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ブレイクソード  作者: 遊者
闘争人間
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第十五話 臆病人間

~アクセル視点~

「ここからどうしようか」ブレイクと別れてから一週間が経った。俺はいまだにグレイ・スカイの宿に泊まっている。理由は現実味が無かったからだ。頭では分かっていても体が動いてくれない。


俺はもしかしたら鬱というものになっているのかもしれないな。初めて気の合った仲間と別れたことに対して、心が耐えきれていないのかもしれない。


だけどここは君たちが居る世界とは違って医者もいない。立ち上がれるかどうかは自分自身に委ねられる。俺にもそんな気合があればな。


そんなことを考えながら天井を見上げる。何時間も見た光景だ。何も変わらない風景。いや、世界は常に変わっている。変わっていないのは俺だけで、取り残されているんだ。


本当に情けないな。別れは何回も経験しているのに。今回ばっかりは特別な者だったらしい。あいつらと会えるのは三年後になるのか。ここで三年いれば迎えに来てくれるだろうか。


来ないだろうな。あいつらには俺の強い部分しか教えていないから。絶対に来てくれてると思っている。本当の自分は寂しがり屋で臆病者で、だけど誰かに必要とされたいから、偽の自分を作り出して生きている。


一人になると余計な考えが決壊したダムの様に流れてくる。どうすればこの沼から出られるのだろうか


〈君は誰よりも強くなれる。信じろ〉どこから幼い頃よく聞いていた声が聞こえた。夕方になると部屋に来て英雄譚を語ってくれた吟遊詩人の声が。


「エルザ!?」思わずベッドから飛び出して周りを確認してしまう。こんなところに居るはずもないのに。


「さっきの声は一体,,,俺に立ち直って強くなれってことか」もうこの世にはいないはずのエルザの声が聞こえたってことは助言だろうな。いつも助けられていたな。魔法が使えなかった時も、剣が上手く振れなかった時も、詩を歌っては勇気を与えてくれた。


「そうだな。こんなところで燻っている場合じゃないな」頬に手を勢いよく当てる。パチンといい音が部屋中に響いた。急いで旅の準備をする。目的地は決まっていないがどうにかなるだろう。ブレイクもそうだったしな。


「ありがとうございました」今まで世話になった店主に挨拶をする。ここの店主は寡黙な人間で声を聞いたことが無い。


「気を付けてな」本を読みながらかけられた言葉は俺の背を押してくれた。


「あんた、そんな声してたんだな」笑いながら外に出る。天気は曇り空だが、心は快晴だ。世界はこんなにも綺麗で果てしないんだな。雲海の真下で改めて実感する。


「ワイバーン」スキルを発動させて飛竜を召喚する。歩きよりも空を翔ける方が速い。それにこの世界をこの目でもっと見たい。


「小僧、ここを出るのか。餞別だ」店主から渡せれたのは古ぼけた本だった。題名は掠れて読めないが、不思議な魅力を感じ取れる。


「最後までありがとうございます」ワイバーンの背中に乗って空に飛び立つ。毛是を切る音が耳を支配する。久しぶりだから上手くいかないかもと、一抹の不安を持っていたが、何も心配はいらなかった。


世界は俺のことを受け入れてくれていた。こんな糞みたいな俺にでも寛容で、だけど残酷なこの世界は美しい。


「目的の場所はどこにしようか」この大陸から離れるのもありかも知れないな。ここから近いところだと、グランジェルド大陸が近いだろうか。


この、オリジア大陸と違ってモンスターが強いし、そごうでの人間たちが集まっているところで有名な大陸だ。


「目標は定まったな」ワイバーンを口笛で操縦する。目的地は港町であるヘリアポートだ。ここで船に乗らないと大陸に入れないからな。もし入れたとしてもばれたら速攻死刑だ。


