第二十二話 気付きとこうかい
~ブレイク視点~
「ブレイク、そっちの業務の方はどうだ?」赤い髪の青年、いや、国王様がコーヒーを両手に持ちながら聞いてくる。
「ぼちぼちですよ。でもこの一年で結構なとこまでいったんじゃないすか」山積みになった書類をかたずけながら適当に返事を返す。
俺はあの件以来、グロリア王国に罪滅ぼしとして国の復興を手伝っている。一年前までは焼け野原だった土地が今では、立派な建物が碁盤の目状に立てられ、自然との調和を保っている。何と言ってもグロリア城からの景色は圧巻で、綺麗な形に感嘆の声を上げてしまうほどだ。
「そうか。そろそろ頃合いじゃないのか?」プロティスはコーヒーを机の上に置き、真面目な表情になった。
「何がですか?」おかれたコーヒーを飲みながら話を聞く。この手の話はモンスターの討伐やら、テロの鎮圧なんかの面倒ごとばかりだからあまり聞きたくないんだよな。
「約束の時期が近づいてきたんじゃないかって思ってな。二年は待ってやるよ」彼はそういうと長期休みの紙を机の上に置いた。
「あー。もうそんな時期か。それじゃ少しの間休みを貰います」置かれた紙にサインをして事務室を出る。この一年でずいぶんと偉くなったもんだ。平民から王族の秘書とはな。世界はどうなるか分からんな。
「でも、そんな大事な約束をしたかな,,,」過去の記憶を探りながらどんな約束をしたか思い出す。確か三人で旅をしていて、俺が強くなるからって理由でパーティーは解散して,,,
そもそも三人で旅をしていたか?俺と、アクセルと,,,駄目だ。思い出せない。一年も前のことだからいろいろなことと混ざっているのだろう。
「本当にそれでいいのか?」後ろから俺の声が聞こえた。ジェノサイドの俺が来たのか?それにしては敵意が感じられないな。
「お前は誰だ?」後ろを振り返るが誰もいない。こんな感じの展開を知っている。最後は決まって肩とかを叩かれてやっと気が付く。
「俺は,,,まぁお前の好きなように呼んでくれ」目の前が蒼い霧で覆われていく。俺と同じ能力の様だが、圧倒的な練度の差を感じられる。
「ここは,,,」城に居たはずが何もない平原の真ん中に立っていた。周りを見渡すが特徴的なものが無い。強いて言えば果てしなく広がる青い空と遥か上空に伸びている積乱雲くらいだろうか。
「とりあえず探索するか」さっきの声の主を探すのもあるが、ここがどこなのかを知る必要がある。
しばらく歩くと平原の終わりが見えた。建物があるとか地形が変わったとかではなく、言葉の通りになかった。
「空に浮いているのか,,,?」切り立った崖を恐る恐る見下ろすと、遥か下方に渦巻いているようなものが見えた。恐らくは海だろう。しかしなんで俺はこんなところに居るんだ?
「ここを気に入ったか?」後ろを振り返ると俺が立っていた。見た目は髪が俺よりも長く、蒼のマントをなびかせていた。マントの中には模様が入っていてペガサスが五頭空を翔ける様なものだった。
「お前がそうならな」いくら俺とは言え、何を考えているのか全く分からない。ジェノサイドの様に敵意が感じられないし、かといって友好的なようでも無い。あくまで中立を保ちたいということがわかるくらいだ。
「そうか。それよりも大事なことを忘れていないか?」ここに来る前と同じことを言われた。顎に手を当てて思い出そうとするが思い出せない。アクセルとドラゴ・ケープで落ち合うってことくらいしか,,,
なんだ?記憶にノイズが走ったような感じがする。根本的な部分に霧がかかったように抜け落ちているような,,,
「はぁ、俺は___思い出せ」刹那、強烈な衝撃が体に走り、空中に吹き飛ばされた。くそっ!こいつも結局は敵ってことかよ!
