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再び屋根裏から降りてきたジュ―ロウは、店を通って外に出ようとする。
「出かけるの?」
クラリスが声を掛けてきた。
店を通るのだから見えない訳がない。
「ああ。ちょっと行ってくる」
「そう。気を付けてね」
パンが乗ったトレーを持ったまま、クラリスが微笑んで言った。ジュ―ロウはもちろんという風に頷いてから外に出る。
町の石畳を革靴で音を立てながら歩くジュ―ロウは、そろそろ肌寒い風に黒いフードを被ったままぶるりと小さく震える。
季節は秋めいてきたがこの国は春と秋が少なく、夏と冬が長い地域だ。
今年も駆け足で冬将軍がやって来るのだろう。
石畳が敷かれているメインストリートの両脇には色々な商店が並んでいる。地元の人が使うお得な雑貨や食品店、少し高級な観光客用の宝飾店。魔法使い必須の魔導具店や武器屋もある。
どの店も石造りで歴史ある頑強な建物だ。
木造の店は主に裏通りに立っている。石造りの住居の前に足したように作られている簡易な店は殆んどが材料費がかからぬ木造で、そんな店に売られているのは質の悪い商品や怪しげな物が多い。
ジュ―ロウがいま歩いている道からは細い路地向こうにちらりと見掛けられる程度で、表を歩く人間にはさして需要がない。
スラムとまではいかないが生活に困った人達が仕方なく買うものだ。
そんな裏通りに冒険者ギルドは立っている。
ジュ―ロウは大きな商店の横から裏通りに入ると、路地の奥まった場所に立っているギルドに足を踏み入れた。
「こんにちは。ミスト。ラムウはいるかな?」
「あら、いらっしゃいジュ―ロウさん。ギルマスは上ですよ」
ギルドの受付嬢ミストが奥のカウンターに座ったまま、にっこりと笑いながら二階を指さした。
「呼んで貰った方が良いかな?」
「えーと…そうですね。呼んできますので待っていてください」
「うん」
ジュ―ロウが待つ体制で近くの椅子を引き寄せて座ると、ミストは受け付け後ろの階段から上に昇っていった。何やら話声と共に大きな足音がガタガタと階段を降りてくる。
見上げると冒険者ギルドのギルドマスターラムウがむすっとした顔で立っていた。
「何の用だよジュ―ロウ」
「おや、機嫌が悪いねラムウ。娘さんにでも嫌われたかい?」
ジュ―ロウの台詞を聞いた途端にラムウの眼からぶわっと涙が溢れた。
やれやれと溜め息を吐くジュ―ロウの肩をがっしりとラムウが掴む。
「何で知ってるんだ!!」
「君の悩みなんて家族関係ぐらいだろう」
「むっ娘に彼氏が出来たみたいなんだ!しかも相手が冒険者で!!」
「…冒険者ギルドのギルマスが冒険者を嫌がるのかい?」
「いつ死ぬか分からん男に娘はやれん!!」
「……君の奥さんのお義父さんもそう思っただろうねえ」
ジュ―ロウの言葉にハッとしてラムウが掴んでいた肩を離した。
再び泣きそうな顔でジュ―ロウを見て来るラムウに、首を横に降ってジュ―ロウが眉を下げる。
「親の気持ちは分からないが、何も聞かずに反対するのは良くないと思うよ?」
「何故そこまで分かるんだ」
「いや、君の性格ならそうだろうなって」
がっくりと肩を落としたラムウは、自分も椅子を引き寄せてジュ―ロウの相向かいに座った。
「…分かった。話をしてみる事にする」
「うん。それが良いと思うよ」
「で、お前の用事は何なんだ?」
「ああ」
勢いで話しそびれていたが、ジュ―ロウが尋ねてきた理由を聞くぐらいの理性は残っていたようで、ラムウが尋ねてきた。
ジュ―ロウは頷きながら自分の要件を告げる。
「郊外に魔獣が出たって聞いてね。僕が行こうかって思って」
