17、前世に翻弄される辺境伯
移動時間に仕事を持ち込まなかったせいか、鏡を見た自分の目の下のクマが薄くなったことに気づく。
馬車の中でご満悦な俺に、バスチアンが盛大なため息を吐いてみせた。
「なんということでしょう。これではデューク様の男前が上がってしまいます」
「残念みたいに言うな」
「世のご婦人方に騒がれますよ」
「それは残念だ」
前世では「イケメンに死を!」などと思っていた俺が、変われば変わるもんだなぁ。
王都に到着して三日後。
思ったよりも早く国王と謁見ができるとのことで、朝からしっかり礼服を着ているせいか肩こりがつらい。礼服だけならともかく勲章から何やらをつけているから、けっこう重たいんだよね。
ちなみに、勲章やメダルをどこに着けるのかとか覚えてない。全部バスチアン頼みだ。
「一応貴族のたしなみですから、覚えておきましょう」
「勲章の意味くらいは分かるし、今日は他の貴族と会わないだろう?」
「では今日中に覚えないと。明日からデューク様は『貴族の方々が集う茶会』に参加するのですから」
ああ、そういやそうだった。面倒くさい。
某テーマパークの城ではなく、岩を切り出して造られた灰色の武骨な建物が見えてくる。
南のほうにある国の、やたら華美な城と比べると観光客にガッカリされることが多いが、この城は内側がすごいんだよね。
絨毯が敷かれた広く長い廊下は壁も天井も一面に絵が描かれていて、この世界の神話が丁寧につづられている。
王都は嫌いだけど王城は好きだ。
壁画もそうだけど、置いてある調度品なども毎回来るたびに圧倒される。詳しくない俺が言うのもなんだけど、芸術っていうのはどの世界でもすごいと思わせるものなんだなぁって思う。
城に仕えている兵士に案内された俺とバスチアンは、謁見の間に通される順番待ちのための部屋に通される。
「あれ? いつもより広くないか?」
「そうでしょうか」
いや、広いよ。明らかにいつもの倍は広い部屋だよ。
バスチアンが気づかないわけがない。
「おい、何を企んでいる?」
「企むなぞ滅相もございません。主人を思い、日々尽くさせていただいております」
「お前、それで誤魔化せるとか思うなよ」
しれっとした顔のバスチアンを睨みつけていると、何者かが部屋に近づく気配がした。
ドアが開くと同時に『伯爵仮面』をつけた俺は、飛び込んできた小さなものを優しく受けとめてやる。
「デュークさま!」
「やはりカオリ殿か。なぜここに?」
「おうさまがここにデュークさまがいるからって!」
開けたままになっているドアの向こうから、謁見の間で会う予定の王と王妃が姿を見せる。
淡い栗色の髪をした美丈夫と、銀色の髪に紫の瞳をした美女……俺の姉だ。
「久しいな、デューク」
「去年会った時よりも、少しだけ顔色が良いようですね」
「陛下……」
慌てて膝をつこうとすれは、そのままでと止められてしまう。
バスチアンは奥のテーブルとソファーのあるスペースで「お茶会」ができるようセッティングをしていやがった。ちくしょう、やはりコイツの企みだったか。
「バスチアンを責めるなよ? こやつは主人を思って行動し、私と妻は幼馴染であり弟でもあるお前を心配していたのだからな」
「分かっておりますよ。それよりも一体カオリ殿を巻き込んで何をしようというのです」
なぜか頬どころか耳まで赤くしたまま固まっているカオリを心配しつつ、俺は幼馴染の王様に問う。
「なかなか会えないのは王都が騒がしすぎるからだろう。そこをなんとかする作戦をたてたのだが、カオリ殿の協力が必要不可欠でな」
「ねぇデューク、生まれ変わりってあるでしょう?」
姉の言葉に思わず体を強張らせてしまった俺に、国王たちは気づかなかったようだ。横目でバスチアンを見れば、相変わらずしれっとした顔でお茶のおかわりを注いでいる。
マジでおぼえてろよ。
「生まれる前の記憶がある、いわゆる前世があるというものですよね」
「そうだ。我が国では神官長が記憶持ちと言われているな。国家機密だが」
おい、今その機密とやらをスルッと言わなかったか?
すると姉が隣に座る美丈夫の足を踏みつけ、ぐぬぬと悶える男を放置したまま輝かんばかりの笑顔を俺に向けてくる。
うむ! 嫌な予感しかしないぞ!
「その前世をカオリちゃんが持っているってことにしてね、デュークの元恋人だったってことにするのよ!」
「はぁ!?」
「ふぇ!?」
「イタタ……ほら、デュークは放浪しながら魔獣退治をしていた時期があるだろう? その中に、ドラゴンから村娘を助けようとしたが、最後の一撃を避けきれなかったところを村娘が代わりに受けたという話があったじゃないか。それを利用しようと思ってな」
「ちょっと待て! 人聞きの悪いことを言うな。俺は村娘から庇われたことはない」
あまりのことに思わず口調が荒くなってしまうが構うものか。
何よりも、カオリが俺を見て泣きそうな顔になっているじゃねぇか。どうしてくれるんだ。カオリを泣かせるヤツは王でも容赦しねぇぞ。
「デュークさま……?」
「違うぞカオリ殿。ドラゴンから助けたのは若い男だったし、最後の一撃どころか最初のひと振りで首を切り落として倒したから、王の話は事実ではない」
「ドラゴンの、きりおとし……」
A5ランクの上質なお肉でした。
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