「はあああぁぁ!!」受け身を完全にとり、即座に回復魔法をかけ。俺に攻撃を仕掛ける。勝てないと分かっていても戦わないといけない時ってのが必ず来る。
それは才能だったり、環境だったりな。俺の場合は両方だ。自分の才能に気が付いたのはここ最近だし、強くなる環境が来るのを待っていた。本来なら作らなきゃいけないのを惰性で来ると思っていた。
この戦闘の勝敗を分かつのはそこだろう。ここまで言ったらもう分かっているよな。俺は完膚なきまでに叩きのめされた。
剣術でも、槍術でも、体術でも、魔法やスキルでもだ。何も届かなかった。俺が生きていたのが金魚鉢だとしたら、こいつは大海で生きてきた捕食者だろう。飽くなき迄に強さを求め、自身の研鑽に努めてきた正真正銘の猛者。それ以上でもそれ以下でもない。
「やっぱり俺は俺だな」俺の手札が全て出し切った頃に向こうは笑った。どこか嬉しそうに。
「ここまで来たら教えてやるよ。俺はこの物語の基礎になったお前だよ。オリジンとでも呼んでれ。忘れているのはお前の幼馴染の,,,っとその前に片付けないといけないことがあったな」突如何も無い空間を凝視し始めた。
「何だよ。いきなり黙って__」俺の言葉を遮るように時空が歪み始める。それは全てを飲み込む闇の様で瞬く間に俺たちを飲み込んでいった。
「やっぱりお前か」笑うオリジンの目の前には、暗黒の鎧を着た騎士が佇んでいた。辺りは燭台の炎で照らされていて、灰の様なものが地面を覆っていた。
「ここに,,,何故お前が?」重々しい声が響き渡る。声を聞いているだけでもその重圧に負けそうになり、蒼の出力がおかしくなっている。こんなにも強い奴がいるなんて俺がいた世界は狭いな。
「なんでだろうな。ま、百パーお前は俺に負けるからさっさと元の場所に行っとけ」オリジンは相変わらず笑って、騎士にどこかに帰るように促している。これが強者の余裕ってものか。
「お前も,,,果ては,,,付くのだな?」黒い長剣が俺に向けられる。恐ろしい程の殺意に精神がやられそうになる。だが、こんなところで壊れたら何か後悔が残る気がして堪らない。そんな気持ちで体中を奮い立たせる。
「さぁな。でもお前よりはこっちの方が面白れぇからな。こんなことになっても折れてないんだぜ?」俺に肩を回したかと思えば騎士の後ろに立って攻撃を始めていた。
「ならば,,,次は,,,万全を期して,,,行くとしよう」蒼による熾烈な攻撃を的確に捌きながら、騎士は喋り始めた。だが、オリジンは騎士の声が気に喰わないのか攻撃をさらに強めた。
「次があるといいな」~蒼空堕落~
オリジンはそう言い放つと上空に向かって駆け上がり始めた。時間にして三秒。これは騎士が俺を殺すのに要するのと同じ時間だった。
「それを使うか,,,なら道連れを,,,」向こうもそれに気が付いているようだった。音速に達する剣が俺の脳天をめがけて振り下ろされる。
ここで死ぬ。そう悟れた時、脳裏に走馬灯が流れ始めた。今いるこの時間から幼い時の記憶まで。アクセルが居て、自由を求めて戦い、旅をしていた。その前は小さな町で暮らしていた。そこには____
思い出した。なんで忘れてたんだ。こんなに胸が熱くなるほど大事で、来世も、その来世も共に過ごすと決めたあいつのことを。約束も。
「こんなところで死ねないなぁ!!」決意、希望、自由を込めた渾身の一撃を騎士に食らわした。予想外の威力に騎士は困惑したのか軌道がずれ俺の真横を掠った。
「言わなくても思い出したか、この馬鹿。今の『主人公』はお前だ。」オリジンはチャージが終わった蒼を放った。それは空が落ちたというには余りに小さな威力だったが、自由を見出すのには十分だった。
時空が戻り始め、騎士の輪郭もぼやけ始めていた。それに俺たちを覆っていた暗闇も霧散し始めていた。
「そうだ!!俺がこの人生の主人公だ!!」蒼を纏わせることができた俺は自由の咆哮を騎士に繰り出す。こんなに自由なのは俺が求めた結果だ。邪魔されるのは、縛られるのは代償だけで,,,いや代償も外してやる!俺が何をしたって俺の自由だ。
「よくわかってんな。お疲れさん」オリジンは俺の攻撃でよろめいた騎士に追撃をして殺害した。
「それじゃ、話をしようか」彼はそういってその場に座り込んだ。俺も見習って胡坐をかく。
Qオリジンについて詳しく知りたい
Aこの物語の基盤でそれぞれの人物にオリジンが居るな。あとオリジンはその人物にしか干渉できない。ブレイクだったら俺。アクセルだったらアクセルに、みたいな感じだな。
Qなんでお前は俺のところに?
