ピヨさんのおよばれ
献辞
本作品は、一本梅のの様に捧げます。
背景のご説明
拙作「カナリア」に、一本梅のの様がFAとコラボイラストを描いてくださったのがきっかけて、お礼として書かせていただいた掌編です。
のの様、温かくてかわいらしい、本当に素敵なイラストを描いてくださってありがとうございました!
FAとコラボイラストは、作品の最後に掲載させていただきます。
コラボ作品は、一本梅のの様の「消える世界と月色の鍵」、「溺愛するから、もふらせて」です。
コラボの経緯についてと、コラボ作品へのリンクは、筆者活動報告(2020年9月7日)に掲載させていただきます。ぜひご覧ください。
妙な夢を見た。
夢の中で、私は、ピヨさんを抱え上げてこんこんと言い聞かせている。
『およばれの時は、お行儀よくしなくちゃだめだよ』
ピヨさんは私の顔を見て、全身でうんうんとうなずくように身体を縮めてから、にゃあと言う。
『いいツーショット』
なぜかその様子を、アキさんがスマートフォンのカメラで撮影している。
スマートフォンの画面の中で、もふもふの双子の竜が楽しそうにお茶の支度をしている。いかつい鱗の竜ではなく、ピンク色のふわふわ、くるんとした毛並みの子どもの竜だ。色違いのパステルカラーのマカロンの着ぐるみが愛らしい。
ああ、およばれなんだから、ピヨさんにもなにかおしゃれさせてあげればよかったかなあ。
そう思って見ると、ピヨさんはかわいらしい黄色のスカーフを首に巻いている。
ピヨさんはもがく。私が思わず腕の力を緩めると、腕からぴょんと飛び降りて、スマートフォンの画面の中に飛び込んでしまう。
双子の竜は、おっとり一途なキャロルとしっかり者で優しいシェリルだ。夢の中の私は、なぜか最初から、それを知っている。
『ようこそなの! 待ってたのー!』
『いらっしゃいなのー!』
口々にかわいらしい声をあげて、双子は歓迎の舞を踊ってくれる。双子の竜に、尻尾を立てて8の字を描いて身体を擦りつけたピヨさんは、得意げにテーブルの真ん中に座って、私のほうを見る。
スクリーンショットを撮るときの、ぱしゃりという電子音が耳に響いて、目が覚めた。
◇
「あ、起こしちゃいましたか? ごめんなさい」
はっと顔を起こすと、アキさんの慌てた声が聞こえた。
うたた寝から急に目覚めたときの、独特のめまいと浮遊感をこらえて目をしばたたかせる。
どこにいるんだっけ。
ああ、アキさんの部屋だ。
「私、寝てました?」
「突然、幽体離脱とかしていたんでない限りは。寝てたんだと思いますけど」
アキさんが笑いをこらえながら言う。確かに、目が覚めての第一声が、寝てました? って、我ながらなんだかおかしい。
「幽体離脱の経験はありません。ということは、寝ちゃったんですね。すみません」
私も笑いながら返した。
「このごろ、お勤め先のほうも忙しかったんでしょう? お疲れ様です」
私はあいまいに笑ってごまかした。いい大人の睡眠不足の原因が、ひょんなきっかけから始めたゲームアプリのせいだなんて、ちょっと恥ずかしくて言いづらい。
『もふもふ竜のリズムカーニバル』、愛称もふリズという。リズムに合わせて画面をタップしていく、シンプルなゲームなのだが、クリア時に表示される画像や、プレイヤーユニットを組むのに使うもふもふ竜のカードがとにかくかわいい。ゲームの操作性も、シンプルなところが逆に中毒性があって、二度、三度と繰り返しプレイしてしまう。普段なら三十分くらいで終わりにできるゲームなのに、昨日は、遊び終わるぎりぎりのところで、ランクアップのボーナスが絡んで、いつもの二倍の時間遊んでしまったのだ。
すきま時間に気軽に遊べるけど、イベントミッションの完全クリアやランキングにハマると、すごくやりこむ人がいるんだよ、カードのコンプリートまで狙い始めたらかなり大変、なんて言っていた友人の言葉を思い出した。気軽に始めたけど、たしかにちょっとハマりかけてる。
そこまで考えて、あれ? となった。今、かすかに聞こえているこの音楽。
「アキさん、もふリズ、インストールしたんですか?」
「わかります? ついさっき」
アキさんは私にスマホの画面を見せてくれた。見慣れたゲーム画面が表示されている。
「この前、サトカさん、始めたって言ってたじゃないですか」
「何かのついでに言いましたっけ。覚えてたんですね」
はい、と当然のことのようにうなずく。この人は、私の言ったことはかなり些細なことまで覚えていて、私自身が忘れているようなことまで、会話にさらっと出てきたりする。はじめは面食らう事も多かったのだが、さすがにもう慣れた。
本人の説明によると、研究のことと、ピヨさんのことと、私のことは、他の記憶とはしまう場所が違うんだそうだ。意図しているわけではなく、そうなってしまうらしい。そのかわりというのも変だけれど、日常的なことに関してはときどき大きく抜けていることがある、と、最近分かってきた。そんなところも面白いなあと思う。
「最初のガチャ、何が出ました?」
「これです。ゲームの音量下げてたのに、スクリーンショットを撮ろうとしたら、それだけ音が大きく出ちゃって。すみません」
そういうことだったのか。
そして、かすかにこの音楽が聞こえていたから、私はゲームの夢を見たのかも。
私はアキさんが表示させてくれた画面を覗き込んだ。
次の瞬間つい叫んでしまった。
「うわあ! いいなあ、アキさん、これ今の季節限定のやつですよ! 最高レアの。双子竜のティータイムコス」
「じゃあ、これではじめちゃって大丈夫ってことですね」
