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美少女もの

学園のアイドルから「1年だけ私の彼氏のフリをして」と言われたので

作者: テル

 もう誰もほぼ使わなくなった校舎裏。

 騒がしい教室や食堂と打って変わって静かに風が吹いていた。

 そして誰かが啜り泣いているかのような音が風と共に運ばれてくる。


 ん、誰だろう。


 そうは思ったものの、聞き間違いかもしれない。


 最近は校舎裏のベンチで1人ゆっくりと食べている。静かで落ち着く場所だからだ。

 騒がしいところは嫌いだ。友達がいれば話は変わるのだろうが、現実は虚しい。


 足を進めていくと、段々と泣き声がはっきりと聞こえてくる。

 聞き間違いではなかったか。


 すると、俺の目に『学園のアイドル』こと君嶋(きみしま) 真冬(まふゆ)が顔をくしゃくしゃにして泣いている姿が映った。

 涙を拭う物を持っていないのか服の袖で涙を拭っていた。


 無視して通り過ぎようかとも考えたが困っている人を放っておくことはできない。

 だからと言って干渉してしまえば涙を見られたと恥をかかせるかもしれない。

 それに干渉し過ぎるのも悪い。


 ベストな選択はバレないように引き返すなのだが、やはり放っておけない。


 そういえばまだハンカチ今日一回も使ってなかったよな。


 俺はポケットからハンカチを取り出した。

 俺は深く女心を知らないから話を聞くことはできないのだ。許してくれ。


 俺は真冬の元へ行き、ハンカチを置いた。


「使っていいぞ」

「ふえ......?」


 真冬はいつもの笑顔とは一転、涙で目を腫らし、くしゃくしゃになった顔でこちらを見た。

 女の涙は普通に守ってあげたくなるものだ。

 ただ、俺ができるのはここまでだ。


「じゃあな。気が向いたら返してくれ。まあもらってってもいいけど」


 俺はそう言い残して校舎裏から立ち去った。


 テラスにでも行って食べるか。


 ***


 次の日の放課後。俺は昨日のことなどすっかり忘れて未来のことを考えていた。

 

 来週はゴールデンウィーク。何をしようか。どこか1人で旅行にでも行きたいな。

 あーでも結局いつもネッ友とゲーム三昧なんだよなぁ。

 今年こそ自分の糧になることをやらなければ。


 期待を膨らませていると、俺の下駄箱に何やら手紙が入っていることに気づいた。


 開けてみれば『放課後、校舎裏に来てください』と書かれた紙が入っていた。

 差出人は不明だが、綺麗な文字で桐生 都城(きりゅう みやぎ)くんへと書かれている。

 完全に俺宛である。


 も、もしやこれはラブレターというやつか!?

 ついに俺にもモテ期が来た! 可愛い子からの告白? ふ、とうとう俺のイケメンさに気づいてしまったか。

 