「…そういやあ農家から苦情が来ていたなあ」
「来てたなあじゃないですよ!?」
ラムウが呟くとカウンターの中に居たミストが聞き捨てならないとばかりに大声で言ってくる。
「どれだけ陳情がきているか知ってるでしょう!?マスター!!」
「…あー…そうだけど、小麦畑って言われてもこの町の南側殆んど畑だし、場所が特定できねえのに冒険者を畑でプラプラさせとくだけってのもなあ…」
ようは場所指定がない依頼で、やる気のない冒険者がむやみに日数を伸ばして依頼達成費用を誤魔化すのが嫌だとラムウは言っているのだが。
「農家が困ってるのに何もしないなんて人非ず過ぎますよ!」
「そこまで言う!?」
ミストの言いぶりに若干引きながら、それでもマスターとしての意地もあるラムウが反論めいた言葉を叫ぶが、いかんせん押され気味だ。余程ミストは我慢をして腹に据えかねていたらしい。勢いが物凄い。
「では、僕が見て来ても問題ないかな?」
険悪な二人に水を差しながらジュ―ロウが言うと二人同時に頷いた。
そんな所は良いコンビネーションだなと思いながら、ジュ―ロウは立ち上がってミストの所に行く。素早く出された数枚の依頼書を眺めてジュ―ロウは軽く息を吐いた。
「これは、依頼と呼べる代物じゃないね」
「農家の人も困ってはいるのですが、真相が全く分からないので場所も金額も指定が出来ないって言ってました」
依頼用紙に書いてあったのは真相究明の要望と困っている現状説明。被害に遭った農家の名前。それだけだ。
「依頼達成限界日数も上限金額も書いてない。これじゃ誰も受けないだろう。最低金額も…これは本当に最低限だね」
苦笑を浮かべながらジュ―ロウが言うと後ろから来て一緒に依頼書を見ていたラムウがばつが悪そうに口を開いた。
「依頼書に書いてあるから受け取るけど、掲示板に貼れるものでもなくてな。仕方なく陳情書扱いでため込んでるんだ」
「…この金額で分からない魔獣を相手にしろって言うのは、ギルドとしては勧められないので…」
人としては何とかしてやりたいのだが、ギルドとしては受けられない。そんな所だろう。ギルドとてボランティアではないのだ。
「…これを依頼として受けるよ。ただ僕はギルドのメンバーではないけれど、いいかな?」
「お前がそう言ってるだけで、ギルドには登録されてるだろう?」
「……何の話かな?」
「マスター、それは言っちゃいけない事です…」
ラムウの言葉に怖い顔で微笑みながら答えたジュ―ロウを見上げ、引きつった顔でミストが呟くと、仕方が無いという様に鼻を鳴らしながらラムウが顎を引いた。
「正式に依頼書として登録はしていないからお前の好きにしろ。ギルドとしては応援できないが」
「有難う」
話のついたところでジュ―ロウは町の外に出るべくギルドを後にする。ミストとラムウは顔を見合わせながら溜め息を吐いた。
「…俺は絶対にジュ―ロウが元アレだと思うんだが」
「聞いちゃ駄目です。ジュ―ロウさん無駄に強いんですから」
「お前は思わないのか?」
「……あの行方不明になったアレの事ですか?うーん、どうでしょうね?あの話はもう随分前の話ですし、そもそも伝説やおとぎ話の類いでしょう?」
ミストに言われてラムウは少し首を傾げる。
「それでも俺にはそう思えるんだよなあ」
「何でですか?」
「ジュ―ロウは見かけ通りの精神年齢じゃない」
「…それはマスターの精神年齢が低いだけでは?」
ミストを睨むが何でもないようににっこりと笑ってから通常業務に戻るのを見て、先に言われた娘問題を思い出したラムウは呻きながら二階に戻っていった。
どうやら今日も冒険者ギルドは平和なようである。