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臨海違法都市DIVA  作者: 鄭香陽
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1-2

前書きってなにを書けばいいんですかね。

まあ、さておきはじめます。

臨海違法都市DIVA二話


氷室京介は怒っていた。

何にかと言われれば、幼馴染の七瀬青波が「あの」橘理沙と2人でコロシアムの中心であるここ闘技場に入ってきたからだ。青波とは2人で理沙がグラディエーターデビューした一年210日余り前からファンをしてきたのだ。それを抜け駆けされるとは怒髪天を衝くというものだ。

確かに青波は容姿はいい。それは男の氷室が見ても自明なものだ。くしゃっとした黒々した髪、涼しげな目、日本人離れしたすらっとしたスタイル。その上クールな雰囲気なのだ。ただのバカだということは幼馴染みくらいしか知らない。それを知らない理沙さんはきっと奴に好意を寄せるに違いない。

「うん。おれ、青波ぶっ殺すわ」



ここで一つ解説を入れておこうとおもう。闘技場とはなんであろうと疑問に思う方が今頃モヤモヤしているはずだ。まあ、闘技場といってもやはり待合室同様に剣や斧が置いてあるようなましては闘牛が出てくるような仰々しいつくりではない。ものが何一つなく、真っ白けという以外はふつうの部屋なのだ。何しろハンニバルに必要なのはグラディエーターの頭のマイクロコンピューターARIAだけだからだ。そしてここ、闘技場は無駄な電波が入らないようにするためと、試合時には体が無防備になるので、傷害事件などがおこらないようにする為にある部屋なのだ。もっとも、後者は無駄な措置に近い。なぜならば、現在の社会では犯罪なんてものはほとんどゼロに近く、あったとしてもサイバーテロぐらいだからだ。100年前の戦争が絶えなかった人々からしてみれば、ユートピアやシャングリラなんて呼ばれるかもしれない。それはさておき、話を元に戻そう。ここの闘技場で起こったことはこの部屋の壁に埋め込まれている、受容体が感知して、ライブで出資者が観戦できるようになっている。この観戦がなかなかのもので、仮想現実世界がホログラムで見ることができるのだ。ここでいうホログラムとはテレビから画像が飛び出る3Dとはわけが違う。触れないだけで、現実と遜色なく立体的に人が知覚できるのだ。火花や水飛沫、電光の細部まで仮想現実の世界と同様、さらにはグラディエーター同士の緊迫感までもが伝わってくる。これはわざわざ海外から見にくる人がいるのも頷ける。


話は元に戻る。

「うん。おれ、青波ぶっ殺すわ」

おっといけねえ、口にでてしまった。こんなことを言うと短絡的で激昂しやすいティーンエイジャーに間違えられちまう。と心の中で京平は呟く。


「とうとうムロさんがこわれたちゃたァ!」

そういって真横に座る三浦ちゃ太郎はわざとらしくひっくりがえってみせた。


「いや、なに青波が理沙さんとのファーストコンタクトを抜け駆けしたのでな。締めておこうかと思って。」


「いや、それだけちゃたよ?殺すのは良くないちゃた。」


「あいつは容姿だけはあれだろ?理沙さんが惚れたら俺は許せんのだよ。今だって理沙さんか青波のこと小突いてイチャイチャ...」


「いや、ただ喧嘩してるだけにしか見えないちゃた...ムロさんだって顔は悪くない、むしろ見る人が見たらムロさんの方がイケメンっていうかもしれないちゃた。オールバックで、渋くってどこぞの肉体派英語教師ってかんじちゃた。EXCELLENT って言ってみるちゃた!」


「なんでお前はそんなふざけてるんだ。」

三浦ちゃ太郎は青波以上にバカで鬱陶しい。この語尾につけているちゃたも、グラディエーターとして名前を売るためにつけているだけなのだ。第一に金の刺繍をあしらった白い着物を着て、身長は180センチ越え。目も細く漫画のように棒を引っ張っただけのような漫画から出てきたような顔をしている奴が語尾にちゃたちゃた付けて話しているいるのだ。ふざけているといわずしてなんといえよう。


