11、先生になる辺境伯
カオリに避けられている。
その事実に落ち込む暇もなく、俺は日々の業務に追われていた。
「なぁ、バスチアン」
「どうかなされましたか?」
「俺はもう、伯爵の皮をかぶるの疲れた」
「おやおやデューク様、皮をかぶってらっしゃるとは、まだまだお子様ですね」
「そうじゃない。あと俺はかぶっていない」
「知っておりますよ」
「知ってるの!?」
「湯浴みの世話もしているのですから、今さらでしょう」
「あー、それもそうだな……いや、だからそうじゃなくてだな」
近衛騎士の中でも実力者といわれるアレクの指導を受け、着々とカイトは剣の腕を上げていた。
彼の幼なじみであるユウコは、回復魔法のレベルを上げるために教会の奉仕活動に参加していて「聖女様」などと呼ばれているし、カオリはバスチアンの部下に魔法を教わっているようだ。
「あれから一ヶ月ほどたちますね」
「なんで俺は自分の家にいるだけで、貴族っぽく疲れなきゃならないんだ」
「カイト様たちに好きなだけ滞在していいと言ったからでは?」
「それじゃない。なんでまだ監査官殿がいるのかって話だ」
アレクはカイトたちの案内でダンジョンを査察し、その報告のために王都へ帰って行った。
いずれカイトたちも王都へ行くことになるだろうが、別れが悲しいと涙ながらに別れを惜しんだものだ。
だがしかし、奴は三日後に戻ってきた。
アレクに懐いていたカイトたちは泣いて喜んでいたから良かったんだろうけど……。うん、さっぱり分からないよ。
「カオリ様も、アレク様とは仲良くされているようですからね」
「バスチアン」
「事実でございます」
そうなんだよな。
あの魔獣の襲撃から、なぜかカオリが俺とだけ会話をしてくれない。
最初は照れているだけかと思っていたけど、それにしては長い気がする。
「最近のカオリ様は、私の部下から魔法の座学も受けておられます」
「そうか。順調か?」
「ええ、もちろんです。進みも早くて、次の講義は『精霊魔法について』になります」
そう言いながら俺に向けてドヤ顔するバスチアンに、思わずイラっとして水の精霊を顔にぶつけてしまったが、絶対に謝らないと決めている。
だって当たってないんだよ。涼しげな顔で防御魔法を展開してやがってるし。
バスチアンは本当に有能な執事なんだ。だから休みなく働くといいよ。
「精霊魔法なら、俺の出番じゃないか?」
「ええ。ですから次回は、デューク様が講義をされれば良いかと思いまして」
バスチアンは本当に有能な執事だから、ボーナスとかあげちゃおうかな。
カオリが座学を受けているのは、館の中にある書庫の閲覧室だった。
広くはないけれど、必要な時にすぐ資料本を取ってこれるからこの場所にしたらしい。
白いブラウスに、青いハイウエストのスカートというシンプルな服装だけど、黒髪ショートボブのカオリによく似合っている。侍女たちグッジョブ。
「よ、よろしくお願い、します」
「肩の力を抜くといい。カオリ殿」
「は、はひ、デューク様」
ダメでござる。すごく緊張しているでござる。
いや、拙者もなんかおかしいでござるな。すぅーはぁー、よし、俺は元に戻ったぞ。
「せっかくだから、私のことは精霊魔法を教える先生と呼んでくれないか?」
「先生?」
樣づけではなく、先生と呼んだことで少しだけ緊張を解いたカオリは小さく息を吐く。
「うむ、それでいい。精霊たちはこちらの感情に敏感だ。精霊魔法を使うにはまず、できるだけ心穏やかな状態でいなければならない」
「わかりました先生。でも、今日は座学だって聞いていたんですけど……」
「普通の魔法と違って精霊魔法は暴走しない。いや、できないと言ったほうが正しい。精霊は世界の理のひとつであり、自然現象と呼ばれるものを起こす存在でもあるからね。だからもし室内で精霊魔法を発動したとしても『室内で起こり得る自然現象』くらいだから、特に問題はないだろう」
「なるほど……魔法と違ってイメージで発動することはないんですね」
どうやら魔法の授業を受けるという名目なら、俺と二人っきりでもカオリは大丈夫らしい。
うん、そうなんだよね。
今、二人っきりなんだよね。(動悸、息切れ)
魔法に長けているバスチアンの部下は女性だったからいいけど、今のカオリは警戒心がなさすぎじゃないか?
講義をしながらカオリにどう注意しようか考えていると、ふと彼女の首元にキラリと光る何かに気づく。
「それは……」
「え?」
彼女の首元で光る、銀色のネックレスから目が離せない。
どう見てもそれは……。
「すまない。カオリ殿の身につけている、そのネックレスが気になってしまってね」
「あ、このネックレスですか? 実はこれ、私のものではなく借りているだけなんです」
「借りている?」
「はい」
そう言ってカオリは、泣き笑いのような顔をする。
「ここに……この世界に来る時、私は同じ職場の人に助けてもらったんです。たぶん、その人の持っていたものだと思うんですけど……私、持ってきちゃったみたいで」
カオリはチェーンを外し、服の下に隠れていたチャームを見せてくれた。
五つある花弁の真ん中には小さな石がひとつ埋まっている。それは光の加減でキラリキラリと輝いてみえた。
「金剛石、か?」
「これがどういうものかは、わからないんです。でも、あの人は誰かにこれを渡そうとしていたと思うんです」
「……そう、か」
「はい。だから早く元の世界に戻って返さないと……そのために、もっと魔法を勉強しないとって」
それは小さいけれど、ちゃんとダイヤがついたものだ。
アクセサリーをあまり身につけないって聞いていたから、シルバーじゃなくてプラチナにした。
あの日、何もなければ、俺は君に言うつもりだったんだ。
誕生日おめでとうって。
それと。
もしよかったら、俺と付き合ってほしいって。
「では、精霊魔法を使えたほうがいい。彼らの情報は有益なものが多いから、これから君たちの役に立つだろう」
「はい! よろしくお願いします!」
笑顔でうなずく彼女が眩しく見えて、少しだけ視界がぼやける。
おっと危ない。
笑顔、笑顔。
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