第七話 嵐は突然、修羅場を運ぶ。
蘭華の家から帰還した柘魔達は狂子の帰還を待って居た。
しかし皆は気づけば眠っていた。
そんななか、突然帰還した今日が話す事とは?
今日は少し早めに目が覚めてしまった。
時間的には、朝の四時過ぎ。
蘭華は俺のベッドで寝てるが、妙に背中に違和感を感じた。
なんというか、生暖かい。
普段はパンツで寝てるが、今日はズボンはしっかりと履いてる。
ただ上を着るのが嫌で上半身は裸になっているが…突起物が触れているのを感じる。
しかも柔らかい物が妙に押しつけられ、体を何かがホールドまでしている状態。
こんな事をする人物は一人しかいない。
やべぇ…言い出しづらい。
この状況で蘭華を起こせば、スイッチが入るのは間違いない。
ましてや喧嘩が発生するかもしれない。
そうだ…もう一度寝よう。
そうすればきっと朝にでもなれば。
「柘魔…起きたのか?寝ているのであればそれでも良い…私は今日、初めて残酷な親が居る事実を知った…正直私は心細かった、本当は君が側にいて欲しかった…あの男は、人間とは思えない」
その後も先輩は静かに喋り続けた。
どうやらあの男達は先輩の家の者達らしい。
話を聞いていくと、蘭華の件での話し合いに呼び出したとのこと。
結局は金による解決になったとのことだが、色々と大変だったらしい。
徐々に鼻声になる先輩の声を聞いていると、ガキの頃を思い出した。
姉貴がよくこうして居た事もあったっけか…と。
周りからしたら気持ちの悪い姉弟に思えるだろうが、いつも取る行動をしていた。
「お…起きていたのか?」
静かに振り返り、ゆっくりと頭を撫でる。
これをやらないと、蹴り飛ばされるか酷い時は落とされる。
きっと体が覚えてたんだろうな。
「お疲れ様でした…俺がもう少し冷静に対処出来ていれば先輩にまで辛い思いをさせずに済んだのですが」
「いや…あの男はどこかおかしい…あの男は私達にはどうにもならないだろう…不思議と分るんだ、あのままでは私達は危険に晒されると」
そこまで一人で考えてくれていたのか…感謝しか出てこない。
だが先輩がここまで無くというのは、相当に辛い思いをしたのだろう。
俺は何も言うことが出来なかった、ただただ自分が恥ずかしかった。
守ると言っておきながら、まともに守る事が出来なかったからだ。
危うく傷害事件にまで発展させて、あの場全員が警察のお世話になる可能性だってあった。
自分で冷静だと思っていたが、全然違う。
昔から沸点が低いのは自覚している、だがあの状況なら…いつもそうやって自分を正当化してきた。
そこが一番の悪い癖だ。
先輩はあの時でさえ冷静で居たというのに…。
「頼みがある柘魔…前から言いたかったのだが、私の事を名前で呼んでくれないか?狂子と呼んで欲しいんだ」
下の名前で呼んで欲しい…いきなりどうしたと言うんだ?
突然の事で言葉が出ないが、顎下から視線を感じる。
それもかなり熱い視線を。
このままだと顎に穴が空いて、ピアスで埋めなきゃいけなさそうだ。
「きょ…狂子先輩」
「…先輩は着けなくて良い、そのままで呼んでくれ」
先輩を着けるなか。
「きょう、狂子」
スゲぇ複雑な気分だ、なんだこれ。
たださっきまで感じていた視線が弱くなったな、しかも胸の辺りがくすぐったい。
正直言うと、エロゲかよって展開なわけだが、先輩は理解していないだろうな。
俺もエロゲなんてした事もないから分らないが、多分こんな展開もあるんだろうな。
「いざ呼ばれてみると…照れくさいな」
「それはこっちのセリフなんですが…てかベッドに戻ってください」
俺の言葉と同時に締め付ける力が強くなり始める。
全然ほどくことが出来ない、つか指をしっかりと絡めて固定しているな。
これってかなり嫌な予感がする。
昨日といい今日といい、なんだんだよ!?
まぁ先輩には苦労掛けたから別にいいとして…蘭華が目を見開いて凝視してるのが怖い…。
あれだ…貞子の如く目を見開いてる。
なんなんだよこの姉妹は!?
色々と怖すぎるだろうが!
「安心する…眠くなってきた」
やばい!やばい!やばい!
蘭華の口がつり上がった!
「いつも思っていたんだが、名前通りに逞しい体をしてるんだな、素晴らしい程に引き締まった筋肉だ…小さい頃はよくこうやって母にしがみついていたものだ」
今お母さんの話とかいいから!
後ろ!後ろヤバい!真面目にヤバい!
ホラー映画になってるって!ガチでホラー映画!
蘭華は立ち上がり、ゆらゆらと揺れながらこちらへ近づいてくる。
もしかしてこれは、殺されるパターンじゃないのか?
映画とかであるだろ?
