10、辺境伯は経験させたい
訓練場でカイトと剣を交えるアレクは、近衛騎士であるにもかかわらず剣筋が複数あるように感じた。
これは俺の経験から分かるものだ。そもそも騎士の剣、傭兵の剣、戦士の剣などはすべて違うもので、それらを使い分けることができる人間はほとんどいないだろう。
まぁ、俺は父親や傭兵のオッサンたちに子どもの頃からボコボコにされていたから、嫌でもできるようになったんだけどな。
どんなだったかって? ははは、思い出したら血を吐きそうだから聞かないでほしい。
青年と少年のキャッキャウフフな打ち合いがひと段落したところで、遠慮がちに声をかけてみる。
「監査官殿、少しいいかな?」
「ウェスター辺境伯、訓練場の使用許可をありがとうございます。おかげでカイト殿と有意義な時間をすごせました」
「それは良かった。いや、実は頼みがあってね……ここに滞在している間でいいから、カイトに剣を教えてやってほしい」
「自分が、ですか?」
「アレクさんが、俺に剣を教えてくれるんですか?」
驚いた表情をするアレクとカイトに、俺は真面目な顔でうなずいてみせる。
どうやら少しの時間で二人はだいぶ仲良くなったようだし、お互い気が合うようにも見えるからちょうどいいだろう。
「カイトには私が剣を教えようと思ったのだが、最近は騎士の剣がうろ覚えになってしまってね……ここでは相手が魔獣ばかりだから」
「騎士の剣を、忘れる?」
アレクが疑うような目で俺を見ている。うん、そうだよな。苦しい言い訳だよな。
でもさ、ここにいる間だけでいいんだよ。
「カイトには、色々な人間と剣を合わせて経験を積ませたいと思ってね」
「なるほど。確かにカイト殿は少し打ち合っただけで、あっという間に技術を自分のものにしていましたね」
ふむふむとうなずいて、アレクは爽やかな笑顔でうなずいた。
「わかりました。カイト殿が良ければ、短い期間ですが剣の指導をしましょう」
「ありがたい」
やったね! 期間限定だけど、俺の仕事がひとつ減ったぜ!
いやはや、この世界には外見も中身も爽やかなイケメンが存在するんだね。すごいすごい。
「そのかわりと言ってはなんですが、一度だけでいいので自分と手合わせしてもらえませんか?」
え、やだよ面倒くさい。
「父から聞いた勇猛果敢な逸話を持つ辺境伯が、どのように剣を振るうのか知りたいのです」
爽やかなイケメンスマイルのアレクだけど目は真剣だ。そしてこれは避けられないやつなんだろう。
カイトのことが無かったとしても、きっとこうなっていたに違いない。
なぜ近衛騎士のアレクが、わざわざ辺境の地に監察官として来たのか……実は気になっていたんだ。
「そうか。これが君の目的か」
「もちろんです。ここに来ることを志願する者が多く、勝ち取るのに苦労しましたから」
え、何それ。王都で俺は一体どういう存在だと思われてるんだ? まさか昔の魔獣討伐の話とか広まってないよね?
「デューク様は、やっぱり人気者なんですね!」
カイト、やっぱりってなんだ。やっぱりって。
この顔は女性受けすることは知ってるけど、男から人気があるとか嫌すぎる。やめてくれ。
しょうがない。手合わせするしかないな。
やれやれと後ろを向くと、すでにバスチアンが木刀と簡易防具を用意してくれていた。なんか行動が早くない?
上着を脱いで手早く防具を身につけると、訓練場の中心にいるアレクの元へと向かう。
一度でいいとは言われたけど、これって何度か続きそうな予感がするなぁ。
「剣の力のみで、魔法は使わずに手合わせをしましょう」
「そうだね。私には魔力がないから、それでお願いするよ」
ひと呼吸置いた二人は、開始の合図がないままお互い前に出る。
初手で様子を見ようとしたのか、アレクの振りが甘い。そこを突いて終わらせることもできたけど、納得しないだろうから木刀を持つ手の近くで強めに合わせてやる。
「ぐっ!?」
「ちゃんと握らないとダメだろう」
指先が痺れたのか、後ろに飛びすさりながら両手で木刀を持ち直すアレクに、俺は素早く近づき体を回転させながら片手で持った木刀を振り抜く。
体重をのせたその剣圧にアレクは一度は耐えたけど、その時すでに、彼の首筋には木刀が突きつけられていた。
「ま、参りました」
「デューク様、すごい……」
カイトがキラキラした目で俺を見ているけど、俺があっさり勝てたのは、アレクが本気じゃなかったというのもあると思うぞ。
まぁ、本気になるまでちょっと待ってあげたけどね。それでも最初は様子見しようみたいなことを考えちゃう時点で負けてるけどな。
「これで、経験することの重要性がわかったかな?」
「はい。戦う前から自分の力量を知られていたということですね」
「君もまだ若い。これからもっと強くなる」
そして、俺もまだ若いはず……なんだけどなぁ。
やはり幼少期からボコボコにされていたとか、普通の貴族じゃない経験だろうからなぁ。
え? 俺の年齢? 三十代前半は、まだ若いだろうが。ボコボコにされたいのか? ああん?
おっと危ない。荒ぶってしまった。
心の中で色々と葛藤?していると、ふと視線を感じて館のほうを見る。
「あ、起きたみたいですね。姉さーん!」
窓に向かってカイトが手を振れば、窓の近くにいたカオリがぺこりと頭を下げて奥に入ってしまう。
うーん、やっぱり気になるなぁ。
「カイト、姉君に何かあったのかな?」
「あれですよ。たぶん。恥ずかしかったんだと思います」
「恥ずかしい?」
「姉さんを助けてくれた時、抱っこしたじゃないですか」
「は……?」
え、そんなことしたっけ?
あの時、慌てて助けたカオリがよろけて、支えたような気がするけど……柔らかくていい匂いがしたな。うん。
……うん。
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