逃げ出した日
フレイフレイが、大人の仲間入りをした宴会の日から、3年が経った。
フレイフレイはますます美しくなり、かつて母であるフレイがマルティスたちと冒険をしていた頃とそっくりに成長していた。
そんなある夜のことであった。
海賊島の見張りを担当している手下が、フレイの家に駆け込んできた。
「頭、大船団だ。真っ直ぐこの島に向かってくる。
間違いねえ、討伐隊だ!」
知らせを聞いて、フレイたちは慌てて外へ飛び出した。
今はまだ遠目に船影が見えるだけだが、島が発見された以上、殲滅するか、島を捨てて逃げるかの2択だった。
追いすがってきた手下が、報告を重ねる。
「少なくとも大型が3隻。先頭の船には、『海賊殺し』も乗ってやす」
「なにっ」
手下から望遠鏡をひったくり、フレイは船を凝視する。
ギリリッ、と、その口元が噛みしめられた。
「勝算はない。海賊団は、今日限りで解散だ。
あたしは船で出る。お前は他を束ねて脱出しろ」
「へいっ」
手下の行動は早かった。
フレイの言葉の持つ意味も、よく理解していた。
「フレイフレイ。お前も行け」
「でも、母さん。あたしだって……」
「ガキは邪魔だ」
冷たく、今までに向けられたことのなかった視線。
フレイフレイは、先を続けられなかった。
「さっ。行きやしょう」
手下に連れられ、フレイフレイは去っていく。
見届けたフレイは、反対側へ向かう。
『海賊殺し』を迎え撃つ為に。
フレイフレイは、何度も振り返りながら、道を進んでいた。
「お嬢。さっ、行きやしょう。早く脱出すれば、その分頭も逃げられるかもしれませんので」
「うん……」
そう言って、フレイフレイが振り返ると、心配そうにしている手下の後ろから、他の海賊たちがやってきていた。
フレイフレイが声を掛けようとするより早く、合流してきた海賊たちは、止める間もなく、見張りをしていた手下を斬り伏せた。
手下は、声もなく崩れ落ちた。
「なっ、お前ら、何を……!」
「へっ。何って、殺して奪うのが俺たち海賊だぜ。
こうなっちまっちゃあ、頭の言いつけも何もありゃしねえ」
「この……! よくも」
「お? 俺たちとやろうってのかあ? ムダムダァ!」
この場にいるのは、3人。
いずれも、フレイフレイがよく剣の訓練で相手をしてもらっていた者たちだった。
仕事もサボりがちで、逆にフレイフレイの訓練への出席率は高い。
フレイフレイは、負けるとは微塵も思っていなかった。
それがどうだ。
足払い。砂かけ、足蹴り。
フレイフレイの剣はかすりもしない。
余裕綽々の3人に軽く転がされ、卑怯な手でやられ、文字通り、手も足も出なかった。
「なんで……」
「ハッ。マジでこいつ、強いとか思ってたのかよ。
ギャハハハッ! そんなわけねえだろうがよ。
負けてやってたんだよ、わざと。俺たちが」
「お笑いだったよな。実践を想定した訓練、とかいって、俺たちにあれこれ言ってみたりな」
「どうだ? 訓練は役に立ったかよ。ああん?」
ドカッ
思い切り蹴り上げられ、不様に転がるフレイフレイ。
もはやボロボロで、立ち上がることもできない。
目だけは、決して3人から逸らさなかった。
「ズタボロじゃねえかよ。くそっ。あの女そっくりの目で見やがって」
「生意気なんだよ」
「いつまでそんな目をしてられるかな」
「せいぜい、俺たちを楽しませて死ねよ」
海賊たちの目つきが変わったことに、フレイフレイは気が付いた。
これから、何が起ころうとしているのかも。
「ひっ。お前ら、やめろ」
「やめろ、だってよ」
「やめてやるか?」
「おいおい。冗談だろ。面白くなるのはこれからだろ?」
「ちかづくな。くるなってばぁ……」
「ギャハハハッ。おい、聞いたか? 頭も、昔はこんな感じだったのによぉ」
「ああ。いつの間にか、頭に収まりやがって」
「偉そうに指図しやがって。ああ、腹立ってきた」
「こいつは娘に責任を取ってもらわねえと、なあ?」
「う……くるな……きもちわるい」
ドガッ
「うるっせえんだよ! そこは『よろしくおねがいします』だろうがよっ!」
「うぐっ……」
「なぁ、もう始めようぜ? 待ちきれねえよ」
「それもそうだな。お待ちかね、お待ちかね、と」
いよいよ、フレイフレイに貞操の危機が迫る。