あのマスクを着けた不死身の殺人鬼とかが、こういうタイミングで襲ってくるんだよ。
あの原理と同じだ!
俺知ってる!あの殺人鬼はそれに敏感だって事!
「先輩は…私だけの先輩です…だからそこに居るべきなのは私なんですぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
蘭華の目が一気に黒く変わり、口も大きく開き始めた。
俺は悲鳴を上げ、逃げようとした瞬間。
視界に強い日差しが入り込んできた。
次の瞬間、俺の視界に写り込んだのはソファの背もたれだった。
ただの夢だったのか…なんか重くね?
なんか凄く体が重い。
つか絶対に上に何か乗ってるよな?
しかもホールドまでされてるしさ。
これは掴まれているのと、のし掛かられているので正しいのだろうか?
だが…夢で本当に良かった。
あれはガチで怖すぎる。
「…俺の上に乗ってるのは誰だ?」
「先輩起きましたか?上に乗っているのは真手場先輩ですよ」
後ろから聞こえてくるのは蘭華の声か。
つまり、俺をホールドしているのは蘭華と言う訳か。
「お前いつからホールドしてるんだ?」
「先輩が寝てからです、ずっと真手場先輩の気持ちが分りました、安心して眠れますね」
俺は抱き枕かよ!?
つかどうして気づかずに入ってこれるんだよ!?
お前等は全員忍者か何かなのか!?
考えると…先輩とのやりとりも、夢だったのか?
だが先輩はこうして上で寝てる。
若干混乱してきたぞ。
全然状況が把握出来なくなってきた、学校休みたい。
「皆目を覚ましたのか?疲れた…すまないがもう少し眠らせてもらう」
先輩は一度立ち上がるも、再び眠ってしまった。
ここでゆっくりと倒れてくれるならありがたいが、そのままこちらの頭に頭突きときた。
しかも超石頭だというのが辛い。
絶対たんこぶが出来た、超痛いから絶対出来てる!
…先輩が眠ったと言う事は、抜け出す事ができないのではないだろうか?
「蘭華…とりあえず離れろ」
「いやです…真手場先輩が離れるなら離れます」
これはモテモテと言う事なのか?
今更だがモテ期とかが来たと考えていいのか?
いや、俺は二次元にしか興味のない紳士。
だから紳士であれば、こんな状況はあってはならないはず。
「離れろ、学校に遅れるぞ」
「私は行きません!ここで先輩の帰りを待つんです!」
コイツ…昨日話しただろうに。
あの後も先輩の家のメイドが制服を運んで来てくれたってのに。
「…学校に行くと言うなら、デートにプラスして好きな場所に遊びに連れて行ってやる」
ホールドが解かれ、ソファからズレていくのが分る。
作戦は成功だ。
次の問題は現在何時か、朝食を作る時間はあるかってところか。
朝食は時間が無いならトースト、あるならフレンチトーストにするとしよう。
先輩をソファに寝かせ、携帯を見るとまだ六時だった。
ここで若干イラッとしてしまい、蘭華の頭を軽く掴んでいた。
「ど、どうしたんですか先輩?顔が怖いです」
「別に…ただ夢見が悪くてよ…あと寝起きは機嫌が悪いから、少し離れてろ」
にしても…服が妙に湿気ってるな…。
悪い夢を見たから、酷い寝汗でも掻いたか。
二人に悪い事をしたな…。
「うわぁ…体中びしょびしょ…先輩で興奮しすぎちゃったかな…」
お前のせ…あれ?
なんだか…視界がおかしいぞ?
体がふらふらして…頭もクラクラする。
これはまさか、風邪か?
しかし…二人の朝食を作らないと…。
朝食を…作らない…と。
「先輩!?どうしたんですか先輩!先輩!センパーイ!」
蘭華の声が頭に響く…。
駄目だ…視界が遠のいて行く…。
気分も悪い…まさか寝汗で…。
気がつけば俺は、気絶してしまったようだ。
「おらおら!髪の毛グルグルにしてだっせ!」
「やっやめてください!私が何をしたというのですか!?」
「うるせぇバカ!こんなドレスとかバカじゃねーの!?」
これは…俺の記憶か?
だが一体いつの記憶だ?
俺は…走ってるのか?
視界の先には…先を走る少女。
それと、三人の少年と一人の少女
「痛い!やめてください!」
「やめなさい!女の子を苛めたら駄目!」
アレは…小さい頃の夏美?
それに隣にいるのは…少女漫画とかに出てきそうなお嬢様か?
凄いな…まるで人形みたいだ。
その少女を背に隠して夏美が守っている。
俺はそこへ目掛けて走ってると言う事か?
