第十七話 宿泊少年
「兄ちゃん、こんな上物の素材どこで手に入れてきたんだい?」俺は街に着いてから、早足でギルドに向かった。なんせ金が無いからな。宿にも泊まることもできない。
「この辺りの樹海で狩れたトレントです。珍しいものでもないでしょう」買取をしてくれる受付で、軽い会話を交わす。まともな人と話すのは久しぶりだな。
「そのあたりの樹海って、死の樹海に行ってきたのか!よく帰ってこれたな」気さくな受付のおっさんは笑いながら、査定を始めた。俺が行っていたところは名前が付いているくらいの場所だったんだな。
「そんなに危険な場所なんですか」査定をしている中で邪魔にならないようなタイミングで話しかける。情報は大事だからな。いざというときの駆け引きや詐欺の対策に必須だ。
「危険なんてもんじゃねぇ。あの森に入って帰ってこれたのは一割もいねぇよ」笑いながら言っているが、相当やばいことを言っているな。
「そうなんですね。僕は運が良かったから帰ってこれましたよ」口ではこう言っているが、内心いい狩場になるかもしれないと考えている。
一撃で倒せて、尚且つ上質な素材。査定額が高ければ、港までの金を稼ぐのにいいかもしれない。遠いのが難点だけど。
「謙遜はよせよ。この切り口、お前相当な実力者だろ」俺が真っ二つにした箇所を見せながら、豪快に笑っている。このおっさんも大した目を持っているな。俺が一撃で倒したことが分からないように、わざわざ切り口をボロボロに加工したってのに。
「やっぱりばれてしまいますか」笑いながら頬を掻く。今は日が暮れていて買取や飯を食べに来ている人が多いから勘弁してほしい。目立ってもいいことが無いからな。
緊急で依頼に駆り出せれたりとか、半強制的に臨時パーティーを組まされたりデメリットの方が多い。強い人間はそれを楽しんでいるみたいだが、生憎俺にはそんな余裕はない。早く強くなってダストや、ブレイク達を驚かしてやりたいからな。
「何年この仕事やってると思ってんだよ。ほら、今回の引き取り額だよ」そう手渡されたのは二百万リルだった。お前たちが居る世界に換算すると二百万円だ。俺たちの命って意外と軽いんだぜ。
「ありがとうございます」俺はおっさんに礼をして、ギルドから出た。あのまま居続けたら話題になっていただろう。買取の時でも目立っていたって言うのに。
そんなことよりもこんなに貰ってもいいのか。しばらくは遊んで暮らせそうな額をしている。でもこれは全て渡航代と武具の慎重でなくなるから世知辛いものだ。まだまだこの街には滞在することになりそうだ。
そのためには宿を探さないとな。でももう日が落ちている。こんな時間に空いているのは余程人気が無いのか、見た目や内装がおんぼろで内容が充実していないことが多い。それなら野宿の方がましだ。
でも久しぶりにベッドで寝たいし、暖かい飯を腹いっぱいに詰め込みたい。どこかいい宿でもないだろうか。俺は宿を探すために街を適当にぶらつき始めた。
最初は大きな通りで探していたが、人気もあって治安もいいせいか、全て埋まっていた。ここまでなら想定の範囲内だ。細道なんかに入れば空いている宿があるかもしれない。
区切りの良いところで俺は細道に入った。細道と言っても道がしっかりと舗装されていて、街灯があるところだ。スラム街のようなところには入りたくないからな。
「ここも埋まっているのか」目に着く範囲の宿を訪ねてみたがどこも満員の様だった。こんなに宿が取れないのは初めてだな。今日はおとなしく外に行って野宿をするか。ベッドと暖かい飯はまた明日だな。
がっかりしながら俺は大きな通りに出て、外につながる門の方に向かう。すれ違う人たちはカップルや、宿が決まっていて飲み潰れている人が多かった。祭りでも近いのか?でもそんな話はギルドの中じゃ聞かなかったからな。今日は珍しく羽目を外す人が多いのだろう。
「そこのお兄さん!今日の宿に困っていませんか!」声のした方向を見たが誰も居ない。悪戯でもされているのだろうか。
「どこを見てるんですか!下ですよ!し~た~」下を見てみると愛くるしい少女が両手を上にあげてここに居ますとアピールしていた。
見た目は茶色い髪を肩のあたりまで伸ばしていて、目は黄色。白で統一された服装は見る人に清楚な印象を与えている。体は言うまでもなく小さいが、耳が他よりも少し長いのでエルフなどの種族だと思われる。
