1、前世を思い出す?
異世界転生・転移のテンプレ?ものです。
わりとありがちな展開なのと、ふんわり設定なファンタジーなので
頭からっぽにして読んでいただければと思います。
初回2話更新です。
深夜、魔石の光が乏しくなり、石を追加しようと椅子から立ち上がる。
本来であれば人を呼んでやらせるのだが、夜遅くにそれをするほど偉い人間ではない。あまり自分で身の回りのことをやりすぎると執事のバスチアンから怒られるのだが、これはきっと性分というやつなのだろう。
執務机には大量の書類。インクとペンは最高級ではあるが忙しさのあまり雑に扱ってしまう。横に置いてある布の上にそっと置き直した。
「やってもやっても仕事が終わらん。まったく……王都の貴族が羨ましいな。いや、俺が行っても面倒ごとが多くなるだけか」
貴族は貴族でも「辺境伯」という位を得ている者はとにかく忙しい。経営だけではなく、領地が他国に隣接しているために周りの状況を常に把握しておく必要がある。定期的に蔓延る魔獣の駆除も必要で、その予算のやりくりもしなければならない。
さらに王家との繋がりも深く、定期的にご機嫌伺いをする必要があるため王都への移動も大変だ。その定期連絡をサボると、他の貴族からつつかれることになり面倒なことになる。
遠出をして領地に戻れば、その間に滞った業務に追われていく。その繰り返し。毎日毎日が本当に忙しい。
これじゃあ会社勤めの頃と変わらないじゃないかと、つらつら考えていたところで、ふと気づく。
「カイシャ? 俺は今、何を考えた?」
あまりにも今の環境が、ブラックな会社勤務の内容と酷似していたらしい。
俺はこの時、自分の前世を思い出していた。そして今と対して変わらない状況だったためか、転生ものライトノベルにありがちな倒れたり熱を出したりすることもなく、あっさりとそれを受け入れることが出来たのだった。
「……ということだ。バスチアン」
「デューク様が何を仰っているのか皆目見当もつきませんが、少しお休みになった方がよろしいのでは?」
前世の自分は平凡な日本の男性サラリーマン(三十代半ば)で、その記憶を持っていると執事のバスチアンに伝えたところサラッと流されてしまった。そのスピードたるや下流まで一気に流れていったぞ。ははは、早い、早いぞバスチアン。
バスチアンはまだ若い。下町でスリをやっていた彼を気まぐれで拾って育てたのだが、頭の回転の早さと人を見極める能力が執事という職業にうまくハマったらしい。
スリをしやすい人間とダメな人間を高確率で見極めていたバスチアンは、俺をスリに気づかない間抜けな野郎だと思ったらしい。間抜けだと言われたことは一生覚えていようと思う。
とにかくそんな彼も、今では俺の補佐もやってくれる優秀な部下でもある。
ごめん。しばらく休みはないと思ってくれ。
「俺とお前が休むと滞るからなぁ」
「そうならないような体制をお作りください」
「それな」
俺の言葉遣いが悪いのは辺境に住んでいるということと、荒くれ者の多い傭兵団を束ねていた父親の影響だ。
もちろん王都へ行けば猫をかぶるし、他の貴族に隙なんぞ見せてやらないがな。
「このままですと、デューク様に何かあればこの領地は立ちいかなくなってしまいます。まぁ、体力馬鹿で殺しても死なないようなデューク様ですから、簡単には倒れないでしょうけれども」
「おい、誰が馬鹿だって? ……まぁ、最近は信頼できるヤツらも集まってきたし、そろそろ仕事を割り振ろうと思っているぞ。時期的にもそろそろだからな」
「時期、ですか? 王都へは行ったばかりですし、何かありましたでしょうか」
「だからさっきも話しただろうが。そろそろ『主人公』が来るって」
「前世がどうとかいう世迷言ですか? たとえ主人であるデューク様の寝言を寝てから言われたとしても、ただただ鬱陶しいだけだというのに」
「俺の寝言が鬱陶しいとか言うな。美しいだろうが」
「あー、はいはい、さすが都でも評判の『美しき辺境伯』ですね。」
「清々しいくらいの棒読みで褒めてくれてありがとうバスチアン。そんな美しい俺と一緒に、数ヶ月ほど休みなしで働こうか」
「隣国より珍しい茶が入りました。デューク様のお好きなチーズタルトをお持ちしましょうか?」
「よし、許す」
甘味であっさりと籠絡された俺だが、これは仕方のないことだ。この世界には圧倒的に甘味が少ない。小さい頃、森の中で「サトウキビ」に似た植物と出会ったのは本当に運が良かったと思う。
その植物を見て食べたら甘いんじゃないかって思ったのは、きっと前世の知識の影響だろう。よく考えたら思い出してない間も、結構な内政改革をしていた気がする。
領内で砂糖を生産してるとか……ついでに新しい酒を開発しちゃうとか……その時の領主だった父親が慌てて王都に報告してたな……今考えると本当に申し訳ないことをしたと思っている。
そんな父親は出来の良い俺の存在を喜び、早々に家督を譲って母親と共に世界漫遊の旅に出てしまった。
あの親なら凶暴な魔獣なぞ敵ではないだろうが、たまには手紙くらい寄こしてほしい。
「夫婦、か……」
立ち上がった俺は窓の近くへと向かう。部屋の明かりで、窓には少し疲れた顔の自分が映っている。
長い銀髪に藍色の瞳で眉目秀麗。剣の訓練や魔獣の討伐もしているから体は鍛えられ、しっかりと筋肉がついている。前世のガリガリだった自分とは違い外国人モデルのような均整のとれた肉体に恵まれてはいるが、この外見が辺境の地であるこの場所でほぼ無意味であることに俺は気づいていた。
「はぁ、なぜ『主人公』には『ヒロイン』がいるのに、俺にはいないんだ……」
前世から今世までの俺に対してだけ「貴族」の枕詞が「独身」になっているのか、小一時間ほど神様に詰め寄りたくなる。
「この状態も『主人公』が来るまでの辛抱だ。がんばれ、俺」
前世で読んでいたライトノベル『異世界に勇者召喚されたけどダンジョンで無双する』を思い出したのは、つい先ほどのことだ。
ちょっとした脇役だった辺境伯のフルネームを覚えていたのは「たまたま」で、作中で激務をしているキャラに社畜だった前世の俺が共感していたからだ。
主人公のカイトが来るまで、俺はここで辺境伯として存在する必要がある。この世界で身寄りのない彼の後見人になるため、今うかつに領地から離れるわけにはいかない。
主人公がダンジョンで活躍するようになったら、俺は好きなことをやるんだ。
ん? それはフラグじゃないかって?
ははは、いやまさかそんな。
お読みいただき、ありがとうございます。