 ......なんてな。


 どうせ嘘告か、ヤンキーにボコられるだけだ。陰ぼっちに告るやつなんていない。

 行っても時間の無駄。直帰だ、直帰。


 そう思い帰ろうとしたのだが、俺の足は帰路へは進まなかった。

 ......本当にこれでいいのか? もしかしたら僅かな希望があるのかもしれない。


 気づけば俺の足は校舎裏へと向かっていた。


 ***


 校舎裏に行くと、見覚えのある少女が1人でいた。

 ある意味他とは違う異彩を放っている。

 艶やかな髪にスベスベ肌、魅了の瞳に長いまつ毛、誰も羨ましがる美貌を兼ね備えており繊細な美しさを持っていた。


『学園のアイドル』こと君嶋 真冬である。


 え? この子に告られる? まさかね。

 真冬はハンカチを手に持っていた。そういえば昨日この子にハンカチ貸したな。

 そのお返しなのだろう。わざわざ返してくれなくてもいいのに。

 こういう律儀なところが男女共に好かれている原因の1つでもあるのだろう。


 アイドルと名付けられているくらいなので性格は陽気で、優しいらしい。その上誠実、律儀なのか。

 同級生なのだが普通に俺とは程遠い存在。


「......どうも」

「あ、都城くん。こんにちは」

「俺を呼び出してどうしたんですか? 君嶋さん」

「敬語じゃなくていいよ。堅苦しいし。同級生なんだしもっと柔らかく行こうよ」


 女性慣れしてなくて思わず敬語が出てしまった。相手が学園のアイドルともなれば尚更である。

 いけない、いけない。


「えーっと、えー、じゃ、じゃあ、な、何の用?」


 途切れ途切れで不自然で変な喋り方になってしまった。

 それを聞いて真冬は笑った。


「何それ。普通でいいのに。まあいいや。これ、ハンカチ返しに来た。昨日はごめんね。見苦しいところ見せちゃった。このことバラさないでくれる?」

「あ、ああ、もちろん。というか忘れていたくらいだ」

「そっか、それはよかった」


 真冬は俺に昨日のハンカチを手渡した。

 この感触からするに洗ってくれたようだ。


 用件はこれだけだろう。

 わざわざ呼び出さなくてもよかった気はするが、彼女なりの配慮だろうか。

 クラスが違う超陽キャが超陰キャに会いに行ったら変だし、こちらとしては溶けてしまう。


 俺が背を向けて立ち去ろうとすると、彼女はそれを止めた。


「あ、ちょっと待って」

「ん、まだ何かあるのか?」


 俺は再び彼女の方を向いた。

 そして一言。


「1年だけ私の彼氏のフリをしてくれないかな?」

「......え?」


 いや違うか。彼氏のフリ?

 告白とは似て異なるもの。彼氏ではなくそのフリ?

 しかもなんで俺?


「彼氏のフリってどういうことだ?」

「そのまんまの意味。1年間私の彼氏役やってよ」

「え? な、なんで?」

「お母さんに彼氏出来たよって言って安心させたいのと告白してくる人がいて鬱陶しいから彼氏役してほしい」

「ちょ、ちょっと待て。2つ目はわかるが1つ目はよくわからん。お母さんが病気なのか?」

「......それは内緒」


 真冬は少し暗い顔をしてそう言い放った。しかしまた元の表情に戻った。

 踏み入ってはいけないのだろう。


「ちなみにだが、なんで俺なんだ? もっとイケメンいるだろ?」

「だって男子はみんないやらしい目とか好意の目で見てくるからそういうのが嫌なの。その分君は興味なさそうな目してる」

「フリかもしれないぞ?」

「別にどっちだって良い。それで協力してくれるの? してくれないの?」


 1年か。少し長い気もするが、ぼっちなのでこれを機に真冬と友達になれるのかもしれない。

 ......いやないか。


 まあ偽の関係でも誰かと関わりを持てることは嬉しいので、協力するとしよう。


「わかった。好きなだけ協力してやる」


 俺は手を差し出した。奇妙な1年になりそうだ。

 今は高校2年。なぜ1年間なのかは正直わからないが、彼女なりの別の目的があるのだろう。


「ありがと」


 真冬は俺の手を取った。


「じゃあ君は今から彼氏ってことだね。これからなんでも協力してくれるよね?」


 そして真冬は何やら不敵な笑みを浮かべた。すごく嫌な予感がする。

 背筋に寒気が走った。


「いや、ちょっと待っ......」

「あれ、さっき好きなだけ協力してやるって言ったよね?」


 前言撤回だ。この人腹黒い。怖い。

 オプションに腹黒いを加えて良いかな。


「......何をやるのでしょう?」

「来週の土曜日、実家帰るから着いてきて」


 わー、今年のゴールデンウィークはとても有意義なものになるなぁ。

 

 ネッ友とゲームをする予定だったが、こういうのも悪くはないか。


「電車で5時間。実家で寝泊まり」


 寝泊まりか。流石に誤魔化せないな。仕方ない、正直に親に彼女出来たって言って許可もらうか。


「分かった」

「流石私の彼氏、これ私の連絡先だから帰ったら追加しといて。それじゃ」


 ***


「あんたに彼女出来たと!?」


 夕食の時間。彼女が出来たというと、最近標準語に戻りつつあったが、あまりにも驚きすぎて方言になるほど母は驚いている。

 そして何やら妹と2人でコソコソ話している。


「本当なのか? 都城」

「まあ、うん」

「そうか。青春、楽しめよ」


 父の方はというとあっさりしていて、さほど驚いていない。

 

