第二十三話 ケイオス
はいそうです、なんて言えるようなやばい奴がきちゃったよ!?なにこれ?いきなりラスボスみたいのが自分から出てきたよ?冗談じゃないよ!見るからに魔王とか人類とは反対で対立してる種族だよ!
これどうすればいいの?大陸に返してくださいなんてちっぽけなお願い事言える様な雰囲気じゃないよ。世界の半分くらいで妥当な位の大物だよ。
マージでどうしよこれ。でも暗黒の騎士の方がやばいって思えたな。なんでだろ。あ、これ敵意をまだ向けられてないから耐えれてるだけだ。向けられた瞬間に即死亡するのが見えた。
どうにか穏便に帰ってもらうことは出来ないかな。って無理無理!なんかめっちゃこっちの方睨んでるし。爆発ギリギリのダイナマイトだよ。ちょっとでも刺激を与えたら爆発して死ぬ奴だよ。
「我を前に黙るとは中々度胸があるな」重々しい声が響き渡る。というよりは脳内に直接話しかけられているみたいだ。悪魔のASMRなんて経験したくなかったよ。
「我が名はケイオス。空間を操る者。用が無いのならここを去ろう」あれ?なんか勝手に帰ってくれそうな雰囲気だしてるぞ。このまま黙っていたら帰ってくれないかな。
てか、よく見てみたら気さくなおっさんみたいな顔してるんだな。なんか強面な男のイメージしてたな。頑固者で融通が利かなさそうなあんな感じの顔だ。頑固爺って言ったら分かりやすいか。
「お前の心の声、聞こえているぞ」脳内に声が響き渡る。嘘やろ!?ここまでの失言全部筒抜けだったてこと!?殺される奴や。これはもう助からん。今までありがとう。愛しかったよこの世界。
「何を考えているんだ?俺はお前のことを気に入っているぞ?」あれれ?この人中々にいい人なのかもしれない。そりゃそうだよな。初対面でいきなり殺しに来るとかそうそうないもんな。
「その気になれば,,,」嘘嘘!!あんたはむっちゃいい人!確信しています。だからその意味の分からない剣を出さないでください。
ケイオスは空間を操る者を称しているだけあって、何もない空間から魔力の流れを乱さずに、細長い、フランベルジュの様な形の剣を取りだしていた。恐らくは魔法空間と似たようなものだろうが、次元がまるで違う。
「で、お前は何故我を呼んだ?」話を戻されてしまった。てかあんたはもう知ってるよね!心の中を呼んでるんだからね!かなりのSですよ。
「大陸に渡るための移動手段として,,,」俺はおとなしく事の経緯を話した。ケイオスは俺の話を気に入っていたのか、終始口角が上がっていた。
「そうか。やはり人間は___面白い。ところでお前、俺と天界に来ないか?」ひとしきり笑ったかと思うと、突拍子の無いことを言ってきた。天界?俺はやっぱここで死ぬ感じですか?
「死なないさ。俺はお前が気に入ったんだ。それに一人で酒を吞むのも飽きたんでな」そう言うとひょっとこを出したかと思えば、盃に中身を注ぎ俺に差し出してきた。これはつまり,,,
「神の頼みは断れんだろ?場所も変えよう」やっぱりそういうことだよな。仕方がない。今夜は俺がこいつの肴になって上げるとしよう。
月が夜桜を照らす下。俺は神と盃を交わした。そこに契約とか約束とかそんな煩わしいものは無くて、ただ一人の人間としての友人として酒を呑んで笑いあった。
「なんで神が人と同じ見た目をしてるか分かるか?」ケイオスがふと俺に質問をしてきた。
「分からんな。でも、俺が神だとしたら,,,寂しいから,,,だろうな。まぁ、俺の知っている神様はそんなちんけな悩みは無いんだろうけどな」俺はそういって盃に入っていた酒を呷る。
「お前にはやはり何か,,,近しいものを感じるよ」ケイオスは少し悲しそうな顔をしたかと思えば、また盃に酒を注ぎ、俺と同じように呷った
「勘弁してくれ。俺はまだ死ぬ気はないんだ」笑いながら空を見上げる。今日はやけに月が明るいし、桜も綺麗に咲いている。じいちゃんが持ってきた桜もこんなに綺麗だったっけな。
