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王子様の過去

ニコライは語る。


女性に絶望していたのだと。


「もともと、社交界の火遊びを嫌悪していた。君と同じだね。父と母が真面目な人だったから。互いを大切に想い、慈しみ合って、他の異性などまるで目に入らない。それが普通だと思っていたから」


言って寂しそうに微笑む。

私の両親もそうだった。同じように憧れていたから、彼の気持ちがよく理解できた。


「始まりは十五の時だった。遠い親戚に、同い年で性格の大人しい女の子がいた。彼女とは幼いころから仲が良くて、彼女からのアプローチをきっかけに異性として意識するようになっていた」


好きだと告白してきたのは彼女からだった。

まだ恋ではなかったけれど、顔を真っ赤に染めて想いを告げてくれた彼女を可愛らしいと思った。

この子とならきっと両親のように温かい家庭を築いていける。


大事にしよう。

少しずつ段階を踏んで、少しずつ距離を縮めていこう。

そう思った。


「ところが彼女は僕の護衛と寝ていた。僕がいつまで経っても手を出さないのが悪かったらしい。セックスシーンを目撃した僕に対して彼女にそう詰られた。臆病者だの意気地なしだの言われてね」


どうやら大事にし過ぎたらしい。気持ちだけでなく、身体も繋げないと不安なのだそうだ。だけど護衛の男の上で腰を振りまくる彼女は、告白してきた純情そうな顔とは別人のようだった。


彼女曰く、護衛の男は相当なテクニシャンだったらしい。

屈強な肉体に巧みな腰遣い。それに王子の知らないところで女を食いまくっていたおかげで女心の扱いにも長けていたという。

いつまでも手を出さない王子に不安を覚えた彼女に優しい言葉をかけ、自分から誘えばいい、やり方を教えてやるとベッドに誘い込んだ。

身体を開発された少女は心までも護衛にひらかれて、すっかり夢中になってしまったらしい。


「僕は反省したよ。心よりも先に身体を手に入れなければいけなかったんだとね。だから次は失敗しないように気を付けた」


その口調に自嘲が滲む。

楽しい思い出ではないから当然だ。

何か言葉をかけてあげたかったけれど、経験不足の私にはなんと励ませばいいのかわからなかった。


「次は学校のクラスメイトだ。クラス委員長をしている子だった。真面目で成績が良くて、教師たちの覚えもいい。男女交際よりも勉強や委員会活動に力を入れているような」


きっとこの子なら裏切らないだろう。国のために役立つ仕事に就きたいと言っていたから、王妃にも向いている。何より真面目な性格だから、身持ちも硬いはずだ。

前回の失敗を踏まえて自分から積極的に声をかけた。最初は警戒心剥き出しで、第一王子に対する礼を欠かすことなく事務的な対応をされた。それがだんだんと軟化していくのが嬉しかった。笑顔が増えた。同年代の友人らしくタメ口になった。好きだと告げると嬉しそうに頬を染めて微笑んだ後、涙をこぼした。

その日に彼女を抱いた。

初めて同士だった。もちろんあまり上手くはいかなかったけれど、充足感は得られた。

やりたい盛りの十代同士だったから、そこからは毎日のようにセックスをした。

お互いに学校の成績は優秀だったせいか、あっという間にそっち方面も上達していった。

しっかりと快感を得られるようになって、心もしっかり繋がれた。

そう思っていたのは自分だけだった。

真面目一辺倒だった彼女は性の喜びに目覚め、快楽に溺れ、ノーマルプレイしか出来ない自分に飽きて、他の男にも手を出した。


「校舎裏で壁に手をついてバックから犯されて喜んでいる彼女を見たときは驚愕したよ」


淡々と、投げやりな口調で言われて俯く。

そのシーンを想像して、こんな時だというのに猛烈に恥ずかしくなってしまったのだ。


「すまない、下品な言葉を使ってしまった」


不快に感じたと思ったのだろう、焦ったように言葉を止めた王子が私を気遣ってくれる。


「いえあの、お気になさらず……どうぞ続けて……」


処女特有の妄想力を恥じつつ先を促す。

王子は少し心配そうな顔をしたが、私の要求通りに続きを聞かせてくれた。


「次は婚約者候補の侯爵家御令嬢だ。十七の時だな。素朴な笑顔に好感が持てた」


婚約者候補だと教えられていたわけではなかった。両家の間で、まずは余計な先入観を持たせず相性を見てから、なんて取り決めがあったのだろう。いずれ王城内で働くことになるから色々と教えてやってくれとだけ言われて引き合わされた。もちろんそういうことなのだろうなと気付いてはいた。彼女は第一王子という身分を前に気後れしているようだった。

