第二十話 世界樹に向かって
「戻りました」戦闘が終わり、月が上ったころに宿に戻った。なんでこんな時間いなったかというと情報収集を行っていたからだ。二人をどうすれば安全なルートで世界樹の根まで送ることが出来るのかを、計画するためだ。
どこの国がエルフを敵対しているとか、今はどこでモンスターが活発に動いてるかとかそんな情報だ。俺つえーしたくても生憎俺はチート持ちじゃないから、こういうところで伸ばしていかないと。
「怪我は無いですか!?」宿に入るなりレーネが俺のところに駆け寄ってきて体を触り始めた。これがハーレムの始まりってやつか?
「お兄さんなら無事に戻ってくるって信じてたよ」後ろの方ではフィーレが料理を作りながら迎えてくれた。でも手は強く震えていて、心配してくれていたことが分かる。
「二人がいますから負けられませんよ」笑いながら装備を外し、食堂に足を運ぶ。つもりがレーネに腕を引っ張られ近くにあった、壊れかけのソファーに座らされた。
「ご飯の前に体のチェックです!」頬を膨れさせながら俺の服を捲ってきた。そこはまだ誰にも見せてない秘密の領域,,,!貞操の危機!
「本当に大丈夫ですから!」俺のピンクな部分が見える前にレーネを抑え、目の前でポーションを取り出して、一気に飲み干した。
「そこまで言うのなら,,,」どこか悲しそうな顔をしながら料理の支度に戻っていった。俺が魅力的なのは分かるが強引的に向こうから迫られるってのはちょっと違うな。俺の方からがっつり行ってヤりたいからな!
「こっちの方が疲れるな」軽くため息を吐きながら俺は用意された席に座る。これから出てくる料理には余り期待していない。理由は食材が略奪されて殆どないからだ。
「お兄さん疲れた顔してるね。それもそうだよね。死線を潜ってきたんだもんね」震えた声で目の前に料理を置いてくれた。何か俺を見る目がおかしい。何かついているのだろうか。
「フィーレさん。何かおかしなところでも?」疑問に思った俺はすぐに理由を聞いた。血なんか見せてたらショッキングだからな。
「あー、えっと,,,,」言葉を濁しながら奥の方に行ってしまった。踊体調でも悪いのだろうか。それなら料理は自分で作った方が良かったか。
「アクセルさん、言いずらいんですが,,,」レーネは俺から目線を外しながら、手鏡を渡してきた。所々に細工がされていて綺麗だな。長い間使われているのが分かるように手の後が持ち手にうっすらとついている。
「え?あ、ありがとうございます?」何が起こっているのか脳が処理できていないが、とりあえず鏡を受け取って覗き込んでみる。やっぱり何か顔についているんだろうか。
「ってなんだ,,,これ?」鏡の中には目が赤く、牙の様なものが口からはみ出していて、先端からは血が流れ落ちていた。人狼、このこの言葉がよく似合う風貌だ。
「すみません!少し席を空けます!」俺は二人にそう言うと、座っていた椅子を蹴り飛ばして宿の外につながる出口に走った。なんでこうなってるんだ?なんで?なんで?あぁ、思考が滅茶苦茶だ。後ろからは物が壊れていく音と二人の声が聞こえた。でも今は止まれないし振り返れない。
「なんでこんなになってるんだよ」俺は泣きながら路地裏を当てもなく走り続けた。月が上ってからまだ時間がそこまでたっていないせいだろうか、いつもよりも人が多い。
人と通り過ぎるたびに向けられる奇怪なものを見る気持ちの悪い視線に、心が壊れそうになる。それから逃げるように俺は空へと舞い上がった。
「どうなったらもとに戻るんだ?」渡された手鏡をしきりに覗きながら変わっていく自分の姿を見て頭を抱える。このままじゃまたあの時の様に飲み込まれてしまう。
自分が消えてなくなってしまう。自分の弱さがまた招いた悲劇。所詮は強くはなれない脇役。足搔いたところで何も変わらない。変化するのは気持ちと意識だけで、それ以外は何も、何も変わらない。
だってそういう代償を渡してしまったのだから。強くはなれないという代償を。あの時この選択をした自分が憎くてたまらない。
【その代償を取ろうか?】
その声は作者?この代償を取ってくれるのか!この忌々しいものを!