「お前も空が好きなんだな」
「当たり前だろ。どんなに世界が残酷でも、挫けたって折れたって空は味方でいてくれているような気がするからな」手を伸ばして曲げ伸ばしをして天を掴んだ気になる。今の俺にはこのくらいがちょうどいい。
「お前もあいつと同じことを言うんだな」ケイオスは旧友を思い出す様に、遠くを見つめながらそう言った。ここで誰と聞くのは野暮な話だろう。
そこからは少しだけ沈黙の時間が訪れた。互いが互いの気持ちを尊重して生まれた時間なのだと思う。俺はブランにケイオスは旧友に対して。
「しんみりした空気は苦手なんだ。話でもしようぜ?」ケイオスの言葉でまた会話が始まった。
「それよりもお前はブランとやらの魂か意識を探しているんだろ?教えてやろうか?」
「居場所を知っているのか?」ケイオスがブランの居場所を知っているなんて思わぬ収穫だ。ぜに回収しておきたい。
「教えてやるよ。だけど条件な。たまに酒を一緒に飲んでくれねぇか?アイツといた気がしてよ」その姿を見て俺は首を横に振れなかった。まるで人間の様な苦悩を抱えているようだったから。
そのあとは承諾をして解散したケイオスは天界へ。俺は一番近くの大陸に転送してもらった。
ケイオスの話によると魂は忘却の墓場にあるようだ。意識はまだ見つかっていないし、不確かなものだから分かり次第教えてくれるというものだった。
「って場所だけで行き方教えてもらって無いやん!!」完全に嵌められた。あのくそ神。今度はアクセルを連れてひき殺す勢いで問い詰めてやる!!って思ってるってことは少なくともケイオスとの話が楽しかったんだろうな。
今後の旅もアクセルを探しながら強くなっていくしかないのか。オリジンが目指していた、のほほんとした世界で旅がしたいよ。こんな風にしたのは俺なんだけどよ。
はー。自由ってのも中々通すのが厳しいな。別の角度から見れば束縛が起きてしまうし、かといって束縛された方を優先すればもう片方が縛られる。正義みたいなもんだな。どっちかは悪になるってやつ。勝てば正義で片付けられれば簡単なんだけど。
っとそんなこんな考えている間にもう町に着いたみたいだ。舗装されていた道だったから苦ではなかったな。それにそこまで歩いていないし。ケイオスはそのあたりのことも配慮してくれたのだろう。
「さてと、情報収集から始めますか」体を伸ばしながら町の中に入っていく。門が無いのは冒険者地区だからだろう。いちいち冒険者かどうか判断していたら時間が無いからな。中に入ったらあとは自己責任でって感じの街なんだろうな。
「ギルドはどこかな?」大きな通りに出て左右を見渡す。大体の主要な建物は大きな道にたっているか、見えることが多い。迷ったときはこうするのが手っ取り早いだろう。異世界に飛ばされたときは頼ってくれてもいい情報だ。
後は人に聞くのもいいだろう。人相がいい奴にしろよ?柄の悪い奴はたいていの場合柄が悪い。ほら。今みたいに向こうからぶつかってきてもいちゃもんつけてくるから。
「気分がいいうちに家に帰れ」そう言うやつはたいてい凄めば逃げてくれる。隠したしか狙えない心が弱い人間だからな。後は良すぎるのも駄目だな。甘えて油断してると、緩んだ首元を狙われるからな。
ほら、今みたいに麻酔を,,,?ってあぶねぇぇぇ!!!アイテムですぐに意識取り戻したけど普通に拉致されるとこだったぞ!。全くこういう人間が跋扈しているから門番がいつまでも居るんだよな。
平和な世界が来てほしいな。多少の悪は必要だとしても、な。ふぅー、やっとギルドが見えてきたな。外装も赤やオレンジなんかの明るめの色でで好印象だな。高さはあまりないが、広そうだ。
少しの間ここで情報を集めさせてもらおう。席に座って食べ物でも頼むか。酒の飲み過ぎか胃が痛いんだよな。ここで訂正させてもらうがこっちの成人は十五で酒は十二で飲める。そっちの世界とごっちゃにすんなよ?
