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魔性の女ができるまで

事の発端は四年前。

私が十六歳の時にさかのぼる。


その当時、私はほぼすっぴんに近い地味なメイクに地味な装いで、遊び人とは正反対の見た目をしていた。

コミュニケーション能力は並以下だし、恋愛に関しては奥手で、自己主張を声高にするのが苦手だった。


要はどこからどう見てもチョロそうな女だったのだ。


プレイボーイと名高い男性陣には見向きもされなかったが、代わりに変な男がわんさか寄ってきた。


妙に自信満々の男。

上から目線の男。

柱の陰からじっと見つめてくるだけの男。

早口で俺を好きなはずだと捲し立てる男。


どの人もセックスが目当てなのが明らかで、処女丸出しの私なら容易く落とせると思ったのだろう。

怖くて怖くて言い寄ってくる全てを断り続けて、それでも減らない軽薄な愛の告白に正直辟易していた。


だいたい、貴族社会の火遊び至上主義がそもそも肌に合わないのだ。


私が理想とするのは、偶然の出会いから愛を育み、お互いしか目に入らず、決して浮気などしない純愛だ。

なのに現実にいるのは女遊びに忙しくおぼこい女に興味すらない男か、そんな女にしか強気に出られない変な男ばかり。


この世にまともな男はいないのだ。


そう絶望しかけていた頃だった。


貴族が通う学校で、クラスメイトだった男の子。

同じ委員会に所属していたことがきっかけで、少しずつ親しくなっていった。


彼は紳士的で、歳のわりに大人びていたように思う。

少なくとも、すぐ付き合うだのセックスしようだのと露骨な誘いをかけてきた男たちと比べたら天と地ほどに差があった。

男嫌いになりかけていて初恋もまだだった私にとって、一筋の光明にも思えるほどだ。


一緒にいるとドキドキして、優しい気持ちになれて、彼のことを考えるだけで幸せだった。


まだほのかに芽生えたばかりだけど、きっと一生モノの恋になる。

そう思った。


彼もきっと同じ気持ちでいてくれているはず。

これは文化祭のあとにでも告白されて付き合う流れなのでは。


そんな期待に胸を膨らませていた。


けれどその期待はすぐに裏切られた。


押し倒されたのだ。

放課後の誰もいない教室で。

本当はこういうことが好きなんだろ、なんて下卑た顔をしながら。


最悪だった。

気持ち悪くて吐きそうだった。


この男も他のやつらと一緒だ。

やはりまともな男なんていないのだ。


大声で泣きわめいても、委員会の仕事のあとで日は暮れていて、校舎には人の気配がすでにない。

彼は私の頬を平手打ちして、そのショックと痛みで私は悲鳴を上げるのをやめた。


職員のいる棟はこの教室からは遠く、引き千切られたボタンが飛んでいくのがやけにゆっくりに見えた。


「ちょっと何やってんの!?」


ヒーローが助けに来てくれたのはその時だ。

いや、ヒーローは女の子だったから、正しくはヒロインか。


同じ学年で一番派手で、一番美人な女の子。


公爵家令嬢ヒルダ・ブロッサムが、私を絶望から救い出してくれたのだ。


