第十九話 荒灰青年
~ダスト・アクセル視点~
「この感覚は,,,」自分がこの世から消えそうな感覚に襲われて体を見下ろす。切り貼りされたような格好に多少の驚きはあるが、これにも慣れたものだ。すぐに普段着である黒のパーカーに戻った。
「向こうの俺が大きく変化したか」向こうの俺が大きく変化した時__意識や強さ、大きなイベントに直面した時に起こるアップデートの様なものだ。
始めの頃はこの感覚に恐怖を覚えたが、今では喜びの方が大きい。あらゆるものが破壊され、残ったのは少しの生命と大量の灰。この絶望しかない世界で唯一変わったと感じられるものだからだ。
「君はまだ抗うのかい?」幾度となく聞いてきた忌々しい声が天上から聞こえる。今回で終わればいいんだが叶うことは無いだろうな。
「当たり前だ。俺はお前の思い通りにはならない」託された二刀の短剣を構え、傷のついた大剣と、大きな水晶玉が付いた魔法の杖を空中に浮かべ戦闘態勢を取る。
「なんでそこまで躍起になれるのかな。僕には理解しがたいよ」幾千もの戦いをして、いまだに勝ったことが無い原形を留めない相手が目の前に降臨した。
「俺の運命を忘れたのか?」餓狼を使い音速を超える速さで奴に接近する。敗けると分かっていても俺は諦めない。全てを壊して真っ白に戻すんだ。
「所詮君は傀儡なんだよ」俺の初撃を難なく躱すと、俺の背後に立ち左半身を崩壊させた。何度も喰らった攻撃。何度も味わった苦痛に絶望。でも今は__
「それを壊せる希望があるんだよ!」餓狼で壊れた体を瞬時に修復し、魔法と彼から教わった大剣の技を繰り出す。この攻撃は当たらない。未来を見えるスキルで避けられるところが見えた。俺がやることは回避された位置に攻撃を当てることだ。
「君も,,,いや向こうが多少は成長したみたいだね」人間の形をした奴は俺の二刀の攻撃を片手で押さえると、衝撃波で俺を遥か彼方まで吹き飛ばした。余りの威力に体が砕けそうになるが、餓狼で何とか空中で原形を留めることに成功する。
ここまでは想定済み。ここからが重要だ。あいつに一泡吹かせる為の技の展開を始める。黄金の地で学んだ技術を結集させる。空間が大きく歪み始めると同時に辺りの灰が照らされていく。
「大神召喚!」~八咫烏~
相手の弱点までの最短距離が俺の視界に共有される。それに伴い、荒灰した世界に太陽と三足のカラスが現れた。これが俺の切り札。あいつを殺せる唯一の技。
「ここまで来てるとは,,,神も碌でもないことをするなぁぁ!!」奴は怒りをあらわにして、俺のことを殺しにかかる。それほどまでにこの技は奴に畏怖を与えることが出来る。
「そうか?俺にとってお前の方が碌でもないぞ」俺を護るようにカラスが奴と激しくぶつかる。攻撃が交わるたびに黒色の羽と得体のしれない何かが地上に落ちる。カラスは大きく翼を広げ奴を薙ぎ払い、顕現した太陽の光の下に飛ばす。
奴はそれに抵抗するように体に張り付いたり、翼を剥ぎ取ったりしようとした。こいつの弱点は神の力がこもった攻撃だ。八咫烏と共に現れる祝福の太陽はこいつにとっては災いでしかない。
「クソが!!ここまでやってまだ駄目なのか!?もうどうでもいい,,,全てを飲み込んでしまえ!!」奴は次元から山よりも高い津波を作り出して大地を、この大陸を飲み込もうとした。
「思い出まで流すのは許さねぇぞ?大神召喚!」~キンカムイ~
雪と毛皮に覆われた門が俺の後ろに現れた。重低音を響かせながら開くその門は百メートル弱の大きさがあった。本当の神の降臨が迫ってきている。
「貴様あぁぁ!!」奴は俺が何をしようとしているのかが分かったようだ。血相を変えて俺のことを殺そうとしてくる。太陽にその身が焦がされていようとも。
「今回は俺の勝ちかもな。神の偽物」俺は不敵な笑みを浮かべ、現れる召喚獣の姿を仰ぎ見る。姿は大きな熊。分厚い毛皮は全ての攻撃を無力化し、それを覆う氷は理すらも凍てつかせる。牙と爪は立ちはだかる厄災を払いのける威圧感を持っている。
「ぐおおぉぉぉ!!!」咆哮と同時に奴が作り出した津波にぶつかる。当たった瞬間から波は水蒸気に変わり、離れたところは凍っている。二体の召喚は体に、世界に支障をきたすが今回は許容の範囲内だろう。
「畳みかけるぞ!!」俺はタイミングを見計らって大神に声をかける。これを逃したらこいつの消滅の機会はもうないだろう。
「ぐおぉぉ!!」「かあぁぁ!!」大神は声を上げて奴に向かって特攻をする。体が灰になりかけているが、俺らもあいつも同じだ。
「塵は塵に、灰は灰に、だろ?俺らと一緒に燃え尽きようぜ?大神召喚!!」~フェンリル~