【選んだのは君なんだけど,,,まぁいいや。代わりに君は何を賭けれる?】
俺が今賭けられるもの,,,俺の寿命でどうだ?俺は確実に四十で死ぬ。これでどうだ?あの時俺が渡したものと同等、いやそれ以上の価値があるはずだ。
【君もそれを,,,分かった。それでいこう】
作者の声がエコーをかけながら消えていくと、今までの経験値が体中に巡っていく感覚があった。これで俺も強くなれる。見せかけじゃなくて、真の力を。
「今の俺の姿は,,,」急いで手鏡を見る。いつも通り黒髪に黒目の俺がいた。さっきまでの醜い容姿は綺麗さっぱり無くなっていた。
「よかった~」俺は安堵しその場に倒れ込んだ。ここ最近忙しくてまともに休憩しなかったのが祟ったのだろう。体がピクリともしない。でも幸いここは誰も来れないような建物の上に居る。
「ブレイクが愛した空はこんなに綺麗なんだな」空を見上げると星が群れを成して流れていた。これが流星群というものか。なかなか悪くないな。それぞれが行く当てもなく飛んで消えていく様がなんとなく俺に、俺たちに似ているような気がした。
そういえば作者は君もそれをって言っていたな。もしかしてダストも同じ選択をしたのだろうか。仮にそうだとしたら俺達には__いやそんなわけないか。
「やっと体が動くようになってきたな。戻ろう」少しずつだが動くようになってきた体に力を入れて起き上がる。二人も心配しているだろう。
俺は今いる建物から飛び降りて宿の方に向かう。宿には狼を配置しているので、場所がはっきりと分かる。こういう時でも役に立つのが本当にいいスキルだな。
ちょっと浮かれながら歩いていると、家の無い男と肩が当たってしまった。狭い路地裏ではよくあることなんだが、こいつは他の人間とは違うようで俺に突っかかってきた。
「てめぇ目、付いてんのか?」ぼさぼさの髪の毛と髭には白が混じっていて、ぎらついた眼光をしている。こいつは人を殺すことに躊躇いを持たない人種だ。
「すみません。次からは,,,」そう言って横を通り過ぎようとしたが、男は隠し持っていた剣を目の前に突き出してきた。これだから夜の路地裏は,,,
「ただで帰れるとでも?」明らかに異常な発言に行動。こいつを生かしておくのは良くないな。かといって正当な理由も無いし殺すには材料がな,,,実験台にするか。
「思っているから歩いてるんですよ」~虚構世界~
指を鳴らして幻術を発動させる。地面から無数の黒い手が現れ、男を深淵に引きずり込んだ。こっちに帰ってくるには時間が掛かるだろう。
代償のせいで使えなかった幻術が今では使えるようになった。これで俺つえーに近づいたな。幻術のコスパの良さといったら半端じゃない。一回発動させれば長時間対象を拘束できるし、必要なエネルギーも少ない。
「作者に感謝だな。こんな融通が利くのはここくらいだろう」天に手を合わせて拝んでおく。作者の好感度が上がった!ここからいいことがあるかも!?
「そんなことよりもさっさと戻るか」二人にこれ以上は心配かけたくないし、こんな物騒な奴らが居る中、女二人は危険だからな。
「ワイバーン」スキルを発動させて影の中から飛竜を召喚する。前までは空から来てもらっていたんだが、今はこうやって好きなところから呼び出せるようになった。
「宿まで頼む」ワイバーンの脚に縄を括りつけてそれを掴む。背中に乗るのもいいが、攻撃されたときにこいつを上手く守れないかもしれないから一番目が聞くところに居たい。
「キュイ」一鳴きする翼を大きく広げ、空中へと飛び上がった。空から見るとこの街は貧困層との区別がはっきりしているのが分かる。明かりが途中で完全に途切れているからだ。恐らく明かりの材料すら変えていないのだろう。
どこに行っても上の人間は駄目なんだな。自分のことしか考えていない。今の自分たちの生活が下の人間に支えられているのが全く分かっていない。
「お前もそう思うよな」俺のことを運んでくれているワイバーンに高級肉を与えながら聞く。答えが返ってこないってわかっていても。
「ここら辺で下ろしてくれ」宿から少し離れたところで下ろしてもらう。飛竜がいきなり現れたら腰を抜かすだろうからな。
「また今度頼む」地面に降りた後に肉の塊を渡して、帰ってもらった。今度は三人も載せるからこのくらい渡してもいいだろう。
「明日から旅が始まるのか」暗い道を歩きながら明日からのことを考える。しっかり守り切れるだろうか。もっと強くなれるだろうか。そんなことを考えながら俺は宿に着いた。
「戻りました,,,って二人はもう寝ているのか」スキルで二人の状況を確認して物音を立てないようにする。入る前に確認しとけばよかったな。というか明かりが消えてるんだから寝てるに決まってるよな。
「今日は外で寝るか」俺は外に出て就寝の準備をする。でもこのまま野宿なんてしたらみぐるみ剝がされて、くっころ展開になってしまう。それだけは勘弁したい。
「大神召喚」今の力があればある程度想像しているものが召喚できるだろう。今回は俺のことを守ってくれる箱みたいのがいいな。
「かぱー」目の前に現れたのは人が二人位が入れる大きさの鋼鉄の箱だった。なんていうか,,,大きいミミックって感じがするな。口が付いてるし、涎みたいなのも垂らして水たまりが出来てるし,,,
正直自分から好んで入ろうとは思えないな。でも俺を快眠に導いてくれるのは間違いないだろう。だって安心して寝れるくらいの強さを持っているからな!
