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ブレイクソード  作者: 遊者
闘争人間
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第十六話 克服少年

「疲れたな」ドラゴンハートを食べながら餓狼を解除しようとする。ドラゴンハートは身体能力の永久的な向上と、寿命が延びるとされている。また、強い個体になればなるほど効能は増す。今回の心臓は相当良い筈だ。


「なかなかうまいじゃないか」味は鶏肉をもっと濃厚にしたような感じに近いくて、触感は,,,何とも言えないな。ゼリーの様に弾力はあるが、とろけていくから例えにくい。


ドラゴンハートを食べ終わった後に、俺は重大なことに気が付いた。餓狼が解除されていない。それどころかどんどん力が湧いて出てきている。これは餓狼特有の力の増し方だ。


「ぐ、あ,,,」耐え難い苦痛に俺は口から呻き声を漏らす。まともな思考が出来ない。上書きされていく感覚が、俺をオレジャナクさせる。


このままじゃ,,,そう感じとったときには遅かった。俺の「理性」は完全に喰われ、闘争と強さを求める人狼となってしまった。


こうなってからどのくらいが経った?今は時折蘇る理性を頼りに森の最奥へと向っている。被害をダサナイタメニモ。今の自分を人間が見たらドウだ?ダダでさえモンスターが逃げているというのニ。そういえば腹がヘッタナ。


「腕が,,,ナイ?」どうやらあまりの飢えに自身の腕を食べていたようだ。俺には関係ないが。しかし痛いな。腕が無くなってしまったのは少し不便カモナ。それよりも奥を目指さないと。


黒い体毛に包まれた「それ」は休むことをせず、森の中を徘徊していた。動いているものは殺し、止まっている存在は容赦なく踏みつけていった。それが理性を取り戻すのは一時的なことだった。


水を飲んでいるとき、死体を喰らっているとき、時間や場所は関係なかった。ただ憑りつかれたものを祓うように抗っていた。しかしその行為は無駄なものでしかなかった。


四肢が欠損しても能力により回復し、喰らえば喰らうほど力が強くなっていった。脳がそれを快感として認識していた。それを解消したのは運がいいのか悪いのか、かつての仲間だったブランだった。


彼女はアクセルを見ると、瞬時に魔法を展開し攻撃を始めた。オリジナル魔法独自の威力で、どの魔法にも分類することができないものだった。燃え盛る炎が包んだかと思えば万雷が体を貫く。氷で固められたと思ったら一瞬にして圧縮され爆発した。


彼女の魔法は純血魔法や極魔法にも引けを取らないほどのものになっていた。むしろ彼女の魔法のほうが強いのかもしれない。俺は何もできないまま魔法を受け続けた。原形が分からなくなるまで。


そのあとは「きみが悪いわね」と一瞥しその場を去った。そう冷静に振る舞う彼女を微かな意識で見たときに俺は安堵した。こんな状態の俺に同情でもされていたら死を選んでいただろう。


そんなことを考えながら俺は暗闇の中に落ち、体が回復するのを待っていた。隅では治らなければ,,,なんて考えたりもした。でも俺は約束を守らなきといけないから生き続けないと。


アクセルが回復をした時には餓狼の能力は完全に消えていた。いや、生命を維持するために力が空になっただけだった。また溜めっていけば今回の様になってしまう。それは使用者であるアクセルが一番理解していた。


「またこうなってしまったら俺は,,,俺は,,,」アクセルはいつ爆発するのかもわからない自身の力に怯えていた。今回はブランに殺されたからいいが、もしこのようなことが起こったときに殺してくれる人間がこの大陸に居るだろうか。


思いつくのはブランとブレイクの二人だけだ。それ以外の人間は俺にダメージを与える前に死ぬか、攻撃を与えられても回復するかのどっちかだ。そのくらい餓狼の状態は強い。そしてそんな状態を壊してくれるのが二人だ。


「しばらくの間はここで訓練をするか」気づけば名前も知らない高い山の山頂に居た。下にはどこまでも広がる森が見えていた。奥の方には王国のようなものが見えている。ここなら人が来る心配はなさそうだな。