A調停者が動き始めたからだな。あいつは目的のためなら手段を問わないからな。
Qお前は作者と繋がっているのか?
A繋がっている。でも不必要な動きは出来ない。他のオリジンも同じだな。物語に、世界に大きな損傷が出そうなときに抗体として俺たちが手を差し出す。
Q作者と調停者は繋がっているのか?
A繋がっているが、もう見切りが付いているな。今は作者が軸の精査をしていて、調停者がそのことを妨害している。調停者にもオリジンが付いているから、自由に行動している。
Qなんで俺はブランのことを忘れていた?
A調停者の手のよって殺害されたから。要は世界からの抹消だな。世界図書館からも存在が消されているな。この軸にはもう存在しないな。
Q軸に戻す方法は?
Aゼロ・ポイント。終わりなき交差点。忘却の墓場のどっかにいる魂か意識を持ってくるしかないな。俺も詳しくは分からないな。お前が動いた自由に動いたせいで出来上がった場所だからな。まぁ、本来は死んだら終わりだったからな。謝りたい奴でもいたらそこで謝っておけばいいな。
オリジンとの会話を搔い摘むとこんな感じだ。ブランを助けるに最高で三か所も回らないといけないと駄目なのか。
「まぁ、お前次第だよ。それじゃ俺は戻るからな」オリジンはそういうと、空間に裂け目を作り、中に入っていった。
「魂か意識,,,ね。とりあえず次の目標はこの三か所の行き方の調査だな」落ちていく空島の上で次の目的地を考える。この世界地図もほんの一部にすぎないもんな。
全ての大陸が書かれた地図を見てじいちゃんの言葉を思い出す。世界は果てが見えない位広大だと。俺の地図は未完成なのが未練だなと。
「とりあえずアクセルと会って、世界の外に行くか」青い霧に包まれていく。城に戻るみたいだな。最後にこの景色を見ておくか。原初が作った理想の場所を。
「戻ったみたいだな」見慣れた廊下を見て帰ってきたことを確認する。それにしてもあそこは本当にいい場所だったな。俺も力があったら似たものを作って余生を優雅に過ごしたいもんだ。
「時間が無いから行動しないとな」早足で城の中を走る。前に蒼で加速して走ったらプロティスに馬鹿みたいに怒られたからな。それ以来俺は城の中ではスキル魔法が基本禁止されている。
本当に最悪だよ。魔法を使ってメイドさんのスカートの中を観測することもできないからおかずの入手に時間が掛かる。歓楽街も出入りできないし、溜まりに溜まったこの息子のエネルギーを訓練と称して兵隊にぶつけている。
「でもそんな日常も今日で一区切りか」廊下から見える訓練兵を見てそう思う。これからの計画を考えるとこんな生活は出来ないだろうな。常に死と隣り合わせで、生きるのに必死な日常に変わってしまう。
「それでもアイツが世界が来るのなら___」門から出た俺はオリジンの蒼の使い方を真似して天高く駆け上がる。見様見真似でも案外できるもんだな。後は加速を組み合わせるだけだな。
「アクセラレーション」魔法を唱えた途端俺は明後日の方向に吹っ飛んでしまった。こいつ,,,魔法と相性が悪い!!制御できないと悟った俺は身を勢いに任せた。
一時間ほど空の旅を楽しんでいると、いきなり地面に引き寄せられた。誰かがスキルか何かで俺との接触を試みているようだ。このままだと意味の分からないところに行くところだったから助かったな。
「っておいおい!加速がやべぇ!」減速どころかどんどん速くなっている。せっかくスピードが落ちってきたってのに。ていうかこの状態で地面にぶつかったら死ぬ!
