9、辺境伯は忙しい(人気があるため)
夜中に魔獣の襲撃があろうと、面倒なネズミを連れている監査官がいようと、俺が日々行う業務に変化はない。
むしろ増えているくらいだ。
「監査官殿、この手紙と書類の山はなにかな?」
「ウェスター辺境伯は多くの方から人気があるようですね。なかなか王都に来られないとのことで、せめて手紙だけでもと自分に託す人がいらっしゃりまして」
「だからといって、この量はないだろう……」
バスチアンがある程度目を通した後であっても、相手が貴族であれば返事を書かなければならないだろう。
机の上にある大量の書簡を処理することが、ただただ面倒くさい。
「しばらくはここに滞在させていただきますが、できれば自分が王都へ発つまでに返事をお願いします」
「……わかった」
こう見えて(?)社交のシーズンの俺は、夜会や茶会に引っ張りだことなる。
生まれ持つ銀色の髪と整った顔のおかげでエスコートするご婦人に困らないのはありがたいが、親密な関係を迫られることが多く、追い払う役のバスチアンが大忙しになってしまうこともしばしばあるのだ。
そして社交界シーズンの時と同じく、バスチアンは今、死んだ魚のような目で手紙の山を見ている。
執事の仕事であるとはいえ申し訳ない気持ちになる。
だがしかし、ここはぜひとも頑張っていただきたいのだ。俺の休日のために。
「ところで、昨夜は魔獣の襲来があったとか。この館にいるダンジョンの発見者たちが退治したそうで」
「ああ、本当に運が良かった。彼らとは今日あたり挨拶をしてもらおうと思っていたのだが、疲れているようだから休ませている」
「明日以降にでも挨拶させてください。それと……もしよければ、剣を振る場所をお借りしたいのですが」
「館の裏手に訓練場がある。好きに使いたまえ」
「ありがとうございます」
嬉しそうに部屋を出て行くアレクの背中を見送った俺は、やれやれとため息を吐く。
せっかく監査官として来ているんだから、訓練とか休めばいいのに。
俺の考えを読んだのか、バスチアンが書簡を確認しながら俺に問いかける。
「デューク様も毎朝訓練されていますし、騎士として普通のことではないのですか?」
「あれは訓練じゃない。書類仕事ばかりで肩こり腰痛がひどいから、体を動かして健康に努めているだけだ」
「デューク様も若くはないですからね」
「年寄りあつかいすんな」
文句を言いながらも、バスチアンが確認して置かれた大量の手紙に目をやり、いくつか摘んで横によせていく。
世の中には、返事をする価値もない手紙というものがあるのだよ。
「これほどデューク様あての手紙があるのは、決まった人がいないからというのもあるのですよ」
「うるさい。独身なのは俺のせいじゃない。仕事のせいだ」
「仕事が忙しくても結婚はできますよ」
「俺は恋愛結婚をしたいんだ。ちゃんと女性とお付き合いをしたいんだ」
「貴族なのに恋愛結婚ですか……まぁ、息子に駄々甘い先代様ならば許してくれそうですけれども……」
「恋愛をするにしても、とにかく時間が足りない。つまり、こんな手紙の処理をしている場合ではないということだ。わかるよな、バスチアン」
「わかりません。時間が不足していれば作れば良いのではないかと」
「手厳しいな」
俺の言い訳をバッサリと切っていくバスチアンの言葉に、俺は何も反論できないまま机の上にある書類を順番に目をとおしていくのだった。
「おや、貴方は……」
訓練場に来た監査官アレクは、先客がいたのを見て背筋を伸ばして一礼する。
金髪碧眼で、いかにも物語に出てきそうな王子といった風体のアレクとは違い、この国では珍しい黒髪黒目の少年は剣をおさめて一礼を返してきた。
真面目そうな彼の様子に、アレクは微笑みながら自己紹介をする。
「王都から監査官としてきた、近衛騎士団所属のアレクです。この館には昨日からお世話になっています」
「カイト・ヤノです。カイトと呼んでください。デューク様の館に、縁あって滞在しています」
「もしかして君は、ダンジョンを発見した功労者の?」
「はい。正確には姉が発見者なのですが」
姉のカオリと幼なじみのユウコは、昨日のこともありまだ部屋で休んでいる。カイトは思うところがあって訓練場に来ていた。
それはあの時、自分たちを助けに来てくれた辺境伯の勇姿が目に焼き付いていて、じっとしていられない気持ちになっているからだ。
カオリはカイトのことを「物語の主人公」と言うが、彼自身はまったくそうは思わない。
その小説を読んだことはないが、もうちょっと華のある人間が主人公じゃないと面白くないだろう。
そう、たとえば……。
「監査のことはさて置いて、もし良かったら俺と剣を合わせてみませんか?」
「へ?」
「もちろんお互い木刀で、魔法の使用なしならどう?」
「わかり、ました……」
「ありがとう!」
戸惑いながら頷くカイトに、アレクは笑顔で礼を言った。
窓の外から、楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「今日は賑やかだな」
「さきほど、監査官殿がおっしゃっていた訓練場を借りる件ではないかと」
「なるほど」
ひとり言にまで反応してくれるバスチアンに驚きながら、俺は立ち上がり窓の向こうに見える訓練場に目を向けた。
うん。なんかすごいことやってるね。
カイトの攻撃を、ことごとく打ち流している。あの攻撃をまともに受ければ木刀が折れてしまうだろうに、そうならないよう絶妙な力加減で打ち合っているのがすごい。
「アレク殿は、かなりの剣の腕を持っているようだな」
「デューク様と渡り合えるガートランド将軍のご子息ですからね。近衛騎士の中でも、かなりの腕前だと評価されている方ですよ」
「え、知らなかった。早く言ってくれればいいのに」
「一応、貴族年鑑に載っておりますので、ご存知かと」
「そんなものは忘れている。次回の王都へ行く前までには覚えておけばいいことだろう」
「さようで」
差し出された貴族年鑑を手に取った俺は、いいことを思いついたとバスチアンを見る。
彼はふわりと茶色の髪を揺らし、心得たとばかりにコクリとうなずく。
「何かを思いつかれたのですね、デューク様。とても悪い顔をなさっています」
いやだから、いいことを思いついたんだっつの。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回の更新は週なかばになりそうです。(ペコリ)




