分だ。本当に最悪だ。
それでも自分がしたことは少なくとも間違っていないと言い聞かせる。それが生に執着している俺ができる生存戦力だったからだ。
「ったく助けたのに殺しに来るとか終わってんな」ボロボロになった大剣を手入れしながら愚痴をこぼす。俺の愛剣であるこの剣『無銘』は手入れさえしっかりしておけば、翌日にはたちまち元通りになってくれる魔法の様な剣だ。
名前が無いのは作った人間がこの剣に銘を彫っていなかったからだ。かわいそうだと思う反面、名前の無い剣と成長しているということが俺の旅を充実させてくれる。
「魔剣デュランダルは王国に置いてきたしな,,,当分は余りの剣とこれで戦っていくしかないか」魔法空間に剣を戻して晩飯の準備をする。今日の料理は無難にどでかい肉をどでかいフライパンで適当に焼いて食う、だ。
結局どれだけ味に凝っても、素材に凝ってもこの野生感のある食事が一番うまい。お前たちも焼肉でドカ食いしてる時が幸せだろ?あ、個人差があるか。まぁ、好きなものが巨大になってめっっちゃ食えたら嬉しだろ。それだ。
「よいしょー。なんの肉だったかな。何とかボアだったのは覚えてるんだが。上手そうだからいいか」脂が程よく乗った肉に胡椒と塩を上からぶちまけていく。お前は頭が悪い!って言われるくらいの量でOKだ。
そうしたらあらかじめ温めておいたフライパンの上に乗せる。今回温めるのを忘れたので、気持ちの良い音は聞こえない。
「焼けるまで何をしてようかな」この肉はとてつもなく分厚い。中心まで火が通るのは時間が掛かるだろう。
今日やり残したことは無いかな。うーーん。思い出せないってことは重要じゃないか無いってことだろう。そんなことより魔法の練習でもしておくか。ブランと出会ったら褒められたいからな。
そういえばあいつは魔法の才能がめっちゃあったな。同年代じゃずば抜けていたし、腕前だけで言ったら世界有数の魔法使いだろう。それが災いしているのかは知らないけど、慢心が凄いところがあるんだよな。そんなとこもひっくるめて俺はアイツが好きなんだよな。
あー。早く会いてぇな。本当に三か所を早く回らないとブランは退屈で死にそうだしな。俺も恋しくて燃えちまいそうだ。
「会いたいのかい?」空間を裂いて目の前に現れたのは、俺のブランを奪った張本人だった。
「調停者!!お前だけはここで殺す!!」まだ修復が終わっていない大剣を魔法空間から取り出して、対峙する。
「おっかいないなぁ。前までは仲良くしてたじゃないか」俺のことを馬鹿にするようにヘラヘラ笑っているのが曖昧な視覚情報でも分かる。
「黙れ!!お前が壊したんだろ!!」間合いを一気に詰めて大剣を脳天に向かって振り下ろす。
「怒りに身を任せてたら僕は殺せないよ」片手で軽く俺の大剣を受け止めると、粉々に握り潰してしまった。
「黙れえぇぇ!!!」俺の愛剣が地面に散っていく様子を見て俺はさらに激昂を重ねた。
「だから君は,,,」何かを言おうとした調停者だったが何者かの攻撃によって口を閉ざした。
「ブレイク、ここは俺に任せろ。時間は俺が稼ぐ」目の前に立っていたのは黒髪に短剣を二刀持った男___アクセルだった。でも普段とは様子が違うような,,,
「ダスト,,,なぜ君がここにいる!!」さっきとは打って変わって怒り狂った様子を見せる調停者に驚いてしまう。
「また殺されると感じているのか?神は情けないんだな」短剣を逆手に構えたアクセルは調停者に向かって走り始めた。その姿は一、十、百を超える群れとなって。
「アクセル、お前,,,いや、感謝する!!」アクセルかどうかもわからない存在に感謝をしてその場から走り去る。あいつが言うってことは間違いのないことだろう。それに時間は稼いでくれるらしいから思いっきり遠くまで逃げるか。
アクセルの一言で俺の意識は冷静さを取り戻した。俺がやるべきことは調停者を殺すことではなく、ブランを取り戻すということ。それには力も、経験も足りない。一番理解している人間に任すのが最適解だろう。
「だが、逃げっぱなしは性に合わねぇな!!」蒼を体に纏わせて、高速疾走を始める。初めてやることだから上手くいくかは分からない。でも信頼できる仲間がいるんだ。失敗しないだろう。
「喰らえ!!」~原初の軌跡~
