13、辺境伯の苦手なもの
降臨祭とは、この領地に神や精霊たちが降臨したことという言い伝えをもとに、毎年開催されるこの町の一大イベントだ。
近隣の町や村の人間が領主館のあるこの町に集まり、大規模な祭になるため観光客も多い。
そう。
すごく、人が、多い。
「おかしいな。毎年ここまで人が多くなかったはずだが……。ダンジョンのせいにしては、身なりのいい輩が多いな」
「あそこにいる商人に聞いてみたのですが、どうやら王都から貴族たちがお忍びで来ているようですよ」
「商人にバレている時点で、まったく忍んでいないのでは」
「ははは……」
なんとなく嫌な予感がした俺は、乾いた笑いを浮かべるアレクに問う。
「他に何を聞いた?」
「ええと、なぜかウェスター辺境伯が嫁探しをしているらしいと……」
「なぜそうなる?」
「最近、客として館に住まわせている女性たちは嫁候補ではないか……という噂が」
思わず頭を抱えそうになったけど、前を歩くカオリとユウコがこちらを振り向き笑顔で手を振ってくるから、あわてて笑顔を作って返す。
「すまないカイト。君の姉君と友人が噂になってしまったようだ」
「俺は大丈夫ですよ。デューク様のほうが大変だと思いますし」
「カイトたちのことは極秘になっているはずなのに……」
俺のことを思いやってくれるカイトの隣で、アレクは解せないという風にひとり呟いている。
あまりにもピンポイントの内容だから、作為的に噂が振りまかれたような気がするな。
後で働くことが大好きな精霊たちに調べてもらうか……。
細かいことは後で考えることにして、今は祭りを楽しむことにしよう。
異世界といっても中世ヨーロッパの文化……ではなく、北欧の田舎町のような家が建ち並んでいる。
食材も元の世界と同じようなものがあるし、料理もひどいものではないが、ちょっと味が濃いめなのが難点だ。
普段は静かなこの町も、祭りになれば大いに賑わう。
いたるところに屋台があるし、他国からの怪しげな物産店があったりでなかなか楽しい。
品物はピンキリで、怪しいものも多いから騙されないように気をつける必要がある。
「そこの綺麗なお嬢さん、ちょっと見ていってくれないかい?」
「え? き、綺麗?」
「カオリ姉、こういう商人さんは皆さんそう言うんだよ」
「し、知ってるし! わかってたし!」
いや、絶対わかっていなかっただろうと俺たちはカオリを見ると、彼女は顔を赤くして下を向いてしまう。
うん。かわいい。
「辺境伯の嫁候補は噂だと、言いづらくなるね、カイト」
「姉さんが幸せなら、それでいいんですけどね」
アレクとカイトの会話を聞きながら、俺はカオリが商人に口説かれているのをにやにやと眺めていたら、ふいに周囲が騒がしくなってることに気づく。
近づいてくる色とりどりの布に、俺は知らず鳥肌をたてていた。
アレクさんの申し出に、一番動揺したのは私だと思う。
近くでやっている祭りを見に行こうとしていた私たちに、辺境伯デューク様が加わるとか思ってもなかった。
もちろん、このくだりは原作にもなかった……と、思う。
ここに来た当初は鮮明だった小説の記憶が徐々に薄れていくのは、流れが変わってしまったからかもしれない。
「カオリ姉、もしかしてデューク様のことが好きだったりする?」
「ふぇっ!? そ、そそそそんなことないよっ!?」
「いや、動揺しすぎだし」
確かに、小説を読んでいたときに心惹かれたのは主人公でもイケメン騎士でもなく、ちょい役で出てくる辺境伯様だった。
ブラックな企業に勤めて、ひたすら体力と精神力を削られる日々を送っていた私は、会社の先輩からすすめられた小説を読み、真っ先に辺境伯様の労働環境に着目してしまったからだ。
「意識するなっていうのが、無理だよ」
「デューク様は格好いいもんね。目の下のクマがすごいけど」
「失礼なこといったらダメだよ。きっとお忙しいんだろうし」
ユウコちゃんに「めっ」としたところで、私は人相の悪い男たちに囲まれた。
危ない! と思ったけど、屋台のお兄さんたちや楽しげに談笑していたカップルが、あっというまに男たちを叩き伏せて連れて行ってしまった。
「え、なに、今の」
「デューク様が祭りの時は警備がしっかりしてるって言ってたけど、こういうことだったのね」
さすがだと後ろを振り向けば、ものすごく困った顔のデューク様がキラキラしたドレスの女性たちに囲まれている。
すごい。すごすぎる。
「カオリ姉、あれって、一種の凶器だよね」
「見たらダメよ、ユウコちゃん。あれはもう痴女よ。痴女」
ドレスの豪華さからいえば貴族なのだろうけれど、胸のところが開きすぎていてポロンポロンこぼれ落ちそうになっている。
あれは公共の場で見せちゃいけない気がするのだけど、もしや貴族のご婦人方の間ではアレが流行りなのかもしれない。
「カオリ様それは違います。あんなものが流行っていたら、この国は終わっているでしょう」
「バスチアンさん!」
「え? なになに? 見えないよ?」
とつぜん後ろから声がして驚いてしまったけど、いつからここにいたんだろう。
ちなみにバスチアンさんは未成年であるユウコちゃんの目をしっかり手で塞いでくれていた。さすがです。
「アレは助けなくてもいいんですか?」
「辺境伯という地位にいらっしゃる方ですからね。自力で切り抜けることができる……とは思いますが、困りましたね」
「困る、ですか?」
「ええ。実のところあの方は、少々女性を苦手としてらっしゃるのですよ。あそこまで大勢の女性に囲まれたことは、今までなかったのではないかと……」
慌ててポロンポロンボインボインの真ん中にいる彼を見れば、顔色が真っ青になっている。
よく見ると震えているようだ。
あれはたぶん、すごくダメなやつだと思う。
「助けなきゃ」
考えるよりも先に、私はその肉まんじゅうの中へと飛び込んでいった。
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