もしそんなことになったら目も当てられない。ここは慎重に行こうか。いろいろなことを考えながら計画に入れていく。同時進行で先程店主からもらった本の中身に目を通す。


見たところ剣術に着いて書いてあるようだが、難解な文字で読むことが出来なかった。どこの文字だろうか。いろいろな書体で書かれている辺りから、大和国独自の物ではないのだろうか。


「気になるな。場所もたいして変わらないから、大和国に入国するか」好奇心を掻きたてられた男はそう簡単に止められるものではない。ロマンを求めて旅に出るのだ。


剣と魔法のようなもので戦闘している挿絵はどこか懐かしさのようなものを感じさせてくれる。それに華があって男心をくすぐられる。これを理解することが出来れば俺も高みに行けるはずだ。


青空の元、俺は数時間、難解な本とワイバーンと共にした。内容は分からなくても、挿絵を見ればなんとなくどういう動きをしているのか分かる。だけど分かっただけでは戦闘に活用することはできない。動きにでき、無意識にできるようにならないと。


空が暗くなってきたころ、俺は町から離れた草原に降りた。宿に泊まるのもよかったが、野宿がしたかった。二人が居る様な感覚になれると思ったから。


「いい感じの薪は,,,」森の近くまで行ってタキイによさそうな木を探す。カラッと乾いていて、小さいものから大きいものが欲しい。割合で言えば2:8くらい。


おっ、この草は火口に使えそうだな。先のほうが細かく枝分かれしていて乾いている。毒が無いかも鑑定をしておく。問題は無いな。引き続き木を探すか。


一時間くらい散策をして、三日間分の焚火を手に入れることが出来た。手に入れられるときに手に入れないと困る時が来るからな。


「キャンプの準備をしていくか」慣れた手つきでテントを広げ設置をする。焚火も組んで石で囲んだ。火打石でさっきの草に火花を当てる。数回ほどで煙が上がった。魔法でつけるのもいいんだが、俺はあまり効率が良くない。何ならこっちの方が早い。


「火も安定してきたな」上の方に組んだ大きな木に火が付いたのを確認して、フライパンを出す。今日の料理はどうしようか。ステーキにするか?それとも揚げ物か?魔法空間を確認して決めるか。


「嘘だろ,,,」中身を確認したら、食材が何も入っていなかった。考えてみれば食材なんかは全部ブランが持っていた。やらかした。ここで食料を探さなきゃいけないのか。それに水も残り少ないな。川を探して魚を捕まえて水を手に入れよう。


方向性が定まった俺は千里眼を発動させて、周囲を見渡す。近くに川があるといいんだが。もうキャンプを設営したし、動かすのは面倒くさい。


「あった」ここから東に数百メートル先に川が流れていた。流れは緩やかで幅はちょっと小さい。でもこのくらいの大きさなら魚くらいは居るだろう。


川がある方向に歩き出す。辺りは真っ暗だが、夜目を効かせることによってはっきりと見れる。さっき周りを見たが、警戒する必要もない。モンスターを発見できなかったからな。


でも念には念を入れる。油断したら死ぬ世界だからな。時折立ち止まって周りを確認して何も以上が無いことを確認してから進み始める。


川の流れる音が聞こえる。近いな。魔法空間を巣こそ弄って釣り竿と水を入れる瓶を取り出せるようにしておく。なんでも効率よくしていかないと明日に支障が出てしまう。


「綺麗な川だな」千里眼では少しぼやけていて、どのくらい綺麗な水なのかはわからなかった。でも実際に来てみると川底が月明かりでも見えるくらい透き通っていた。周りを見ると光を放つ虫が草むらの上を飛び、どこからかカエルが鳴いている声が聞こえる。とても神秘的な空間だ。


「それじゃあやっていくか」まずは瓶を取り出して、入るだけ入れておく。この後はしっかりと熱湯にしてから飲む。寄生虫が怖いからな。浄化魔法が扱えるとそこまでビビらなくていいんだが、俺は苦手だからな,,,