超高速で繰り出された蒼は文字通り軌跡を残しながら調停者に直撃した。どれだけのダメージが入ったかは分からないが、硬直したのは見えた。十分な成果だ。後はアクセルがやってくれるだろう。大口叩いてたしな。
「ブレイク、お前はどこに行っても変わらないな。大神召喚」~フェンリル~
後ろから嬉しそうな声が聞こえた気がした。でも振り返らない。背中を預けた人間なんだ。二回も振り向いたら預けてないだろう。
「ダスト!!ブレイク!!お前たちは絶対に殺す!!」後方から爆発音と禍々しい殺気。それに感じたことのない獣の気配に背筋が凍り付く。今俺があの場に居たら一瞬で殺されているだろう。逃げててよかった。あ、フライパンに肉置きっぱなしだったな、勿体ない。
~ダスト・アクセル視点~
「俺が怖いのか?前までは余裕だったのによ。大神召喚」~マーナ~
あの後さらに鍛えた俺は狼の神を召喚することに成功した。力が足りない俺はまだ片割れしか出せない。マーナの見た目は銀の体毛に金色の目。月を体現していると言っても過言ではないほど美しい見た目をしている。
「黙れ!!黙れ黙れ黙れ!!」調停者は怒りに包まれて冷静な判断が下せていない。散々ブレイクに偉そうなことを言っていたにのに、当の本人はこれだからな。呆れたもんだ。
「今度も俺の勝ちでいいか?それと希望に手を出したってことは文字通り世界を敵に回したってことだな?」炎纏餓狼で体を赤く染め上げた俺は最重要事項を確認する。これは契約した神から頼まれたことだ。
「ああそうさ!!だからどうした!どうせ君にはあいつらは僕を完全には殺せない!!」調停者は右腕を獅子の前足を連想させるような獰猛な形を作った。
「はぁ、これだから神は苦手なんだよ。融通の利かないところがよ」地形を破壊しようとした調停者の腕をマーナが食いちぎる。それに追撃を加えるようにフェンリルが胴体に牙を立てた。
「ダスト!!君も薄々気が付いているだろう!!なのになぜ諦めない!!」調停者は空間に穴を空け、亜空間につながる道を作り、俺ごと中に送り込んだ。全力で戦うってことなんだろうな。
「人間だから、だな」餓狼を纏わせ、二刀による連続攻撃と分身による実体無き攻撃に調停者は押されている。俺の勝利はもう目の前にある。だが油断はできない。気を緩めた瞬間に死は喜んで俺の方に走ってくる。
「クソが!!全てが憎い!!神も!世界も!!この物語も!!!」調停者は慟哭を上げ、塵となった。殺したと言ってもいいんだが、いかんせん神はしぶとい。どっかの人間が複雑な構造にしたからだろうな。核を破壊しないと無限に蘇る。
しかし、世界が憎い、か。俺もその気持ちが痛いほどわかる。目の前で仲間を失くし、絶望して自殺を試みるところまでいったときにそう思ったな。神にもその感情があるなら俺たちのことも___なんて空想意味なんて無いんだろうな。
そんなことより、この軸のブレイクに会っておかないとな。俺がいた軸のブレイクと変わっていないみたいだし。恐らくは俺がいた軸は俺専用の軸なんだろうな。
「なんだ,,,これ,,,」ブレイクに会おうと空間に干渉した途端、目の前がerrorという文字に包まれた。どういうことだよ,,,俺はこの軸にとって不都合な人間てことかよ。調停者,,,最後まで嫌なことしてくれるじゃないか。
いや、この世界でもしかしたら、あの魔法が使われたのかもしれない。そうだとしたら___深く考えるのは止めよう。俺の思考で軸が不安定になったら困る。
おとなしく俺がいた軸に戻るか。また俺は空間に干渉しようとする。しかし、同じような文字に包まれて移動することができない。
やりたくないが使うしかないのか。今回の代償はどのくらいなのだろう。
「大神召喚!!」~マーナガルム~
空に浮かんでいた太陽は光を失い、強制的に夜になった。そして昇ってきた月は一匹の狼によって喰われた。
「なんだお前か。要件は?」目の前に巨大な___狼が牙を剝き出しにして佇んでいた。それは畏怖の念を抱くことすら許されない無慈悲の存在だった。
「元の軸に返してくれ」俺がそういうと狼は虚空に吼え、俺の体の半分。右足と右腕、左の目を持って行った。そして視界が暗転すると灰だらけの世界に居た。
今回はこの程度で済んだか。あいつの気分が良かったんだな。本来なら生命機能停止ギリギリのところまで持って行かれるんだが,,,この際そんなことはどうでもいいか。元の体に治すために新しい神と契約しないとな。