睡眠をとるか、尊厳をとるか,,,二つに一つ。ここまで迷ったことは人生で一回や二回くらいだ。クソッ!どっちを選べばいいんだ!考えろ、今までにないくらい脳みそを使え!
よくよく考えたら俺に尊厳なんてほとんどなかった。ブレイクと一緒に捨てようって約束したからな!←してない
「ダイナミック★・エントリー!」俺は意気揚々と箱の中に入った。涎塗れになりことを考えないで。
「体が唾液できもいな。でも中は見た目よりずっと広いな」中は何もない薄暗い空間で、快適に暮らせる広さを持っていた。
「とりあえず明かりが欲しいな」魔法空間から薪を取り出して火をつける。神になんてことしてるんだって感じだが、こいつは俺の呼びかけに応じてくれたんだ。こんな事されるくらいの覚悟は持っているだろ。
「体を清潔にして、装備も整備してからじゃないと寝れないな」やることを口に出しながら行動に移す。これが効率的だし、やることの確認が取れるから後々楽になる。
苦手な浄化魔法を苦労して発動させ体の汚れを取り、そのあと丹念に装備を綺麗に、そして鋭利にしていく。ここまで来ると子供を育ててる感じだ。もっともそんなことしたことないんだが。
いろんなことを終わらせていたら、一時間以上も時間が経っていた。今から急いで寝ても三時間くらいしか寝れないだろうな。まぁ、寝れるだけありがたいが。
パチパチと木が燃えて弾ける音が木霊する。とても心地が良い。この音を聞いていると段々と眠くなってくる。このまま穏やかな時間が流れればいいのにな。そんなことは叶わないし、俺にはやるべきことが山積みだ。
「そろそろ寝るか」寝袋を取り出して中に入る。中身はスカスカで体は痛いし暖かくも無いが、ないよりはましだ。それにしたに毛布なんか敷いとけば気にならない。
明日の朝誠意をもって二人に謝って、世界樹に向かおう。何があっても俺は挫けない。挫けたとしたらそれはもう俺じゃない。そんなことを思いながら俺は浅い眠りについた。
「いてて。もう朝か」短時間で傷んだ体を撫でながら起き上がる。体のリズムで勝手に朝になったら起きてくれる。ここは太陽も見えないから時間の感覚がまるでない。
この箱から早めに出て、二人に会いに行こうか。荷物の点検をして、何もないようにする。ここは仮にも神の体だ。汚して帰ったら罰が下るだろう。
「このくらいだな」片づけが済んだ俺は、唯一明るくなっている出入り口の方に足を運ぶ。これで出たら囲まれてたら面白いんだが、こいつもそこまで間抜けじゃないだろう。
「眩しいな,,,ってなんだこれ!?」太陽の眩しさに気を取られて少しの間気が付かなかったが、周りが凄いことになっていた。箱を囲んでいたのは気絶をした大勢の人間だった。
「もしかしてお前が?」召喚した箱に聞いてみる。もしそうだとすればポケット要塞じゃないか。これは何としてでも契約を交わしたい。
「かぱぱ!!」嬉しそうに口を開け閉めしているあたり、十中八九こいつがやってくれたのだろう。本当に戦闘力が高いな。
「もしよければ俺と契約しないか?」召喚による契約というのは互いが提示した条件で合意が得られた場合のみ成立するものだ。
俺は腕を箱に伸ばして条件を提示した。意思疎通が取れる者であれば、俺のスキルテレパシーで会話することが出来る。ただし許してくれた者にしかできない。
今回俺が提示したのは俺の呼びかけに必ず応じてくれること、空間を自由に使ってもいいこと、守ってくれることの三つだ。
対して向こうが提示してきたのは、召喚した時に俺の餓狼のエネルギーの半分と、名前を付けることだった。名前を付けることは簡単だが、餓狼を与えないといけないのか。
悩みどころだ。正直なところ餓狼を持っていかれるのは大きい。でも簡単な条件で強い味方がすぐに出てくるのはでかい。同じような個体でもこんな好条件はなかなか無いだろう。
「よし。それでいこう」俺は手を切って血液を垂らす。後はこれを向こうが接触してくれれば、契約完了だ。
「かぱかぱ」向こうは嬉しそうに俺の血液を舐めてくれた。これで契約完了だ。さて、名前でも付けてやるか。
