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番外編 ニコライとヒルダ

王城の廊下を歩く。

分厚い絨毯が敷かれているから足音はほとんどしない。


前方に人影が見えた。

派手派手しいドレスに、けばけばしいメイクをした女性だ。


「よっ、ヤリマン製造機」

「相変わらず死ぬほど下品だな」


気安過ぎる挨拶にため息が出る。


派手な女性ことヒルダ・ブロッサムはニカッと笑い、僕の前まで来ると足を止めた。


ヒルダは僕とエイリスの幼馴染だ。

生まれた時からほとんど一緒に育って、同い年だけど妹みたいなものだった。


ここ数年はお互いに忙しくてめったに顔を合わせなくなったけど、ローズがヒルダと仲がいいのは知っていた。

社交の場で楽しそうに話しているのを何度か見かけたから。

だから余計にローズの噂が本当なんだと思い込んでしまっていた。


妙にサバけたところのあるこの幼馴染みは、ちょっとついていけないくらいに貞操観念が緩い。

一応相手は選んでいるようだが、気に入った相手であれば深く考えもせずに所構わず寝る。


寝た相手には全く執着せず、一度限りの時もあれば相性次第で何度か逢瀬を重ねる時もある。

よほど遊び方が上手いのか、泥沼を演じたことは一度もない。

いつも後腐れない男と楽し気にしている。


何故そんなことを知っているのかといえば、ヒルダから笑い話として赤裸々に打ち明けてくるからだ。

自慢でも気を引くためでもなく、本当にただの笑い話として。

あまりに正直に相手の男とのセックスの内容を打ち明けてくるから、若干相手が可哀想になる時もある。


けれどヒルダの話し方には嫌味がない。

短小だろうが包茎だろうが、愛ある目線で語られる。

いかに男たちが可愛いかを、男である僕に語るのだ。


貴族社会の爛れた風習は忌避すべきものだが、実はそれを聞くのは嫌いではなかった。

その奔放さはまったく理解出来ないが、その豪放磊落な性格は友人として気に入っている。

もちろん一度も関係を持ったことはない。


様々な男性遍歴を屈託なく開示するヒルダに、つられて僕もたまに女性とのことを話すことがあった。

大抵はヒルダの同情と励ましで締めくくられるそれは、今回ばかりは温かい祝福で迎えられた。


「ローズ、めっちゃいい子でしょ」

「ああ本当に。おまえの友人と聞いていたからロクでもない人間かと思ったら大きな間違いだった」

「今まであんたが引っかかってきた清楚系ビッチ達と一緒にすんなし」

「なぜ彼女たちはあんなに擬態が上手いのだろうな?」

「あんたが本気じゃないのがバレてたんじゃないの」

「心外だ」


茶化すように笑うヒルダにムッとする。

実際、自分では真面目で誠実なつもりではある。ただ、誠実であろうとした相手がことごとく不誠実だった結果、仕方なく次の愛を求めにいっただけのこと。


「……ローズと結婚出来て良かったね」


ヒルダの笑みの質が変わって、そこには本気の労りが滲んでいた。

僕の愚痴に付き合わされてきたからこその感想だろう。


「ああ。彼女は素晴らしい人だ」

「知ってる。あたしの方が付き合い長いし。てか結婚出来たのあたしのおかげだし」

「……は?」


胸を張ってヒルダが得意げな顔になる。


「あんたの結婚相手、何人か候補いたの知ってるでしょ」

「ああ、そりゃ」

「誰にしようか迷ってたおじさまにローズをゴリ押ししたのよ。めっちゃいい子だよって」


父のことを言っているのだろう。

仮にも国王である人間を、おじさまなんて呼ぶのはヒルダくらいのものだ。


父とヒルダは妙に仲が良い。

失礼な話、一瞬だけ二人の関係を疑惑の目で見たこともあったが、杞憂に終わった。父はヒルダに対して単純に娘を見る親目線だし、ヒルダも自分を性的に見ない安心できる相手として父を慕っている。

父もまた一途に伴侶を愛する、この国では稀有な人間だった。


「……そうだったのか」


ヒルダがそう言うのなら本当なのだろう。

候補者の中でローズが一番可能性が低いと思っていたので、彼女のゴリ押しというのは十分に真実味があった。


「感謝する。心から」


素直に気持ちを伝えれば、照れたのか「よせやい」と変な動きをしながらヒルダは言った。


「だがローズに僕のことは言ってなかったのか」

「あーそれね」


ヒルダが気まずそうに頬を掻く。


「いや絶対二人はお似合いだって思ってたよ? 絶対上手くいくって。けどさ、あんたとの結婚決まってからローズの期待値爆上がりでさ。言い出しづらくなっちゃったんだよね。いやもちろんあんたは悪いやつじゃないんだけどさ。そんなにいいもんでもねーぞって」