俺は神の中でも最も位階の高いのを召喚した。ここまでくればもう俺の勝ちだ。
「餓狼!!」太陽、氷雪、災いを纏った短剣は奴を打ち砕く。反動で俺の体も無くなっていく。文字通りこの世から。これでいいんだ。何もかも_そう思っていたが、終わりは想定していたものとは違っていた。
「覚えてろ!!次は終わらせてやる!!」奴は自身が崩壊する前に自分の軸に帰っていった。まさか、俺を脅かしていた奴が敗けを認め逃げるとは。
「何とかなったな」ボロボロになった体を見て、地面に降りる。俺の思い出たちは残っているようだ。これが無くなったら俺は負けていただろうな。
「ありがとうな。お前ら」召喚した三体の神に感謝を述べ。元の世界に帰ってもらう。もしアイツらが居なかったら負けていただろうな。奴にばれないように隠すのが大変だったな。
「何とか守れたよ」一つの墓の前で今回の出来事をぽつぽつと呟く。取り繕うことなく、ありのままの姿で。
「喋りすぎたな。でも俺ももう少しで行くから待っててくれよ」段々と灰に変わっていく自分を見て、墓に語り掛ける。ここまで来るのは長かったが、少しでもアイツのためになったのなら良いだろう。
「おかしいな。いつになっても死が迫ってこない」誰が見ても死んでいるはずの肉体なのにも関わらず、俺は息をしているし考えることもできる。
「まだやることがあるのか」生きていることに多少の嬉しさのあったが、この苦痛な時間がまだ続くということに俺はげんなりしていた。
「世界を回るか」短剣をしまい、杖と大剣を魔法空間に収納する。この大陸で確認できることは全てやりつくした。ほかにあるとすれば別の大陸だろう。向こうが動き出しているのなら、可能性が有るはずだ。
この大陸で生存しているのはダスト、またの名をアッシュ。塵となり消えゆく世界をブレイク、ブラン、そして神と共に戦い彼だけが生き残り死の灰が降り注ぐ世界になった。
かつて繁栄していたグロリア王国は廃れ、世界を見守る世界樹も腐り、神々しい雰囲気など持ち合わせていない。まるで永遠など存在しないと言わんばかりに。
「ブレイク、ブラン。俺はここから少し離れるよ。もしかしたら__可能性があるかもしれないからな」彼はまだ見ぬ可能性を探すために歩き続ける。果ての無い旅だとしても世界を変えるために。
「ほかの大陸もこうなっているんだろうな」陰惨とした雲の下で灰を被りながら次の大陸につながるポータルに向かう。これを見つけたのは神と出会った時だった。初めは警戒していたがかけがえのない仲間だったな。あいつと対抗するって言った時も快く承諾してくれたしな。
皆のためにもこの軸だけは守り切らなければ。これからもあいつと戦うはずだ。次は今回の様にはいかないだろう。今以上の力を付けていかないと惨敗するはずだ。
考えているうちに俺は魔法空間から一つのアイテムを取り出し、戦闘態勢に入っていた。これも宿命のせいだ。
「戦闘開始、災禍」ギルドで盗んだアーティファクトで過去に討伐したモンスターを召喚する。これくらい余裕で倒せないとあいつには到底勝てないはずだ。世界三大何とかと言われたこいつも俺の良い練習相手だ。勝率は二割位だが。
「,,,,,」地面が大きく揺れはじめ黒い渦が大地を砕いて現れた。大きさは一メートルも無い。こいつの真価はモンスターを無尽蔵に生み出すということ。大気を揺らし天敵を全て吹き飛ばすということ。
「今回も胸を借りるぜ」災禍から召喚されたゴブリンやコボルト、オークやオーガ。ドラゴンや二つ名、様々なモンスターが俺のことを殺そうと濁流の様に襲い掛かってくる。
「あの時はこの光景に驚いたな」餓狼で短剣を強化し、一撃で何体も葬っていく。肉が裂け骨が砕ける音、モンスターの咆哮が耳を支配する。見る人にとっては世界の終わりが来たと思うのかもしれない。だが俺にとっては新たな世界の始まりに過ぎない。
「最後はブランがブレイクを巻き込んで倒してたっけな」いつまでも報われないブレイクのことを思い出して思わず口角が上がってしまう。過去はなんでも色鮮やかに写るな。
「いつもは適当にあしらってたブランが慌ててたのも面白かったな」餓狼をさらに強化して周りの死体も操り、自分の戦力に変えていく。この世界ではあまり使えない方法だが、制御の練習にはなる。
「今回は調子が悪そうだな?」~炎狼現門~
炎に包まれた狼を模した門が二つ俺の両脇に召喚される。大きさは従来の狼現門よりも二回りほど大きい。それほど強大な狼が現れるってことだ。
「開門」俺がトリガーの言葉を発すると、凄まじい熱気と共に門が開き始める。中から遠吠えが聞こえる。向こうも準備万端なようだ。
