6、魔獣の群れをなんとかしよう
予想通り、というか予定通り王都から監査官が派遣されてきた。
純粋な目で俺を見てくる、王子風イケメン監察官め……俺が過去の魔獣退治でやらかしたことを暴露しやがって……。
この件については、バスチアンから小一時間ほど説教をくらった。詳細は割愛させていただく。ぶるぶる。
ていうかさ。
なんで主人の俺を説教できるのか、こちらが問いたいくらいだ。そりゃ、無理して心配させるようなことをするからなんだけどな! 反省も後悔もしないけどな!
あ、なんでもないです。反省してますごめんなさい。
監査官の彼は、カイトたちが館に戻り再びダンジョンへ向かう時に同行したいという。俺はカイトたちが了承すればいいと許可を出しておいた。
ダンジョンが世間に公開されるまで、発見者であるカイトたちが独占することになる。独占は長くて一ヶ月という決まりがあるが、発見者が了承すれば公開を早くすることもできたりするのだが……。
「カイト様であれば、あっさり公開することを了承しそうですね」
「だよなぁ。アイツら馬鹿みたいに人がいいからなぁ」
「デューク様も人のこと言えませんけどね」
「あん?」
「我らのような孤児を拾って育てるなど、貴族の道楽と言うには苦しいかと」
「そうか?」
俺は身分関係なく、優秀なやつを雇いたいだけなんだけど。俺の仕事が少しでも減るようにね。
それはともかく……。
「またお客様が来られるようですが、いかがいたしましょう」
「そうだな。もてなしかたは俺が考えておこう」
気配を消せていたと思っていたのだろう。ふわりと風にのって二つほど人の気配が感じられる。
バスチアンがお茶を用意しようとするのを俺は目で制した。お客さんのこともそうだが、今夜は「用事」があるのだ。
「おやすみになられますか?」
「ああ。仕事はしないで『ひとりで寝る』ことにするよ」
「かしこまりました。ごゆっくりおやすみくださいませ」
丁寧に一礼したバスチアンは、音もなく部屋から出て行く。俺は残っている二つの気配に苦笑する。
動かないということは、俺を見張るのが仕事か? 無駄だと思うが、あまり無理せずに頑張ってほしいものだ。
俺は寝巻きに着替えベッドに潜り込むと、部屋の中で暇そうにしている色とりどりの精霊たちを念で呼びよせる。
(ここで俺のフリをできる子はー?)
『ハーイ!』
『ハイ!ハイハイ!』
『デキルデゴザル!』
なぜか武士っぽい精霊がいるが、とりあえず三つ集まったのは良かった。名前は欲しがっていないから、短期契約として俺のフリをしてもらうことにする。
精霊ってやつは意思疎通がうまくいけば、わりと何でもできる存在だ。あのバスチアンさえも誤魔化すことができる、凄まじいイリュージョンを作り出せたりもする。
擬態を作ってもらう間、自分自身にも魔法をかけるため仲良しの契約精霊に念でお願いをする。
(気配隠しと音隠しをかけてくれる?)
『了』
俺だけじゃなく、周囲にも精霊魔法の力を感じる。もちろんそれは、同じ精霊使いでも感じられないほどの小さなものだ。このことだけでも精霊魔法は特殊だと分かる。
魔法をかけてから姿を現したのは、風の契約精霊『羽矢風』だ。
『主よ、先程は同胞に名を付けていたな。なぜ我を呼ばない?』
「羽矢は俺の精霊だろう? 香風は彼女の……カオリのために出てきてもらっているから」
『なるほど。溺愛というやつか』
「どこでそんな言葉を覚えたんだ! せめて過保護と言って!」
『さっき執事が言っていた』
「バスチアンこんちくしょう」
寝巻きから動きやすい服装に着替えた俺は、外套を羽織り堂々と外を出て行く。羽矢風が幻影をところどころで見せているから、俺の部屋に潜んでいる奴らにはバレていない。
「追いかけてくるのは?」
『無』
「よし、では急ごうか。運んでくれ」
『了』
風の力で運ばれた俺は、やや酔いながらも数分でダンジョン向こうにある村へたどり着いた。
夜の農村は静まりかえっていて人の姿も見えない。ポツリポツリとある家の明かりはすでに消えている。
「さて、狼型の魔獣が五十体だから、もうちょっと呼んでもいいか。おーい、『楽久土』は来れる?」
『ずっと、いる』
「うおっ!?」
立っている俺の両足の間に、ボコッと顔が出てくる。
怖い! 怖いよ! ホラーだよ!
