大人になった日
「小説家になろう」に投稿を始めて、本作で三作目となります。
前2作は完結させることができていないので、本作は完結まで練ってから投稿を開始しました。
毎日更新で駆け抜けます。
どうぞ宜しくお願い致します。
海賊島。
正確な所在地は、そこに住んでいる当の海賊どもしか知らず、
獲物となる商船団が行き来している港町から遠く離れたその島で、
一人の少女が初潮を迎えた。
その日、少女は朝から腹が痛かった。
昨夜何か悪いものでも食べたのかと思ったが、心当たりはなかった。
とりあえず、身体を動かしていれば気にならなくなるであろうと思い、
いつものように手すきの海賊を呼んで、日課である剣の訓練をしていた時に、それは起こった。
少女は驚き、戸惑った。
3人の男たちを相手に、ただの一撃も受けてはいない。
「いやあ、まいった、まいった、降参だ」
「さすがはお頭の娘、かないませんぜ」
「こいつは、将来が楽しみだ」
今日も、口々にそういわれていたのに。
それなのに、流血。
「こりゃ、大変だ! すぐにお頭に相談してくだせぇよ」
口ではそう言いつつも、全く心配する素振りもなく、それどころかニヤニヤと笑いながら送り出す3人組に首を傾げながら、それでも、
「お前たち、後で覚えてろよ!」と最後にどやしつけてから、少女はお頭の許へと向かっていった。
海賊島で、少女を除いてただ一人の女である、頭目の許へと。
3人組は、「おー、こえー。こえー」と、さらにひとしきり笑ってから、後片付けを始め、仲間たちへと知らせに向かった。
もちろん、海賊島にとっての一大事である、今回の流血事件を盛大に知らせるために。
頭は、長い間潮風に晒され、すっかりと色褪せてもなお燃えるような赤髪を、無造作に後ろでひとつにまとめた女丈夫であった。
その名はフレイ。
フレイは、こちらを目掛けてやってくる娘の姿を認めると、やおら立ち上がり、向き直って尋ねた。
「どうした、フレイフレイ」
少女の名は、フレイフレイといった。
母の名を、ただ重ねただけの。
少女も母と同じく、鮮やかな赤髪をしていた。
潮風で痛んでいない分だけ、母よりも明るく、綺麗な色をしていた。
フレイは、娘が剣の訓練のことや、相手をした海賊たちのこと、そして、流血のことなどについて、興奮して話しているのをじっと聞きながら、こう考えていた。
「もう、あれからそんなに経ってしまったのか」
フレイフレイは、一向に流血を心配する様子も、海賊たちに怒りを見せるでもない母の様子に憤慨して、さらに色々と捲し立てている。
どこから見ても子どもそのものの娘だが、確かに大人への一歩を踏み出し始めたと実感し、フレイは喚き続ける娘の頭に手を置き、優しく微笑みかけた。
「そうか。驚いただろう。だが、これでお前も大人の仲間入りだ」
フレイフレイは、何が何だか分からなかったが、大人の仲間入り、と言われて、たちどころに機嫌が直った。
「さあ。まずは身体を洗おう。『大人の女』として、これから色々教えてやるよ」
「うん、母さん」
その日は、海賊島を挙げての宴会となった。
もっとも、「めでたい、めでたい」と連呼しながら酒を呷り、おめでとう、と声を掛けてくる海賊どもを前に、母から説明を受けたフレイフレイは真っ赤になって声を張り上げていたものだったが。
夜。
できあがった海賊どもは、もはや酒自体が目的と化していた。
母と娘は二人、そんな海賊どもは捨て置いて、家の中で向かい合う。
「フレイフレイ。お前にこれを渡しておこう」
それはロケットであった。
フレイフレイが蓋を開けてみると、中には母の肖像が入っている。
「つけてみろ」
言われるがまま、フレイフレイは身につけた。
感想を期待して母に視線をやると、母はただ静かに娘を見つめていた。
まるで、その光景を目に焼き付けんとするかのように。
長い時間が経ってから、フレイは絞り出すように、娘に向けてたった一言、こう告げた。
「どんな時もそれを身につけていろ。もう寝るぞ」
それきり、母は一言も喋らず、寝床に入ってしまった。
フレイフレイは面白くなかったが、『大人の証』を手に入れて、その日は何度も蓋を開けたり閉めたりして過ごしているうちに、眠ってしまった。
聞きたいことや、お喋りはまた今度でいいのだから、と子ども特有の切り替えの早さで棚上げにして。
今日と同じ明日。明日と同じ未来。
穏やかにそれが続いていくことを信じて疑わない、子ども特有の純真さで。
フレイはしかし、もう充分に大人であった。
穏やかであったはずの今日は、ある日突然、破壊される。
奪われる。
今のこの、必死で作り上げてきた幸せさえ、長くは続く筈もない、と。
かつて幸せを奪われ、今は人の幸せを奪っては、形ばかりの幸せを捏ね上げてみたフレイには、充分過ぎるほど、分かっていた。
無邪気に育っているフレイフレイ。
にこやかに相手をする海賊ども。
だが、フレイは気が付いていた。
祝いの杯を重ねながら、時折娘に向けて、獲物を狙う目を見せる手下のことも。
憎々しげに自らを睨む手下がいることも。