この世界のエルフやドワーフなどの亜人は年齢と見た目が合わないことが多い。理由は長寿で子を人間みたいに急いで子供を作らなくていいからだ。あとは森や洞窟なんかで暮らしているから環境に合わせて成長をしていく。
「すみません。こんなところに居たんですね」見つけられなかったことに対して深々と謝罪をする。言っておくが俺はロリコンじゃないからな。
「そう思うのでしたら今日はうちの宿に泊まっていきませんか?見たところ決まってなさそうなので」少女は笑いながらこちらの落ち度を突いてくる。見た目に反してなかなか策士じゃないか。
「よく分かりましたね。それでは謝罪の意も込めて今日はそちらの宿に泊まらせてもらいます」俺は少女の後をついて行く。どうやら道案内をしてくれるみたいだ。
でもこの時間に空いている宿はろくなものじゃないよな。仕方がないが今日は我慢するか。この少女のためにも。
少女は細道に入っていき、奥の方へ進んでいった。本当にこんなところに宿があるのだろうか。辺りは明かりが少なく暗い。それに血痕や千切られた布などが散乱している。スラム街に近くなっているな。警戒をしておかないとな。
「お兄さん、そんなに警戒しなくていいですよ。今から行くのは抜け道なので」少女は俺が警戒していることに気づいたのか、振り返って大丈夫だと教えてくれた。ここで言うのなら信用してあげないとな。
「分かりました。長い冒険者生活で変な癖がついてしまってますね」口では警戒は解いたと言ったが、索敵スキルは解除はしていない。ばれない程度に発動させている。
理由はこの路地の中に入ってから何人かに後を付けられているからだ。敵意は無いが、友好ってわけでもなさそうだ。中立って感じでもないし,,,なんて言えばいいんだろうな。監視されてるって表現が正しいか。
いつ攻撃が来ても餓狼の準備だけはしておく。短剣も取り出しやすい場所に変えておく。ブレイクみたいにいきなり魔法空間から武器を取り出して戦うのは達人でも難しい。なんでアイツはあんな曲芸みたいなことが出来るんだろうか。
「本当にこんな道で合っているんですか?」地面の石畳は赤黒く変色していて、家と思われる壁には落書きや血が付いている、抜け道として使っているならこの子は相当やばいな。
「合ってますよ。そんなに疑わないでほしいですね」少女は頬を大きく膨らませ拗ねた態度を取っている。可愛いな。言っておくが俺は決して、決してロリコンではないからな。これだけは断言しておく。
「ほら見えてきましたよ」少女が指をさした方向を見ると、今にも崩れそうな建物があった。俺の予想通りこの時間に空いている宿は酷い見た目をしている。
「あれが宿ですか,,,」あまりの見た目に声が詰まってしまう。二階建てだが、色々なところに大きな穴が空いていて、塗装もはげ落ちている。これを宿と言うのには余りにも無理がある。
「そうは見えないって言いたそうですね。これには理由があるんです。早く中に入ってください」少女は俺の心を見透かしたように顔を覗き込んだ後、腕を引っ張り半ば強引に宿の中に連れて行った。
それよりもこうなる理由ってなんだ。スラム街の人間でも怒らせたのか?それだとしたらこの子はもう人質にされているだろうし。うーん、見当がつかないな。とりあえず話を聞いてみるか。
「お客様一名入りま~す!」少女は明るい声で俺のことを迎えてくれた。これがぼろくなかったら最高なんだが。
「久しぶりのお客様ですね」少女の声を聞いておくの方から出てきたのは、エルフの女性だった。容姿は少女と同じで茶色い髪に黄色の目をしていた。髪は腰のあたりまで伸びていて、穏やかな目をしていた。身長はそこそこで、胸は大きい。眼のやり場に困るな。
「今日泊まらせてもらうアクセルです」俺は主人と思われるエルフに挨拶をする。こういうのは第一印象が大事だからな。
「これはどうもご丁寧に。私はこの宿に勤めておりますレーネと申します。こちらの娘はフィーレと言います」軽く自己紹介を済ませた後に俺は部屋へと案内された。
内装はいろいろな物が壊れていて、もう何も言いたくない。いちいち取り上げていたらこっちの心が痛んでしまう。でも一つだけ言えるのは外装を同じということだ。