「ふざけてないちゃた。ちゃ太郎の明るいキャラのお陰できっと今日はたんまり掛け金が集まってるちゃた。なにせちゃ太郎はムロさんと違って社交的でみんなのアイドルだからお金がいっぱい集まるぜ〜!」

グラディエーターは、観客に仮想現実の世界の中だけで使える仮想通貨兼エネルギーのサイバーを投資をしてもらい、エネルギーが尽きないように掛け金額以内で戦うことになる。そのため、ちゃ太郎がいうようにハンニバルでは初めに配られる掛け金がとても大切であり、それを増やすためには実績もさることながら、名前を売って人気を得ることも大切なのだ。


「なんかちゃ太郎ってせこいよな。」

京平は呟いた。


そこに「あのちゃ太郎くんちょっといい?もうそろそろ試合を始めたいんだけど。」と理沙が話しかけてきた。


「こっちは準備万端ちゃた!いつでもやれるちゃたよ〜!」とバカは元気よく返事をする。


「じゃあ、いま進行係に伝えてたわ。」

進行係に試合開始を伝えたらその後1分後に試合が始まるのだ。畜生、なんでちゃ太郎も青波も理沙さんと喋れて、俺はまだ一度も喋れてないのだ。そう心の中で毒づくと


「うん、俺より先に理沙さんと話したから、ちゃ太郎もぶっ殺すリストに追加っと。」


「ちゃたぁ⁉︎」



そして、4人の意識はぷっつりと肉体から離れて仮想現実の世界に転移された。転送までまだ時間があるので、その場で仮想現実慣れをおこなう。仮想現実ではしようと思えば、どんな行為でさえできるため、現実と仮想現実の齟齬が起きない様に、慣れがとても大切になる。各自で違うが大体は走ったり、シャドーボクシングをしたりと体を動かすことをするのが一般的だ。



そして試合開始前10秒前を切った。

理沙は精神統一をし、青波はその場でジャンプを繰り返し、京平は青波をまずはどのようにボコボコにするかを考え、ちゃ太郎はちゃ太郎している。


八秒前

試合のフィールドが展開され、赤や黄色、色とりどりのネオンの光がきらめく夜の中華街の十字路が出現する。ただし、見えない壁によって中央の交差点と反対方向へ進んでも、違う交差点では曲がれない。

北に氷室、向かいの南側に理沙、東に青波、西にちゃ太郎というふうに場所どりがされる。


六秒前

試合用のコスチュームにドレスアップされる。

氷室はジーパンにスニーカーTシャツといったラフな服装から、厚い胸板が際立つようなぴっちりとした赤と白のスポーツウェアに、やはり引き締まった太ももが目立つ黒いショートパンツ、例えるならばラガーマンのような出で立ちに変化。また、黒かった目もコスチュームに合わせて真紅となり、氷室の名の通り、燃えるような姿となった。


青波は白のシャツに青いカーデガンをはおり、黒のチノパンをはいた姿から真っ青なシャツに白を基調としたロングコートにドレスアップし、髪が蒼くそまった。


理沙は白いシャツに黄緑のベストを着て、ミニスカートをはいたまま、真っ白の手袋を装着、またハイヒールから黄緑の蛍光色のランニングシューズをはき、目は青になった。そのしなやかで生命力に溢れた立ち姿は、思わず目が離すことができなくなるような引力を放っている。


ちゃ太郎は白の着物の後ろに金の刺繍で『参上』の二文字が現れ、手には蜻蛉が描かれた扇をもち、髪色はちゃ太郎がテーマカラーと称する日本茶のようなお茶の色へと変わった。


四秒前

グラディエーターにかけられた掛け金が発表される。

氷室:5560万サイバー

理沙:5050万サイバー

ちゃ太郎:8070万サイバー

青波:6510万サイバー

これが彼らの命とも、力の元ともなる額である。

ただ、これらの額は普段の試合の4倍ほどであり、この第六試合の関心の高さが伺える。


三秒前

といめんの相手との間に視線の火花が散り、空気がぴんとはりつめる。


二秒前

各人が構えの姿勢をとる。


一秒前

音が消え、痛いほどの静けさがフィールドを包む。


零秒

爆音と突風で闘いの火蓋が切って落とされた。

理沙がワープして氷室の後ろを取り、圧縮した空気を纏わせた拳を振るったのだ。ついでに彼女の頭上に[minus1万]の表示がなされる。その結果、爆音と突風、十字路を突っ切り吹っ飛んでいく氷室という現象が起こった。氷室の体からは五円玉のような仮想通貨サイバーエナジーの飛沫があがり、これも頭上に[minus 20万]という表示が現れる。