「くそっ!もうどうにでもなれ」蒼とアクセラレーションを発動させて吹き飛ぼうとした。しかしスキルの力が強かったのか、俺の力が甘かったのか、そのまま地面に墜落してしまった。
「いってぇ,,,早く,,,治さねぇと」砂塵が舞う中で、回復魔法を展開していく。ここ一年で魔法にはかなり精を出して研究していた。理由は色々あるが、こういった不測の事態でも、何とかできる可能性があるからだ。
「すみません!!魔法が当たってしまって!!」魔方陣を展開していると一人の女性が走ってくるのが見えた。ていうかこいつの魔法に当たったのか。運が悪いな。
「まじで,,,洒落にならん,,,」ボロボロの体になりながらでも剣を取り出して戦えるようにしておく。敵意は感じられないが念のためだ。
「本当にすみません!!今治しますから!エクス・ヒーリング!」女はそういうと即座の回復魔法を展開して俺の体を治療した。いくら何でも魔法の展開が早すぎる。こいつは何者なんだ。
「魔法の腕がいいんだな」ふらつきながら俺は立ち上がって女の顔を見る。さっきは遠くだったから良く見えなかったが、中々綺麗な顔をしていた。
「それだけが取り柄で,,,本当にすみません。空を飛ぶ人なんていないと思っていないと,,,」女は申し訳なさそうにに頭を下げてきた。確かにそうだよな。空を飛んでるって異常だよな。
「気にしなくていいぞ。ほんとに。それよりあんたはなんでこんなとこに?」頭を掻きながら頭を上げるように促す。しっかりと体治してもらったし責める必要は無いだろう。なんなら助かったから感謝するところだ。
「魔法の練習でここに,,,あとは村が近くなので」女は頭を上げていろんな教えてくれた。
彼女の名前はオーラン。青緑色の髪を三つ編みにして腰のあたりでまとめている。顔は全体がはっきりとしていて綺麗という印象が持てる。何よりエメラルド色をした目が彼女の美しさを際立たせている。
出身はグロリア王国から遥か南に位置する大陸の端の方にある群島の一つである、ここエインエル島だ。特産品などは無いが、侵略も無くのびのびと暮らしているようだ。
「色々教えてくれて助かった」彼女にお礼を言う。教えてくれなかったら地図とにらめっこをして歩き回るところだった。
「いえいえそんな,,,」彼女が何か言おうとしたところに横やりを入れるように声をかぶせる。
「で、お前、魔族だろ?」魔法空間から大剣を取り出して戦闘態勢を取る。この世界の魔族というのは、亜人の中でも特に人間に危害を及ぼした種族や、魔界からやってきた種族のことを指す。
オーランの魔法展開の速さと頭部に隠している小さな角が魔界から来たものを教えてくれている。
「そうです。よくわかりましたね。殺すんですか?」幾百の魔方陣が展開されていく。一つ一つが違う模様をしているってことは違う魔法ってことだろうな。
「お前次第だな」不敵に笑うと、魔法が撃ち込まれた。炎、雷、氷、様々な魔法が俺を殺そうと迫ってくる。
「やっぱあいつは天才みたいだな」剣を軽く振って魔法をかき消していく。ブランの魔法は型にはまらない複雑なものだったから対応が難しかった記憶がある。
対してこいつの魔法は単純で魔力だけで押し切ろうとしている。このくらいだったら俺でも出来そうだ。
「余裕そうですね?」魔方陣に魔方陣が重なり攻撃が激しくなった。こいつも全力じゃないか。まぁ、初めから全開だとつまらないからな。この感じで言ってくれると嬉しいな。
「当たり前だろ?俺は強いんでね」剣を振って魔法と魔方陣を断ち切っていく。炎が雷を纏たって、雷が刃になっても、氷が弾丸の様に飛んできても関係ない。俺に大きなダメージが入らないからな。
とはいっても蓄積していったらやばいか。炎で皮膚が爛れたり、氷が張りついてしもやけになったり、動きが鈍くなっている。雷は蒼でかき消せるから鬱陶しいだけだな。