本当はこんなに仲間にする予定は無かったんだが、欠点を補うようにしていたら増えすぎてしまった。いまだに体を治す神とは会えていないし、独学で魔法を勉強するしかないのかもな。
ドリーマーという人間が関与しているとは言え、ここまで不便なのはやめてほしい。ただでさえ意味の分からん神という存在に触れて運が絡むとかやってらんねー。
愚痴をこぼせているだけましか。なにせ四肢は欠損しているし、左側は見えないからな。スキルを通していれば見えるが、ずっと気を張っているのは勘弁したい。
「そこに居るのはいつぞやの兄ちゃんじゃないか,,,ってやばい怪我してねぇか!?」前に会ったことのあるおっさんが俺のことを発見してくれた。どうやら本当に気分が良かったみたいだ。
「申し訳ないが、そっちの方で少し面倒見てくれないか?」
「少し?馬鹿言うんじゃねぇよ。好きなだけ滞在してけ。前に進むために休憩があるんだからな」俺のことを背負いながらそう話すおっさんの背中は人の温かみがあって凍っていた俺の心を溶かしてくれた。
「ありがとう,,,ございます」俺の涙腺は遂に決壊して涙を流した。ここ数年泣いていなかったから止め方が分からない。
「好きなだけ泣きな。その分笑顔が良くなるからな」その言葉を聞いて俺はさらに泣いた。どんな年になっても泣くという行為は優しさに触れたときに起きることなんだなと感じた。
そこからは優しい言葉を聞きながら避難所まで担いでもらった。俺の体を極力揺らさないようにしてくれるおっさんに俺は尊敬の念を抱いた。
自分のことで手一杯なはずなのに他人を気遣えるその度量。器の大きさ。何よりもこんな世界になってしまっても前向きに生きる顔を見て。俺がこの世界を壊した張本人だと言ったら彼はどんな顔をするのだろうか。
そんなことを考えながら灰に覆われた避難所に着いた。中には数百人の人たちが各々の仕事をしていた。農作業をしていたり、武具を作ったり、傷を治したりしている。
俺は傷を治してくれる人のところに運ばれた。俺のことを見てくれたハリルとい女性はここまでん重症なんて見たことが無いと言って治してくれた。
「ありがとうございます」礼を言ってテントから出る。地面は灰塗れで足が沈んでいく。当面の目標は情報を集めることと、この避難所に恩返しをすることだな。
「なにかできることはありますか?」物を運んでいる大男に話しかける。さっきまで怪我人だった奴に何ができるか分からないが、見ているだけって言うのも歯がゆい。
「たくさんあるぜ。でもお前はまず自分の体を治してやんな。宿なんてたいそうなものは無いが、空いているテントを自由に使ってくれ」男の視線の先にはたくさんのテントがあった。
「そうですか。では明日からよろしくお願いします」そう言うと大男は苦笑いをしながら「待ってる」と言ってくれた。俺の覚悟が伝わったみたいだ。この世界で生きるためにはこのくらいがちょうどいいだろう。
~ブレイク視点~
二つ名を討伐する計画からずれてる気がするな。こんなにイレギュラーが重なってくるとは思っていなかった。でかい肉も食えなかったし散々だな。
今は嵐斧がいるところに向かって蒼を使って走っている途中だ。調停者から逃げる方向と同じだったのは奇跡に近いだろうな。
しかしアクセルがあそこまで力を付けているとは想像していなかったな。俺も遅れを取らないように鍛錬に励まないとな。ていうかあれはアクセル,,,じゃないよな。見た目はそっくりだが、別の軸から来ているような感じがする。
俺が攻撃をした瞬間に見えたアクセルの顔は絶望した人間の様な顔をしていた。頬はやつれて、目には光が無くて、心の底から人を拒んでいるように見えた。
少なくとも俺の知っているアクセルはあんな顔をするような人間じゃなかった。希望に満ち溢れて,,,とまではいかないが、現状に満足している顔をしていた。
俺が出会ったアクセルに何があったのかは知らないが、いつも通りに話して、笑って、冗談を言い合おうと考えている。
「目標発見」いろんなことを考えている間に嵐斧が数百メートル先に居るのが確認できた。依頼内容とは風貌がかなり違うな。生存者が極端に少ないから無理もないか。
体長は三メートル程で両手にはバトルアックスを握りしめている。そしてミノタウロスにあるはずの角が無い。恐らくは戦いの中で削り取られたのだろう。後は背中に金色の斧を担いでいる,,,?