「でも疲れたな。一回寝るか」俺は一本だけ生えていた木に体を預けた。この辺りには何もない。あるのはこの木と周りを軽く囲んでいる岩くらいだ。


明日はどうやってこの力を抑えて行こうか。少しづつ解放していくのが正解なのだろうか。それとも初めから全開で行くか。何も正解が分からないのが一番厄介だ。しかも失敗は出来ないから。


「明日の俺に任せるか」悩んでいても仕方がない。今日は体を休めるのが一番だろう。今日の星空は一段と輝いて見える。俺の心は真っ暗だっていうのに。


「こんなところに居たのか」気配に全く気付かなかった。何者なんだ。俺は声の聞こえた方向に素早く目をやった。


そこに立っていたのは、俺と同じくらいの体躯に黒のライトアーマーに、夜を紡いで作られたようなマフラーと、深淵を纏っているかのような色のフードを被っていた。顔はよく見えないが、黒髪がはみ出しているのが見える。


「お前は何者だ?」短剣を男に向けて警戒の態勢をとる。だが、本能が絶対に勝てないと警鐘を鳴らしている。そしてその警鐘を上書きするように宿命が俺のこと駆り立てている。


「俺は,,,今教えても面白くないな。お前がお前を制御できるようになったら教えてやるよ」男は俺の餓狼について何か知っているようだ。もしかして、ブレイク達が言っていた別の軸から現れた自分なのだろうか。


答えが釈然としない。イライラばかりが募っていく。こいつと戦いたい。敗走になると分かっていても。


「餓狼!!」俺はスキルを発動させて男に向かって突撃をする。あの時と同じで体毛は黒色に染まっていたが関係ない。この男に一泡吹かせてやりたい。そしてこいつの正体について迫りたい。


「そうやって使うものじゃない」~黒狼降臨~


男も同様にスキルを発動させた。しかし俺とは規模が違っていた。次元が違うとかそんなものじゃない。神と対峙している気分だ。


「しっかり耐えきれよ?」男はにやりと笑うと男と辺りは黒い霧で覆われた。どこから来るんだ?攻撃に備えるために辺りを警戒するが何も反応が無い。もしかして逃げたんじゃないかと思わせるくらいに。


「本来はこうするんだ。いや、こうやった方が強いと言った方が正しいな」男の声が辺りに響くと、黒い狼が無数に現れ、俺の肉や骨をかみ砕いていった。あまりの激痛に声を上げようとするが、霧のせいで声を上げることが出来ない。


「餓狼は肉体以外にも周囲に影響を及ぼせる。今みたいに空気に干渉させたりな」痛みにもがいている間に男は淡々と説明を始めた。


「攻撃以外にも応用できるぞ?」霧が晴れると黒い繭のようなものがそびえ立っていた。俺の体は傷一つ付いていなかった。幻覚でも見ていたのか?そんなことよりも目の前の繭をどうにか破壊しないと。


俺はがむしゃらに攻撃を始めた。しかし案の定傷の一つも付かなかった。金属を木の棒で叩いている感じだ。手ごたえなんて感じない。


「言っただろ?攻撃以外にも使えるって」また声が聞こえると繭は消え、男が後ろに立っていた。これはデコイだったのか。クソが、手のひらで踊らされている。


「お前は使い方がなっていない。だからそんなにダメージを負うんだよ」男に指摘されて体を見下ろす。


「あ?がああぁぁ!!!!!あぁぁ!!俺の体ぁぁ!!」目に飛び込んできたのは脳が処理を拒むようなものだった。内臓は腹部から零れ落ち、足は立っているのも奇跡なくらいボロボロになっていた。それ以外の部分は肉が完全に落ち、骨が露出していた。


「そのくらいで喚くな。餓狼を使え」呆れたような口調で男が喋る。それが出来たら苦労しないんだよ。俺はただ痛みに耐えることしかできない。


「情けないな。今回は俺が回復してやる」先程の黒い霧が俺のことを包み込む。確実に死んだ。と思っていたが本当に回復をしてくれているようだ。痛みは段々落ち着いて行き、体も動かせるようになってきた。