「おい」

「地味で根暗だし。まぁ顔は悪くないけど地味だし。趣味も生活態度も地味そのものだし」

「地味で悪かったな」


容赦のない物言いは昔からだ。

本心では気に入ってくれているのを知っている。


「とにかく僕がおまえの好みじゃないということはよく解かった」

「うんまったく。ちっとも。これっぽっちも」


真顔で深く頷く。

知ってはいたけど、失礼なやつだ。


「ま、そんな感じで。今日はだから、お祝い兼お詫びとネタばらしみたいな」

「これからローズと会う約束なのだったな」

「そそ」

「ところで、」


話の切れ目でおもむろに切り出す。


「おまえたちはいつまとまるんだ」


ヒルダの動きが止まった。

ついでに瞬きも。


いつも余裕綽々で、一段高いところから人の恋愛模様を眺めて楽しんでいるような幼馴染の。

珍しい反応に、思わず唇の端が吊り上がった。



「……おまえたちって? 誰と誰のこと? まとまるって何が?」


ヒルダが白々しくとぼけて、妙に可愛らしく小首を傾げる。

名前を出すまでもなく思い当る節はあるはずだ。


「エイリスとおまえに決まってる。迷惑だからさっさと結婚しろ」

「えぇ~やだぁ。あれこそ真のヤリチンじゃん。だいたいあたし関係ないし」


言い逃れ出来ないようにきっちり名前を出してやると、即座に否定が返る。

拒絶するように渋面を作っているが、下手くそだ。

この反応の速さこそが肯定そのものでしかないのに。


本当は好きなのがバレバレだ。

いや、気付いているのはたぶん僕だけだろう。

どちらとも長年の付き合いがあるからこそ見抜くことが出来たのだ。


ローズの清楚な面立ちと違って、ヒルダはメイクをしなくても派手な顔の造りをしている。

幼いころから発育も良かったせいで、心無い噂がいくつも流れた。

主に多かったのは、ヒルダは男好きで遊びまくっているという噂だ。

当時は年相応に傷付いていた彼女だったが、元来の明るい性格がその噂を否定もせず茶化す方向にいってしまった。そのせいで、当時すでにヒルダに恋心を抱いていたエイリスの心に深い誤解が生まれたのだ。


エイリスは僕とヒルダの二つ年下だ。

今でこそ大したことはないと思えるが、学生時代の二歳差はかなり大きい。付き合うコミュニティは全く異なり、それが誤解を深めてしまう要因となるには充分だった。


その上運悪く、ヒルダの噂を信じたタチの悪い男に迫られているシーンをエイリスは偶然目撃してしまった。

助けに走る間もなく、ヒルダはそれは見事な啖呵を切って男を撃退した。


曰く、「テクもない童貞野郎なんてお断りだね。百人斬りでもして出直しな」。


最低な断り文句だ。

おかげで童貞野郎は逃げ出した。

ついでにエイリスも。


すっかり噂を信じ切った弟は、愚かにも遊びまくっているというヒルダに釣り合うようにと自らも遊び人となった。

その辺の事情をヒルダは知らない。

知らずにヒルダも弟を好きになって、そしてそんな弟の気を引くために他の男と寝た。


正直バカだと思う。似たもの同士だ。

そしてその愚かな行為が何をもたらしたのかと言えば。


「そんな嘘が僕に通じると思うのか」

「だからもうエイリスなんてどうでもいいんだってば。ハマっちゃったんだもん。遊ぶ楽しさに」


不貞腐れたように言いながら、ヒルダは唇を尖らせた。


そう、呆れたことにヒルダは男遊びにハマってしまったのだ。

どうせ弁解しても信じてもらえないのだから、噂を本当にしてやろうというヤケクソな気持ちもあっただろう。

ずっと噂に苦しめられていた反動かもしれない。


「だいたいあいつ、あたしなんか眼中にないじゃん。いっつも女の子はべらせてさ」

「それを言ったらおまえもいつも男はべらせてんだろ」

「あたしはいーの!」

「エイリス以外には本気にならないって解りきってるから?」

「……しつこいなぁ」

「遊ぶ相手も全員どこかエイリスに似てるよな。それでエイリスと似たところばかり褒めてた」

「はぁ? 勘違いキモいんだけど。エイリスと似た奴と寝るわけないし」

「虚しいだけだから?」

「っ、ちがう! なんなの!? いい加減ウザいって!」


煽るような言い方にヒルダがイラついていくのがわかる。

ヒルダがエイリスを好きだと認めたのは、エイリスが女遊びを始めてすぐの時だけだ。他の女と睦まじげなのを見て初めて自覚したらしい。それ以来この話題は徹底して避けられ続けた。

だからこんなふうに無理やり向き合わされて、いつもの飄々とした態度は崩れていた。


「さっさと告白して楽になればいい。人間素直が一番だ」

「っ、そんな簡単にエイリスが好きなんて言えてたらとっくにっ、」

「ヒルダ」


激昂しかけるヒルダの背後から第三者の声がかかる。

ヒルダの表情が凍り付いた。

ゆっくりと振り返る。


「今のは本当なのか」


そこには信じられないといった顔のエイリスが立っていた。


「……なに、なん、……っ、」


まともに言葉も出ないヒルダが、ハッとした顔でこちらを振り返り僕を思い切り睨みつける。

仕組んだだろうとでも言いたげだ。


仕方なく降参のポーズで両手を上げる。


「誓って偶然だ」


そう。もちろん偶然だ。

ただ、朝食でエイリスと顔を合わせた時に「そういえば今日はヒルダと会うんだっけ」と何気なく時間とともにローズに確認しただけ。


加えて言えば、ヒルダとの会話の最中でエイリスが向こうから近づいてくるのに気付いたけれど、話を中断するのも悪いしわざわざ言うほどのことでもないかなと思ってほっといた。


それだけのこと。


「そういえばローズに伝言があったんだった」


ポンと手を打って踵を返す。


「……ついでにヒルダは遅れるそうだと伝えておくよ」

「っ!、……ふっざけんなてめ、」

「ヒルダ。頼む。話を聞いてほしい」


背中越しに罵声と、それを遮る真剣な声が聞こえて歩き出す。


口許には、堪えようもない笑いが滲んでいた。

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