「どう見ても合意じゃないよね?」


躊躇なく教室に入ってきた彼女が苛立ったように言う。

赤く腫れた私の頬を見たのだろう。


彼は手を止め、近付いてくる彼女を怯えたように見上げた。


「あんたマクギリー家の次男坊じゃん」

「たっ、頼む! 親には言わないでくれぇッ」


悲鳴染みた情けない声で彼が言う。


「知るか。問題起こすの何度目よ。縁切り覚悟しときな」


視線を合わせるように腰を屈めて凄む彼女の迫力に気圧されて、尻もちをついた後で私の上から後退る。


「さっさと消えろクズ。二度とあたしの視界に入るんじゃないよ」

「ひぃっ」


追い打ちをかけるように近付いた一歩が、彼の股間のほんの少し手前に勢いよく降ろされた。

悲鳴を上げながら逃げ惑う彼の腰は引けていて、げんなりするほどに格好悪かった。


「……ったく。懲りない男だわ」


その彼の逃げ様を見送る彼女の背中は、真っ直ぐに伸びていて美しい。

こんな状況だというのに、そんなことを思った。


なんだか良く分からないけれど、どうやら助かったらしい。


身体を起こしながらぼんやりした頭で思った瞬間、ボタボタと涙が落ち始めた。


「うわっ、ちょっと大丈夫!?」


泣いていることに気付いた彼女が私の前にしゃがみ込む。


「あーあぁ、可哀想に、怖かったよね。安心して。あのクソ野郎は二度とあなたに近づけないようにしておくから」


ヒルダが言うのならきっと本当にそうなるのだろう。

彼女の家はそれくらいの権力を持っているのだ。


およそ貴族らしくない喋り方をする彼女はポケットからハンカチを取り出すと、躊躇もなく涙でぐちゃぐちゃな顔を拭ってくれた。


「ひどいことするよね。あなたすごい可愛くて大人しそうだから、調子に乗ったんでしょ」


泣きじゃくるしか出来ない私の代わりに乱れた服を直してくれて、ポンポンと頭を撫でる。

宥める仕草にますます私の涙は溢れて、止まる気配はなかった。


いつまで経っても泣き止まない私に、彼女は嫌な顔ひとつせずに落ち着くまでそばに居てくれた。


ヒルダはどこまでも優しい人だった。


地味で奥手な私とは正反対に、彼女の恋愛模様は華やかだ。


相容れない世界で奔放に生きる彼女とは何の接点もなく、話したのだって今日が初めてにも関わらず、彼女は屈託なく笑いかけてくれた。

見た目が派手で口調は乱暴。男女関係で良い噂も聞かないし、怖い子だと思っていたからこんなふうに接してくれるのは意外だった。


その優しさに甘えて私はぶちまけた。


これまでに経験した怖い思いの数々や、たった一人の人と出会って一生モノの恋をしたいのに全然上手くいかないのだと言うことを。


幼すぎる私の考えを、彼女は笑ったりしなかった。

それどころか真剣に聞いてくれて、どうすれば変な男に絡まれずに済むかを一緒に考えてくれる。


「うーん、たぶんだけど、隠すのがダメ」

「え?」

「だってあんたおっぱい大きいし」

「ぅえっ、」

「隠す方が逆にエロいんだって。清楚系のメイクに露出ゼロ? そんでそれなのに身体にフィットしたシンプルな服装だから胸が余計に強調されるんだわ。男はそういうの大好きだから」