「一週間後にまたここに来る。その時は,,,俺のことを失望させるなよ?」男はマフラーを翻し、夜の中へと消えていった。


今の体験は全て夢や幻の類だったのか?頭の中ではそう考えることが出来ても体は、全力で否定している。今見たいのが現実で、それが一週間後にまた来るなんて冗談じゃない。今すぐにここから逃げ出さないと。


急いで荷物を整理して、山頂から降りようとする。が、宿命によってこの行動が阻まれてしまう。こいつはどうしても俺のことを強くしたいらしい。はぁ、諦めて受け入れるか。こうして俺は絶望の中、餓狼を自分のものにするために特訓を始めた。


「しっかしどうするかな」一週間くらいなら寝ないで活動できるから、フルで時間を使っていきたい。だがどうすればあのような動きにできるのか全く想像がつかない。


「とりあえず発動させてみるか。目標は一部分だけの餓狼化」今回は腕だけに集中してここだけを餓狼状態にすることを目標にする。どんどん腕が黒い体毛で覆われていくのが分かる。本来ならここから広がっていくが、ここで留める。


「なかなか,,,上手くいかな,,,いっ!!」膨大な力を一点に止めておくのは想像を絶するものだ。内側から肉が裂けていくような感じがする。これを耐え続けなくてはいけないのか?いや考えろ、アイツは周囲にも影響を及ぼすって言っていたな。これを周りに放出できれば,,,


「ぐあぁ!!」何て考えている間に全身に体毛が広がってしまった。急いで解除しないと。あ,,,今の俺には自力で解除が出来ないんだ。また瀕死の状態にしないといけないのか。あれが一度きりのものだったら困るが。今は理性が生きている間にできることをしないと。


短剣を手に取って体に刺していく。自分自身を痛めつけるのは気分がいいものではない。不意を突かれた攻撃だったらまだ耐えれるが、いつくるのかわかっているから痛みが余計に増す。


「ここでも駄目か,,,」足、腕、腹と突き立てていったがいまだに解除できる気配が無い。心臓や喉元を刺さないといけないのか。本当に急所を狙わないと。覚悟を決めろ、俺。死んだら死んだで終わりだ。これが力を得るための最善策だ。


「よし、行くぞ」心臓に向かって思いっきり短剣を突き刺す。加減はしない。中途半端な状態で回復したら目も当てられない。それにこの痛みを経験するのは一回だけでいい。


「っぐ,,,ふ」短剣が刺さったまま、前の方に倒れる。万が一力が足りなかった時の保険だ。でも今回はいらないみたいだな。しっかりと心臓を貫いているし、餓狼が解除されていく感覚がある。これで一日が潰れるのか。最悪だな。薄れていく意識の中で悪態をついた。


目が覚めた時には予想通り一日が経っていた。この調子で大丈夫なのだろうか。一抹の不安を抱えながら、今日の餓狼の制御を試みる。


前回の実験で分かったのはアイツの言葉通り周囲に影響を及ぼせるということだ。完全に餓狼になる前にあいつと同じような霧のようなものが出せた。あれを再現できれば大きく前に進むことが出来るだろう。


「イメージは溜まった力を変換する感じで,,,」昨日と同じように腕に集中して餓狼を発動させる。腕が瞬く間に黒くなっていく。ここまでは順調だ。次にやらないといけないのはこの溜まっていく力を別の力に変換することだ。


何を媒体にすればいいんだ。地面か?それともあの木にするか?できる限り力が伝わりそうなものを探す。やはり空気しかないのだろうか。


「これを,,,こうして,,,」余裕があるうちに試行錯誤をする。空気に直に力を与えてみたり、魔法の様に変換してみたりした。だが何も上手くいかなかった。何か足りないものでもあるのだろうか。


「力が溢れたときに霧になったよな,,,全開で出力してみるか」一か八かの賭けに出る。俺の予想が正しければ餓狼の力が限界になったときに具現化する。されなかったらまた別の方法を模索すればいい。


「ぐ,,,あ,,,」腕が無くなっていくような感覚と共に、周囲が霧で包まれ始めた。あまりにも痛い。恐らく効率が悪いせいだろう。ここからさらに研究を重ねていく必要がありそうだ。