次に釣り竿を取り出し、餌を付けて水の中に放り込む。先端には鈴が付いていて食いついたら振動で鳴るようになっている。獲物が食いつくまで待っているのもありだが、なまった体をもとに戻すためにも手で取りに行くか。


釣り竿から下流の方へ静かに下りて行く。距離は大体百メートル前後。ここまで来たら、ズボンを膝の上まで上げて、静かに水の中に入る。




「結構冷たいな」水は冷えていて何時間も入っていると低体温症になりそうだ。でも流れは速くないし、足元も安定している。それに魚の影も見える。


「しっかり動いてくれよ」自分の体に念じながら魚に近づく。幸いにも向こうはまだ俺に気づいていない。チャンスだ。一歩、一歩と確実に距離を縮めていく。焦るな、時間はある。


呼吸を浅くし、気配をより殺していく。それに伴って獲物の姿もはっきりと見えてくる。大きいな、三十センチはありそうだ。捕まえたときのことを想像すると胸が高鳴るな。


え?スキルを使えって?そんなものに頼り切ったら体が駄目になるだろ。こういう時こそ自分の体を使っていかないと。


すぅー。音を立てないように水面から手を入れる。魚はもう目の前まで来ている。ここまで来たら確実に獲れる。


「ここだ!」勢いよく手を動かして、魚の体を捕捉する。くぅ、こいつなかなか力が強いな。俺の手から逃げようと全身を左右に動かしてくる。絶対に逃がすか。


つるん!しまった!魚が手から逃げ出してしまった。やらかした。こういう時にリカバリーできるかどうかで優秀な冒険者か決まる。


「麻痺針」スキルを使って魚を動けなくさせる。スキルを使わないと言ったな。あれは嘘だ。世の中勝ちが全てなんだよ!晩飯ゲット~、釣り竿のほうにもかかってたら最高なんだが。


魚を締めて魔法空間に収納する。ズボンを下ろして仕掛けたところに戻る。釣り竿の方には何も付いていなかった。そんな上手くいくわけがないよな。


自分に言い聞かせながらキャンプ地に戻る。残り百メートルくらいのところで異変に気が付いた。人間が俺のテントや、焚火を使っている。


一瞬、遭難者かと思ったが、身なりからして俺と同じ盗賊だ。俺の縄張りを荒らすなんていい度胸してるじゃないか。人数は三人、二人は酔っぱらっているのか、足元が安定していない。


こんな奴ら俺の相手じゃないな。短剣を両手に構え、草むらから音を立てずに近づく。ブレイクや俺だったらもう気が付いているんだが、こいつらはそんな素振りすら見せない。三流野郎だな。


酔っぱらった二人がテントに入っていったのを見て、攻撃を開始する。隠密と気配殺しを発動させ、男の後ろに回り込む。


「ぐ!?」酔っていない男の口元を抑え、喉元を掻っ切る。声が少し漏れてしまったな。俺もまだまだ二流だな。


テントの中に入った二人をどうやって殺そうか。こんなむさ苦しい匂いのついたテントは使いたくないな。燃やしてしまおうか。焚火の火をテントに向かって投げる。


火は瞬く間に広がっていき、テントを包み込んだ。中からは悲鳴が聞こえるが俺には関係ない。俺がやることは出入り口から出てきた人間を斬り伏せることだ。


出てくるのを待っていたが、一時間たっても出てこない。完全に死んだのか。この時点だとまだわからないな。燃え尽きるのを確認しないと。


俺は二時間の間テントが燃えているところを見ていた。俺の安息の場所を害した人間にはこのくらいの罰がふさわしいだろう。


テントがあった場所には人間と思わしき死体が二つあった。しっかり死んでいるな。飯にするか。


魔法空間から魚を取り出して、ワタを取り串に刺す。あとは焚火の近くに放置して中に火が通るのを待つだけだ。


始まりから上手く行っていないが、これからだ。月が見え隠れしている空を見ながら、俺は魚に齧り付いた。明日は港まで着ければいいな。


「もう朝か」眩しい日差しに照らされて目を開く。昨日の夜はくそ野郎のせいで熟睡できなかった。ワイバーンのクールタイムのせいで今日は歩かなきゃいけないのに。


「今日までに港町にたどり着けるだろうか」昨日の魚の残りを食べながら、地図を確認する。俺の計算上何とか間に合うようにはなっているんだが。間に合わなかったら、その時に考えればいいか。