「ここまでの力ならこちら側にくればいいじゃないですか?」オーランは攻撃の手を緩め、魔族の方に来るように促してきた。魔族の方に付く。それは人類の敵になるのと同時に、魔王の配下になる。縛られるのはグロリア王国のプロティスだけで十分だ。
「断る。自由が無くなるのは嫌いだからな」身を翻し、加速しオーランに急接近する。攻撃を緩めたのがこいつの敗因だな。俺は勢いに任せて大剣を振り下ろす。肉、骨が切れる感触が剣を伝って手に来る。
「そうですか,,,ちょっと残念です」オーランはそう言い残すと、灰になって死んでしまった。はぁ、魔族とはいえ、女を殺すなんてな。
オリジンが言っていた場所があって、奇跡的にオーランと出会えたら心から謝ろう。善意を完全に悪意で返してしまったからな。胸が重いが俺の旅は始まったばかりだ。こんなところで落ち込んでいる暇はない。
その後俺はオーランの墓を建てた。石と名前が彫られた簡単なものだ。彼女が生きた証をここに立てよう。次があれば___
悲しみを残しながら俺は群島を後にした。滞在したのは一か月ほどだったが特に何もなかったからな。いつも通り金を集めるためにモンスターを殺して、三つの手掛かりを得るために聞き込みをしたり、ギルドの酒場に居たりした。
しかし有益な情報は何も得ることができなかった。群島という立地の悪さもあるだろうが情報の周りがとてつもなく遅い。同じような話をいろんなところで何日も耳にする。ノイローゼになりそうだった。
こんな感じだからあまり話したくないんだ。思い出したら気分が悪くなるからな。今は大陸に行くための船の上に居る。
大金を払っただけあって揺れも少ないし、食事は豪華、とまではいかないが十分な位美味しいし、足りないなんてことも無い。それに護衛も付いているから警戒する必要もない。ここが一番でかいな。
一人の時はいつも周りを気にしてぴりついていたが、今は穏やかに過ごしている。オリジンはこんなのんびりとした世界を目指していたのかも,,,
「全員奥の方に避難しろ!!」爆音と共に船員の声が船の二階中に響き渡る。そして船が大きく揺れる。これは波によるものじゃない。何の騒ぎだ?でも指示には従っておくか。
俺は今いる部屋から奥の方に走る。しかしある程度のところで止まってしまった。そう廊下だ。廊下は人で溢れかえっていて、自分が先だという感じで先頭の方で詰まっていた。急いだっていいことは何もないのにな。
「押すなよ!」「早くして!」「俺が先だろ!」「子供が!」老若男女問わず悲鳴を上げ地獄の様だった。はぁ~。こんなのになるくらいなら、問題解決は俺がするか。
「邪魔だからどいてくれ」俺は流れを逆流するように人だかりを掻き分けていく。俺が目指しているのは外につながる最短距離である部屋の窓だ。そこなら無駄に動かなくていいし、状況の把握もすることができる。
問題点があるとすれば、しばらく飛翔魔法を使っていないので上手く飛べるかというとこだ。蒼で甘えていたがこんなスキルは目立つし、周りを吹き飛ばす恐れがあるから使用はなるべく避けたい。
「成功してくれよ,,,」神様にお願いしながら魔法を発動させる。成功していたら空を飛べるはずだ。
恐る恐る足を宙に運ぶ。この感じは成功していそうだ。確信した俺は効果が切れる前に外に飛び出した。よし、浮いているな。後はデッキなんかに向かえば完璧だ。
「なんだ兄ちゃん!?逃げ遅れたのか!?」開いたところに降りると傷だらけの男が盾を張りながら駆け寄ってきた。この傷跡は海洋系のモンスターと一致しているな。誰かの召喚獣とかではなさそうだ。
「いいや。助けが必要そうだったからな」男の後ろから迫っていた触手を魔法空間にしまっていた短剣で斬り刻む。船上だと大剣よりも小回りの利く短剣の方がいいだろう。使い慣れてはいないが,,,何とかなるだろ。最悪アクセルの真似すればいいし。
