21、なんでもする、何でも屋
神様からもらった力があるし、そう簡単にやられたりしないだろうなんて、油断していた私はバカだ。
「傷つけるなってことだかラ、おとなしくしていれば何もしないヨ」
「……ここ、どこ?」
「とある貴族様のお屋敷サ」
あの時、バスチアンさんの結界を解いたことを、私はすごく後悔している。
男の放つ殺気は、それなりに強くなったと思い込んでいた私の心を、バッキバキに折ったんだ。
目の前にいる男の表情は仮面のように動かない。開いているか分からないくらい細い目と不自然に上がった口角、体は痩せて見えるけど、よく見ればしなやかな筋肉に包まれているのが分かる。
たとえるなら蛇だろうか。
音も気配もなく私の首にするりと近づき、金属のようなものを押し当てて「この袋に入れ」と囁く声は、ひどく穏やかだった。
怖かった。
従うしかなかった。
だって、そうしないと殺されてたから。
そして今、とある貴族様のお屋敷とやらに連れてこられた私は、檻の中に入っている。
「……いつ出られるの?」
「さぁネ。出たいからって、この中で魔法は使わないほうがいいヨ」
あの有能なバスチアンさんから魔法学を教わっていた私だけど、さすがにこの「何の変哲も無い檻」から出ようなんて思わない。
「……おとなしくしてる」
だって私が魔法を使う前に、殺されちゃうから。
表立っては余裕のあるように見せていた俺だが、香風の「見た」ものから情報を得て、一瞬目の前が真っ暗になった。
しかし、すぐに立ち直ったのは、ヤツの依頼が「彼女を連れてくること」だったからだ。
「場所は特定できているのですから、すぐに乗り込んでは?」
「それはできない」
「なぜです?」
「カオリ殿をさらった相手は、あの『蛇苺』だ」
「なっ!? カオリ様はご無事なのですか!?」
「落ち着けバスチアン、彼女はまだ生きている」
いつも飄々としているバスチアンが、ここまで動揺するのは無理もない。闇の世界で名高い『蛇苺』は、どんな依頼も完璧にこなす『何でも屋』だ。
依頼料は高額だが、探し物から暗殺まで手広く仕事をしてくれる。
そして、依頼の達成率は100%という、驚異的な数字を叩き出している男なのだ。やばすぎる。
俺の言葉で即冷静になったバスチアンは、小さく息を吐いた。
「つまり、デューク様が動かないことで、カオリ様の安全が確保されるということですか」
「そうだ」
誤算だった。
俺の結婚云々が、まさかここまでの騒ぎになるとは……。
「カオリ様は、大丈夫でしょうか」
「下手に魔法を使えば殺されるだろうな。だが、お前の生徒がそれを理解できないことはないだろう?」
「ええ。魔法学の基礎をしっかりと教えましたからね」
カオリなら分かってくれているだろう。
相手の力量を測ることが、最悪の状況から脱出できるひとつの手だということを。
それでも……。
「今すぐ、助け出してやりたい」
「デューク様……」
あの男の近くにいるということは、ある意味、彼女の安全を意味している。
彼は依頼を「完璧に」遂行させるからだ。
そう。
目の前の男は、完璧主義なんだろうなって思うんだ。
「なぜなの! なぜ殺さないのです!」
「依頼は女の子を連れてくること、逃げたら殺すこと、だよネ?」
「そうよ! 私は依頼したのよ! 私の命令どおり殺せばいいと言っているじゃない!」
「分からない人だネ。だから言ったでショ。依頼は連れてくる、逃げたら殺すだってサ」
「お前がやらないなら私がやるわ! そこをどきなさい!」
「ダメだヨ。依頼なんだかラ」
「もう!! いったいなんなのこの男は!!」
頭を掻きむしって地団駄を踏んでいる、とある貴族さんとやらが気の毒になってきた。
よく覚えていないけれど、どこかで見たことのある肉まんじゅうだ。
「あのー、暗殺者さん?」
「蛇苺って呼んデ?」
「えっと、蛇苺さん。肉ま……依頼主さんの言うことを聞かなくていいんですか?」
「君をここに連れてきて、君が逃げたら殺すってやつでショ? 依頼どおりにやってるヨ?」
「はぁ、そうですか……あはは……」
こんな切羽詰まった状況で、なぜか笑ってしまう私に、蛇苺は細い目をわずかに開いてみせる。
ちらりと見えたのは、血のような赤色。
一瞬、傷かと思って驚いた。
「呪われてる目だヨ」
「え? 蛇苺さん、呪われているの?」
「別ニ。これを見て、そう言う奴らがいるだけダ」
その傷みたいな目をもっとよく見たいけど、この檻から出れば殺されちゃうからなぁ。
つらつら考えていると、肉まんじゅう女がどこからか武器を持つ男たちを連れてきた。
「お前がやらないなら、こっちで始末する! どきなさい!」
「ん? なぜダ?」
「依頼は終わりって言ってるのよ役立たず!」
「終わり……ネ」
貴族の女が重たそうな袋を床に投げると、口の部分から数枚の金貨が転がっていく。
真っ赤な目、そして、デューク様と同じ銀色の髪。
ひょろりとした体を折り曲げるようにして、金貨の入った袋を拾った彼は楽しげに笑う。
貴族の女が連れてきた武器を持つ男たちに向かって、胸に手を当てて優雅に一礼してみせた。
「それでは皆さん、ごきげんよウ」
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