「目が痛くなってきたな。ここからは戦いながら確認するか」望遠のスキルは便利なんだが、目がありえないくらいに疲労する。あんまり情報が無いが、何とかなるだろう。
「先手必勝、だな」蒼を纏って全力疾走する。魔法空間から使い捨ての大剣を取り出して大きく振りかぶり、頭をたたき割りに行く。
「もおおぉぉ!!!!」あと数メートルのところで嵐斧は俺に反応して、斧で反撃をしてきた。
マジか。音速に近いとは思っていたんだが,,,ってこいつ攻撃に風魔法が付与されている!情報適当すぎるだろ。もっと精査してから依頼を貼ってくれ。
離脱しようとした俺は魔法に足を取られて転んでしまった。嵐斧はこの瞬間を逃すまいと担いでいた金の斧を素早く取り出し振り下ろした。
「テレポート!!」攻撃が当たる寸前のところで魔法による瞬間移動をして回避した。精度は終わっているから地面に半分埋まっている。早くブランに教わらないとな。ていうか俺は魔法の才能が無いのかも,,,それだけは勘弁してほしい。
「ぶるるぅぅうぅ!!!」嵐斧は地面に叩きつけた斧を巻き上げるように振り上げ、竜巻を起こした。もちろん地面に埋まっている俺は回避することができない。
「ぐああぁぁ!!」視界の端で俺の左腕が空中を舞っているのは見える。竜巻単体とはいえ、このダメージはやばいな。早めにケリをつけておかないとやばい。
「ふぅぅぅ!!!」何て考えているうちに追撃が飛んでくる。上下左右。嵐と呼ぶにふさわしい連続攻撃に俺はただ耐えることしかできない。愛剣があればもうちっと対抗できるかもしれないが、今は使い捨ての大剣しか持ち合わせていない。今は好機を探し出すのに精いっぱいだ。
キィン!カァン!ガギィン!激しく金属が衝突する音で森中がざわめく。向こうは攻撃し放題に対して俺は防戦一方。地面に突き刺さった大剣は幾数本。全ては風によって巻き取られたものだ。
時間が経つにつれて戦況は向こうに有利な状態を作り上げる。足場は俺の靴には不向きな凹凸の激しい地面に。ミノタウロスの様な蹄の持ち主には力が入りやすい。
また、嵐が通った様な後には金の斧が反応して火力が上がっている。恐らくは魔斧で風魔法で鋭さや肉体にバフがかかるのだろう。魔剣じゃないだけましか。剣だったら戦闘スタイルが急変して対応しずらくなる。ここだけは救いだ。
それにしても牛の怪物に苦戦するなんてどこかの物語みたいだな。っていかんいかんこんなことを考えている余裕なんて俺には無いんだ。目の前のことに集中して死なないようにしていかなければ。
なんでこんな英雄みたいなことしてるんだろうな。自分で英雄って言うのは違うか。皆が認めてくれてのものだろう。俺にはそんな資格もないしあったとしても捨てている。だって俺にそんなものいらない。
俺が必要としているのはブランとアクセルといられる力。それだけでいい。そのほかなんておまけに過ぎない。この戦いも俺が強くなる過程に過ぎない。でも俺は全てに感謝している。強くなれたのはこのおまけのおかげなのだから。
「俺もマジで戦るぜ!!」蒼を纏って自身が出せる百パーセントの力を出して対峙する。俺が求めているのは生半可な戦いじゃない。研鑽できる戦いで、成長できる戦いってことだ。
そのためには強い相手、そして全霊をもって戦う己の強い意志が無いといけない。今までの俺にはそれが足りなかった。でもそれに今気が付いた。誰も俺を止められない。
「もおおぉぉぉぉぉ!!!!」向こうも本気で闘ってくれるみたいだ。感謝するぜ。
剣戟が森に響く。次第に大きくなっていく威力。そして闘志は世界を焼く松明のように燃え上がっていた。まるであの日戦った龍をなぞるように。
渦巻く風に対抗するように蒼が地面から舞い上がる。俺の意思とは関係なくただただ自由を求め、天に向かって奔っていた。