「お兄ちゃんに彼氏できると思えないんですけど。あのぼっちのお兄ちゃんが!? 私も彼氏いなかったから同類だと思ってたのに。裏切り者め」


 ......彼氏『役』なのだが表面上では彼氏なので問題ない。


「それはお前が可愛くな......」

「ああん!? それ以上言ってみ、ぶっ飛ばしたろか!?」


 こういうところなんだよな。

 俺の妹とは思えないほど顔は可愛いしスタイルいいのに性格が勿体無いんだよな。

 

「(だから彼氏出来ないんだよ)」

「ん? なんか言った?」

「別に何も」


 気にせずご飯を口に運んでいく。

 あ、もう一個あとであれも言っておいた方がいいか。


「ちなみに彼女さんの名前は?」

「君嶋 真冬」

「え!? 君嶋さん!?」

「ん、知ってるのか?」

「知ってるも何も中等部でも一部の間で有名だよ。めっちゃ別嬪って」


 妹は同じ学園に通っているが、中等部なので高等部のことは知らないと思っていたがそこまで有名なのか。

 芸能人かよ。


「えー、いやいや、嘘でしょ」


 いかにも信じてなさそうだったので、俺は画面を見せた。

 連絡先を交換して、メールのやり取りを何通かしていたのだ。


「......うっそ。ガチやん。彼氏としてよろしくって書いちゃるけん」


 妹まで母の喋り方が移っている。

 

「......ありえんわ。なんでお兄ちゃんなん?」

「本人の前で失礼だな。あ、あと来週の土曜日彼女の実家で寝泊まりするからよろしく」

「ね、寝泊まり!? 女子の家で寝泊まりとか......はぁ」

「わー、美少女彼女と寝泊まりしてあんなことやこんなことしちゃうんだー。一緒の布団で一夜を......」


 なんなんだこの集団。親と子が似るとはいうが鬱陶しい。

 おれは父に似たのだろうか。


静波(しずな)、食事中に猥談はやめなさい」

「はーい」


 父さんありがとう。


 だから彼氏出来ないんだよ。


「なんか言った? お兄ちゃん」

「心の中を覗くな!」


 エスパーかよ。

 