「「どうぞごゆっくりしていってください」」レーネとフィーレは俺を部屋に案内した後にすぐに部屋から出ようとした。事情を聴くならこのタイミングだろう。
「なんでこの状況なんですか?僕が解決できることなら解決しますよ」単刀直入になんでこうなったのかを聞く。遠回しに聞いてもはぐらかされるだろうしな。
「アクセルさんも薄々気が付いてるとは思いますが、私たちはこの街の人間に奴隷として売られそうなんです,,,」レーネさんは事情を淡々と説明してくれた。
話が長かったので纏めると、夫が亡くなって女二人だし、エルフだからグロリア王国の貴族に高く売れるだろうって感じだ。この街の人間は終わってるな。やっていいことと悪いことがあるだろう。それに奴隷は廃止されているから違法だしな。
「その程度なら僕が解決してきますよ。ちょうどクズ野郎が玄関に来たみたいなので」探索スキルにずっと引っかかっていた反応がもう目の前まで来ている。
「お兄さんには関係ない話でしょ!?どうして守ってくれるの!?」この反応から見るにフィーレは俺のことを思ってをスキルを切るように教えてくれたのだろう。冒険者ならスキルの範囲に入ったら気づくからな。
「なんででしょうね。自分でもわかりません。でもここで見捨てるくらいなら俺は死を選びますよ」理由は濁してはいるが、俺だってこれでもグロリア王国の貴族だ。そんな野蛮で下品な行為は見過ごせない。あとはそこの貴族ってばれたら警戒されるだろうしな。
俺は短剣をもって玄関に向かう。数は四人か。この人数で俺のスキルに気が付かないってのは弱いな。
「そろそろ出てきたらどうだ!!次はこの建物を燃やしちまうぞ!!」外の方から品の無い声が聞こえる。耳が腐り落ちそうだ。
「今日僕が休む宿を燃やすのはやめてくれませんか?」炎纏餓狼を発動させて、統率を取っていた人間の口を焼く。これで喋ることはできないはずだ。派生スキルを制御できるか不安だったが問題なく発動してくれた。まぁ、暴走したってこの町が地図から無くなるだけだしな。
「ガキが調子に乗ってんじゃねぇよ!!」後ろに居た大柄の男が斧を振り上げて攻撃をしてきた。こいつら俺のことを監視してたんだから戦闘能力位は図っておけよ。それか俺を襲う気が無かったのか。
「よっ」身を翻して軽々と男の攻撃を避ける。ダストの攻撃に比べたら茶番に過ぎないな。さっさと終わらせて寝たいな。
「ここまで来たんだ。文句は言うなよ?」~黒狼召喚~俺の影に短剣を突き刺して狼が四体召喚する。この狼たちがどの位強いのか確認実験だ。こんな雑魚じゃ結果は分かっているが。
「お前らビビんな!!ただの,,,」粋がって声を出していた小柄の男を狼達達が真っ先に殺しに行った。俺と同じ考えを持っているんだな。よく出来た狼だ。
「ひぃ!!みんな逃げろ!!死んじまうぞ!」残った三人がこの場から逃げようとする。こんなことをしているのがばれたらこの街に居られなくなっちゃうじゃないか。
「お前らが始めた事だろ?喰らえ」狼が男たちを追うようにに疾走する。この足の速さだとあいつらが死ぬのも時間の問題だな。
アイツらの事情は分からないが、犯罪に手を出したら終わりだ。それがどれだけ貧しい人間だったとしても。え?殺しは犯罪じゃないのかって?俺は貴族だから免除されてんだよな。ここだけは貴族に生まれた事を感謝している。
それでも必要のない殺しはしないって決めてるんだ。今回だって奴隷が生まれるのを阻止したってだけだ。あいつらが本当のことを言ってるんだったらな。
そうこう言っている間に三人分の反応が探知スキルから消えた。狼に喰われて死んだようだな。話を聞きたかったが頭のねじが外れた人間と話すには根がいるから今回はパスだ。
「早く終わったし、飯にでもするか」宿の方も向いて歩き始める。明日はどのののののnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnn
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話の途中で割り込むようで悪いな。俺の名前は,,,ホープレスと呼んでくれ。こんなことをして悪いと思っているが、今回ばかりはお前らに伝えたいことがある。この世界、物語の根幹に関する話だ。
