7、戦う辺境伯とシャチクたち
カオリは焦っていた。
なぜ忘れていたのだろう。小説の中で辺境伯が主人公の後見人になったとき、彼の館を本拠地として活動することにはなってはいなかった。
小説で自分たちが本拠地にしていたのはダンジョン近くにある農村で、その村は魔獣の群れに襲われることとなる。
なんとか主人公たちは魔獣を退治するのだが住んでいた家を壊されてしまい、それを聞いた辺境伯は、魔獣を退治してくれた礼として館への逗留をすすめるという流れになるはずだった。
「姉さん! 急ぐのはいいけど、魔力を使ったらダメだよ!」
「ダメだよ! 村が襲われちゃう!」
「ハァ、ハァ、カオリ姉さん、気持ちはわかる、けどぉ」
「だって……!!」
あの村の人たちは、どこの者かも分からない自分たちにとても親切にしてくれた。やさしい言葉をたくさんかけてくれた。
着の身着のままで逃げてきたカオリたちは元の世界の服を着ていたから、さぞ怪しかっただろうに。
「落ち着いたら、ダンジョンの素材を持ってお礼に行くつもりだったのにっ……ううっ……」
「姉さん……」
「ゼェ、ゼェ」
身体能力が上がっているとはいえ、もともと運動神経のいいカイトとカオリに、ユウコは補助魔法を使ってもついていくのがやっとだ。
彼女の様子を見て、冷静になったカオリは立ち止まる。もし怪我人が出れば必ずユウコの力が必要になるため、彼女を置いていくわけにはいかない。
深呼吸したカオリは索敵魔法で魔獣の気配を探ると、遠くにいくつか感じられた。
「まだ村に着いていないみたい。よかった。間に合った」
「魔獣を退治しようにも、どうやっておびき寄せれば……」
「ハァ、ハァ、カオリ姉さん、小説だと、どういう魔獣だったの?」
「狼だったと思う」
「じゃあ、こういうのはどうかな」
俺は懸命に思い出す。
確か小説の序盤だと、主人公たちは持っている能力をほとんど使いこなせていないはずだ。
「だぁぁ、もうっ、なんでおとなしくダンジョンに潜っててくれないんだっ!」
さんざん鍛えた剣の腕に、精霊魔法をのせて魔獣をスパスパ斬っていく。
村に向かってこない魔獣たちを追いかけて倒すため、やたら時間がかかってしょうがない。
「これは……なんの匂いだ?」
『同胞が力を貸している』
「香が?」
『匂いを風に乗せたようだ』
狼が好むのは……まさか、血の匂いか?
そんなものを撒いたら大変なことになる。いくら姿かたちが狼でも、元の世界の動物とは異なる存在だ。
「ダメだ。やめさせろ」
『了。おおかた風の魔法でも使われ、嬉しかったのだろう』
精霊は自分と同じ属性の魔法や現象を見ると喜ぶ。
おすまし顔の羽矢風も、嵐になるとはしゃぎ回ったりするからね。……まぁ、精霊はなんとなく性別が分かるくらいで、顔はあまりよく見えないんだけど。
「楽久、壁作っておいて。羽矢、匂いの風を集めてきて」
『了』
『ん』
さて、俺はカオリたちの様子を見ておくか。
カイトとユウコもいるし、群れじゃなきゃ大丈夫だろうけど。
『主、我らは働きすぎではないか?』
「え? ああ、まぁ、そうかなぁ……ははは……」
『羽矢、これでぼくらもシャチクになれるねー』
『うむ。報酬を得ずに馬車馬のごとく働く。これぞシャチク道なれば』
報酬はしっかり払いますよ! 人聞きの悪いことを言わないでください!
なぜ気まぐれな精霊がここまで働きたがるのか。
それには、深くもないが浅くもない理由がある。
俺が契約時に前世のブラックな会社の話をしてから「今のは悪い契約の見本だ!」と言おうとしたところ、なぜか精霊たちが「悪い(ブラック)な契約」のほうに食いついてきたのだ。
最近では「キュージツシュッキン」をしてみたいなんて、恐ろしいことを言われる。
やめて。おじさんの古傷が痛むから、マジでやめて。
彼らがこんなんなっちゃったのも、俺が原因なのかもしれないけど……。
その時、体に流れる血がぶわりと騒いだ。
無意識に五文字の名を呟き、その方向へと走り出す。
腕を振れば木々は倒れ、やがて元の位置に戻るだろう。俺の意思は今、呼び出した精霊と繋がっている。
ガルルオオオオオオン!!
魔獣の吠え声と、かすかな悲鳴。
迷わず飛び込んだ俺は、その勢いのまま手に持つ剣を一気に振り抜く。
「うぇっ!? 辺境伯、様!?」
「馬鹿者!! なぜこんなところにいるんだっ!!」
振り向いたカオリの向こうには数体の魔獣がいて、カイトが戦っているのが見える。
つい大声で怒鳴ってしまったけど、今はそれを反省している場合じゃないな。
「あ、あのっ……」
「話は後で聞こう。行くぞ『鎮守森乃王』」
森の中から出てきたのは、軍馬の倍はある巨大なヘラジカのような動物だ。
ちなみにこの名前は俺が考えたんじゃないぞ。
もともと奴が持っていた名前だからな。断じて厨二的な何かではないぞ。
魔獣の攻撃に武器を落とし、噛みつかれそうになったカイトは転がって避ける。そこに割って入る森乃王は、その巨体を軽くゆすっただけで魔獣を弾き飛ばした。
「はぁっ!」
飛んできた魔獣をひと振りで斬り伏せると、不利を悟ったのか逃げようとした一匹をカイトが仕留めた。
ちなみに魔獣の群は、当初の予定通り羽矢風と楽久土が「シャチクパワー」で倒している。
本当に、よく働く精霊だな。
危険はなくなったと分かったのか、気が抜けてふらりと倒れそうになったカオリを抱きとめてやる。
前世とは違って鍛えているから、これくらい軽いもんだ。
「ふぁっ!? え、ちょ、だ、だいじょぶですから!!」
「気にするな」
なぜか挙動不審になるカオリを問答無用で抱き上げると、呆然としているカイトとユウコに向かって言う。
「領主館に戻るぞ。言い訳を聞いた後で、しっかりと説教をしてやろう」
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