「寝泊まりするのは良いが、お相手さんに失礼のないようにね。分かったかい、都城」

「了解」


 父はやはり尊敬できる。


 ***


 約束の日。


 流石に彼氏としてメンツを立たせるために本気でファッションを決めてみたわけだが、やはり彼女には勝てなかった。

 あんなのずるだろずる。


「おはよう、都城くん」

「......おはよう御座います......良い朝ですね」

「君はなんでそんな顔をしているの?」

「いや、電車で5時間かかるから始発で行くっていうのはわかる。ただやっぱり早起きは慣れない」


 こちとら朝4時起きだ。色々準備してギリギリ間に合ったわけである。

 普段は8時ごろに起きているので、4時間も早く起きたことになる。


「なるほど。今まで整えてこなかった身なりを整えるために早起きしてきたと。まあ良いじゃん。かっこいいと思うよ」

「き、君嶋......!」

「多分」

「おい」


 最後の言葉がなければ早起きした甲斐があったと嬉しさを噛み締め続けることができたのに。


「服のセンス、初心者にしては頑張った方じゃない? 素材自体は結構いいんだし、慣れていったらいいでしょ」


 結局褒められているのかディスられているのかどっちなんだろう。


「はい、これ切符、相席ね」

「......相席なんですか」

「当たり前でしょ? カレカノなんだから。ちなみに私窓側」

「......」

「あとで電車代請求しとくからよろしく」


 無料で乗れるとか思ってたけどそんなわけないか。


 ***


 新幹線は乗り心地が良い。景色がみるみるうちに変わっていっているがそれもまた良い。

 景色を真冬越しに眺めていると、疑問が頭に浮かんできた。


「なぁ、君嶋」

「うん、何? というかその呼び方やめて。真冬でいいよ」

「え、名前呼び?」

「カレカノなのに苗字呼びだったら変でしょ」

「そりゃそうか。じゃあ真冬?」

「んー、それも堅苦しいな。ふゆゆんでいいよ」

「ふゆゆん!?」


 なんですかそのマスコットキャラみたいな名前は。

 というかめちゃめちゃラブラブカップルみたいじゃん。


「ちょっと一回言ってみてよ。超ラブラブカップルの彼氏の方の喋り方みたいな感じで」

「え、えーっと......ふゆゆん」

「......」

「なんで人に言わせといて自分で引いてるの!? ひどくない!?」

「嘘嘘冗談、真冬でいいよ......うん」

「やっぱり結構引いてるよね!?」


 名前呼びですら女子耐性がない俺に取って結構きついのだが、カップルを演じるためだ。

 下の名前で呼ばさせてもらおう。


「それで質問って何?」

「真冬の両親ってどんな人なんだ?」

「私の両親か、うーんとね。お父さんは厳格っぽい見た目だけどその顔でユーモア溢れること言ってくるような人でお母さんは......うん、親バカ。そっちは?」

「父さんは慕えるような人。母さんは......息子が彼女が出来たって言っても信じない人」

「言ったんだ。てっきり言わないのかと」

「そりゃあな。ここから電車で5時間離れた女友達の実家の家に訪問するって言うのも変なことだしな」


 それを暴露したおかげで妹にディスられることになったんだが。


「あと妹がいるんだが......うん、俺の妹とは思えないくらい美少女だと思うんだが、性格が終わってる」

「君も結構イケメンだと思うんだけどなー」

「お世辞はよせ」

「うーん、まあいっか。ちなみに性格が終わってるってどう言うこと?」

「妄想癖がすごい。彼女の実家とはいえ一緒に寝泊まりする訳ですから同じ布団で一夜を共に......とか言ってる人」


 妄想癖治してほしいんだがなあ。食事中でもお構いなし。


 大体そんな訳......。


「ん、そのつもりだけど」

「......え?」

「だって空き部屋ないし、部屋狭いしで一緒に寝ますけど」

「......え、ガチ?」

「別にいいじゃん、カレカノなんだし」

「いやまあ、そうなんだけど。もう少し警戒心というものを......」

「安心して、変なことしてきたらぶん殴ってあげるから」


 まったく安心できないんですがそれは。


 それから、何度か乗り換えをして電車に乗り、5時間以上経過した。

 そしてようやく目標の駅に着くことができた。


「到着ー! やっぱり我が家はいいね!」


 真冬はグーっと背筋を伸ばした。

 

 駅周辺には都会によくあるような人工物が見た感じない。見渡しても見渡しても畑、山、川。

 超ド田舎じゃん。


 その分空気が澄んでおり、いい土地である。眺めも良い。


「いい土地でしょ。都会疲れしたらここ来なよ」

「5時間はきついから多分もう来ない」

「えー、そっか。じゃあ最初で最後の私の故郷味わっていってよ」


 ***


 家に入ると、すぐに真冬の母と思わしき初老の女性が出てきた。


「ああ、お帰り、真冬。えっと......」

「彼氏の桐生 都城です。つまらないものですが、どうぞ」


 俺は持ってきていた菓子折りを真冬の母に渡した。


「あらあら、随分としっかりしてるわね。どんな人かと思っていたけれど安心だわ。2人とも上がって」

「お邪魔します」


 木造の和風建築の家で実家のような安心感がある。

 別に父の実家も母の実家もマンションなのだが。


「(緊張してる?)」


 真冬が小声でそう聞いてきた。


「(いや別に。役だからな)」

「そう。じゃあ私、ちょっとお母さんと2人で話すことがあるから先に2階の私の部屋でくつろいでて。あ、荷物お願い」

「はいはい」


 俺は真冬の荷物を受け取り階段を登った。

 ギシギシと音を立てていて崩れるのではないかと少し怖かったが、逆に少しワクワクとした。

 ずっと都会暮らしだったので、和を感じる機会が少なかったのだ。


 2階に行くと可愛らしい文字で『まふゆのへや』と書かれていた。

 小さい頃に作ったものなのだろう。


 女子の部屋に入ることに少し抵抗を覚えるが『彼氏』なので問題ないだろう。

 

「失礼します」


 そう言って俺は木製のドアノブに手をかけた。


 ***


「真冬、メールを見たわ。とりあえず、座りなさい」

「......うん」


 真冬の母、君嶋 夏(きみしま なつ)は目に涙を溜めて今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「......何かの冗談?」

「ううん、本当。発症しちゃった。もうあんまり生きれないみたい。味......感じないや」

「......」


 数年前、真冬はFSL、通称五感病と診断された。

 この病気を発症した人は味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚の順に五感が失われていく。

 そして視覚を失うと同時に患者は亡くなる。


 1回目の発症は薬を飲むことで治すことができる。そこから何十年も再発していない人もいる。

 しかし2回目にもう一度発症すると、薬を飲んでも治療できない。死を待つだけ。

 再発した人のタイムリミットは1年とされている。


 真冬は先週、五感病が再発した。味覚が完全に機能しなくなったのだ。

 だから校舎裏のベンチで泣いていた。まだやり残したことがいっぱいあったから。

 