そんなことよりこれを維持しないと,,,霧の状態をイメージしながら力を変換させようとする。上手くいかないな。ぐにゃぐにゃ動いたり、石の様になったり安定しない。それでも完全に餓狼になることは無かった。一応成功はしているだろう。


ともかく、これで心臓を貫いたりして瀕死にならなくて済むしいいか。痛みに対する耐性も付くだろうし。それよりもどうすればよくなるか考えていかないと。


今は限界まで溜まった力を漏らしているだけだ。これをいかに少ない力で発動できるかがカギになるだろう。あいつはそんなのもお構いなしに使っているだろうが熟練の技ってものだろう。あそこに行くまでは時間が掛かりそうだ。


今はゆっくりでいいから目の前の問題から片付けて行こう。それが一番の近道だ。強くなるのに楽な方法なんてない。ひたすら努力して実るのを待つだけだ。実らなかったら努力が足りなかっただけだ。


餓狼を漏らし続けて二日が経った。今判明しているのは二つ。愚見かするためには何か媒体が必要なこと。これは極論なんでもいい。人でも地面でも空気でも力が伝わればOKな感じだ。


二つ目はイメージが重要だということだ。少しでも邪念が入っていたりすると、すぐに形が崩れてしまう。霧にしたかったらなるべく具体的な想像が必要だ。俺が想像しているのはアイツが使っていた黒い霧だ。あれが一番印象に残っていて想像しやすい。


アイツが来るまであと四日はある。それまでにどこまで高みに行けるか。せめてあいつに一撃を負わせるくらいの力が欲しい。あの舐めた感じで攻撃してくるあいつに一泡吹かせることができるくらい。


ま、本当はアイツから逃げきれるくらいでいいんだが。欲張っていたって仕方がない。それよりも今はこの常時発動されている餓狼を解除できるようにならないと話にならない。


二日も発動しているせいで、腹が余計に空くし、喉の渇きも異様に早い。このままじゃ備蓄していた食料が無くなってしまう。前までだったら血を浴びれば戻れたんだがな。


あれ?これもしかして、解除に必要な血の量が増えてるわけじゃないよな?もしそうだとしたら相当な血の量が必要になる。自分を何回も殺すくらいの量の血が。


最悪だ。強化されてるってことはそれなりの代償が付くよな。このまま常時餓狼ってのも悪くはないだろうが効率があり得ない位悪いし、集中していないとイメージが飲み込まれてしまう。


体に覚えさせろってことなのか。思い出してみればアイツもスキルを発動させる前から常に霧のようなものを出していたな。はぁ、あいつですらコントロールできないってなると本当に解除するのがきついらしな。


後の四日は餓狼の制御に加えて、飢えとの戦いになりそうだな。『ぐぅ~』言った傍から腹が鳴った。このまま飲まず食わずで行ったら仙人か何かになれるんじゃないか?まじで目指そうかな。


っていやいや、そんな高尚な存在にはなりたくないな。俺はブレイク達とバカやって旅をしていたい。だからこうやって今の自分と向き合っているんだ〈強制的に〉


今の心の拠り所は三年後の約束くらいだな。そのころには二人は想像もできない位に強くなっているんだろうか。ブランはもうあり得ない位の魔法使いになっていたし、ブレイクは戦いのセンスがあるからな。レンとかと出会っていたら強くなっていそうだ。


レンって誰だって?俺がグロリア王国に居たときに仲良くしていた貴族だよ。オーバー家から疎まれていた俺と仲良くしてくれた数少ない人間の一人だ。どこから来たのかは分からないが、俺と同じ珍しい髪色をしていたからすぐに意気投合した。


この髪の色は目立つよな、とかそんな小さな話題から、大きくなったどうなりたいって話もしていた。元気にしているだろうか。俺が王国を出る前は剣聖の試練を受けていたから何もわからない。


でもアイツのことだ。無事に剣聖になって高みを目指しているだろう。あいつはギルガ家の中でもかなりの異端児で、一撃にすべてを懸けていた。後先のことを何も考えていない、馬鹿まじめな攻撃を得意としていた。