こんな見た目でも一応は神だからな。まとも名前を付けてあげないとな。何かいい名前はないか,,,箱つながりでいいのは特にないし、やっぱこういうのはフィーリングか。
よし、こいつの名前はファンドでいこう。なんか強そうだしな。あとなんか神話で似たような名前の奴が居そうだからな。この世界じゃなくて、お前らの方でな。
「それじゃ行くか」ファンドを元居た場所に送り返し、俺は宿に向かった。近いとはいえ、道中いろんな人間に絡まれた。娼婦や、チンピラ、薬物中毒者に物乞い。普段人間としての生活が出来ている人間からすれば考えることも出来ない人たちだった。
「戻りました」玄関を開くと、胸に大きな衝撃が走った。レーネが飛びついていたようだ。この感じからすると朝一番から俺のことを待っていたようだ。
「心配しましたよ!」怒りながらポコポコと叩いてくるレーネは可愛さの権化だった。本当に俺よりも歳が上なのかを疑うレベルだ。
「少し手間取ってしまって,,,申し訳ないです」俺は顔をしっかりと合わせて謝罪をした。その瞬間、彼女の瞳から雫が流れ落ちた。あれ?俺何か悪いことしたか?あ、二人を護ることを一瞬だがやめてたな。
「ちょっと!アクセルさんが困ってるでしょ!」後ろから元気な声が聞こえた。フィーレの声だ。どうやらこの一晩は大丈夫だったようだ。
「いえ、僕が悪いですから好きなだけ責めてください」俺は二人に好きなだけ言われるサンドバッグになろうとしたが、この後の発言で違うことに怒っていることに気が付いた。
「アクセルさんを責める気は無くて、本当に心配で,,,」レーネは声を震わせながら本当に心配で来たことを教えてくれた。
「そうなんですね。安心してください。僕はここに居ますよ」二人の手を取って胸に押し当てて鼓動があり、ここに居るということを伝えた。また泣き出しそうになったレーネを見て、話題を変えることにした。
「それより、早くここから出ませんか?どうやら二人を狙う輩が増えているようです」町中から聞いた情報だから間違いない。それに早めに行動しておけば、不測の事態にも対処しやすくなる。
「そうなんですか?ならこうしてはいられないですね」そう言うとレーネは奥の方に行って準備をし始めた。
フィーレは「もう終わっています」と言って、まとめられた荷物を俺の前に持ってきて、ちょこんと床に座った。先見の明がある子は悪くない。この空いた時間で会話でもして、交流を深めておくか。仮と言っても仲間だからな。
「今日から同じ道を共にするので、敬語は無しにしませんか?」俺は堅苦しい関係は無しにして、気楽に行ける様な提案をした。
「分かりました。今日からよろしくお願いします」ぺこりと頭を下げて、笑顔を見せてくれた。可愛い。俺が紳士じゃなかったらもうお持ち帰りしているところだった。
「そういえば貴族の生まれなんですよね?家名を聞いてもいいですか?」仲間として必要な情報ではないが、偽名なんかを作る時に案外重宝したりするので聞いておきたい。
「家名はレストです。安息などの意味を持っていますね」こういう話しは嫌う人間が多いのだがこの子は違うのだろう。
「私が答えたのでアクセルさんも答えてくれますか?」悪魔の様な笑みを浮かべながら俺に家名を聞いてきた。この子の観察眼は相当なものだな。
「オーバー家だ。グロリア王国の。見た目は全然違うが家紋も持ってる」懐から家紋が彫られたペンダントを見せる。これを見せないとみんな信じてくれないからな。
「私の思った通りです」
「どこがですか?」
「オーバー家ということです」どこか嬉しそうに笑う彼女は、無邪気さと儚さを持っていて、触れば消えてしまうんじゃないかって思うほど綺麗だった。
「どこから気づいて,,,」フィーレに聞こうとしたがタイミングが悪かった。レーネがもう用意を済ませて奥から出てきた。
「お待たせしました。行きましょうか」少し汗を流しながら来たレーネは妖艶さを持っていてなんか,,,エッチです。
「そうですね。行きましょう!世界樹の根まで!」声を上げて外に出る。天気は快晴で絶好の旅日和。民度も良好、障害になる人物は無し。スタートからいい感じだ。ここから先は何があっても、二人を護る。そして俺も更なる高みへ__




