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平和なギルドを後にして、ジュ―ロウは西門に向かった。
このワンクウリの町も他の町同様に大きな壁に囲まれた造りになっている。壁は昔の戦争があった時代に作られたもので石造りの頑強なものだ。壊れたら補修をしながら大切に扱われており、今だ町の防護に大きな一役を買っている。
壁には門が五つあり、それぞれ東西南北に一つずつと北と西の門の間に小さい門が一つある。小さい門はめったに使われないので門番はいないが、それ以外の門には門番が存在している。
ジューロウは南門に向かっていた。そこが一番畑に近いからだ。
”銀の森“に近い北門には屈強な門番がいるが、畑に抜ける農民が多い南門には暢気な若い門番しかいない。
「あれ、クラリスちゃんのとこのジューロウじゃないか。何処へ行くんだ?」
「ちょっと外にね」
「ふうん。気を付けていけよ?転ぶなよ?」
「ああ。ありがとう」
さすが緩い南門。検閲もない。
ジュ―ロウも軽く手を上げて答えただけで通り過ぎてから、少し首を傾げるほどだった。
門を出たジューロウの視界に一面の畑が広がっている。
この町一体を含む地域は一大穀倉地帯だ。国の大切な食料である麦をたくさん育てている。王都にも出され他国への輸出にも重宝されている国の財源の一つだ。おかげで生活に困っている農家はほとんどいない。
だからこそ小麦が作れないなど在ってはならない事態なのだろう。ジュ―ロウは依頼書を眺めながらそこに書かれている農家の必死な訴えを読み取る。
それにしても。
最初の依頼書が出されてから随分と日がたっていたが、見る限り麦畑が全滅している様子はなかった。むしろどこの畑が困っているのか分からない程のどかな光景が広がっている。
魔獣はいなくて人の問題だろうか?
ジューロウは歩きながらそんな事を考えた。どこでもトラブルは起こりうるものだろうし。
広大な畑を南下していくと不意に大きな土山が見えた。表面は既に乾いていて草も生えているが、古いものではなさそうだ。
麦畑の中にあるにしては不自然だった。
古墳じゃあるまいな。
ジューロウが心の中で呟きながら近づくと、山の向こうから大溜め息が聞こえた。
ぐるりと回って反対側に出てみると山を背にして男が一人農具を持ったまま遥かな地平を眺めていた。
「こんにちは。今日もいい天気ですね」
「あ?ああ。良い天気だな」
急に現れたジューロウに驚きつつも男は返事を返した。
「この山は前からありましたか?」
「……いや。前はなかったよ」
「そうですよね。ああ、僕は冒険者ギルドから来たのですけど、あなたがサンスさんで良いですか?」
「なに!?ギルドから来たって」
男は前のめりに詰め寄るが自分より幾分小さいジューロウを見降ろすと軽く溜め息を吐いた。
「まあ、こんな小僧を寄越してくるよな、ギルドだってよ」
「ええと。事情をお話いただいても良いですか?」
「……そうだな。やっと来てくれたんだしなあ」
サンスは首の後ろをがりがりと掻きながら、ジューロウを見て頷く。その後再び地平を見ながらポツリポツリと話しだした。
「最初はもっと小さかったんだよ、この山も」
親指で自分の後ろを指さすと溜め息を吐く。
「でき始めた時には小さくて蟻塚かと思ったんだが、次第に大きくなってきてなあ。俺の畑の半分はこれで埋まって、隣の畑も埋まってる。この土が何処から来るのか分からないけど、地面が揺れるしまだ大きくなってる」
「そうですか」
「畑の土じゃないみたいで、周りの麦の育ちにも影響出てるし。人には分からない何かがあるんだろう、動物や鳥も近寄らない」
言われてジュ―ロウは山の上を見る。草は生えているが鳥はいなさそうだ。
「なるほど」
「何処へ相談していいか分からないから知り合いの冒険者に頼んで依頼書を作ったけど、正直俺にも冒険者ギルドが何とかできる類の話なのかも分からねえんだ」
そう言ってサンスは、はあっと大溜め息を吐いた。
周りの麦畑は涼風にゆらゆらと揺れて、踝ぐらいの小さな葉がささやかな音を奏でている。
今の時期は丈の低い生えたばかりの新芽がすくすくと育っている時期だ。この先越冬をして春先には丈をグングン伸ばしていく。
農家にとって大事な時期だろう。
手間のかかる果樹とは違うが、それだって気を抜く事は出来ないはずだ。
けれど、サンスは鍬を持ったまま遠くを見つめるだけだ。
「これがさらに大きくなるなら、俺の畑はなくなるだろうな。そう思うとやる気が出なくてなあ」
ジュ―ロウの視線に気付いてサンスが小さく笑った。
「残った畑の事はしっかりやるつもりだけど、気持ちが追いつかないんだよ」
ジュ―ロウは小さく頷いた。
何も言う事が出来ないからだ。自分に出来ることはこれの謎を解く事ぐらいだ。
「では上を見て来ますのでサンスさんはお仕事しててください」
「え、登るのか?」
「はい」
そう言ってジュ―ロウは山に足を掛ける。出来てから大して時間が立っていないせいか、踏み心地がふんわりしている。
「この山、途中までは登れるけどそっから先へは進めないぞ?」
「そうですか。行ける所まで行ってみますよ」
「…気を付けてな」
ジュ―ロウは頷いてから登っていく。
土が柔らかいせいで登り易いが、周りは小さな草しか生えていないので空に向かって階段を上っているような気分だ。
山の中腹で何かにぶつかった。見ても何もない。触ってみると壁のような物があった。
魔法障壁か。
それならばこの山は何者かが意図的に作ったものであるという証明になる。
「退け」
ジュ―ロウは小さく呟いてから足を進める。
抵抗もなくするりと障壁を抜けて歩いて行くと、頂上が見えてきた。
「…なんだこれは」
思わず独り言が出てしまう。
頂上には噴火口の様な穴が開いていた。
大人二人ならするりと入ってしまえる大きさだ。覗き込んでみるが底は見えない。
片眉をあげたジュ―ロウだったが迷うことはなく、その穴へと飛び込んだ。