「今回は完勝させてもらうぜ」炎に包まれた狼の群れと共に災禍に接近する。護衛をしているモンスターには狼をぶつけ、俺は本体を狙いに行く。これが一番有効的な戦い方だ。あの時にこれが出来てればブレイクはあんなことには,,,
「,,,」大気を揺らして俺のことを吹き飛ばそうとしているが、災禍の影とリンクに成功しているので、俺はいつまでも飛ばされずに近づいていくことが出来る。反則気味な技だが調整を間違えると俺が影に飲み込まれてしまう。俺は一回飲まれそうになったところを神に助けてもらったことがある。
「終わりだ」本体に短剣を突き立て餓狼のエネルギーを注入し爆発させる。この技を本当は教えたかったのだが時間が無かったし、実力も無かった。次にまとまった時間が取れたときに教えてやろう。
「,,,,」災禍は音を立てずに出てきた穴の中に影を落とした。これでこいつの討伐は完了だ。一回目はこれで終わって無くね?と思ったがブレイクが穴の中に入って確認をして討伐が成功したと核を持って教えてくれた。
「アイツとの戦闘で強くなったのかもな」手に残った微かな塵を見つめ、ため息を吐く。あんな奴のおかげで強くなれたと思うだけで虫唾が走る。
「はぁ、イライラしても意味は無いか」俺はパーカーのフードを深く被り、抑えられた衝動と共にポータルの中に入る。次の大陸も同じような光景が広がっているんだろうな。
ここからの旅路がどうなるかは分からないが、向こうの俺も頑張っているみたいだから俺も希望を見つけ出すために歩き出すか。
石板の上に乗ると緑色の光で包まれる。この感覚は何回やっても慣れないな。体全体がぐにゃぐにゃ歪んだ感じがするし、視界も滅茶苦茶だ。
「っ!この大陸も駄目そうだな」次の大陸に着いて目に入ってきたのは俺の想像通り灰に包まれた世界だった。あそこは主戦場だったとはいえここまで 影響が及ぶのか。
でも、予想を裏切ることが一つだけあった。それは人間が生きていたということだ。長い間あの大陸に居た俺はほかの人間は死んだと思っていたが、少数だが生きていたようだ。
「兄ちゃん旅でもしてんのかい?ってポータルを通ってきたから当たり前か」たまたまポータルも近くを通っていたおっちゃんに声をかけられた。いかにもRPGの序盤で出てきて支えてくれる感じの優しそうな人だった。
「そうですね。今は__いえ、なんでもないです。ここから一番近い町はどこですか?」理由を話そうとしたが、信じてもらえるわけがないと思った俺は、言葉を濁し、話題を町があるかの方に切り替えた。
「なんだ?隠し事か。まぁ、言いたくないことは誰にでもあるわな。町って町は無いな。最近の厄災でほとんど無くなっちまってな。見ての通り灰だらけさ」おっさんは暗い雰囲気には似合わない話し方と表情をして今の状況を教えてくれる。
「ではあなたはどちらへ?」見たところ旅をしている人間の身なりではない。町や村で暮らしている人間の服装だ。
「俺か?俺は避難所みたいなところに向かってるとこだ」視線の先に目をやると、木の柵で囲われた場所があった。恐らくあそこのことを指しているのだろう。
「避難所みたいなところとは?」俺はこの言い方に違和感を覚えた。断言もしない濁したこの言い方には裏があると相場が決まっている。俺らはこの曖昧な言葉に何度騙されたことか。
「なんて言えばいいんだろうな。有志が集まっている場所、が正しい表現だろうな」おっさんは少し考えた後そう答えた。
「有志か。この世界を再興するのですか?」
「そうだな。俺は今の暗い世界が嫌いだからな。お前も困ったら来いよ」おっさんは俺の胸に拳を当てると向こうの方に去って行ってしまった。
暗い世界か。これを作り出したのが俺達だって知ったら血眼になって 殺しに来るだろうな。はぁ、今の俺には大きすぎるものを背負っている気がするよ。それにしても世界の再興か。崩壊させた俺が加わってもいいのだろうか。
〈立ち止まってる時間があるなら開き直る〉
風と共に聞き覚えのあるメロディーと歌詞が聞こえてきた。あんたはいつも俺が困っているときに助けてくれるよな。開き直ってこの世界をもとに戻そうか。あいつらのいた頃まで。
「とりあえず全部に大陸を回って人間がどこにいるか確認するか」ブレイクから死に際に渡された綺麗な地図を開いて、今いる大陸にチェックする。人間が居れば丸をいなければバツを付けていく。
見落としが無いように狼や索敵に秀でた召喚獣を出す。これを同じ大陸で何回も繰り返す。何回もやることが大事だ。
「曇り空は見上げるだけじゃ晴れないな」分厚い灰色の雲の下で、新たに宿命を背負った存在が動き出す。その悲しい結末を知らないで。




