訓示
この文書は古代史解明の大きな一歩となった、
「魔王討伐譚」の復元・編纂作業が終えられて更に三百年ほど後に、
大図書館都市の特別第一書籍として登録された書物である。
奇妙なことにこの文書はその全てが、
現代に於いては上代耳長語として知られる言語によって書かれていると見られる。
この言語はこれが書かれた五百年前どころか、三千年前には既に失われていたと推定される。
つまり、魔王討伐譚が復元された時代はおろか、書かれた時代でさえも“存在しないはず”の言語が、
一つの書になって我々の眼前にあるわけだ。
奇妙な事にこの書が登録された時期と、世に存在が知られるようになった時期には二百年ほどのズレがある。
これは異世界からこちらに転移してきた彼らが、大図書館都市に集積されるようになった時期と重なっている。
そしてその事情を辿ると驚くべきことに、大図書館都市、各国、冒険者組合、と現在の文明を構築してきた組織構造上層部の権限がなければ情報を収集できなくなるのである。
これに対し、異世界出身の実力者からある種の政治的な動きがなされた、と見るものもいる。
つまるところ、上代耳長語が異世界出身者の言語であり、大都市図書館に眠る、
その他意味不明言語文章を解き明かす鍵ともなり得る、ということを示唆している。
この事を鑑みた上で我々の目的は、
この文書を大図書館都市での閲覧に任せることなく、異世界転移者に公布してこそ言語解明に役立つ、
という言語史学上における研究の一環にあることをしかと心に刻んで貰いたい。
冒険者組合 訓示
異文書館 館長
三つ持ち 筆先を追う者 ベルベオ・リカトニロン