予備のテントを収納して、出発の準備をする。やることは殆どないけど。それでも手入れなんかはルーティンになってはいるから、欠かさずやっておく。


「それじゃ、行きますか」地図を片手に道なき道を歩き始める。舗装された道を歩いて行くのもいいんだが、時間が掛かるし、俺には金が余り無い。モンスターと積極的に戦っていく必要がある。


渡航料のことも考えていくと、今の金じゃ全く足りないし、最悪港町に滞在することになる。時間のロスはあまりないようにしていきたい。


今後の計画を頭の中で練りながら、草原の中を歩いて行く。空気は澄んでいて心地よい。しばらく歩いて行くと、森の入り口に着いてしまった。


「名前も付いていない森か,,,最短ルートのこっちしかないよな」半分諦めたように俺は森の中に入る。森や洞窟は特徴なんかで命名されている。名前が無いってことは、生存者がいないか、無害かの二択になる。そしてここは辺境の地。前者の方が確率的には大きい。


中に入ってみると、陰鬱とした空気ではなく、安心をもたらしてくれるような陽の光と葉が揺れていた。案外悪くないのかもな。


獣道を歩いたり、何もない道を歩いたりしていく。これと行って面白いことは無かった。ま、何かあっても困るんだが。


そんなこんなで森の中に入ってから数時間。一向に出口が見えてこない。もしかして遭難したのか?いやそんなはずはない。三十分に一回は千里眼で周囲を確認しているし、俺が歩いてきたところには、傷をつけて、もう来ないようにしている。


もしかして魔法をかけられているのか?可能性があるのは幻覚魔法とかか。俺は魔法攻撃にめっぽう弱いからな。抵抗できるアイテムも持っていないし。


困ったな。もし本当に魔法攻撃だったら助からない。絶対ってわけじゃないがあまりこの手は使いたくはない。気のせいだってことにして前へ進んでいこう。


そして歩くこと数時間。もう日が暮れているのが見える。恐らく魔法攻撃をされているな。似たようなところに巻き戻しさせる、高等魔法が。


この手は使いたくはなかったんだが、これ以上時間を使うのは勿体ない。使うか。失敗したら俺も巻き込まれるけど。


「大神召喚」スキルを叫んで発動させる。今回現れたのは、白い巨大な蛇だった。狼が良かったな。文句は言えないか。


「シャアァァ!!」蛇は威嚇音を出した後に見境なく周りに攻撃を始めた。俺はこいつの攻撃を避けるのに必死だ。反撃したいが、それでこいつが死んだら、脱出できなくなるからな。


バキバキ!!ガラスが割れる様な音が全方向から聞こえる。やはり魔法攻撃だったか。でもこいつが居ればそんなものは関係ない。使用者ごと攻撃してくれるからな。勿論対象には俺も含まれている、最後は俺の手で殺す必要がある。めんどくさい。


「俺の魔法を見抜くなんてな。なかなかの腕前じゃないか」笑いながら俺の目の前に現れたのは、黒いローブに深くフードを被った男だった。


「盗賊だからな。このくらいは見抜けないと三流だ」煽ってはいるが、状況としては、俺の方が不利だ。抵抗装備も無いし、相手の弱点がまだわかっていない。それに対して、こいつは俺のことを何時間も観察している。とりあえず隠密を使っておくか。