「真冬......」

「落ち着いてよ、お母さん。ほら、まだ生きてるんだし」


 夏は真冬を抱きしめた。

 前向きに残りの人生を生きようと真冬は考えていたが、こうも取り乱されてしまうと真冬側としても悲観的になってしまう。


「......ごめんね、取り乱して」

「いいよ、別に。むしろ愛されてるって感じ?」

「当たり前じゃない......ちなみに都城くんには言ってあるの?」

「......まだ言ってない。でもいつかは言うよ」


 この言葉は嘘だ。


 バレる前に別れる。


 そんな考えが真冬にはあった。心配をかけたくないから。

 知って良いことと悪いことが世の中にはある。このことは知って悪いことだろう。

 絶対に知ってしまったら都城にとって重荷になってしまう。それだけは嫌だ。


「食事はいつも通りの量でいいから。匂いは分かるし」

「......ごめんね、真冬」

「なんでお母さんが謝るの? お母さんは良いお母さんだよ」

 

 ***


 田舎の暮らしは大変だったが、案外楽しいものだった。

 それにどこかに置いてきた子供心というものがくすぐられ、田舎に来たことはないのに懐かしさを覚える。

 都会の空気はなんとも張り詰めた感じがするが、ここの空気は新鮮で澄んでおり、美味いという表現ができる。

 電波がほぼほぼ通らず圏外になってしまうのが難点だが、都会疲れを解消するのにぴったりの場所だろう。


 午後は真冬の父の農業を手伝った。

 顔と雰囲気からして結構厳格な人だと思っていたのだが、発言はそうではない。


「豆、好きか?」

「は、はい、なんでしょう」

「豆、好きか?」

「豆ですか......そら豆は好きですけど」

「そうかぁ......そら豆はなぁ。世界最古の農産物の1つって言われてるんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、これが本当の豆知識だ」


 だいぶ真面目なトーンで冗談を言ってくるので気付けないし反応に困る。

 そして言い終えた後は満足したように作業に戻る。自己完結である。

 良い人なんだろうな、とは思った。


 それから時間が経ち、実家帰省はあっという間に終わった。

 思ったよりも充実して自分で驚いている。

 