「店員さーん!とりあえずステーキとサラダ。ポタージュを」酒を飲んだ後に」酒を飲むのは体に悪い。というより味の濃いものを体に入れたい。今一番欲しがっているからな。
「今お持ちしまーす」可愛い店員の声がギルドに響いた。そして料理を頼んで数十分いまだに運ばれてこない。周りは運ばれているのだが、俺のところには来ない。なんでだ?周りを見渡すと笑い声が漏れたのが聞こえた。
なるほどな。ギルドがグルになって部外者に情報を回さないようにしてるんだな。話し声もよく聞いたら脈絡が無いし、テーブルの下で手紙でのやり取りが行われている。最悪な街に来たな。
「ブレイク、墓場への行き方を教えていなかったな」何て思っていたらケイオスが空間を破ってやってきた。それも剣を片手に機嫌が悪そうに。完全に二日酔いで来てんな。
「ん?ここは食堂か。俺も何か頼もう。ブレイクは何を食ってんだ?」頭を掻きながら椅子に座る仕草は神様には見えない。神様の素の状態ってのは案外ラフなのかもしれないな。
「まだ何も。頼んでも来ないからな」周りを見てケイオスに察してくれと言った目線を送る。向こうもなんとなく察してくれたようだ。神様は人間に興味が無いと思っていたんだが違ったらしい。
「俺の友人を無下に扱うところは初めてだな」ケイオスは軽く剣を振るった。神たちからすれば戯れに過ぎないのだろうが、人類に傷跡を残すのには十分だった。
ケイオスが放った斬撃は一直線上に飛んでいき、海を割り、山を両断し、天を砕いた。悲鳴が伝播していく。同時に混乱と狂気を。この時に俺は神とは畏怖の対象であることを再認識した。
「掴めブレイク!時を戻す!」咄嗟にケイオスの腕を掴むとすべてが逆再生の様に巻き戻っていった。天は青空に、山は緑を取り戻し、海は生命を育み始めた。神はやること成すことの次元が違うな。って当たり前か。完全に上位存在なのだから。なんで俺は神になんか好かれてるんだ?もしかして,,,
「__さま。様!お客様!注文はお決まりでしょうか?」かわいらしい店員の声が聞こえる。あれ?なんで俺はここに,,,あぁ、情報収集だったな。とりあえず食べ物でも頼んでおくか。
「ステーキとサラダ。あとポタージュを」今は味が濃いものを食べたい気分なんだよな。ここの店はどれくらい味が濃いんだろうか。薄かったら卓上の調味料でも使うか。
「やはり今のブレイクじゃダメなのか」後ろから懐かしい声が聞こえた気がしたので振り返ってみたが誰も居なかった。気のせいだろうか。それにしては馴染みのある雰囲気だったんだけどな。ん?何か忘れているような,,,
「お待たせしました。ご注文の品です」考え事をしようとしたらこれだ。まずは腹を満たせってことか。腹が減っては何とやらってやつか。
取りあえず何日か滞在してみるか。予想よりも濃い味をしていたステーキを優しい味のポタージュで流し込みながらアクセルと三か所を回るための計画を練り始めた。
~同刻天界にて~
ケイオスは一人の少女と話していた。
「あなたは期待し過ぎなのよ」ケイオスの目の前には小さな黒髪の少女が呆れたように立っていた。眼は原色の赤ペンキの様に鮮やかで、その姿には似合わない大剣を装備していた。
「少しは期待してもいいだろう」ケイオスは少女に反論するように声を少し荒げた。
「どうせここは崩れるのだから」少女の方はそんなことは意にも介さないように何かを諦めているように世界を上から見下ろしていた。
「だからといって見てるわけにもいかないだろう」ケイオスは亜空間から剣を取り出して、半ば脅す様に説得をした。
「この世界は狂い始めているからどうしようもないわ」少女は一瞬にしてケイオスの後ろに回り込み肩を叩いた。そんなことをしても無駄だと言わんばかりに。
「それを正すのは,,,」顔を伏せ、拳を固く握っていた。諦めきれない少年の様に。
「今は夢を見ていないで行くわよ。私たちは不変なのだから」少女は歩き始める。迫りくる天使たちに向かって。
「そうだな。軸が変わっても俺らは変わらない」ケイオスも今起きている事柄を受け止めるように剣を天使たちに向かって振りかざした。その剣先は並々ならぬ覚悟と矜持、決意と希望が詰まっていた。
「そうした方がいいわ。まだ、時間が必要なだけ」少女は大剣を軽々と持ち上げ、攻撃の態勢を取った。
「おいで」少女の優し気な声色が戦いの火蓋を切った。
天界戦争。それに人類が干渉するのはまだ先の話。しかしもう亀裂は入り始めている。全ての軸に。そして終わりにも。
「chaos 、だね」世界のどこかで誰かがまた呟いた。