「その威勢はいつまで持つだろうな?」右手を前にかざすと、黒い球が俺に向かって連射される。よりにもよって黒魔法か。とことん相性が悪いな。


「ふっ」双剣で魔法を弾いたり、避けたりして直撃を回避をするこれを喰らうと五感のどれかがもってかれる。それだけは割けないとな。


「ほう。ならこれはどうだ」魔方陣が空を覆いつくす。範囲魔法か。これを避けるのは厳しいな。こういう時は,,,


「白蛇!」呼びかけに応じたのかわからないが、俺に向かって突進をしてきた。こいつはとことん気性が荒い。だが今はこれが最善だ。突進の勢いで俺は魔法の範囲外に出ることに成功した。白蛇は魔法で消滅した。面倒なことが一つ減ったな。


「頭の回転が速いな。ならこれはどうだ?」一つの黒弾が魔方陣から射出される。これくらいなら簡単に斬れそうだ。短剣で真っ二つにすると、爆発した。こういうタイプの魔法もできるのか。


「ぐは!」突然の攻撃で受け身がうまく取れなかった。地面に叩き落とされた。中々痛いな。


「まだ耐えるのか。面白い人間だな」男は不気味な笑い声を上げながらこっちを見てくるだけで、追撃はしてこない。


「お前の目的はなんだ?」答えてくれるわけないだろうが、聞いてみる。


「黒魔法の研究だよ。人間を使ったな」男は嬉しそうに教えてくれた。俺は最高の被検体ってわけか。知りたいことは知れたな。


「質問の時間は終わりだ。死んで,,,」俺は男の後ろに回り込んで喉元を掻っ切った。今こいつと戦っていたのはデコイだ。それも精密にできた代物だ。


「お前のターンは終わりだよ」心臓にナイフを突き立てて生命活動が停止したのを確認する。厄介な相手だったな。救いはこいつが馬鹿だったってことくらいだ。


「移動を始めたいがもう夜になってしまったな。今日は休むか」男の死体とは大きく距離を開けたところにキャンプ地を設営する。死体の近くに居るとモンスターがずっと寄ってきて休めないし、アンデッドになる可能性もある。


「今日は適当な飯でいいか」焚火の上にフライパンを乗せて昨日の盗賊たちから奪った肉を乗せる。あとは焼けるのを待つだけだ。当分は食料の面では困ることは無いだろうな。


「そろそろ焼けた頃かな」フライパンから肉を取り出しで口の中に入れる。生だったらもう一回焼き直せばいい。


「しっかり焼けて,,,誰か近づいてきているな。敵意が無いからいいか」何者かがこっちの向かって歩いてきているのを察知した。五百メートルくらいは離れてるだろうな。


「それにしてもこの肉美味いな。どこの肉だろうか」噛めば噛むほど肉汁が溢れてくる。それに獣臭さが殆どない。適当にやってもこの出来とは上質な肉だな。


飯を食べ終わったころに俺が察知した人間が姿を現した。男で三十代くらいか。身なりは綺麗で冒険者ではないことが一目で分かる。商人だろうか。しかし妙だな。この危険な森の中で護衛も無しにここまで来れるとは思えない。警戒をしておく必要があるな。


「何の用だ?」丸太に腰を掛けながら男に問う。


「私は商人として世界を回っているのですが、道に迷ってしまいましてな。護衛も道半ばで死んでしまいました。挙句の果てには馬車も失ってしまいました。そんな中明かりが見えたのでここに来た次第ですな」男は経緯を淡々と説明してくれた。どこか胡散臭さが残るが。