「うおおぉぉ!!!」大剣を振りかぶり、相手のカウンターを待つ。今までの俺の戦い方じゃ絶対に負ける。学習して強くなる。それが生き物の本能だ。
そうやって学習して進化し続けた果てが人間。学習を全て強さに捧げ続けた果てがモンスターだと俺は考えている。
「ぶるうぅぅ!!」やはりカウンターをしてきた。横一文字に振るわれた斧を躱し、片手で魔法を撃つ。詠唱は上手く出来ないが、時間稼ぎには丁度いいだろう。
「ブラスト!!」風の魔法に対して風の魔法を撃つ。魔力が強い方が勝つと思っていたら大間違いだ。魔力にも流れがある。そこを突けば威力は何倍にも跳ね上がるし、相手の魔法を崩すことができる。
「ふうぅぅ!???」俺の魔力の流れに乗せられた牛の怪物は握りしめていたはずの金の斧を落とし驚愕していた。今までからめ手に対して暴力が勝ってきたからだろう。こんな事なんて想像なんて出来はしないだろう。
「お前の斧は俺が活用してやる!!」地面に刺さった斧に向かって走り引き抜く。思っていたよりも軽いな。バトルアックスよりも威力があるとは思っていたんだが,,,魔力のおかげか。
「エンチャント・ブラスト!!」持っている斧に風魔法のバフをかける。俺の予想が正しければこれで威力が増大するだろう。
キィン!斧が神々しい光と共に、何かと共鳴したような音を出した。成功したみたいだな。これだから未知との戦いはやめられない。
「これで終わりだ!!」金の斧に蒼を纏わせて大地を抉るように下段から片手で大きく振り上げる。
「ぶおおおぉぉ!!!!」対抗するように上段から二つのバトルアックスが空気を切り裂きながら振り下ろされる。
砕けていく地面。抉れていく木々。震える大気。虚空に放たれる獣の一吼え。俺は嵐斧との戦いに勝利した。あっけなかったな。
というか勝手に強くなってくれた蒼のおかげなんだが,,,困るよそういうの。主人の分からないところで強くなっちゃうの。
まぁ、結果オーライだな。蒼が強くなってくれなかったら俺は苦戦してただろうし。秘策はあったからここで見せられないのは残念だな。取りあえず使えそうな素材を持って行くか。後は二つ名と証明できるもの,,,この金の斧とバトルアックスくらいかな。
角は生えていなかったし、体毛で我慢するか。最悪ギルドの戦闘体験装置で確認して貰えばいいか。
「エクス・ヒール」落ちていた左手を元あった場所にくっつけて魔法を発動させる。俺は未熟だからこうしないと元通りにならないんだよな。ブランなら無詠唱で腕を生やすくらいのことは出来るだろう。
戦闘の後始末を終えた俺はラック・ロック・ブレイン向かって走った。時間にして一時間くらい。早く動けるってのは最高だな。
「本当に二つ名なんですかね?」ギルドに戻った俺は、嵐斧の素材を渡して鑑定をしてもらった。しかし、予想通り判断材料が少なく、怪しまれている状況だ。
そりゃそうだろうな。少しの体毛と斧が三本。俺も職員だったら疑ってしまう。でも本当だから。早く認めてほしい。
それじゃないと駄々こねた人間みたいになる、現に俺は周りから痛々しい視線を貰って心が痛いからな!ははは!って笑っている場合じゃないんだよな。
「戦闘体験装置を見たらどうだ?」俺たちがごたついていると、奥の方から巨漢が出てきた。見た目は二メートルくらいであり得ない位にごつい。顔に付いた十字の傷は死線を潜り抜けてきた猛者の風格を感じさせる。背中には俺と同じで大剣を担いでいるが、向こうの方が派手で高そうだ。
「ギルドマスター!その手がありましたね!」職員はそういうと戦闘体験装置が置かれている部屋に向かった。機械はこの世界の住民にとって馴染みのないものだから仕方ないな。俺も王国の重役になってから初めて触ったし、何よりも国の国家秘密になるくらいのものだ。