広大で肥沃な農地を持つ領主の娘だった。領主である父の視察によくついていくから領内の農民たちと仲が良く、畑仕事を手伝ったりもするのだと言っていた。彼女の話は王城育ちの僕には新鮮で、どんどん会うのが楽しみになっていった。こういう人こそが国民を愛し、国民から愛される国母として相応しいのだろう。それで彼女に交際を申し込んだ。逃したくないと思ったから。意外なことに処女ではなかった。その時点で少し嫌な予感はしたけれど、互いにもう十七だ。過去に恋人がいたことくらいあってもおかしくない。事実、自分だって彼女で二人目だ。処女にこだわっているわけではないし、深くは聞かなかった。だが嫌な予感を信じるべきだった。

特に重要な農地に視察に行くから、一週間は会えないと言われた時があった。僕も近くで公務の予定があったが言わなかった。突然会いに行って驚かせようと思ったんだ。喜んでくれると信じてね。結論から言えば、驚いたのはこっちだった。

農地に建てられた倉庫の中で彼女が乱交していた。男側は五人だったかな。衝撃が強すぎて覚えてない。とにかくそれはレイプ現場でもなんでもなく、彼女といろんな意味で仲の良い農民たちとの戯れだった。どうやらそういうのを目撃してしまう運命らしい。それとも彼女たちが年がら年中そういう行為をしているから遭遇率が上がるのか。もちろん婚約話は流れた。


「それはもう……本当になんて言っていいか……」

「何も言わないでくれると嬉しい。ありがとう」


にこりと微笑むその表情はなんだかかなり痛々しい。

もはや彼には同情しかない。


「ひどい話ね……」

「まだあるよ。次は隣国の特使だ。文化の違いを学んで自国に持ち帰り、さらなる発展をと意気込んでいた。一年間という期間限定だったけど、客人として王城での滞在が決まった。我が国にも利益があったからね」


他国の情報は有益だ。友好関係にある隣国では資源が少ない代わりに宝飾品の加工業が盛んで、こちらの国から出土する宝石類はほとんど隣国に輸出されていた。そうして加工されたものを買い戻し、国内の宝飾品の流通を支えていた。

彼女は自国の産業に誇りを持っていてね。加工技術や流通経路の話をキラキラした目で話してくれた。もちろん国外秘の情報ではなく話せる範囲のことだったけれど。僕にとっては知らない世界の話ばかりだった。

国が違えば文化も違う。気候も違えば国民性も違う。

僕は天啓を授かった気分になった。

彼女の国には貴族制がない。つまりこの国の社交界のような悪習に染まっていないのだ。

五歳ほど年上だったけど気にならなかった。もちろんすぐに関係を持った。残された時間は少なかったから。彼女は応えてくれたよ。

だけどその頃にはすでに女性不信に陥りかけていたから、こっそり監視を付けたりもした。けれど怪しいところはひとつもなく、彼女は視察に勉強にと大忙しだった。仕事に真面目な彼女と会える時間は少なかったけれど、そんなところにも好感を持てた。今度こそこの女性だと思った。他国の重要人物と婚姻を結ぶのは我が国にとっても望ましい。繋がりはますます強固なものとなり、両国にとって損はない。父もきっと賛成してくれるだろう。だからこの仕事が終わったら結婚してくれないかと意を決して告げた。


「彼女はこう答えた。『あれ? 言ってなかったっけ。私もう結婚してるのよね』」

「ひっ、ひどすぎる……!」


あまりの結末に思わず両手で顔を覆ってしまった。

ぐうの音も出ないほどにひどい話のオンパレードだ。


報われない。本当にまったく報われない。

びっくりするほどついてないし、女性を見る目がないにも程がある。いいやもしかしたら、この社交界に蔓延る火遊び歓迎の空気こそが彼女たちを狂わせているのかもしれないけれど。

本当に、心から悪しき因習だと改めて思った。


「男の影がないわけだよ。優秀な密偵でもさすがに国外のことまではね。で、そこに追い討ちをかけるように母の浮気が発覚した」

「ええっ!?」

「特使につけていた密偵が見つけてしまったんだ。知りたくなかったな。余計なことをしたと悔やんだよ。昔からのことらしい。子供達には知られないようにという約束の上、父公認でね。それ以来僕は夢を見るのをやめたんだ」


驚愕で声も出ない私に、王子は遠い目をしていた。

最後の方なんてもはや完全なる自虐だ。王子らしからぬ荒んだ気配を纏っている。


やけくそのように語られるそれらに、同情のあまり私が泣いてしまいそうだった。

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