1話~来年の約束
冬休み前の最後の1日、クラス全体が浮ついた気配に包まれていた。そんな中、
(はぁ、憂鬱だ。)
別に彼はいじめられているわけではない。まして、クラスの中で浮いているわけでも無い。そんな彼がこんな、近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのには、ある深い理由があった。しかし、何処にでも空気の読めない人間はいるもので
「よっ、元気そうだな良樹!冬休みが楽しみだよな~。どっか俺らで遊びに行こうぜ。」
そう、俺の名前は八城 良樹、そしてあいつの名前は相良 悟だ。ちなみに馬鹿である。
「どこをどう見たら、この世紀末な雰囲気出してる奴が元気に見えるのよ。あんた、馬鹿じゃないの?あっ、馬鹿だったわ。忘れてた。」
この毒舌が藤野 葵。実は優しかったりする。本人に言うと照れるので、あまり言ったことはない。
「そんな事言ったら、かわいそうですよ~。気にしてるかも知れないじゃないですか~。」
加藤 綾野、本人はこれで慰めているつもりである。天然なので、実は自分の言葉で追い打ちをかけていることに気づいていない。
「慰めてくれているのか?」
だいじょうぶか相良、やつれてきてるぞ?
「友達として当然です~。何でも相談してくださいね。」
怖くて相談できないと思ったのは俺だけだろうか。相良には後で正直な気持ちを聞いてみよう。
ともあれ、この四人でいつもいるわけだが…
「で、何処に行くの?私としてはみんなが行きたいところで良いのだけれど。」
また、かっこ付けている奴(葵)がいるよ。
「「「本当は何処に行きたいんだ(の)?」」」
「すっ、水族館に…。でっでも、みんなが行きたくないなら、別に行かなくてもいいっていうか、その…」
「いいぜ、行こう水族館。大王イカが見たかったところなんだ!」
「相良…、水族館に大王イカはいないぞ。何メートルあると思ってるんだ。まぁ、水族館に行くのには賛成だが。」
「でも、イカはいますし落ち込まないでください!きっとみんなでいけば楽しいですよ~。」
「ありがとう。やっぱりみんなは優しい!じゃあ何処に行くかはまた連絡するね!」
照れるじゃないか、そんな感極まった声で言うなよ。こういうところがデレなんだろう。そう思って…って
葵、顔のにやけが抑え切れてないぞ。口元がピクピクしている。
「じゃあ俺は帰るかな。相良、一緒に帰るか?」
「おうともっ!」
「良樹君は心配してないけど、相良はちゃんと宿題やっときなさいよ!」
「みんなで早めに頑張りましょうね~。」
「おい、心配されてるぞ(笑)」
「えっ?宿題って最後の3日でやるもんだろ?去年もそうしたぜ。」
「こりゃ駄目だ。」
思わず口に出た。相良以外のみんなで大笑いした。
『あぁ、こんな日常がいつまでも続けばいいのに。』
心からそう願った。その願いが、叶わない物と知っていながら…。
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水族館に行くと2人は揃っていた。集合時間は30分後だった筈だが…
「悪い、待たせたか?」
「いや、今来たところだぜ!クジラがたくさんいるんだろ?昨日は楽しみで眠れなかったんだ。」
(男にキメ顔で言われてもうれしくないんだが…。それと、そんな大きな奴いないって。)
そう言おうとしたが、
「あんたやっぱりわざと馬鹿なこといってるでしょ?」
先を越されてしまった。
さすが葵だ、と妙なところで感心しながら聞いていると、
「そんな事よりも早く入りましょうよ~。」
救世主が現れた。
しかし、綾野のこの顔は早く入りたくてせかしているだけだろう。準備万端な様相だ。そんな雰囲気を感じ取ったのか、
「そうね、こいつをからかっている場合では無かったわ。」
と妙にうきうきした顔で歩き出した。
(そう言えば、葵が提案していたんだったな、水族館。)
何度も来ている場所なので真新しい物は無い、が4人で回るとやはり楽しいようで、葵もうれしそうだ。相変わらず相良は
「でかいのは?でかいのは何処だ~。」
と探している。
(あいつは市民水族館を何だと思っているのだろう?)
しかし、短い時間で回り終わってしまったので時間が余った。
「時間が余ったな、どうする?」
(どうしたものか、次の何処かへ行く時間はないが、今から帰るのは早すぎる。いや、しかし帰るしかないのか…、)
心の中で謎の声と葛藤していると、
「じゃあ、近くのカフェでも入りましょうか。のんびり話せるところで、」
「あっ、私近くにいいところ知ってます~。」
拝み倒したくなる。やはり、こういう所で最近の女子高生は強い。と、感心してしまった。
~所変わってカフェ~
行って見ると、かなりおしゃれな感じのカフェだった。
(ケーキもコーヒーも美味しい、美味しいのだか居にくいな~。)
カフェに男が少なかったのもあって、居心地の悪さを感じ、相良をみるとやはりもじもじしていた。どんどん顔が青くなっていき、
(おいおい、大丈夫かよ。)
心配していると、急にトイレに向かってダッシュしていった。
(もじもじって、そっちかよ!)
と突っ込みながら、女子2男子1と言うなんとも言えないい比率を嘆いていた。
全くの見当違いなのだが、
(あいつ、自分だけ逃げやがって)
と彼が恨むのも無理はないだろう…。
「あいつ、急に走って注目を集めないで欲しいわ。こっちまで恥ずかしいじゃない。」
「そうですね~、恥ずかしいですね~。」
相良の扱いが最近酷い気がする…。
(まぁ、相良だしいいか。)
と、自分でも訳の分からない理由でむりやり納得していると、相良が帰ってきた。
「今日はたのしかったわ。また、4人で来年も来ましょう。」
「今から楽しみです~。」
「おう!良樹も来るよな?」
時が止まったように全身が固まった…。
「あ、あぁ楽しみにしているよ。」
何とかそう返事をし、解散した。いつもより早足になっていることにも気づかず家に帰り、自分の部屋に閉じこもった。
『ほぼ、確実に果たせないだろう来年の約束』が頭から離れなかった…。
『彼の頬を一筋の涙が伝った。』