「それは気の毒だったな。で、本当の目的はなんだ?ここまで来るのに無傷ってのはありえないんじゃないか?」短剣を男に向けて真意を明かす様に促す。


「目的も何もありませんよ!信じてください!無傷なのはこのアイテムのおかげです!」男が俺に見せてきたのは守護の指輪だった。


「疑って悪かったな。さっきまで気色悪い奴と戦ったからな。ぴりついてんだ」短剣を腰にしまい頭を下げる。


「その者とは黒魔法使いのことですか?」この男も何か知っているようだな。


「そうだ。殺すのに手間取ったんだよ」思い出すだけでも腹が立ってくる。


「私は幻覚魔法は避けられたのですが結界のせいで外に出られなかったんです。あなたが殺したというなら結界も無くなっているはずです」何か大事なことを言っているな。結界が張られていたのか。二重の罠とは考えてんな。


「お前も被害者か。とりあえず飯でも食えよ」まだ暖かいフライパンに肉を乗せ焼いていく。


「お名前は何というのですか?私はクォンと申します」男は頭を下げて自己紹介をしてきた。隠す必要もないだろう。


「アクセルという。盗賊兼冒険者だ」焼けた肉を手渡しながら自己紹介をする。クォンは俺の職業を聞いても驚いていなかった。職業柄慣れているのだろうか。


「ありがとうございます。今はどこを目指しているのですか?」肉を食べながら聞いてきた。


「大和国を目指している。この本について詳しく知りたいからな」古ぼけた本を見せる。


「古書という言葉が相応しいくらいの年代物ですな。あと大和国を目指しているのですね。港町に用があるのですが護衛を頼めませんか?お礼はとんと弾みます」クォンは俺が見せた本を興味深そうに眺めた後に、魅力的な提案をしてきた。


ここから一日もかからない距離を共にするだけで金をくれるなんてとてもおいしい話じゃないか。それにモンスターが出てきたって俺にとっては嬉しい。どっちに転んだって俺に得がある。断る理由なんかない。


「護衛なら任せてくれ」胸に手を当てて自信があることをアピールする。見栄を張ってなんぼの世界だ。


「それは頼もしいですな。それでは今日から頼みます」商人はそういうと完成されたテント魔法空間から取り出し、中に入って寝始めた。もう依頼は開始されたということか。


「息つく暇もできないのかもな」コーヒーを片手に焚火を見つめる。前までは三人交代で〔二人〕やってたからな。大和国に着いてもどうなるか分からない。今みたいな生活が続くのかもな。


それも案外悪くないかもしれない。二人の無事と成功を祈りながら周囲のモンスターや敵意があるものがいないかの確認をする。


スキルに掛からないってことは近くにはいないだろう。俺も仮眠をとるか。その前にキャンプ地を囲うように糸を撒いておくか。何かあったら俺の方に反応が来る。何もないのが一番なんだがな。


明日は今日よりも強くなれるだろうか。強さを渇望しながら俺は浅い眠りに入る。そんな睡眠の中で頭の中を整理していると、罠に反応があった。この感じは糸に掛かったようだな。撒いておいてよかったな。


「どんな奴が掛かったんだ?」百メートル程先に小さい反応が起き続けているのを確認して、歩き出す。あまり抵抗をしていないから小型のモンスターか、野生動物だろう。実際に見るまでは分からないが。


「ぎぃ、ぃぃ」糸に絡めとられていたのは赤竜の幼体だった。まじか、竜の幼体に傷でも負わせると親が激怒して死ぬまで追いかけてくる。それほど繁殖能力が低いのだ。


だがここは竜の縄張りから外れているはず。なんでこんな場所に居るんだ。ん?周りに卵の殻が散らばっている。ここで孵化したのか。だとしたら誰かが盗んでいるはずだ。恐らくはクォンだろう。とんでもない爆弾を持ってきたな。


竜にしてはいけないことがいくつかある。縄張りへの侵入。幼体への攻撃。そして卵の略奪。ちなみに最後の行為が一番逆鱗に触れる。だから護衛がいないのか。


「ふざけたことしやがって」俺は一旦キャンプ地に戻ってクォンを殺すことにした。竜の卵の運搬は犯罪で死刑が確定している。いつ死ぬかの問題だ。それに俺が殺した方が楽なはずだ。