(なお、[minus⁇]というのは技で消費したサイバーと、技を受けた時に漏れ出るサイバーを表している。これがゼロになると自身の持つ精神エネルギーのマインドの消費に切り替わり、さらにこのマインドがゼロになると脳の活動が停止し、死にに至るのだ。)


始まって一瞬の出来事で、理沙以外なにが起こったのかわからない。とくに氷室は自分が吹っ飛んでいることすらも気づかないような音速技であった。


「まあ、まずはこんなとこってかんじ?」と理沙は当たり前かのように言う。

理沙の戦闘スタイルはワープと風をつかった超高速インファイト型であり、今のは攻撃術式《Solesta!》と呼ばれるもので、超圧縮した空気を纏わせた拳で殴ることで、圧縮された空気が急速に膨張、それにより爆破力を生み出すものだ。それにワープが加わり回避不能の一撃として氷室を襲ったのだった。


「青波ー、ちゃ太郎と氷室合流されたらだから、足止めよろしくねー」


曲がりなりにも青波はハンニバルトップクラスのプレーヤーなのだ。理解不能のことがあろうともやるべきことはわかっている。地形が十字型と言うことは、ちゃ太郎と氷室が合流するには一度十字路を通る必要がある。つまり、そこが戦略上の要衝なのだ。ここさえ押さえればいい。


青波は弓矢を生成。[minus 5万]

走るちゃ太郎に向けて矢をつがえた。


「追尾術式《Blow Your Mind》展開。目標確認。ちゃ太郎に設定、lock-on。発射!」[minus1000]


追尾術式《Blow Your Mind》は青波の目の周りに青色の魔法陣のように展開されるもので、視線の先の人に障害物があろうともそれをすり抜けて、必中させる。そのため、lock-onされた時点でちゃ太郎は絶対に逃げることができない。ただ、青波はちゃ太郎がそう易々と矢に当たるとも思っていなかった。


「それぐらいはガードできるちゃたぁ〜」とちゃ太郎は扇子をパタパタと振りながら右に大きく飛んだ。その扇子の先からは緑色の粉が出ている。


「お得意の抹茶チャフか!」


抹茶の粉をかれられた矢は《Blow Your Mind 》の追尾機能を失い、ちゃ太郎の頬にかすり、はるか後ろのネオンライトを破壊する。しかし、青波は一発だけで当たるとは思っていなかったのだ。そして、すぐさまは二発目放ち、その矢が一瞬の油断をしたちゃ太郎を襲い、彼は大きな放物線を描いて、後方へと吹っ飛んでいく。


「ちゃたぁぁぁ〜〜〜」と緊張感のない声が遠ざかっていく。たしかにあたっているのだか、手応えがない。ハンニバルは仮想現実の世界に精神だけを送るので、攻撃が当たった時に大した痛みを伴わないのだ。しかし、攻撃が当たるたびにサイバーは徐々に散っていき、その減少は死に向かわせるのだ。正直青波にはわからない精神の状態であった。


「まあ、僕に知ったことじゃない。」そんなことを考えながら、さらに矢をつがえていく。引いていく。


つがえる。引く。つがえる。引く。つがえる。引く。つがえる。引く。つがえる。引く。つがえる。引く。つがえる。引く。つがえる。引く。つがえる。引く。つがえる。引く。つがえる。引く。つがえる。引く。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


それにしても、あまりに単調な作業だ。ちゃ太郎は必死に矢をかわそうとしているが、交差点に出ない限りは道が一本道のためかわしきれず一方的にあたっているだけなのだ。こちらも向こうに大したダメージは与えられていないが、氷室と合流されないということは簡単に達成できそうだ。ただ、ちゃ太郎も曲がりなりにもやはり青波と同じSランクのグラディエーターとしてこの場にたっているのだ。何か起こらないはずがない。もうそろそろ、試合開始から3分間が経とうとしている。ここら辺で仕掛けてきてもおかしくないのだ。