『楽久、あまり主を驚かせるな。主は風が草を揺する音でも、悲鳴をあげるほど繊細なのだから』
『ごめん』
「子どもの頃の話だろうが! ほら、キリキリ動け!」
『精霊の使いが荒い主だな。では、足止めを頼むぞ楽久』
『うん』
風にのって多くの気配を感じる。
予想どおり魔獣の群れらしきものは、まっすぐこの村に向かってきているようだ。
「ん? どうした?」
群れからいくつかの気配が外れていく。
おかしい。魔獣は人を好むから、全部がここに来るはずなのに……。
『主! 名付けの同胞が呼んでおる!』
「はぁっ!?」
俺が名付けた精霊たちは、その中で個別に連絡を取り合うことができる。細かいことはよくわからないが、精霊は名前がつくと「できること」が増えるらしい。
風は伝達能力が高い。つまり……。
「まさか、カオリ!?」
とある農村に魔獣の群れが襲いかかる、半日ほど前。
仲間のカイトとユウコと共に、ダンジョンへと足を踏み入れたカオリは「小説に書いてあるとおりだ」と思っていた。
どれだけ進んでも、なぜかうっすらと明るくジメジメしていない。不思議と清潔感があるのは、ダンジョン特有のシステムだからだろう。
魔獣が出ても倒せば砂となって消え、たまにアイテムを落としていくことがある。
探索に入った人間も死んで時間がたてばダンジョンに飲み込まれてしまうらしい。ここで死ぬのは嫌だなと、カオリは身震いした。
索敵の魔法を使っているカオリに、カイトは声をかける
「姉さん、索敵以外に魔法は使わなくていいから」
「大丈夫?」
「なるべく俺が頑張るよ。ユウコもいるから怪我をしても大丈夫だろうし」
「怪我をしたら意味がないじゃない。ユウコちゃん、補助魔法をお願い」
「了解っ!」
ビシッと敬礼するユウコに、カイトは過保護だなぁと苦笑する。
彼らは知らない。自分たちを上回る過保護パワーを、彼らの後見人である辺境伯が発動しているということを。
「うーん、索敵魔法も結構疲れるかも。省エネっぽくならないかなぁ」
「やっぱりもっと魔法を勉強したほうがよかったんじゃない?」
「カイトは勉強が好きだよね」
うんざりした顔のユウコは学校の成績はそれなりにいいが、勉強することが嫌いな子だ。親からも「やればできるのに」と言われることが多いが、本人は「やらなくても死なないでしょ」というスタンスだ。
あれこれ言っているうちに、ゼリーのような魔獣が数体出たところで下へ続く階段を見つけた。
「姉さん、階段の近くは安全な場所だったよね?」
「ちょっと休憩しようよー」
「そうね。あまり無理はしないほうがいいと思う。今日はここで泊まることにしようか」
「さんせーい!」
「姉さんがそう言うなら」
ダンジョンを発見したときに少しだけ入ってみたが、ここまで長時間探索することは初めてだ。最初は無理せず、一泊したら帰ると決めていた。
寝床を作ろうとしたカオリだったが「あーっ!?」と声をあげる。
「声が大きいよ姉さん。いくら安全な場所でも……」
「カ、カイト! どうしよう! 村が!」
「村?」
「私たちが拠点にする予定だった村が! 襲われちゃう!」
お読みいただき、ありがとうございます!
連休が終わりましたので、激務にもどりますん……