絡み酒の泣き上戸(3)
「他にもあるんですよ。学食でカレーを食べてる悠人君の写真、サークルの懇親会で飲んでる悠人君の写真、キャンプでバーベキューを焼いてる悠人君の写真、部室でラケットを拭いてる悠人君の写真、スーツ姿の悠人君の写真……。スマッシュを決めた写真はスマホの待ち受け画面にしていたのに~!」
「……天野さん」
東海林は咳払いを一つすると、マティーニを一口飲みなぜか遠い目になった。
「スト……いや、この人と思った男性や芸能人を追い掛けた経験はありますか?」
「えっ、どうしてわかったんですか?」
いきなり言い当てられ驚きで涙が一瞬止まる。
「さすがミステリー作家。推理が得意なんですね」
「そういうわけではないのですが……」
悠人と付き合う前は芸能事務所ジョニーズのアイドルグループ、MUSASHIの追っ掛けをしており、当時の全バイト代を遠征に注ぎ込んだものだ。もちろん、スマホの待ち受け画面は最も推していたイケメンメンバーだった。
東海林もカクテルを飲み干すと、バーテンダーに声を掛けた。
「ペリエを。スライスしたレモンを入れてください」
永夢はその慣れた注文の仕方と、薄明かりに照らし出された端整な横顔にドキリとする。今まで見たことのない大人の男性に見えたからだ。世の中や人生の影の部分をすでに知っているような──
東海林が改めて永夢に向き直る。
「悠人さんはあなたを嫌いになったわけではないと思いますよ」
「えっ……」
「男には卑怯なところがありますからね。恐らく、悠人さんに天野さんよりも好きな女性ができたのでしょう」
「私よりも好きって……」
「あくまで可能性の一つです」と前置きをする。
「天野さんに別れの言葉を告げなかったのは、責められるのを避けるためと、心変わりをした悪者になりたくはないから。また、あなたとの縁を完全に断ちたくはないからということもあり得ます」
「絶ちたくないって、どうして……」
「例えば、次の恋人とうまくいかなかった場合の避難所にしたいとか。もっとも、悠人さん本人がそれを意識して行動しているのかどうかは不明ですが」
「なんですか、それ」
避難所など冗談ではないと首を横に振る。
「……ずるいじゃないですか。私をなんだと思っているんですか」
確かに、悠人にずっと憧れ続けて告白したのは永夢からだった。三年間の付き合いでも永夢ばかりが「好き」「好き」「大好き」と繰り返していた気がする。だからと言って、別れも告げられないほどないがしろにされていいはずがない。
「私だったら……私だったらそんなことしません。ちゃんと自分から好きって言って、自分から別れようって言います」
東海林がその通りだと頷く。
「ええ、天野さんはそういう人です。そして、ないがしろにされていい人ではありません」
東海林が再び永夢に目を向けたタイミングでカルーアミルクが差し出される。
「ペリエとカルーアミルクです」
「……っ」
永夢はやりきれない思いで、先ほどと同じように呷ろうとしたのだが、腕を伸ばそうとしたところ、指の長い、骨張った大きな手が素早くグラスを掠った。
「あっ、東海林先生、何するんですか」
「これ以上飲んではいけません」
黒に近い濃い茶の瞳に真剣そのものの光が宿っている。東海林は常に冷静で、普段表情が微笑みからほとんど変わらないと知っているからこそ、本気で心配してくれているのだと感じ取れた。
「天野さんはないがしろにされていいはずがないですし、自分をないがしろにしてもいけません。これ以上の飲酒は体を壊します」
東海林はペリエのグラスを「代わりにどうぞ」と永夢の前に置いた。
「レモンが入っていて酔い覚ましになりますよ」
「東海林先生……」
東海林が自分のために注文してくれたのだと知って胸が熱くなる。
一方、東海林は唇の端に笑みを浮かべ、「では、こちらはいただきます」とカルーアミルクに薄い唇を付けた。瞼を閉じて味わうその表情に永夢の心臓がドキリと鳴る。
「私も、いただきます……」
きっとアルコールのせいに違いない──そう自分を納得させ永夢もペリエを一口飲んだ。