それにしても、理沙さんは今頃氷室と闘っているはずだが、あんまり派手な爆破音がきこえてこない。もしかしたら、理沙の術式が不発しているのではないか、氷室相手に苦戦しているのではないか、と気になるがちゃ太郎を撃つのに集中をしないといけないし、理沙の邪魔をしてもいけないので、聞くに聞けない。


「理沙さんうまくやってるかなぁ」


と、その時だった。ちゃ太郎が抹茶の煙幕を投げてきたのは。理沙のことを考えていたためか、青波は煙幕を迂闊にも矢で射ってしまった。モワモワした煙などはギフトのダウトをつかって除去しようにも、どこからどこが抹茶なのか認識が難しく、完全に視界がふさがれた。


「ちゃ太郎、やりやがったな...」


さっき自分でもうそろそろ仕掛けてくるなんて考えていてこれだ。仕方ない、弓をやめて双剣でもつかおう。と不意に煙幕の上を影が通り過ぎる。ちゃ太郎のことだ、なにかあってもおかしくない。青波はそう考えると瞬時になんの変哲のない双剣[minus30万]を生成し、頭上になぎ払いをいれる。


「うん?」足元に真っ二つに斬ったやかんがカランカランとおちてきて、続けざまにまた、やかんが頭上に落ちきてた。もちろんそれも斬る。いやいや、こんなことをしている暇はないのだ。今頃ちゃ太郎と氷室は合流しているはずで、2対1で理沙さんが劣勢に立っているはずなのだ。と青波は思う。と、一歩踏み出した瞬間、無数のやかんが降り注いできた。数が多すぎてダウトしようにも、煙幕と同じで認識が追いつかずできない。仕方ない、少しダメージは受けるが、切れるだけ切っておこう。


「はあ、厄介だな...」


しかし、さっきのやかんとは明らかに斬った感触が違い、カランカランとも鳴らない。それもそのはず、その中ひとつひとつに熱湯が入っていて、ザバァーンと青波に降りかかったからだ。そして間髪入れずに、横からスイングされたやかんが青波の顔面に直撃する。青波は思わずよろけ、下に散乱しているやかんに足をとられコケる。さらに、横からまたスイングされたやかんが飛んできて、その顔を捉える。


「ちょっと待った。なにかがおかしい」

青波の見立てでは、今ちゃ太郎は氷室と合流して闘っているはずだ。そうすると今戦っているのは誰なのだ。それとも、ちゃ太郎のなんらかの術式なのだろうか。いや、ちがう。何しろ彼は物を生成して、落とすくらいことのはやるが、攻撃術式は使わないのだ。横からやかんがスイングしてくる時点でちゃ太郎がやかんを振り回しているに決まってるのだ。


「じゃあ、何のために....」


そして、抹茶の煙幕からぬけて青波は十字路の真ん中に立っていた。さらに続いてやかんを人差し指の上でクルクルとバスケットボールのように回しているちゃ太郎も姿を現わす。ずっとなにかが引っかかっている。


「なあ、ちゃ太郎。なんで氷室んとこいかないんだよ?」と思わず口にする。


「今日のちゃ太郎は一味違うちゃた!僕1人で青波を倒すちゃたぁぁぁ、覚悟ぉぉぉ」とやかんを片手に突っ込んでくる。


青波の左側にたたきつけようとやかんがスイングされる。しかし、青波はその攻撃をするりとくぐり、ガラ空きになったちゃ太郎の右脇に斬撃をあびせた時だった。防戦一方の理沙が視界に飛び込んできた。


ようやく合点がいった。ちゃ太郎はワザと囮になっていたのだ。3分間もの間いいように撃たれていたのも、煙幕をまいてから、やかんを落としたり、いまこうやって、ちゃ太郎が青波と闘っているのは自分と理沙を分断しておくためにしていることなのだ。ずっと、ちゃ太郎を足止めできていたと思っていたのは勘違いで、要は逆でちゃ太郎が足止めをしていたのだ。まんまと策にはまったのは青波の方である。とするならば、ここは理沙と一刻も早く合流しなければならない。そう思った青波は


