12、ひと休みする辺境伯
「デューク様、本日必要な書類はここまでになります」
「ん? やけに早く終わったな」
窓の外は、まだ明るく日も高い。
いやいやこういう日もあるだろう。仕事が早く終わるとか、やることがなくて暇な日とか……ああ、仕事がなければ領地の視察でも……。
『主、見回りをしたが異常なしだ。三日後に強い風がふくから果樹園の収穫を早めたほうがいい。サービスザンギョウで頼む』
あー、そうか。精霊の羽矢風に毎日見回りしてもらってたんだっけ。
あと残業はサービスでするもんじゃありません! 残業したら、ちゃんと手当を請求しなさい!
まったく、誰に似たんだか……。
「飼い主に似ると言いますからねぇ」
「お前、精霊の声が聞こえるのか? 精霊使いでもないのに怖いんだけど」
「違いますよ。これはデューク様の心を読んだだけです」
「そっちのほうが怖い」
あれからカオリは、精霊魔法について本格的に学び始めた。
この世界にくるとき神からもらった魔法を使う才能があるものの、その力を最大限に発揮するには魔法を学び、練習をする必要がある。
精霊魔法は特殊で、体内魔力が高ければ精霊を見ることは可能でも素質がないと使えない。
「んー!」
『ガンバレー』
「んー! んー!」
『ガンバレガンバレー』
だから今も外で、カオリはひとり格闘している。
俺が守るようにつけてやっている、幼女の姿をした精霊の香風を見ようと毎日頑張っていた。
もちろん守りの精霊をつけているなんてことは言ってない。彼女には「いつも近くに小さな精霊がいる」と教えただけだ。
気合が入っているカオリには悪いけれど、精霊ってのは素質がないと見えないんだよなぁ。
「教えてさしあげないので?」
「なにを」
「精霊は気合で見れるものではないでしょう」
「そうだな……」
窓に近づくと、芝生の上でしゃがみこんだまま幼女の腹に向かって「目と鼻が見える……?」などと言っているカオリは、ショートボブの黒髪をさらりと揺らしながら何度も首をかしげている。
うん、かわいい。
「デューク様、この部屋を出るときは、お顔を直してくださいね。元はいいのに、崩れると気持ち悪うございますから」
「慇懃無礼な物言いで失礼に失礼を重ねあげていくとか、お前は天才か」
「お褒めいただき光栄です」
褒めてねぇぞ、この野郎。
食事の時間になると、皆が集まって報告会のようになるのは最近の習慣だ。
物語の主人公であるカイトを中心に、着々とうちの領地にあるダンジョンを攻略していくのは喜ばしい。だがしかし、領主館を拠点にしていいよって言ったけど、あまりにも頻繁に帰りすぎなんじゃないかなって思う。
うちの料理人自慢の鳥のソテーを頬張るカイトは、俺の手元を見て笑顔で問いかけてくる。
「昼食でデューク様がワインを飲むなんて、珍しいですね」
「そうか? ああ、今日は珍しく仕事がひと段落ついたからな」
別にワインをボトル一本くらいなら酔っ払うことはないけど、仕事中はケジメとして飲まないことにしている。
社会人として当たり前のことだと思うだろうけど、この世界では「ワインはジュース」みたいな文化だったりするから、わりと仕事中でもワインを飲む人は多い。
この国でカイトたちは年齢的に成人してるけど、この館にいるかぎりは飲ませないよ。
「デューク殿、昨日から近くの町で降臨祭をやっているのですが、もしよろしければ一緒にどうですか?」
「アレク殿、すまないが私にはそういう趣味はない」
「そ、そうではなくて!」
デザートに夢中だったはずのカオリとユウコが「ふひっ」と奇声を発しているが、無視だ。無視。
「ははは冗談だ。カイトたちもいくのだろう? 私が加わってもいいのかい?」
「もちろんです! アレクさんとデューク様に案内してもらえるなんて、すごく贅沢ですね!」
慣れているのだろう、カオリとユウコの熱すぎる視線を総スルーしているカイトは満面の笑みでうなずいてくれる。一応カオリとユウコのほうを見たが……うん、今は何を言ってもおかしくなりそうだから後でもいいか。
「私もそれなりに強いつもりなので、護衛はお任せください」
「大丈夫だアレク殿。うちのがいるから気にせず楽しんでほしい」
「ならば安心ですね。それに、このメンバーをどうにかできる人間はそうそういないでしょう」
確かにな。
やっと落ち着いた女子二人は俺のことをキョトンと見ている。ユウコがカオリのわき腹をつつくと、彼女の頬はみるみる赤くなっていった。
「やったね! 領主様とダブルデートできるね!」
「ユ、ユウコちゃん! 何を言ってるのかな!」
あわあわしているカオリ、かわいい……おっと危ない。デューク・ウェスター辺境伯の「皮」が剥がれるところだった。
「カイト、ユウコの言っている『だぶるでーと』って、何だろう?」
「男二人、女二人でデート……逢い引きすること、です」
「そうか……」
アレクは遠い目で「あれ? もしや自分って、邪魔?」みたいな空気を出している。
だけど、ここでアレクが女の子とデートとかしたらダメな気がする。
「婚約者を連れてこれればよかったのだけど……」
そう。
アレクには婚約者がいるのだ。
俺より若くて、近衛騎士という花形の職業でモテモテ。そんな(社会的に)光属性である彼には、もう結婚相手が決まってるとかさ。
ないわー。ひくわー。
くそう、なんで俺にはいないんだよ。
(多くの候補者がいらっしゃるのに、すべてお断りされているからでは?)
「(うるさいぞ、バスチアン)……さぁ! 準備をして町へと繰り出そうか!」
小声でツッコミを入れてくるバスチアンを軽くいなした俺は、久し振りに町へ出ることになった。
お読みいただき、ありがとうございます。
感想のお返事ができず申し訳ないです。
読んでおります。
感謝、感謝でございます。