というかこの人はここのギルドマスターか。確かに圧倒的なカリスマを感じさせるオーラを纏っている。
「お前が嵐斧を倒したのか?」見た目通りのごっつい声で聞いてきた。獣臭いな。この人も一狩りし終わった人間か?って俺も獣臭いから何も言えないな。
「この大剣でな」背中に担いでいる大剣を指さして、アピールする。周りの目線もこの瞬間だけは憧れのまなざしに変わるだろう。ギルドマスターという地位に居る人物と話しているのだから。
「にしては傷が少なくねぇか?」まじまじと剣を見るギルドマスターは裏社会に居るんじゃないかってくらい険しい形相をしていた。怖いからやめちくり~。
「スキルでカバーしてるだけだ。文句でも?」ま、ビビんないけどな。ここで怖気づいた動きを見せれば、嘘ついてるんじゃないかって余計に疑われてしまうからな。ただでさえ俺が悪いみたいな雰囲気になっているんだからな。
「言うじゃねぇか。で装置はどうだったんだ?」慌てて戻ってきた職員にいかつい顔して聞いていた。
「嵐斧の情報が入っていました。彼の討伐は間違いのないものだと」情報が印刷された紙を見せながら説明している彼はそれはそれはかわいそうだった。
なにか詰まったら「あ?」何て言われているんだから。そこまでしなくてもいいじゃんか。見てるこっちが辛いよ。一通り話を聞いたギルドマスターはこっちの方を向いた。そして「二つ名の討伐ご苦労!!」と満足したような顔で肩を叩いてきた。
「ここら辺で被害が大きかったモンスターでな。俺も別の依頼を受けていたから手を焼いていたんだ」頭を掻きながら礼をいうギルドマスターは気さくなおっちゃんみたいな雰囲気だった。
「嬉しい報告だからな。お前ら!!今日は好きなだけ飲んでいいぞ!!」ギルドマスターは手を大きく振り上げて、宴会を開催することを宣言した。
「「「うおおぉぉ!!!!」」」その場にいた冒険者は大きな声を上げ、喜んでいた。あっという間にギルド内は騒ぎ声に支配された。
「っと、紹介が遅れたな。ここのギルドマスターをしているパラディだ。お前の名前は?」喧騒の中向こうが挨拶をしてきた。
「ブレイクだ。しばらくは世話になる」互いに手を交わして強く握り締める。
「ま、堅苦しいことは無しにしようや。俺も元冒険者だからな」笑う彼は付いて行きたくなる頼もしさがあった。
「そうだな。あんたは何を飲むんだ?俺はあんたに合わせるぜ」カウンターに隣同士に座って聞く。
「発泡酒いける口か?ここ最近飲めてなくってよ」
「オーケー。発泡酒を二つ頼む」ベルを鳴らして店員を呼んで注文する。
「二つ?馬鹿言うんじゃねぇよ。樽で持ってこい!!」大声で注文するパラディを見て嫌な予感がする。
「おいおい、また飲み比べか?」「あいつ、かわいそうに」「どっちが勝つと思う?俺は蒼髪に賭けるぜ」
周りの声がよく聞こえる。最悪だ。とんでもない酒豪と飲み比べか。どっかで抜け出してみせるぞ。
「お前ら!!存分に飲むぞ!!」ジョッキを勢いよく合わして音を鳴らすと、本格的に宴会が始まった。
「嵐斧よりも優先することがあったのか?」目の前に置かれたチキンを頬張りながらパラディに聞く。あいつもなかなかの強さだったから優先して倒しに行くはずだが,,,
「あぁ、ここから北の山で無音と青雲が暴れてたからな。嵐斧よりも被害が大きかったから俺が直々に殺しに行ってやった。なにせ市民にまで被害が出てたからな」ジョッキに並々注がれた発泡酒を一気に飲んで追加で注文していた。
「ま、嵐斧は誰か倒すとは思っていたからな。被害も馬鹿な冒険者だけだったしな」そう言う彼だが、複雑な顔をしていた。表面では強がっているが、心の底では悲しんでいるのだろう。
「でもまあ、俺がもっと強かったら被害は少なかったのかもな」二つ名を二体同時に倒しても力が足りない、か。羨ましい悩みだな。でもそれだけ、この人は人のために生きているってことなのだろう。