俺はそんな戦い方に魅せられていた人間の一人だった。戦闘が始まったと同時に放たれる一閃によって対峙していた相手は致命傷を負っているロマンのある戦い方に。まぁしくじれば終わりだったんだが。


それでも今は抜刀からの派生で対応しているだろうな。それか、俺の想像をはるかに超える抜刀術の使い手になっているのかもしれない。


昔話が過ぎたな。こんな辺境の地に居るんだ、人肌が恋しくなるのだろう。この何とも言えない感情を満たしてくれるのはあの二人だけだな。一時的だったら別の人間でもいいんだが。やっぱりあの二人との旅が忘れられない。


王国での嫌な暗い思い出が全て明るく塗り潰されるくらいに眩しかった。俺もおいてかれないように。同じように隣で胸を張って歩けるように、ここで自分との戦いを終わらせよう。


「ここで本当に終わるといいな」星が空を燃やすくらいに眩しいくらいの夜に俺は覚悟と決意を固めた。


あれから三日が経ち、約束の時が来た。正直な話、今俺はものすごい興奮している。何故ならこの三日間の間にものすごい成長が出来たからだ。始めの方は不安だったが今は自信にあふれている。恐らくアイツよりも使えるんじゃないかって思えるくらい。


前までは血を浴びないと解除できなかった縛りも克服した。今は餓狼のエネルギーを一定の量を放出すれば解除できるようになった。効率はまだまだ悪いが楽になったとは思う。


それにイメージを強く意識しなくても具現化が出来るようになった。霧以外にも盾だったり、剣に形を変えたりすることが出来る。威力はエネルギーを与えてやればその分上がってくれる。


前は剣の調整をミスったせいで、唯一の癒しだった一本の木が無くなってしまった。余り力は込めていなかったはずなんだが。まだまだ話したいことはあるが、どうやらその時が来たようだ。


辺りが黒い霧で包まれていく。あの時とは打って変わって最初から発動してきているようだ。餓狼を発動して警戒をしておくか。


「守れ」~黒盾~

俺の周りに黒い盾が現れ回転を始めた。これは餓狼のエネルギーを盾として出力して具現化させている。回転をさせているから攻防一体となってくれるだろう。


「そこまでできるようになったのか」霧の中からあの男が現れた。服装も変化していて、アーマーが無くなり、パーカになっている。何か特殊な効果でも付いているものだろうか。マフラーは相も変わらず風によって靡いている。


「お前に勝ちたいからな」地面に刺さっていた短剣を抜き取り男に向ける。男は不敵な笑みを浮かべながら話し始めた。ずいぶんと余裕がありそうだなだな。


「俺に勝ちたいとまで出たか。面白い。全力でかかってこい。傷一つでも俺に与えられたら質問に答えてやろう」男は両手をポケットの中にしまいながら挑発をしてきた。


舐めたこと言いやがって。その余裕そうな面と話し方をへし折ってやるよ。そして俺の質問に全て答えてもらうぞ。


「あの時とは違うぞ?餓狼!!」全身が黒く覆われていく。あの時と同じように狼の形態をとる。だが理性が完全に残っている。これなら戦えそうだ。


「また同じ手で来るのか?がっかりだな」男は片手を出し、霧の中から狼を召喚した。俺のことを舐めているこいつがしてくることは予想が出来ている。


「本当にそう思うか?」短剣に餓狼の力を纏わせ、狼を両断する。今まではただの鉄くずだったが、今はこいつの首を狙うことの出来る牙になっている。


「思っていたよりもできるな。これならどうだ?」~狼現門~


霧は魔方陣のような形を取り、門のようなものが中から現れた。また狼でも召喚するつもりか?あの程度の雑魚ならいくらでも殺せるぞ。


「開門」男がそう発すると門が開いた。先ほどまでは何の変哲も無い、ただの門が、黒く禍々しいものに変容した。これはまずいな。本能が頭が割れそうなくらいに警鐘を鳴らしている。それでも俺はこの先が見たい。高みに行きたい。