「そ、そうか。なら向こうの方に行ってくれないか?俺はこっちの救援に向かう」男は指を差した方向には無数の触手が迫ってきていた。たいして男が向かう方はその倍以上の触手と眼玉がこちらを見ていた。
中々男気がある奴じゃないか。さっさと終わらせてカバーするか。
「オーケー。任せろ」短剣を片手に構え触手に向かって突進する。所詮は触手。体に致命傷を与える攻撃はそうそうしてこない。毒を主体とした戦い方か、共生関係にあるはずだ。
毒を無効化とまではいかないが、軽減をしてくれるアイテムは持っているし多少無茶しても大丈夫だろう。
「ふっ!」短剣を縦横無尽に振り迫りくる触手を斬り落としていく。触手はぐちゃぐちゃと音を立てながら地面に落ちていく。しっかりと切り離せばもう動くことは無い。
戦闘が始まって数十分。いまだに触手たちは海から這い出てきては迫ってきている。それに後ろの方からは悲鳴や怒号が聞こえてくる。護衛たちは何をしているんだか。
「しかし量が多いな」斬っても斬っても終わりが見えない。それに毒が回ってきたのか、少し視界がぐらついている。魔法で解毒したいが時間が掛かるし無防備になってしまう。
このままだとジリ貧だな。どうしたものか。こいつらにダメージを効率よく与えられるのは炎魔法だが今は船の上だ。火事になってしまったら元も子もない。海の上まで誘導したいが、後ろには男がいるから無理だな。
「エンチャントするか」エンチャントは魔法を武具に付与することだ。魔剣の類とは違い、短時間で効力が切れてしまうし魔力の消費も激しい。だが、瞬時に発動することができるしメリットも多い。あまり使いたくはないんだが、仕方がない。
「エンチャント・ファイア」魔法を唱えると、持っていた短剣の刀身が熱を帯び、赤色に変化した。これで効率よく殺すことができるな。
「はっ!」体を回転させながら触手の中に飛び込み切り刻んでいく。完全に斬れていなくても炎で体が崩壊していくので、動いている奴だけをターゲットにして攻撃をしていく。
「もう終わりか。これなら早めにしておくべきだったな」動きが止まった触手の山を見てここは制圧できたと判断する。次は男が走っていった戦場だな。無事だといいんだが。
「これは酷いな,,,」駆けつけたときにはもう遅かった。辺りに散らばる肉片に内臓。壁には貫かれた人間が刺さっていた。その惨劇の中央にはこの触手の主である怪物が佇んでいた。
見た目は人間の腕の様なもので形を作っていて目で覆いつくされている。大きさは三メートル程。頭部らしき箇所には紫色の魔石が見える。下に行くにつれて大きくなっていて、小さな触手が更なる獲物を求め蠢いている。
こいつはマザーだろう。証拠に定期的に呼吸の様な動きをしては触手の排出を行っている。出された触手は自立して動いている。
「あんた,,,早く逃げろ,,,」死体の山からさっきの男の声が聞こえた。
「喋るな。気が付かれる」幸いにも向こうは俺の存在に気が付いていない。理由は簡単で乗客がいるエリアに向かって動いているからだ。
「回復をするから待ってろ」死体を掻き分けて男を探す。子供や老人。男女問わず殺されている。逃げないで来ていればこれだけの命を___
男を見つけた俺は回復をしようと魔法を展開しようとした。それが間違いだった。魔法の展開に気が付いたマザーは触手を大きなハンマーの様に形を変えて、男がいる死体の山に振り下ろしたのだ。
「ぐっ!!」間一髪のところで避けることに成功したが、衝撃波で内臓がやられているのが分かる。展開しかけていた回復魔法を完成させ自分にかける。あの男はもう助からない。
「お前はここで殺す!」マザーに向かって短剣を投擲する。エンチャントの効果がまだ発動している短剣は効果的だろう。