「そんな話より、今を楽しもうぜ。生きてるんだからさ」気分が下がる話よりも、上がる話の方がこの場所には相応しいだろう。今も周りは笑って、怒って騒がしい。
「そうだな。おーい!誰か飲み比べに参加するやつは居ねぇか?勝ったら即金で一千万リルくれてやる!!」憂鬱な気分を振り切って楽しむことを選んだ彼は弥春、皆が付いて行きたくなる人望があるだろう。
「まじか!?俺は行くぜ!」「やめとけ死ぬぞ!?」「今回は勝たせてもらうぞ」「あんたの奢りだろ?参加させてもらおう」
わらわらとでかいテーブルを囲むように人が集まってくる。ていうかなんで俺は参加してるんだ?もしかして強制参加か?そう思ってパラディの方を向くと、口角を上げていた。この野郎。
「うっし。俺も本気で飲むぞ!!」樽を掴んで体に発泡酒を流し込んでいく。周りも俺に合わせて各々酒を飲み始めた。
「なかなかの飲みっぷりだな!俺も負けてらんねぇ」パラディはそういうと軽々と樽を一本飲み干した。怪物かよ,,,
ドン引きしながら俺も飲んでいく。胃袋はキャパオーバーと言わんばかりに膨らんでいるが、負けてられない。だって誰も脱落してないんだもん!なんで!?そろそろ諦める人が出てきてもいいんじゃないの!?
「まじかよ、蒼髪結構やるじゃん」「新規だろ?度胸あんな~」周りから認められている雰囲気が出ているが、こんなので認められてもって感じだ。腕前を見てくれよ!酒がどれだけ飲めるかじゃなくて!
「そろそろきついかも,,,」隣で飲んでいた女が弱音を吐き始めた。ようやく脱落者が出るのか!?樽が二本も空になったんだ。出なきゃおかしいだろう。
「本気出さなきゃ」女はベルトを外して、限界を超えた。なんでみんなはそんなに無茶したがんだよ!?希望なんてないですここに!まじで馬鹿ばっか。
「最高だな」それでも心地よいと思えるのは俺が生粋の楽天家だからだろう。ここにブランやアクセルが混ざっていればもっと面白くて、騒がしくなっていただろう。
「どうした兄ちゃん?涙なんか流して?」対面に座っていた俺よりも歳をとっていそうな好青年が話しかけてきた。
「あれ?あぁ、ちょっと昔のことを思い出してな」咄嗟に嘘を吐いて平静を取り繕う。こんなのはバレバレだとは思うが仕方が無い。こうでもしないともっと泣いちまうだろうからな。
「ならいいんだが,,,ま、外の風でも浴びて来いよ。お前、結構いいとこまで行ったんだからな」後ろに転がっていた樽を指して教えてくれた。気が付けば俺は三本も樽を空にしていた。これは飲み過ぎたな。
「そうするよ」ふらつきながら俺は外に向かって歩く。途中で何人かの人にぶつかってしまったが、向こうからは何も言ってこなかった。
「ふぅ~」外の新鮮な空気を体に取り入れて体の中を綺麗にしていく。夜の風は冷たくて、酒で火照った体を冷ましてくれた。
「今日はブルームーンか」空を見上げると、青色の月が姿を見せていた。年に一回あるかどうかの確率の青い月。原理は分かっていないらしいが、魔力が普段よりも多く検知されていることから魔力との関係があるのではないかと言われている。
「星が見えなくなるから苦手なんだよな」ブルームーンは明るくて、他の星の輝きを奪ってしまう。腰辺りまである柵に体重をかけて楽な態勢を取る。ちょっと飲みすぎたかな,,,
「どうしたブレイク?もう終わりか?」ガチャガチャと音を立てながらやってきたのはパラディだった。手にはジョッキとチキンを持っていて、まだまだ飲むようだ。
「流石にな。明日も依頼を受けるから、ここら辺で帰らしてもらう」
「そうか。今日は雨らしいから風邪は引くなよ?」後ろから優しい声が聞こえる。そうだな。今日は雨が強く降り注いでいる。だからこのくらいなら___




