終 お披露目の日
朝から慌ただしい一日だ。
前日の時点でほとんどの準備は終わっていたけれど、もちろん当日にしか準備が出来ないものもある。
そのひとつが、今日の主役である王太子妃、ローズ・リントワースの飾り付けだ。
「目を閉じてください」
リサが真剣な顔で私に向かい合う。
肌を塗り固めたあとにアイメイクに取り掛かったリサは、他の誰の手も借りずに私のメイクを完成させていく。
一番私らしいシンプルなドレスにナチュラルメイク。
髪の毛も真っ直ぐなまま、露出も少なく、派手なアクセサリーもない。
最初はそうしようと思った。
ニコライもそうすべきだと言ってくれた。
これからは私らしく生きていいのだと。
もう独占したいなんて我儘は言わない。自分を偽って無理をする必要もない。
自分に自信をつけて、ずっと君を夢中にさせられるように頑張るからと。
だけど今、私は眦の吊り上がった強い女のメイクをして、露出度の高い豪奢なドレスを身にまとっている。
キラキラと輝く宝石類はすべて本物で、その輝きに負けないくらい完璧な美女に仕立て上げてもらうのだ。
本当の自分を見せるのはニコライだけ。
弱い部分なんて彼だけが知っていてくれればいい。
民衆に弱い自分のことを知ってもらう必要なんてない。
素の自分で生きたいなんてもう思わない。
私は正式にこの国の王族の一員となるのだから。
私は強い。
この国を背負って立つ夫の隣に相応しい存在だ。
そう自分を鼓舞するように。
それに国民からすれば、地味で頼りなさげな女より、傲然と正面を見据え、不遜なくらいに強気な笑みを浮かべた女の方がよほど安心できるはずだ。
コンコンとノックの音が聞こえる。
ちょうどメイクが仕上がって、ゆっくりと瞼を開けた。
鏡の中に、すっかり見慣れてしまった気の強そうな女がいる。
いつもよりも煌びやかに、燃えるような赤いドレスに身を包んで不敵に笑う。
リサが開けてくれたドアから、同じく豪奢な衣装に身を包んだニコライが現れた。
いつもは地味な色味を好んで身に着けるために真面目で堅物な印象の彼も、今日ばかりは華やかな雰囲気だ。
思わず見惚れてしまう。
「では参りましょうか奥様」
ニコライが手を差し伸べる。
「ええ。エスコートを頼むわ」
ツンと澄ました顔でその手を取ると、ニコライがくすくすと笑いを漏らした。
夫に手を引かれ、城の中腹にあるバルコニーに出る。
眼下には次期国王夫妻を一目見ようと集まった、大勢の民衆たちがごった返していた。
貴族階級の内情など、民衆は知らない。
どれだけ王城内が爛れていて、どれだけ私に性的な噂があろうと、彼らがそれを耳にすることはない。
彼らは派手で強そうな女を目にして、熱狂的な歓声を上げた。
それを見下ろして私は満足そうに微笑むのだ。
盛大に祝福される中、国王の挨拶が終わり、私達の紹介が始まる。
誇張や虚飾のオンパレードに噴き出しそうなのを堪えながら、ニコライとこっそり顔を見合わせる。
それから皆の前で、永遠の愛と国の繁栄への尽力を誓いあう。
これは代々続く建前の茶番ではなく、本心からの誓いだ。
目を閉じて、触れるだけのキスをする。
歓声が爆発するように高まって、ゆっくりと唇を離して見つめ合う。
幸せそうに微笑む彼の顔が一瞬泣きそうに歪んで、私にだけ聞こえる声で「愛してる」と呟いた。
この誓いは、生涯たがえることはないだろう。
本編はここで終了です。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
このあとに二話ほど番外編を投稿予定です。
そちらもお付き合いいただけたら嬉しいです。