今は監視者の目から逃れているから話せることだ。今お前らが見ている物語は意図せずに設定から大きく離れているはずだ。しかしこれは意図されて出来上がったものだ。
この状況を生み出した奴がいる。作者じゃない。あいつはいまだに中立、紡ぎ手にすぎない。ブレイク。この物語の主人公であるアイツだ。自由を代償に動いている。そこまでの認識は正しい。しかしその力が強大であるがゆえに、この物語自体に干渉している。
この後はどうなるとか、こいつの結末はどうするか。トカナ。現に今もあいつはこの世界を歪めている。そしてこの世界の真理に近づきそうなものを発見しているのが監視者だ。
見つかった者はすぐにこの世界から排他される。あいつにとっては不都合だからな。こんなことを言っている間にも監視が迫ってきている。まだ言いたいことがあるんだが,,,
続きはまた次回にしよう。まぁ俺が逃げ切れたらの話だが。次はジェノサイドの軸に逃げ込むよ。いきなりな話で悪かったな。この物語をたのしんでくれ。
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「戻りました」無傷で戻ってきた俺を見て二人は希望に満ちた目で駆け寄ってきた。ここまで歓迎されると嬉しいものがあるな。
「怪我はなさそうですが、回復魔法をかけますね」レーネは無傷だとは分かっていても内心は心配でいっぱいなのだろう。行動に移さないと駄目なタイプの様だ。
「お兄さんはとっても強いんですね」フィーレは魔法をかけてもらっている俺を横目に、料理をしながら褒めてくれた。
台に乗って一生懸命フライパンを振ったり、調味料を探して右往左往している姿がとてもかわいらしい。
「そうでもないですよ」魔法をかけてもらった後、食堂の椅子に座りながら短剣や、防具の手入れをする。こいつらもそろそろ限界か。ボロボロになったライトアーマーや、短剣を見て思う。まだ旅をしたかったんだが,,,魔法空間で見守ってもらうか。
「嘘は良くないですよ。あの集団はこの辺りでも有名なチンピラなんですから」フィーレは料理を運びながら、俺に向かって文句を言ってくる。ぷんぷん怒りながら仕事をする姿は一定層に需要があるに違いない。そして俺はロリコンじゃない。
「そうですよアクセルさん。本当は並々ならぬ実力者なのでしょう?」メインディッシュを運んできたレーネにもそういわれた。ここまで言われたら身分とかを明かすしかないか。でもただで教えるのは違うな。
「教えるのはいいですが、そちらが隠していることを先に教えてもらっていいですか?」俺の発言に場が凍り付いた。それもそうだろう特大の爆弾が落とされたんだからな。
「な、何も隠して無いですよ!?
「そ、そうです!何にもないですよ!」一瞬の間をおいて二人が慌てて、何も無いということを言い始めた。この慌て方は絶対に何か隠しているだろう。
「ではなんであんなに武装した人間が来るんですか?」俺と戦った人間はとても奴隷にしようと思ってくる人間の武装ではなかった。高値で売るなら傷が無い方がいいはずだ。なのに斧やボウガン、剣を持ってきていた。
俺が奴隷商なら、麻酔矢とか、睡眠薬を盛って売る。その方が見栄えもいいし、寝ている間に隷属の魔法をかけることが出来るからな。
「そ、それは,,,」レーネは言葉を詰まらせて、目を泳がせていた。やはり何か隠しているのだろう。恐らく夫が何かをやらかして、禍根で殺しにきているのだろう。
「お母さん。本当のことを言うしかないんじゃない?アクセルさんの強さなら助かるかもしれないし」何か耳打ちをしているようだが、スキルを発動させている俺の前ではそんな小細工は通用しない。全部聞き取れてる。
「アクセルさんの強さを見込んで頼みたいことがあるんです。いいですか?」レーネは覚悟を決めた顔でこちらを見てきた。
「別に問題ないですが、隠していることを教えてください」助けるのは構わないが、隠していることを知らないと動きずらい。なんとしてでも聞きださないと。
「ありがとうございます。本当のことを話します。長くなりますがいいでしょうか?」レーネは俺に確認を取ってきた。それほど大事なものを隠して生きていたのだろう。