「ちゃ太郎、お前に構ってる暇はない!」と渾身の力を込めて、ちゃ太郎を斬りとばす。しかし、ちゃ太郎の防御術式に阻まれる。


防御術式《風の回廊》[minus2000]


ちゃ太郎の周りには抹茶の旋風が巻き起こっている。聞いただけではふざけているようにだが、いかなる攻撃も抹茶に触れただけで、攻撃力を十分の一ほどに抑える術式であり、ハンニバル史上鉄壁の守りといえよう。


「青波の攻撃なんか痛くも痒くもないちゃた。まさかこのまま逃がすなんておもってないよね?」

そして、ちゃ太郎は蛇の目傘を生成し[minus2000]構える。ちゃ太郎は後方支援寄りのスペックの割には、なかなかいい構えをしている。そして青波が仕掛けようと踏み込んだ瞬間にちゃ太郎は目にも留まらぬ突きを喉元めがけ、繰り出す。それにかろうじて反応した青波は、左の剣で蛇の目傘を叩き斬ろうとする。常識的に考えれば剣と傘では話にならないほどの差がある。しかし、《風の回廊》の影響下では思ったような剣の切れ味が出ずに、はじききれなかった。そして青波の喉元に傘が打ち込まれ、「ぐは...」青波からサイバーの飛沫があがる。さらにちゃ太郎は、後ろに下がった青波に追い討ちをかけ、続けざまにちゃ太郎はジャブ、ストレート、ハイキック最後に蛇の目傘の突きというコンボを決める。


「まずいな...《風の回廊》が厄介だ」

そして、青波が《風の回廊》を攻略するために選んだのは単純な方法だった。それは単純に《風の回廊》で相殺されないほどの攻撃をすることだ。青波は一瞬で自らの刀に強化をかける。


強化術式《High Times》[minus2500]

それを発動すると青波の〈露柳〉は刀身に雷が宿る。この術式はランダムの強化を施すものであり、今回は雷が付与された。推定だが、これで一振りの威力は3倍ほどに上がっているはずである。


「ノンノン、それくらい強化じゃ、《風の回廊》は破れないちゃた」


「どうだろね?やってみるか」


青波は再びちゃ太郎に踊りかかり、ちゃ太郎は青波の攻撃を傘でガードする。今度はしっかりと傘が切れた手ごたえがした。そのまま、傘を切っていないの[露柳]でちゃ太郎を切りつけた。


「いける!」しかし、青波に帰ってきた手ごたえは皆無だった。


「いけるって言うと、だいたい駄目なフラグになるから言わない方がいいちゃた!」ちゃ太郎の前蹴りが青波のみぞおちに入り、体からくの字に曲がった。大して痛くはないのだが、青波の頭には疑問符が浮かんでいた。


「なんで切れてないんだ?」その答えはちゃ太郎の頭の上に表示されていた。


弱体術式《蒼氓》[minus1000]

この術式の効果は簡単である。強化術式を《蒼氓》で『和風にする』という条件で全ての強化をリセットするものだ。これは自分のものが壊された時のみ発動する。青波の剣を見ると雷が消えていた。つまり、ちゃ太郎の蛇の目傘を切った時に青波の《High Times》が上書きされ、さらに《風の回廊》で弱体化されていたために手ごたえがなかったのだ。そして、『和風にする』という条件のもと、青波の服装は動きにくい和服に変えられていた。


「《蒼氓》って呪いみたいな効果だよな」ちゃ太郎の攻撃を避けながら思わず青波は呟く。


「青波は蒼氓の意味をしらないからそんなことを言うんだ。呪いとは失礼ちゃた!」


「いやだって、弱体化させられるあたり呪いだろ?」


「一応弱体術式なだけで、弱体化じゃないちゃた。本質は普通の状態に戻すことちゃた!」


「言ってる意味がわからないけど、そうなんだね。まあ、こっちからしたら呪いにしか思えないけど。」


「青波が煽ってくるちゃたぁ。嫌だなぁ。後でネットで検索するちゃた。」


そんな会話中にも2人の間では術式を次々に展開し、高速の技の応酬が繰り広げられる。ただ、その割に散っているサイバーの飛沫は少ない。《風の回廊》の効果のためだ。ちゃ太郎との戦いはいつも地味だと青波は思う。しかし青波にとってはそれがまたいいのだが。


