23、戻ってきた(社畜な)日常
部屋の中で聞こえるのは、紙をめくり文字を書く音。
書類を確認し終え、印章を手に取った俺は、虚ろな目をバスチアンに向ける。
「平和だな」
「そうですねぇ」
「うちの領地だけを見れば、だが」
「そうですねぇ」
「あと、どれくらい残っている?」
「そうですねぇ」
「おい、寝るな」
バスチアンは声をかけないと、仕事をしながら寝てしまう。
それでも書類内容に間違いはないところが怖い。こいつ、本当に人間か?
「失礼ですね。私は人間ですよ。蛇苺じゃあるまいし」
「まぁ、あいつはちょっと魔に属するところに片足つっこんでるからな」
「片足ですか? 結構深いところまで入っていそうですけれど」
そう言いながら、取りまとめた書類を俺の机にドサリと置くバスチアン。うう、まだこんなにあるのか。
「はぁ……ひと息つけたい。茶を頼む」
「かしこまりました」
領主館は静かだ。
カイトとユウコ、そしてカオリはダンジョンに潜っている。王都からついてきた『元・何でも屋』の蛇苺は、なんとなく三人と一緒に行動しているらしい。
なぜ「なんとなく」なのかというと、カオリが一人になると姿を見せるからだ。
奴が言うには、家族にしか心を許してないからとのこと。
カオリの弟のカイトはどうなんだって話になるが、そこは家族に入らないそうだ。かと思えばバスチアンの前には出てきたりするから、わけがわからん。
「そろそろ、ダンジョンの成長期に入るだろうから、カイトたちは別のダンジョンに移動したほうがいいだろう」
「よろしいので?」
「いつまでもここに留めておいてもな。それに、彼らはもう弱くはない」
「まだ、強くはないでしょう」
「それでも、だ。……俺がついていくわけにもいかないからな」
せっかく物語で終盤に敵として出てくる『何でも屋』がいるんだ。そう簡単にはやられないだろうし。
ちなみに俺と奴の絡みは、物語内ではないものだった。
カイトたちが王都へ向かってから、辺境伯の出番は少なくなっていくからね。
そう。
徐々に出番がなくなっていく辺境伯は、ある日、再び登場することになる。
「報告を」
『南、異常なし』
『北の森に人間たちが少しいた』
『西はいつもと同じ。おいしい果物を見つけたよ』
『東の街道で、主の土地に住む人間が襲われそうになっていたので、縛って転がしておきました』
「バスチアン」
「部下から報告が入っております。現在、取り調べ中ですので、報告書は後ほどとなります」
「わかった」
精霊たちは学習能力が高い。というよりも、俺と契約してくれる精霊たちは、ほとんどが学びの姿勢を持っていた。
そして報酬を受け取ってもらえないことが多くなってきている。
うちはブラックじゃないから、ちゃんと受け取ってほしい。いいから受け取れこのやろう。
俺が精霊たちに茶菓子を押し付けていると、バスチアンに緊張が走る。
「デューク様」
「ああ、わかっている」
執務室の隣には魔法陣だけ置かれた部屋がある。
滅多にないことだが、それが起動した気配がしたのだ。
これだけはバスチアンに任せられないため、俺がひとりでその部屋に入ることになる。
部屋には家具も置かれず窓もなく、壁と床と天井が正方形になるよう造られていた。部屋の真ん中には、丸く幾何学模様で魔法陣が描かれている。
起動し終えたばかりの魔法陣は、まだうっすらと光っていた。
「手紙と……なんだこの荷物は」
ここの魔法陣は王城と繋がっている。王都で緊急事態が発生した時、素早く連絡がとれるよう開発されたものだ。
生き物は無理だが、手紙などの無機物ならやりとりすることができる。
「いったい何があったんだ?」
カオリちゃんたちの服が出来たので送ります。
服を着たら、カオリちゃんに「かわいいね。愛してるよ。ちゅっ(はぁと)」ってしないとダメよ。
キャー! いやーん! デュークのえっちー!
姉より。
くしゃりと手紙を(物理的に)握りつぶした俺は、無言で部屋を出る。
ああ、バスチアンのいれてくれた紅茶はおいしいなぁ。
「お母様、どうしたノ?」
「思い出したの。そろそろ隣の国が怪しい動きをするはずなのよ」
「そろそロ?」
「うん。具体的にどうっていうのは説明できないけど、とにかく隣の国……えっと、ゲススギール帝国には注意してって、デューク様に伝えてほしいの」
「ふぅン?」
王都で私を誘拐した『何でも屋』は、なぜか私を母親のように慕ってくれている。
あの時は幼女の姿だったから、大人の姿になったらやめるかと思っていたけど、変わらず「お母様」と呼んでくれた。なんか、ちょっと嬉しい。
そんな彼は、私が一人になると現れる。
今もカイトたちとダンジョンを探索しているところ、見張りで私だけ起きていたらヌルッと出てきたよね。ヌルッと。
「来るときは私たちについてきたんだろうけど、ダンジョンから出るのに単独で行動するとか、大丈夫?」
「単独行動は慣れるし平気だヨ。でも、言わなくてもお父様は知ってると思うけド」
「知ってるって、何を?」
「そろそろ隣国が動き出すってやツ。お父様も言ってたかラ」
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