30、世界を渡った者たち
目が覚めた私は、そこがどこなのか一瞬混乱したけれど、すぐに現状をを把握した。
「病院か……元の世界の」
不思議と体は痛くない。
それもそうだ。私は……私たちは怪我ひとつない状態で、帰ってこれたのだから。
横を見れば、弟のカイトと幼馴染のユウコちゃんがいる。あの時の事故にあった人間が三人同じ部屋にいるんだなぁと思ったところで、はたと気づく。
「先輩……」
あの日、あの時。
私を事故から守ってくれた先輩。
異世界に強制召喚された私たちは無事だったけれど、先輩はいなかった。
「あら、目が覚めたんですね。どこか痛かったり、おかしいところはありますか?」
「だいじょうぶ、です……」
巡回の看護師さんが、優しく声をかけてくれる。
格好はもちろんワンピースドレスとかじゃない普通の服装だ。
「先生を呼んできますね」
「あの! 先輩……事故に巻き込まれたときに、私の近くにいた男の人は?」
「男の人、ですか?」
看護師さんの痛ましげな表情を見て、私はすべてを悟る。
そうだ。
小説には、こう書いてあった。
『あんなに激しい事故だったとは思えない、まるで眠っているかのような……』
キャラクターのひとりが私と同じ名前だったからって、本を貸してくれた先輩のちょっと照れた笑顔。
いつも、いつでも守ってくれていた。
仕事で落ち込んでも、仕事が忙しくて会えなかった彼氏に振られても、先輩はいつだって……。
「ふぅっ、うぇ、うぐぅ」
戻ったって、先輩が助からないことは分かっていた。
物語の結末は残酷で、それでも異世界の私たちは「物語どおり」に進んでいなかったから、つい、期待してしまったんた。
「せんぱい……」
物語の結末は、変わらなかった。
「落ち着いてください。今、先生を呼びますからね」
「うわぁぁぁん! せんぱいぃぃぃぃ!」
号泣する私の泣き声で、カイトとユウコちゃんは目が覚めたらしい。
この後、看護師さんと三人がかりで慰めてくれたんだけど、散々泣いた私は糸が切れたように再び意識を失った。
事故の後処理として警察からの事情聴取、病院の検査やなにやらが重なって、私が解放されたのは起きてから一ヶ月ほどたってからだ。
諸々のせいで先輩のお葬式に出席できずにいたのだけど、逆にそれは私の心を少しだけ軽くしてくれた。
「お世話になったのに挨拶もしないとか、先輩に怒られちゃうかなぁ」
ブラックな会社は、さっさと辞めた。
もともと先輩がいるから続いていただけであって、彼がいない会社に未練はなかった。
「さてと、しばらくは実家で世話になりながら、職探ししないとね」
小説では主人公が元の世界に戻って、ユウコちゃんと二人でまたアレコレあるみたいな終わりかただった。
主人公の姉である私は、先輩の死を乗り越えてバリバリ仕事をしていくみたいなことが書いてあったけど……。
うん。確かに、バリバリ仕事はできそうなんだよね。
異世界に行く前は平凡な会社員をやっていた私だけど、戻ってきたときにカイトが言ったんだ。
魔力が、そのまま残っているって。
魔法は使えた。魔力は寝たら回復した。
異世界みたいにバンバンつかえないけれど、明らかに人外的な能力が私たちに備わっている。
カイトは身体能力が劇的に上昇していて、本人は「人を守る仕事がしたい」と大学受験の猛勉強中。
ユウコは治癒力を高める力があって、人知れず看護師となり重症の患者さんを助けたいと、やっぱり猛勉強中。
そして私は、ありとあらゆる言語を話せるし、読み書きできるようになっていたのだ。
通訳みたいな仕事はもちろんできるけど、それよりもすごいことが起きていた。
『最近は、どうも我らを軽んじている人間が多すぎる』
「そうですか?」
『お主は別よ。我らと話をしてくれるでな』
「かの世界で精霊と話すよう、頑張っていたのが報われましたー」
『ふむ。精霊といえば、裏の森に木霊がおるな』
「そうなんですね。天狗様、色々教えてくれてありがとうございます」
この神社で祀られている天狗様は話好きのようだ。
ありとあらゆる言語を理解できる能力は「人ならざる者」に対しても有効で、もともと日本にいる「妖」や「付喪神」のような存在と話すことができた時には驚いた。
そして、現代日本においても「異界」という存在があることを知った私は、彼らと話すことにのめり込むことになる。
私が選んだ仕事はルポライターで、依頼された地域で起こった出来事を記事にする仕事をしている。
先輩ともう一度会えるとは思えない。
それでも、彼らの言う「異界」は、何か心惹かれるものがあった。
『そういえば、お主と同じような人間がおったぞ。我らの言葉を理解する人間が増えるのは、喜ばしいことぞ』
「へ?」
神社の石段を降りていた私は、天狗様の言葉に思わず振り向いたところで、体がぐらりと傾いてしまう。
雨に濡れた石段とスニーカーの相性はもう……。
落ちることを覚悟した私の視界に、キラキラな銀色が入り込む。
それは懐かしい、あの人の……。
「もう、気をつけないと怪我をするヨ」
「ん?」
しっかり抱え込まれた私の頭に、呆れたような声が降ってくる。
「蛇苺!?」
「お母様、気をつけてネ」
「あ、はい、いや、そうじゃなくて……」
「お父様に言われて、ずっと影にいたから退屈だったヨ。この世界は平和だから、お母様に危険とかないんだネ」
「危険?」
「お母様に危険があったら出てこれる術式が魔道具に組まれていたかラ」
「一体どういうこと?」
銀色の髪を揺らし、赤い目を細めて説明してくれた。
「お父様が『物語にほとんど出てこないお前なら可能性がある』って言ってタ。だから、もう大丈夫だヨ」
そう言って異世界から来た息子は、私の頬を指で撫ぜる。
「お母様、泣かないデ」
蛇苺に触れられて、私は自分が泣いていたことに気づく。
だってずっと、かの世界は私のそばにいたってことでしょ? こんなに、いっぱい探していたのに……。
耐えきれずに大声で泣き出す私を、息子はおろおろしながらも宥めてくれた。
うん。息子がいてくれるなら、心強いよ。
私、もっともっとがんばれるよ。
だから、見ていてね!
先輩!
「ほら、呼ばれてますよ『センパイ』様」
「うるさいぞバスチアン。出て行くタイミングを逃したとか、間抜けにもほどがある」
カオリがさらに大泣きするまで、あと、もう少し……。
完結です。
ありがとうございました。
感想で「もっと続いて欲しい」と言ってもらえて、すごくすごく嬉しかったです!
そして仕事が忙しく、更新が遅くて申し訳なかったです。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!!!!