「じゃあ、また、ね。お母さん、お父さん」

「今度そっち行くからね」

「オレは腰が悪くても絶対行くからな。」

「その時はまた戻るから大丈夫。というかまた腰やらないでよ〜」


 親子仲がよろしいことで。見ていてほっこりする。


「都城くんも来てくれてありがとう。娘をよろしくね」

「はい、こちらこそありがとうございました。ではお邪魔しました」


 真冬の両親がめちゃくちゃ良い人すぎて騙していることに流石に罪悪感を覚える。

 女子の内面はよく分からない。どうしてこんなことをするのか。

 俺としては有意義になったので良いのだが。


 そうして実家を去り、駅に向かった。


「さてと、後でお金請求しとくから」

「え、なんで?」

「だって昨日の夜私の胸触ったじゃん。貴重なのに」


 そういえば俺の寝相の問題で手が真冬の胸に当たって本気で腹パンされたっけ。

 夢だと思っていたが現実だった。普通に朝起きた時お腹に痛みが走っていた。


「んな......あれは事故だ事故! 寝相ばっかりはどうしようもないだろ!」

「嘘嘘、まあ電車代だけはもらうけど」

「......忘れてなかったか」


 ***


 彼氏役を頼まれてから半年が経った。

 最初の頃は友達のような関係だった。でもいつしか本当のカップルのような関係になっていた。

 デートへも何回も行った。行く意味はないのに『彼氏役でしょ?』と理由をつけては行きたがる。

 手を繋ぐ意味もないのに手を繋ぐ。確かに偽の関係だったのかもしれない。

 でも彼女への想いは本物になっていたのだと思う。

『本当の意味で彼女になってくれませんか?』

 そう言えたらどれだけ良いだろう。でも勇気出せずにいた。


 そんなある日だった。


「......明日から彼氏役やらなくて良いよ。いっぱい迷惑かけたよね。ごめんね。今までありがとう」


 彼女からそう言われた。以前の俺ならなんとも思っていなかっただろう。

 しかしなぜこうも失恋した気持ちになるのだろうか。


 いきなり見せつけられた現実。唖然とするしかなかった。


『なんで?』『......分かった。俺は真冬が好きだから本当の彼氏としていさせてくれませんか?』


 これは全て理想の言葉。現実は違う。


「......分かった」


 ここで理由を聞いておけばよかった。ここで告ればよかった。

 でもそんな勇気なかった。


 そう言うと真冬は少し哀しそうな表情を浮かべた。

 ......頬に1粒の涙を流して。


「......」

「真冬?」

「あれ、これ......ちがっ......なんで」


 真冬は泣いていた。大粒の涙をポロポロと流して。

 俺はそのまま帰るつもりだった。でも真冬の涙がそれを止めた。


 なぜ彼女が1年と言っていた契約を打ち切ったのか。そしてなぜ彼女が泣いているのか。

 泣く必要は全くないのに。


 俺はヘタレだ。彼女への気持ちも伝えていないのにそのままこの関係を終わらそうとしている。

 それで良いのか?

 

 それに俺はまだ彼女の涙に対してハンカチを貸すくらいのことしかできてない。

 俺は泣いている彼女を抱き寄せた。


「......っ!?」

「今日はまだ彼氏役なんだろ? ......分かったとか言ったが全然分かってない。後で理由聞かせてくれ」

「......」

 

 彼女は俺の胸に身を預けた。

 

 ***


「ごめん。急に泣いちゃって......変だよね私」


 数分して彼女は落ち着いたようだ。

 目は少し腫れているが、顔は笑っている。


「いや別に。今日まで彼氏役だからな」

「役としてやってくれたの? それとも都城くん自身の気持ちでやってくれたの?」

「......ご想像にお任せする」

「あ、逃げた。でも......どっちでも嬉しかった」

「そうか。咄嗟にやったから嫌がられたのかと」

「他の女子にやらないでよねー」

「やる訳ないだろ、お前以外」


 そう言うと少し真冬は顔を赤くして、視線を逸らした。

 その仕草に少しドキリとしてしまう。


「......なぁ、真冬。1つ聞いて良いか?」

「いいよ、なんでも」

「どうして俺にわざわざ彼氏役なんてやらせたんだ? 色々理由付けしてたけどどうも引っかかる」

「最後に恋愛を経験してみたかった。甘い恋愛というより楽しい恋愛っていうのかな? 最初私にハンカチ貸してくれたでしょ? でもそれ以上深入りしなかった。なんというか付き合っても絶妙な距離感保ってくれそうな人だったから君を選んだ。もし君が断っていたら私も彼氏役作るのは諦めてた。君が他の男子と同じなら速攻お役御免だっただろうね」

「ってことは俺は真冬との接し方を間違え......」

「あーいや、そういうことじゃない。それはまた別の理由。私ねもう残された時間がちょっとしかないんだ。残りの余命は半年ってなってるけど多分それより短い」

「......え? おい、ちょっと待てよ。余命半年!?」

「うん、そう」


 彼女が余命持ち......でもそうだとしたら今までの言動にも腑に落ちる部分がある。

 ......学園のアイドルの隠し事、か。


 でも今まで彼女はそれを言おうとしなかった。それは彼女が普通を望んでいたから。

 今ここで俺が取り乱すのは良くないことである。


「なるほど」

「......ふふ、やっぱり君は私のことわかってる。じゃあまあ今までありがとう」

「こちらこそ今までありがとう。そしてこれからよろしく、と俺は言いたい」

「え? それってどういう......」


 ここで言わなければいつ言う。逃げるままじゃだめだ。


 一息ついて俺は言った。


「俺は真冬が好きだ。本当の意味で俺の彼女になってくれ」

「......都城くん。私も......好き。でも良いの? 私の命ちょっとしかないのに」

「そのちょっとでも一緒に俺は真冬といたい」


 真冬はまた目に少し涙を溜めた。

 そして俺に勢いよく抱きついた。


「それじゃあ、よろしくお願いします!」


最後まで読んでいただきありがとうございました。続編がありますので気になる方は是非。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 続きに期待。短くても良い。頼む。
[一言] ごめんね、もうラーメン作ってあげれないんだ
[一言] 辛い続きになろうとも、続きを期待しています!
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