「ワオオォォン」中からさっき殺した狼よりも一回り、いあや二回りは大きい狼が遠吠えや方向をしながら、氾濫した川の様に俺の方に流れ込んできた。。


「ぐっ!」あまりの勢いに後退を余儀なくしてしまう。だが、俺もただ黙って下がっているわけじゃない。殺せそうなやつ、深手を追わせられそうなやつを狙って攻撃している。


「どうした?その程度なのか?」狼の川の向こうから嘲笑の声が聞こえる。うるさいな。今すぐに俺の顔を拝ませてやるよ。


「喰らい尽くせ!」短剣が餓狼の力によって形が変形していく。短剣からロングソードに、そして鎌の形に変化した。だが、変形はまだまだ終わらない。鎌の刀身は狼の口の様に変わり、獲物を屠るのはまだかまだかと震えている。


柄は俺の右腕と餓狼を通して繋がっていて、根元から斬り落とされない限りは攻撃ができるようになっている。


「うおおぁぁ!!」鎌を狼の群れに向かって薙ぎ払う。肉が引き裂かれる音と、骨が砕かれていく鈍い音が山頂を支配している。たったの一振りで狼の群れは無くなり、眼前には男が立っていた。


「次はお前だ」鎌を振りかぶり、男の首を狙う。ここまでくれば傷の一つや二つは負わせることが出来るだろう。なんて考えていたが予想外な事が起きた。


「ここまでできれば合格だ」男は指をパチンッと鳴らすと俺の餓狼は強制的に解除された。俺たちを覆っていた霧も晴れていて、太陽が優しく照らしてくれている。


「合格って何のことだ?それよりお前の正体は?なんでこんなことをした?」突然の発言に戸惑ってしまい立て続けに質問を投げかけしまう。


「落ち着けよ。時間はまだある」男は俺の好物の飲み物を渡してその場に座り込んだ。


「そ、そうだよな。とりあえず聞きたいことがある。お前の正体は?」渡された飲み物を飲みながら一番知りたかったことを聞く。


「お前は俺だよ」男は深く被っていたフードを取って顔を見せてきた。俺とそっくりの顔が現れた。違うのは向こうの方が多少大人びた雰囲気を纏っているくらいだ。


「もしかしてブレイクが言ってた,,,」「別の軸から来た」俺の発言に被せるように俺が言った。


「なんで今頃になって接触を図ってきた?」ブレイクもブランも俺よりも早い段階で別の軸の自分に出会っている。俺だけ遅いのは何か理由があるのかもしれない。


「俺のところの軸が安定したからやっとこっちの方に来れた。俺のことは,,,ダストって呼んでくれ」ダストは何かを達成したような顔で教えてくれた。


「軸の安定ってなんだ?」


「言葉通りさ。軸の安定ってひぢshdんcぱ9ふぁ」突然ダストの様子がおかしくなった。壊れたスピーカーの様に同じ様な言葉を羅列し、姿も半透明になったり、服装が目まぐるしく変化している。


「俺が話せるのはここまでか」急に言葉が聞き取れるようになって姿も安定した。ダストは悲しそうな顔で地面を見つめていた。もしかしてこの世界に迫ることでも話そうとしているのだろうか。


「話せることが制限されているのか?」俺は疑問に思ったことをダストに聞く。もしも規制が掛かっているならこの質問の回答も先程の様になるだろう。


「話す方に制限はない。聞く方に制限が掛かっている。お前はまだまだ聞き取れるところの来ていない」どうやら俺の考えは間違っていたようだ、しかし、聞き手の制限が掛かっているということは何か知られたくないものでもあるのだろうか。


「どうすれば聞き取れるようになるんだ?」


「強くなれ。これしか言うことが無いな。今回はお前が壁に当たりそうだったから来ただけだ」ダストはこの先の俺のことを知っているような口ぶりだった。軸が違うということは、時間の流れも違うのだろうか。