「ふしゅうぅぅ」マザーは水のようなものを口から吐き出して魔法の力をかき消した。そして吐き出したものを体に纏い疑似的な対魔法用の鎧を作成した。
「賢いな。でも殴り合いなら負ける気はしないぞ?」大剣を魔法空間から呼び出して疾走する。この一年で何もしてきたわけじゃない。国の兵隊の指南役を担ったり、独学だが魔法や体技も研究をしてきた。
「おらぁ!!」勢いに任せて大剣を右上から左下へと振りかぶる。俺は自動的に空中を回転する形だが、これは勢いを殺さないで攻撃をできる。
「ふしゅひゅう」大剣を軽々と受け止めると、下から小さな触手が針の様に俺のことを突き刺そうとしてきた。
「まじかよ!」咄嗟にポケットの中に入れていた転送石を砕いて泊まっていた部屋に戻る。あらかじめ置いておいてよかった。あのままだったら間違いなく刺殺されていただろう。
「はぁ、はぁ。どうすっかな」呼吸を整えながら打開策を考える。あの死体の量からすると一から三階のフロアに居る人間は殺されているだろう。四から五階の人間はもしかしたら助かっているかもしれない。
「下の方に行って生存者がいるかの確認するか」これでいなかったら蒼を使って戦うことができる。居たら魔法と別のスキルでの戦いをするしかない。最悪の事態になったら流石に蒼を使って戦うけど。
探索スキルを使って周囲にマザーが居ないことを確認する。小さな触手たちが跋扈しているが無視して下の方に行こう。常時探索スキルを発動するのは頭が痛くなるが生存率を上げるためと割り切っておこう。
「もうちょっと索敵スキル鍛えておけばよかったな。周囲十メートルは流石に短い」これまで怠けていた自分を憎みながら船内の探索を始める。
部屋に入らなくても範囲内にまで近づけば反応が出る。これを頼りに人間を探していく。まずは俺がいる二階からだな。一回はマザーの出現ポイントだから生きている人間は居ない。いたとしてももう逃げれているはずの実力か運を持っているはず。
「二階はいないな」廊下を端から端まで歩いてスキルに反応が無かった。三階に降りよう。各フロアを移動するのには階段か専用の機械に乗る必要がある。今回は階段を使って降りる。機械の方は制御盤が破壊されているかもしれないからな。
かんかんと音を立てながら金属製の階段を下りて行く。今のところスキルからの反応も無いし、血痕なんかの類もそこまで無い。ここら辺の血は慌てて逃げてきた人間が付けたものだろう。
「さてと探索を始めますか」廊下は一直線で二つあり左右に部屋がある。だから俺は廊下を歩いていれば簡単に探索ができるってわけだ。この工程を五階まで繰り返すってわけだ。
~数十分後~
何もなかったんですけど!?一番下まで行ったのに誰も居ないんですけど!?何なら一番下が悲惨だったぞ!?人間が床や壁に刺さっていたり、触手が串刺し状態のまま交差していたりしていて精神的に来るものがあった。
まぁこれで心置きなくマザーと戦えるからいいんだけどな。船上での戦い方はいつもと変わらない。蒼と主体とした近接戦。それに王国で培った魔法とスキルを組み合わせる。
「都合がいいな。向こうから来てくれたよ」入口に佇んでいたのはさらに大きくなったマザーの姿だった。触手はさらに太く数を増やし、目は複眼になり赤く染まっている。核となる頭部は腕と手を模したもので覆われている。一番奥の箇所は祈りを捧げる格好をしていた。
俺がいる場所は倉庫。広さはそこまで無いがいろんなものが散乱している。戦闘に向いているわけじゃない。折角だから俺の融合技の練習台になってもらおうか。
「喰らえっ!!」~黎明の兆し~
蒼を纏わせた大剣を右下から左上に向かって振り上げる。マザーはこの攻撃を止めようと触手を伸ばしたが無駄に終わった。
太陽の輝きを持った大剣は触手たちの間を糸の様に細くなり駆け抜け、頭部を貫くように空に舞い上がった。勿論大剣は無くなる。刀身が変化しただけだからな。