ばれないよう、隠密で気配を殺し影移動を使ってクォンが寝ているテントの中に入り込む。呑気な顔で寝てんな。面倒ごとを他人に押し付けて知らんぷりか。


「じゃあな」こいつの持っていたアイテムでも防げないほどの威力のスキルを使い脳天と喉に向かって突き刺す。


「ぐゅ!??」クォンは声とも取れないような気持ちの悪い音を出して絶命した。罰が下りて当然だ。それよりも厄介なのが,,,今目の前に降りてきた赤竜だ。


全身が燃えるように赤く、激昂しているせいなのか目から炎が出ている。大きさは二十メートル前後。俺一人で狩れるだろうか。


この世界では単独で竜を狩れなければ冒険者として三流という風潮がある。この世界には竜よりも強い生物が跋扈している。ここで躓いていたら終わりだ。


だが、体の震えが止まらない。理由は分かっている。あの時俺にトラウマを植え付けた竜の姿と完全に一致しているからだ。乗り越えないと。頭では分かっているのに、体が言うことを聞かない。


「ぐぎゃおおぉぉ!!」森中に響き渡る咆哮は俺のことを簡単に後方へと吹き飛ばした。受け身もまともにとれない。クソが。


「があぁぁ!!」赤竜の口が赤く光ったのが見えた。ブレスが来る!体さえ動けば避けられるのに。今じゃさっきの吹き飛ばされたダメージのせいで余計に動かない。俺はここで死ぬのかな。


〈馬鹿な僕より強い〉エルザの声が聞こえる。これは走馬灯に近いものなのか?それとも俺のことをあの時の様に奮わせてくれているのか?なら全力で応えよう。償いも込めて。


「餓狼」全身が銀色の毛で覆われていく。あの頃の弱い自分と決別する時が来た。見ていてくれ、ここで仇を取って見せるから。


「ふっ!」双剣を逆手に持ち、赤竜の足元に向かって斬撃を放つ。強靭な鱗で固められた肉体に傷をつけるのは一筋縄ではいかないか。動きをよく見て好機を狙うんだ。自分に言い聞かせることによって何を優先するのかはっきりさせる。


「ウウゥン!」後方に大きく飛び下がり、顎を大きく開き突進をしてくるのが見える。反撃をするならここか?いや、まだあとだ。これよりももっと大きな隙が出来る時が来るはずだ。


俺は横にスライディングをして攻撃を回避する。赤竜はそのまま勢いを殺さずに方向転換し、もう一度向かってきた。まだ引き付けれる。ここじゃない。俺の中の何かがタイミングを見計らっている。


再度横にずれることによって攻撃を避けた。今度は当たる直前のところで。こうすることでアイツは後ろの巨木に当たるはずだ。


俺の予想通り木に当たったが、勢いは止まらず、巨木を全て薙ぎ払い突進をしてきた。今度は竜巻を起こし、倒した木を引き連れながら。


「二つ名持ちか?」あまりの強さに二つ名を持っているんじゃないかと疑問を持ってしまう。ここまでの強さの赤竜が目撃されていないのはおかしい。単に生還者が居ないだけかもしれないが。


「ギャオォ!!」赤竜は俺にぶつかる前に停止を行い、竜巻を飛ばしてきた。こいつ、そんな小技まで出来んのかよ。


「ぐっ!!」避けきれないほどの竜巻と木片が俺に襲い掛かる。通り過ぎるたびに傷が増えていく。勝ち筋が全く見えない。


「グウンッ!」小技にばっかり気を取られていたせいでこれらを無視して攻撃を仕掛けてくる奴がいることを忘れていた。噛みつき攻撃を間一髪のところで回避したはいいが、窮地に立たされてしまった。