「なんかちゃ太郎と戦うと地味になるよな」


「ははは、そう言わず付き合って欲しいちゃた」

ちゃ太郎は思い切りやかんをスイングしながらどこか申し訳なさそうに青波に返事をする。


「殺さずの誓いだっけ?」青波の言葉にさらに申し訳なさそうに、ちゃ太郎は「お恥ずかしいかぎりだが」と前置きをして普段とはちがう真面目な声で、


「俺はだれも殺したくないからこんな戦いをしてるんだ。蛇の目傘じゃなくて剣でも持てって思うだろうけど、人を斬るってのはしたくないのよ。それに準ずる行為も...まあ試合中に話すことじゃない。」ともちろん試合中なためそんなことはしないが、試合中でなかったら目を伏せているような雰囲気で話す。


なんだかしんみりとした空気になったなぁ、と青波は思う。それはちゃ太郎のやかんや傘を振るう筋に、心なしか迷いがある所からも、感じることができる。


「ちゃ太郎、もう少し割り切るってことはできないの?」


ちゃ太郎はハンニバルにおいて1人も対戦相手を殺しておらず、さらに攻撃術式を持たないために、ハンニバルの中でも一番の異端児とされている。しかしそのおかげで、守備や強化、弱体化の術式に全ての意識を向けることが出来《風の回廊》のような9割ダメージカットする半ばチートとも言える術式の実現を可能にしているのだ。それを『割り切れ』と言うことはちゃ太郎の生き方への愚弄だと青波は心の中で失言を悔いた。しかし、ちゃ太郎から返ってきたのは


「斬撃⁈」思わず青波は口にする。その青波の肩から腹にかけてはサイバーがおびただしい量で流出している。もともと所持しているサイバーからいえばかすり傷ほどのダメージであるが、これほどの攻撃を通してしまうと思っていなかった青波は動揺が隠せない。


「俺も青波の言う通り、もうそろそろ割り切ってハンニバルと向き合わないといけない」そう言ったちゃ太郎の手には日本刀が握られている。その周りには今まで青波を苦しめていた《風の回廊》はない。その代わりに取り巻いているものは激しい殺気だ。


この時点で青波の頭の上には疑問符がたくさん浮かんでいた。一つはなぜ、ちゃ太郎が当たり前のように日本刀を扱えているかということ。いくら仮想現実の世界の中とはいえ、もともと刀の振り方を現実でできなければ、不可能だからである。その点でちゃ太郎の斬撃は異常だと感じられる。二つ目はなぜ今まで攻撃術式を使っていなかったちゃ太郎が、鉄壁の『風の回廊》を破棄してまで日本刀を手をしているのか。ということだ。そして、それを今になって選んだちゃ太郎の心情の変化。最後に刀を生成しておきながら、まったくサイバー消費の表示がないこと。


「不思議に思うかもしれないがこれは俺の意思表示なんだ。必要ならば人も斬る。そういうことだ。」


青波はまったくちゃ太郎の言う意味がわからない。しかし、それが青波の思考を切り替えさせた。

「まあ、あとでちゃ太郎の行動の真意を考えるとして、邪魔な《風の回廊》もないし、さっさと通るか」そういうと新たに頭上にサイバー消費の表示をだす。


加速術式《Travelling without moving 》[minus1000]


そして超高速の青波は《風の回廊》のあった時を考えると、拍子抜けするほど一瞬で青波がちゃ太郎に日本刀で、斬り付けられた以上のダメージを与えて切りとばす。


「ちゃ太郎が何言いたいか、僕にはよくわからないからゆっくり聞きたかったけど、理沙さんと合流しなくちゃいけないんだ。」そういうと青波は一目散に「理沙さん!」と駆けていった。


あとに残られたちゃ太郎は日本刀を一瞬でどこかに消し、[minus2500]の表示とともに、蛇の目傘を生成と《風の回廊》を発動を終えると青波の後を追った。その顔はいつも通りにのほほんとした顔であった。


更新のペースなかなか掴めないものですね。

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