「いいですよ」俺は快く頷いて話を聞き始めた。話が終わるころに日が上り始めていた。それほどまでに過酷で、長い人生の話だった。
レーネの生まれたところはここよりも北にある、世界の中心とも呼ばれる世界樹のエルフの森で、長の子供としてこの世に産声を上げた。
百歳まではそこで健康にのびのびと生活をしていた。長の子供として英才教育を受け、同世代のエルフと友情を育んだり魔法を見せ合ったりしていた。また剣術や、弓術、馬術などの幅広い技量を得ていた。皆からは将来は有望な長に成れると期待されていた。
それに応えるようにレーネは精を出してさらに勉学や技量の向上に臨んでいた。同年代もそれに火を付けられたように、同じような生活を送っていた。
しかしある時世界樹の栄養源である火山の活動が止まってしまった。理由はその火山を根城にしていたドラゴンが人間の攻撃に暴れてしまったからだ。
なんでドラゴンが暴れると火山の活動が止まるのかは見当が付いていないらしいが、恐らくは共生関係で互いにエネルギーを循環させていた、というのが有力らしい。
世界樹への栄養源が無くなってしまうと、当然枯れ始めてしまう。このままではいけないと思った長が人間にドラゴンへの攻撃を止めるように訴えた。しかし身勝手な人間はそんな言葉を聞き入れるはずもなく、攻撃を止めなかった。
そしてエルフは自分たちの生活が懸かっているため、人間たちへの戦線布告を始めた。これが直近の大戦争である、世界樹戦争だ。
魔法と地形を巧みに操るエルフと、何も知らない無知蒙昧な人間では勝敗は明らかだった。しかし、頭の良さだけで生きてきた人間はとうとう禁断の領域にまで手を出し始めた。それが世界への干渉。
文字通り、この世界に影響を与える方法を見つけてしまった。多くの犠牲をもとに発見されたこの方法は歴史の闇と共に葬られてしまったが、どうやら、この二人はそのことを知っているらしい。
その効果は凄まじく全世界の人間が集まっても劣勢だった状況が一転してしまった。内容は概念の変更。この世界で常識だったことが変わってしまった。俺みたいにこの戦争の後に生まれた者は当たり前だと思っているが。
エルフが使っていた言語を無くしてしまった。変更というよりは削除の方が正しいな。統率が取れなくなったエルフの軍は瞬く間に崩壊をしていき、人間サイドが勝利を収めた。
そのあとは人間が世界樹の有効活用を見出し、エルフが奴隷の様に働かされている。なんでレーネがこのような現状を知っているかは長の血によるものだ。
エルフの長には世界樹と対話を出来るようになる固有のスキルもって生まれる。だから、レーネはこのような状況になっても世界樹の近くの情報であれば確認することが出来る。
さらにこの戦争により、世界中に散ったエルフは迫害を受けている。俺の王国でもそうだったな。俺の父はそれを嫌っていたな。同じ過ちをしたんだからと。
レーネたちは唯一長の血を引くエルフとして指名手配をされている。それも世界中に。俺はそんなのは一度も見たことが無かったから、地域によって差があるのだろう。恐らくは北に行けば行く程、酷くなるだろうな。
二人の目標は北にある世界樹の幹ではなく、南にある根の方に行きたいというものだった。理由は魔法によって概念をもう一度変えるらしい。俺からすれば、何が変わるのかわからないが。
大和国とは正反対の場所だが、一度引き受けたことは覆さない。二人を根の方に送り届けよう。そこでしか得られないものがあるかもしれないからな。
「長い話を聞いて下さりありがとうございます」レーネは話し終わるころには涙を流していた。聞いているだけでも、凄惨だったことが分かる。
「気にしないでください。僕も覚悟が決まりましたから。しっかりと送り届けます」胸を叩いて任せてほしいという意思表示をする。ここで何年かかってもなんて いうと、ブレイク達との約束が守れなくなるからな。なるべく早く送り届けないと。
「ありがとうございます,,,本当に,,,」泣き崩れて、俺の手を掴んできた。か細い手にはいくつもの切り傷や火傷の跡が見える。でもそれをマイナスにしないほどの覚悟が、意志が震えた手から伝わってきた。彼女もここからの旅が厳しいものだということを理解しているのだろう。
「ここまでよく頑張りました。今日は二人で休んでいてください。警戒は僕がしておきますから」