「そ、そんな……え、本当にそういうものなの……?」

「うん。隠すから暴きたくなるんだよ。それにその清楚系メイクもダメ。いじめたくなる」

「目立たないようにしていたつもりなんだけど……」

「逆効果だっての。なめられるよそんなんじゃ」


散々泣きはらしてぶちまけたあとだ、もはや怖いものなどない。

すっかり友達感覚で喋る私に、ヒルダは嫌な顔一つせず、まるで親しい友人のように忌憚のない意見をくれた。


「あんた、……えーっと、ごめん、名前なに」

「あ、ごめんなさい。ローズ・ウィリアムズと申します」

「ウィリアムズ侯爵家の子か! あたしヒルダ。よろしく」


躊躇なく差し出された手を握り返す。

細くてきれいな手をしていた。


「呼び捨てでいいよ、ローズ」


にこっと笑う彼女の表情は美しく、私は握手をしたまま見惚れてしまった。


ヒルダの指摘はいつも的確で、言葉はきつめだが悪意は感じない。

サバサバしている分、真実を真っ直ぐに言ってもらえているのだと好感が持てた。

助けてくれた恩もあってか、あっという間にヒルダのことが大好きになってしまった。


私はヒルダのアドバイスに従い、自分に革命を起こす決意を固めた。

その日以降、彼女は私の特訓に付き合ってくれて、毎日のように放課後彼女の家で顔を合わせるようになった。


清楚なメイクはケバさと紙一重の派手なものに。

黒髪ストレートロングは大きく巻かれて大人っぽく。

余計な妄想を掻き立てないように、胸が大きく開いた豪奢なドレスを着るのは勇気が要った。


「すっごい谷間見てくるから。隠してるつもりだけどバレバレなんだよね」

「ええ……見られるの……?」

「ガンガン見てくるよ。男って馬鹿で可愛いよね」


同意はしかねたが、見られることを平気で受け入れてなお誇り高く輝く彼女を見ていると心強かった。


「最初は鬱陶しいかもだけどさ。慣れたらアホだなこいつって思えるようになるよ」


そう言って彼女のドレスに身を包んで街へ繰り出す。


すぐに視線が気になってうつむく私に、胸を張れ、顔を上げろと彼女が隣で囁く。


「でも、」

「あんたは今清楚で大人しいローズ・ウィリアムズとは別人なのよ。そう思ってほら、演じてみな」

「別人?」

「その格好見て誰があんただって気付く? メイクもドレスも鎧だよ。これは武装なの。本当のあんたが舐められないための」


言われてようやく顔を上げる。

派手なメイクに露出の高いドレス。巻かれた髪に高いヒール。


確かにこれは私ではない。

私とは別人の、男から向けられる視線などものともしない強い女だ。


ヒルダに教わったウォーキング方法を思い出して、新たな一歩を踏み出す。


「自分から弄んでやるくらいの気持ちでいきな。つまんない男は願い下げって強気な態度でいれば雑魚は寄ってこなくなるから」

「……うん。頑張ってみる。でも、すぐバレちゃわないかな。やっぱり経験って必要? 一人くらいは我慢して寝てみた方がいいのかな」

「やりたくないなら無理する必要なくね?」


同じ速度で隣を歩くヒルダが、あっさりと私の言葉を否定する。


「あたしはさ、気持ちいいこと大好きだし、セックス中の必死な男が可愛いと思うし楽しいから遊びまくるけど。純愛だって別に馬鹿にされることじゃない。きっとそんなあんたがいいって男はいつか現れる。だからそれまで自分を大事にするべきだと思う」


優しく言われて涙ぐむ。


「あーもー。すぐ泣くなあんたは」


無意識に足を止めた私に、彼女は呆れたように笑って乱暴に涙を拭ってくれた。


「だからね、ほら。自分を大事にするために弄ぶの。強気で。遊び慣れてるふりでさ。男って女に舐められたくない生き物だから、勝ち目がないと思わせたら闘わずに逃げてくよ。それでもしつこい男はベッドに誘ってやんな。そんでギリギリまで耐えて下手くそとか小せぇとか鼻で笑いながら言ってやればいい。プライドへし折られて再起不能になるよ」


ケラケラ笑いながら言われて思わず噴き出す。

そんな芸当が出来るかはわからないけれど、言ってやることが出来たらさぞ爽快だろう。


「そんで逆に遊び慣れてる男はさ、あんたの隠し切れない処女臭さ見抜いて寄ってこないと思う。だってめんどくさいもん処女って。そういう男にとってはね。万が一そういうのが寄ってきたら、そん時はあたしに回して」


美味しくいただいちゃうからと、茶目っ気たっぷりにウィンクして、色気のある仕草で私の頬から顎にかけてを指先でなぞった。


貴族の火遊びは嫌いだが、こうもあっけらかんと奔放さを見せられるといっそ清々しい。


「ありがとう。やってみる」


言って再び歩き出す。

胸に集まる視線はもう気にならなかった。


放課後の秘密特訓は実を結び、進級を機に装いを一新した私に周囲は目を丸くした。


私にまつわる根も葉もない噂話はあっという間に学校中を駆け巡り、面白いくらいに勝手な人物像が出来上がっていった。

直接真相を確かめに来た人には意味深な流し目を送るだけ。

黙して語らず、赤い唇を微かに吊り上げれば、それだけで謎めいた印象を残せることを知った。


もともと派手で、実際に遊びまわっているヒルダと一緒にいることで、私が遊び人というキャラ設定はさらに信憑性を増したように思う。


こうして魔性の女、ローズ・ウィリアムズは誕生したのだった。

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