ヨレヨレの失恋(1)
──薄々振られそうだとは感じていた。
互いにどれほど忙しくとも、二、三日に一度はあった連絡の頻度が一週間に一度に、やがて二週間に一度に、一ヶ月に一度に。
それでも、大学三年生から三年間も付き合った恋人なのだ。信じたかったし、彼は──悠人は自然消滅を狙うような卑怯者だと思いたくなかった。
なのに、悠人はよほど悪者になりたくはなかったのだろうか。そのまま永夢との関係からフェードアウトしようとしたのだ。LINEでたった一言、「別れよう」と送ってくれればそれだけでよかったのに。
向き合ってもらえず、けじめを付けられないのは振られるよりも辛い。恋を終わらせようにも終われず燻るしかない。悠人とは恋だけではなく、三年という年月で培われた、信頼で繋がっていると信じていたのでなおさらだった。
胸の痛みを抱えて、それでも大人で社会人なのだ。甘えは許されないと仕事だけは頑張っていたのだが、その日は傷口に塩を塗り込む出来事がふたつもあった。
まず、大学時代の一歳下の後輩の結婚が決まった。それだけなら祝福できたかもしれないが、後輩は婚約者と三年間付き合っていたのだという。
似たような境遇でありながら、後輩は婚約者との未来を掴み、自分は別れの言葉すらかけられずに逃げられた──ますます落ち込んでしまい、作り笑いで「おめでとう」と言うのが精一杯だった。
そして、もうひとつの出来事は、仕事帰りに悠人と街中でばったり出くわしてしまったことだ。スーツ姿の彼の隣にはふんわりと可愛い女性がいた。パステルカラーのワンピースと高い踵の華奢なパンプスがよく似合っていた。
仕事がしやすく楽だからと髪型はいつも頭のてっぺんでお団子ヘア。服装は春夏秋はGジャンかパーカーにTシャツ、冬はオーバーサイズのニット、そしてレギンスパンツの自分とはまったく違っていた。
悪いことなどしていないのに、思わず顔を伏せて赤の他人を装った。恐る恐る顔を上げ横目で窺う。
二人は永夢に気付きもせず、笑い合いながら道を歩いて行く。自分たち以外の通行人はすべてエキストラで、道路の両脇のビルは舞台でしかないのだろう。誰が見ても三月のラブストーリーのワンシーンの主役であり、お似合いの幸福なカップルだった。
悠人から連絡が途絶えてすでに三ヶ月。その間希望を捨て切れずにLINEやメール、電話をチェックしていた。何も来ていないことを確かめ、がっかりして溜め息を吐いていたのだ。
それだけに捨てられたという現実を突き付けられ、自分には別れを告げる価値もなかったのだと思い知った。やり切れなさと悲しみと悲しみと悲しみで、息が止まってしまいそうだった。
自宅のワンルームマンションにひとりふらふらと戻る。
狭いキッチンのシンクには洗っていない食器がたまっている。部屋のローテーブルの上には昨夜の夕食のカップ麺の容器と割り箸がまだ置いてあり、フロアには二日前脱ぎ捨てたデニムジャケットとレギンスが転がっていた。奥のベッドの布団もぐしゃぐしゃだ。
まだ悠人と付き合っていた頃には、彼が部屋を訪れることを想定し、激務だったが毎日掃除し、モデルルームのように整えていた。だが、振られた今そんな気にもならない。
「私、ダメ人間だったんだなあ……」
お団子ヘアも解かずにベッドに突っ伏し嗚咽を漏らす。夕食を取っていないはずなのに、その夜は空腹も覚えなかった。