「でもアクセルさんの負担が,,,」
「気にしないでください。これからは同じ旅路を行く仲間でしょう?」心配するレーネに、安心するような言葉をかける。俺もこうやって救われてきたから。
「もし成功したら,,,貴方の名を歴史に刻みます」レーネはそういうと、うとうとしていた、フィーレを持ち上げて、ボロボロの部屋の中に入っていった。
そこまで執着するような概念ってなんだろうな。俺には想像も付かないな。とりあえず今日は二人のためにも俺の訓練と並行して安息を作ってやるか。
「お前ら行ってこい」餓狼を発動させ、狼を周囲に配置させ始める。今回俺がやることは狼との感覚共有とだ同時に操作することだ。この手の動きは何回もやらないと体に馴染まないから。目標は無意識でも俺の思うがままに操れるようになることだ。
狼が定位置に移動している間に宿の屋根に上る。見晴らしはいい方が戦いやすいからな。それにあの程度のレベルの人間なら俺の隠密スキルを見破ることはできないだろう。
「中々、素晴らしい景色じゃないか」東の空から昇る橙色の太陽は俺のことを明るく照らしてくれる。朝焼けはいつ見ても悪くない。同じような日はあっても同じ日は無いからな。そのことを毎回思い出させてくれる。
おっと感傷に浸っている場合じゃないな。浸るとしてもやることをやってからだ。感覚共有を始めるか。手始めに一番近い狼から試すか。場所はここから少し高い位置にある家の屋根だ。
「これは,,,厳しいかもな」視界を共有しているが今見ている光景と重なってぐちゃぐちゃになっている。でも共有自体は出来ている。あとはこれをどうやって制御して実用性のあるものにするかだ。
眼を瞑れば狼だけの視点に変更できるが、俺の目の前の現状を理解できないと意味が無いな。片側だけを視界に移すことは出来ないだろうか。
「ムズイな」片方だけにはできなかったが、どちらかの視点を薄くすることが出来た。これで何をしろって言うんだ。服でも透ければGOODなんだがな。
距離による感覚共有の不具合は無かったがやはり、視界が重なってしまうのが問題だった。
「これは練習が必要だな。日常で使っていかないと、まともなものにならないな」やることばかりが増えて足踏みをしている自分に嫌気がさす。でも強くなるためだ、根気強くやっていこう。
「感覚の共有は一回おいて、同時操作に移るか」目の前に狼を二匹召喚して、同時に操作することを始める。初めは一匹からだ。これは何回もいぇってきてりうことだから、すんなりとできた。問題は、一匹増やすとどうなるかということだ。
単に操作の量が増えるだけではなく。思考の回数も増える。支障がどこから出るのかを徹底的に確認する必要がある。と思っていたがそんなことは無かった。
こっちの方は比較的早くにコツを掴むことが出来た。なんて言うんだろうな。二つのゲームをやっている感じだ。やってみれば楽しいし、狼同士で戦闘をすることが出来るし、俺も戦うことが出来る。これはありだな。
「いい感じだ。これなら今来た人間も倒せそうだな」ここに来るために絶対に通り場所の路地に配置していた狼から反応があった。これだけでも強いんだが、やっぱり直で見て判断したい。
数は数十人と前回よりもかなり多くなっている。偵察していた人間でもいたのか。気づかないなんて俺もまだまだ未熟だな。
そういえば狼を通して、音を拾うことは出来るんだろうか。試して無かったな。静かな今なら何とか聞こえるだろう。
「おま,,,気ぃ付けろ」「この辺りで,,,」「黒い,,,ものが,,,」途切れ途切れだが、聞こえることが分かった。これも鍛えれば実用的なものになるだろうな。
それよりも聞こえてきた声は俺のことを認知しているようだった。舐めて戦っていたら足元を掬われそうだ。気を引き締めていかないとな。
もう少しでスキルの範囲内なんだが、中々引っかからないな。狼からの反応も無い。気づかれているのか。だとしたら熟練者が紛れている。それもかなり上に君臨している人間だ。
あぁ、実際に戦いたい。武者震いが止まらない。抑えなければいけないと分かっているが、体は疼いて仕方がないようだ。このまま俺が出向いて戦うか。知らない間に太陽はその姿を隠し、曇天が青を塞いでいた。