アキさんはのんきに言う。たいていのソーシャルゲームアプリでは、インストールした直後に、プレイヤーが使える有用なアイテムの抽選――ガチャを引かせてくれる。何が出てもそのまま運命として始める人もいるけれど、ゲームに慣れている人は、そのガチャでプレイを有利に進められる強いアイテムが手に入るまで、アンインストールとインストールを繰り返すことも多い。アキさんは普段そんなにゲームはやらない人だけれど、その話はどこかで聞いていたのだろう。
もふリズを私にすすめてくれた友人のアドバイスにしたがって、私も何度かインストールをやり直し、まずまずのところからゲームをスタートさせた。だが、欲のない人の運の良さはやはり違う。アキさんときたら、一発で排出率一パーセントの最レアカードを引き当ててしまったのだ。
「大丈夫どころか。それが欲しくて、課金カードを何千円分も買う人がたくさんいるんですよ」
「そうなんだ。僕に使いこなせるかどうか、わかりませんけど。でも、ほら、この真ん中の子、ちょっとピヨに似てますね」
あれ? と思った。昨日、季節限定イベントが始まった告知のSNSを見たときには、ティータイムコスのカードは双子竜だけだったような。
もう一度、アキさんのスマホを覗き込んだ。確かに、いる。双子竜に挟まれて、テーブルのど真ん中に、画面のこちら側を得意げなかわいい目で見つめる、茶とグレーの縞の猫。
「ホントだ。ピヨさんですね。しかもなぜかセンター」
思わず、そう言ってしまった。あの夢のせいかもしれない。
断言した私を見て、アキさんはくすくす笑った。
「サトカさんにも、飼い主バカがうつってる。まさか、こんなところにうちのピヨが、と思うんですけど、この顔と色はどう見ても、ピヨですよねえ」
覗いてみると、やんちゃな暴れ猫は、窓際の段ボールの中でぐでんと横になって熟睡していた。猫も夢を見るんだろうか。身体をもぞもぞと動かして、ふにゃふにゃと寝言のように口元を動かしている。アキさんと目があって、声を出さずに二人で笑ってしまった。
「いいなあ、アキさん。私もそれ欲しいなあ」
イラストの中にピヨさんがいるとなると、さらに欲しくなる。
一度課金すると、ついつい歯止めがきかなくなりそうで、私はこれまで、イベントウィークのログインやミッションのクリアに応じて、課金しなくても配布されるガチャアイテム『竜石』の分だけで、プレイを進めてきていた。高望みをしなければ、お金を掛けなくてもゆっくりゲームを進めていくのに十分なカードがそろっていく環境にはあるのだ。
もらえる機会には頑張ってもらい、こつこつ大事にためてある竜石だけど、このティータイムコスのためになら、限定期間が終わらないうちにがつんと使ってガチャをしっかり引くべきかも。それでもだめなら、カフェで甘いコーヒーを飲むご褒美タイムを何回か我慢して家で飲めば、その分くらい、コンビニで課金カードを買って竜石にかえて、もう少しガチャを引いちゃってもいいかも? 今回だけは。だって、このカードは、今引かないと手に入らないし。
「こうやって、ゲームの沼ってはまるんですね」
おもわず、ぽろっと呟いてしまった。
「僕は、僕限定でもうちょっと効果のある画像をゲットできたから、ゲームのほうはいいかな」
自分の引いた最高レアのカードの価値を知らないアキさんはにこにこして言う。その言葉に少し引っかかった。
「効果のある画像って何ですか?」
アキさんは、ちょっと得意げに、ゲームアプリの画面をフリックで閉じてわたしのほうにスマホを向けた。
「これ。サトカさんとピヨのお昼寝ツーショット」
アキさんのスマホの壁紙に設定されていたのは、本棚に寄り掛かってうつむきがちにうたた寝している私と、その膝の上で丸くなっているピヨさんの写真だった。服装からして今日、つまり、ついさっきだ。
「あーっ! アキさん何撮ってるんですか」
「この後、ピヨのやつ、すぐにサトカさんのひざから降りて向こうで寝直しちゃったんです。この状況、すごいレアなんですよ。しかも癒し効果抜群」
一切悪びれずに言うところがアキさんである。
「盗撮じゃないですか」
「違います。撮ったことはちゃんと報告して、画像も見せてますから」
そんなことで胸を張らないでほしい。
「恥ずかしいから消してほしいなあ」
私が不満に口をとがらせて言うと、アキさんは途端にしゅんとしぼんだ。
「ダメですか。もちろん、サトカさんが嫌なら消します。もうしません」
くわえかけたおやつを取り上げられた犬のようなしょぼくれた顔でこっちを見てくる。
もう。この顔。これ、ずるいと思う。
私は目をぎゅっとつぶって、三秒考えた。まあ、言ってしまえば普通のスナップ写真だ。緩んだ口元が恥ずかしいだけで。この人の前では安心してうたた寝もしてしまうくらい無防備な自分、が、ちょっと恥ずかしいだけで。
「……じゃあ、壁紙設定はなし。他の人に送ったり見せたりするのもなし。見るのはアキさんだけ」
「はいっ」
おやつを返してもらった犬みたいにきらきらした目でうなずいたアキさんを見て、私はため息をついた。
「あと、今後も、撮ったら必ずその日のうちに申告。四ルールで、どうですか」
「もちろんです」
アキさんの画面をのぞき込みつつ、自分のアプリも立ち上げて、フレンド登録の作業をしながら、私はぼんやりと考えた。
アキさんばっかり、画像ゲットしていていいなあ。
アキさんが油断しているかわいい瞬間の写真なんて、いつ撮れるだろう。
やっぱり、課金してでも、ティータイムコスの双子竜、ゲットしようか……。