「もしかしてダストは俺よりも先の時間に生きているのか?」


「正解だ。軸と軸が重なってたまたま俺が生まれた」なるほど。自由にブレイクが動いたせいで、分岐がたくさんあって、その中から確立されたのがダストというわけか。


「それで先が分かってるダストは俺のところに来たわけだな」


「そういうことだ。これからは結構楽に旅が出来るぞ」胸をドンと押された。自分に鼓舞されるのはなんか変な感じがするな。でも,,,悪くは無いな。


「助かったよ。ありがとな」ダストに向かって手を出す。


「気にすんな。お前も俺が困ったら助けてくれよ」ダストは俺の手を強く握り締めてくれた。


「冗談がきついな。でも気長に待っててくれ」俺は笑いながら返す。でもいつかはダストを超えないといけない気がする。そこまでは頑張るか。


「お前ならすぐだ。それじゃ、俺は元の軸に戻るよ」何もない空間に亀裂が入り、ダストはその中に入って消えてしまった。名残惜しい気もしたが、いつかまた会えるだろう。


その時には今よりも強くなって度肝を抜いてやろう。餓狼もまだまだ研究できるからな。それに大和国に行けば更なる剣術が俺のことを高めてくれるだろう。


「ここからは忙しくなりそうだな」未来に対して多少の不安はあるが、それを上回る程に、期待と楽しみが俺の心を埋めてくれている。


「でもまずは飯だな」ここ数日はろくに飯も食べていないせいで、骨が見え始めている。近くの街によってたくさん食べて休養を取らないといけないな。


山頂からゆっくりと下りながら、近くに街が無いか確認する。大和国の方角に街があったら楽が出来るんだが、真反対にしかなさそうだ。


地図を見て俺は少し肩を落とす。遠回りになるかもしれないからな。まぁ、急いでもいいことは何もないよな。自分のペースで進んでいこう。強くなるには積み重ねが大事だ。今回のは,,,例外だが仕方がない。防ぎようがなかったからな。


「モンスターを倒しながら行くか。金が無いからな」魔法空間の中には一リルも入っていない。まさに無一文だ。素材やら肉やら集めて、ギルドで売るか。幸いにもこの山の下にある樹海は魔素が濃いから上質なモンスターが居そうだ。


「この一週間でどこまで強くなったか確認できそうだ」自分が前よりどれだけ進んでいるのか気になって仕方がない。早くモンスターと戦いたい。


「ちょうどいいところにトレントが居るな」索敵スキルにトレントの反応があった。大きさからして上位の個体なのは間違いないだろう。もしかしたら二つ名持ちの可能性もあるな。


「悪いが実験台になってもらう」餓狼を発動させてトレントに近づく。おぉ、自分の目で見ると大きさが全く違うな。高さは二十メートルは超えているし、幹の太さは五メートルくらいはありそうだ。


「ギギ!ギギ!」どうやら向こうもこちらの存在に気が付いたようだ。隠密も使ってないから当たり前か。真っ向勝負でどこまで強くなったか確認ができるからいいか。


「ギギギ!」トレントが腕を地面に突き刺すと、地面から根が俺を貫くように何本も生えてきた。先端は紫色で鋭く尖っていて、後ろにあった岩を余裕で貫いていた。


直撃するとやばそうだな。早めに終わらせるか。短剣に餓狼の力を与え刀身を黒に染め上げる。これでこの太い幹も斬ることが出来るだろう。


「ふっ!」素早くトレントの後ろに回り斬撃をお見舞いする。この一撃でどれくらいのダメージが入るかな。深手くらいなら上出来なんだが。


なんて思っていたら、トレントは真っ二つになってしまった。あれ?こんなに威力が高いのか。対人戦には向いてないな。それよりも俺は結構強くなったのか?こいつが弱かっただけなのか?


多少の疑問を持ちながら討伐したトレントを解体していく。この大きさだと俺の魔法空間には全て入りきらなさそうだな。勿体ないがいらない端材は捨てていくか。


「街に着くまでに溜まればいいと思っていたが、こんなにも早く終わるなんてな」予定だと、一日かけて集まるか集まらないかくらいだと思っていたんだが、こんな大物が居るとはな。これは付いているな。


「さてと、街まで走りますか」あまり動かせてなかった体を動かすのには十分な距離がある。軽くストレッチをして、俺は走り出した。


街に到着したのは空が赤く染まる頃だった。久しぶりだからか、ちょっと遅くなってるかもしれない。また鍛え直さないとな。そんなことを思いながら俺は町へと入っていった。

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