この融合技は蒼の特性である自由に変形するものと光魔法の『サンシャイン』を組み合わせたものだ。サンシャインは光魔法天候系超級に位置していて、太陽の力を借りることができる。バフは身体強化と魔法強化。あとは純粋な体力の底上げだ。
「ふしゅうぅぅ,,,」マザーは核に重大なダメージを負ったのか、球体の様に丸くなり、防衛態勢に入った。これでも死なないのか。まだまだ改良の余地がありそうだな。
「攻撃しなかったら負けるのが当たり前だぞ?」愛剣を取り出して振り下ろす。核を守り切れなかったマザーはそのまま灰になった。勝った感じがしないな。まぁいいか。でもこいつはどこから来たのだろう,,,
「とりあえずは船から脱出するか」操舵者がいない船は海に浮かぶ棺桶だ。早急に島か大陸に移動する必要がある。考え事は地面に着いたときにでもしておこう。それよりも上の階に行って周りを見ないと。
船が沈む前に上の階を目指す。今のところ浸水なんかは見られないが、早めの行動は大事だ。岩なんかに当たって沈没・転覆が怖いからな。
「全く見えんな」デッキに着いた俺は周囲を見渡したが、影の一つも見当たらなかった。こっからどうやって陸地にたどり着くかな。
魔法での転移は短距離しかできないし、蒼の使用は体力の消耗が激しいから途中で海に落ちる可能性がある。一番可能性があるのは,,,
禁忌の魔法,,,だろうな。これを知ったのは独学で学んでいるときに机の上に置いてあった本を読んだというのがきっかけだ。どこから来たのかもわからない古ぼけた本だったのだが、好奇心が俺のことを誘っていた。
いざ開いてみると白紙のページばかりだった。書いてあっても掠れていて読めないか、黒く塗りつぶされていた。唯一まともに読めたページは時空間の歪みと移動についてと題名が付けられていた一ページだけだった。
内容は時空間には必ず歪みが有り、この魔法はそれに干渉することによって、空間内を移動できるということだった。制限は同じ空間であること、時間に干渉する場合は一秒に抑えるということ、魔力の九割を使い、体の一部分を代償にするというものだった。
一度も使ったことは無いが、確実に大陸にたどり着けるだろう。問題はどこの部位を差し出すか提示されていなかったということだ。恐らくは距離や時間に比例しているのだろう。
まぁ、物は試しだ。実際に会ってみよう。駄目だったら別の方法を模索すればいい。って言っても蒼で吹き飛ぶくらいしかないんだが。ははは!
「確か詠唱が必要だったな」本に書かれていたことを思い出していく。
「回れ、廻れ、小さな蕾。内に秘めた大輪を今ここに咲かせ。乱れ、誇れ、臆することなく。踊れ、駆けれ、月に手を伸ばせ。煌めき、輝き、森羅万象を手に入れろ!ワールド・ケイオス!!」言葉を口にするたびに魔方陣が展開されていく。赤、青、緑、紫、様々な色が俺のことを包んでいく。
詠唱が終わるころには天が魔方陣で埋め尽くされ、海は凪いでいて、嵐が来るのを待っているようだった。
「失敗したのか,,,?」魔方陣は完成したが発動する気配を見せない。魔力が足りていなかったら完成なんてしないし、途中で終わるはずだ。何かが足りていないのか。
「体の一部を忘れていたな」そういえば発動するのに体の一部が必要だったな。どのくらいの量を求められるのだろうか。なんてことを考えていたら、天から極太の光が下りてきた。
色は禍々しく、どす黒い底知れぬ悪意を感じるオーラを纏っていた。
「我を呼んだのは汝か?」光を割って出てきたのは、悪意、悪魔、魔王。この言葉が存在するのにふさわしい人物だった。
捻じれ歪んだ黒き角。荒波を形どったような黒い髪。底が見えない瞳。光を拒み、誘惑をしてくる漆黒の鎧。身長は二メートルには届かないぐらいだが、その何十倍にも感じれるほどの覇気を纏っていた。