後方に下がれば下がる程、こいつの逆鱗に触れることになる。つまり幼体の存在。こいつにそのことが気づかれてしまったら本当に終わりだ。それだけは阻止しないと。


茨の道を行くしかないのか。いい加減、本当に覚悟を決めろ。心の奥底で隠れて怯えている臆病な自分に言い放つ。表層では理解している。あとは深層で理解してくれるかどうか。いや、させてやる。本能も宿命も全て俺が飲み込んでやる。


「喰らい尽くせ」~臆病少年の決意~体を覆う毛がどす黒く染まっていく。視界も暗くなっていく。体中から力が滾っているのが分かる。だが、理性だけは『喰われるな』


「うおおぉ!!」握りしめていた短剣を赤竜に向かって投げ飛ばす。一刀は目に、もう一刀は虚空の彼方に消えてしまった。これでいい。俺の狙いはこいつじゃない。


「ぎゃ!」後ろから子供の竜が死んだ音がした。俺の狙いはこいつの理性を持って行くこと。逆鱗に触れ憤怒に身を任せ暴れさせることだ。


「がああぁぁ!!!!!」赤竜が吼える。地面が、大気が、世界が震えている。そうだ怒れ、全てを憎め。俺と同じ土俵に上がってこい。


片目は完全に潰れた竜はもう片方の目に深紅の炎を宿し、体中から爆炎を漏らし続けている。正真正銘命が燃えている。


「全力で行くぞ」子竜に刺さった短剣をスキル「引き寄せ」で即座に引き抜き、怒れる竜に向かって走る。こいつも俺も理性が殆ど残っていない。存在しているのは大切なものを無くしたという途方もない怒りと憎しみだけ。


互いに激しくぶつかる。散るは肉と鱗。舞うは血と風。痛みが強さを引き出してくれる。まだ足りない。こいつもそう思っているはずだ。


「くれてやるよ」片目に刺さっていた短剣を爆発させる。スキル「爆破技師」の効果によって俺の短剣は爆発する性質を持っている。発動させれば最後、短剣は粉々に砕け散り、使い物にならなくなる。大事な剣だったが,,,まぁいい。こいつに勝てるのなら。


「ぐがあぁ!!」爆炎が一層勢いを増して辺りを焼き尽くし始めている。強烈な熱気だ。立っているだけでも黒の体毛を貫通して火傷を負ってしまう。


ブレスに回転攻撃。俺は短剣一本でいなし、反撃を行っている。その間でも爆炎状態のこいつからはダメージを受けているし、短剣もボロボロになり始めている。まだ足りないのか。どこまで喰らい続ければいいんだ。体の動きも鈍くなっているのが明らかだ。


〈どこまで行ける?どこで果てる?〉どこからともなく聞いたことのある声と歌が聞こえ始めた。体中に力が流れ込んでくる。これは吟遊詩人特有の特殊バフだ。この戦いを見に来てくれたのか。醜い俺だけど狩って見せるから安心してくれ。


「終わらせよう」短剣を戻し、スキルで成長した爪を赤竜に向ける。向こうもこちらの意図に気づいたのか、爆炎状態をさらに赤熱させ、太陽に様に赤く光り輝いていた。眼の炎は白色に変化している。口からは同色の炎が漏れ出ている。


正真正銘の一騎打ち。全身全霊、この一撃にお互いの運命が乗っている。神はもうサイコロを振らない。引き寄せるのは俺か、アイツか。


「うおおぉぉ!!!」「がああぁぁ!!!!!」互いの咆哮がぶつかり刹那、攻撃が走った。最後までたっていたのは俺だった。


後ろには竜だったものの灰と意志だけが残っていた。死闘。この言葉に尽きる。今立てているのが奇跡なくらいだ。ありがとう、エルザ。さようなら、臆病少年。


地面に残されたドラゴンハートを手に取り、空を見上げる。雨が降っても風が吹いても俺は立ち続ける。あなたの意志を継いで。

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