ガキの頃はこれが日常茶飯事だったな。
大抵は夏美が見つけて、俺が相手にドロップキックを食らわせるのがお決まり。
「なんだよお前?生意気なんだよ!」
あらら、手を振り上げちゃって。
夏美に対して、そんな事をしたら。
「お前等死に晒せや!火球!」
二人の少年に跳び蹴りが決まり、転がって行く。
視界は俺の視界で進んで行く。
なのに行動は俺の意思とは違う。
蹴りを入れた少年二人に近づき、股間目掛けて技名と同時に踵落としを繰り出す。
鈍い音が鳴り響き、二人は泡を吹いて気絶する。
「次はお前の番だ!選べ!こいつ等と同じになりたいか!?それとももっと酷い目に遭いたいか!?」
「な…なんだよお前!?邪魔するなよ!」
「逃げた方が良いよ!タクには絶対勝てないんだから!なんたってタクは怪獣なんだからね!」
怪獣と言う言葉を聞き青ざめる少年。
ジリジリとにじり寄り、少年を睨み付ける俺。
自身に満ちあふれている夏美、その後ろに隠れる少女。
状況的には、遊んでいた子ども達に一人の狂暴な悪ガキが割り込んだようにも見える。
その狂暴な悪ガキが俺と言う事になるが、いつも夏美が説明をしてくれていたな。
「かかか怪獣!?明才小にいる化け物級に強いあの怪獣バーサーカー!?こ…殺される…奴に殺される」
逃げ出す少年。
俺はその後ろを追いかけて行き、後頭部目掛けて頭突きをかましていた。
悲痛の叫びを上げる少年に対して、俺は足を掴み引きずりながら何処かへと連れて行く。
大体連れて行く場所は決まっている。
浅い川まで連れて行き、相手に謝罪する意思を示すまで蹴り飛ばす。
大抵は一回で示す事が多い。
コイツもそうだった、泣きながら詫びてきたから連れ行き謝罪をさせたんだ。
「ご…ごめんなざい…ごろざないで…」
「次やったらドブに落とす、年下相手にやってたらドブに頭埋める、俺達の前に姿表せたらパンツにミミズ三十匹入れる」
おい!完全に俺の方がいじめっ子じゃねぇか!
我ながら、ガキの頃は本当に容赦がねぇな。
下手をしたら相手が…いや、これ以上はやめておこう。
確か…この後は。
「タッちゃん!どこにいるの!?夏美ちゃん!?」
姉貴の声。
そうそう、このときは姉貴が探しに来た。
どっかの子どもが喧嘩に気づいて、姉貴に知らせに行った。
いつも誰かが知らせて姉貴が飛んで来る。
大体は怪我が無いかを確認して、抱き締めながら褒められた。
イジメを止めた事を、後は頭に軽く拳を乗せて擦られる。
これはやり過ぎた場合にやられる。
川に突き落とす度にやられるが、懲りずに俺はやっていた。
「本当に無茶するんだから、まだ小学二年生なのに」
「姉ちゃんはもっと強いから強くなりたい」
「秋恵お姉ちゃんは世界で一番強いもんね!でもタクはもっと強くなるよ!」
こうやって…俺はガキの頃、喧嘩をしていた。
夏美を危険に晒してから、考え方を変えて。
ただ喧嘩をしても、誰かを巻き込むだけ。
なら被害を防げば良いと考えた、ただ喧嘩をするより守る方が良いと。
他の子どもが夏美に対してイジメをしていると気に、殴り掛かるのと同じ事をすれば良い。
そこから俺は無駄な喧嘩をやめた。
考えると、姉貴の方も学校とかではヒーロー扱いされてたな。
不良からは悪魔とかよばれてたっけか。
家にも見た目怖い友人集めてたけど…人は見た目に寄らないというのは本当だな。
「頭痛ぇ…どこかにぶつけたか?」
「目が覚めたのね?部屋に入ったらかなり辛そうな姿で倒れてるからびっくりしたわ」
…この顔…見覚えがある。
えっと…なんだっけ?ジョニデ?
違う…頭がボーッとしてるせいで思い出せない。
顔ははっきりと…思い出せるのに。
「何か食べたの?と言っても熱が出てるから多分つくれてないわよね?今何か作るから」
そうだ…姉貴だ。
春咲秋恵…またの名を『欲望の小悪魔』って呼ばれて居た姉貴。
喧嘩が強くて、人にいつも優しくする。
俺とは正反対とも言える。
昔から正義感が強く、頼られていた。
俺の憧れでもあった。
…そういや先輩達は学校へ行ったのか?
蘭華の奴は…どこに行ったんだ?
「そういえばね、さっき女の子二人が部屋で看病をしてくれていたけど、ちゃんと学校に行かせたからね」
学校に行かせたか…。
流石と言うべきだろうか。
「熱が下がったら、二人についてしっかりと聞かせて貰うからね」
後ろ姿だけだというのに、何という威圧感だろうか。
今、この部屋に居るだけで空気がピリピリとしてくる。
絶対キレてる、マジギレ状態確定。
アルティメットアングリーだ、最悪過ぎる。
どうしてこの対民具で、つか帰ってくるなんて連絡来てない…あ…。
手紙の返事書くの忘れてた…。
完全にやらかした、姉貴が心配して帰って来たパターンだ。
「こうやってマンションに一人暮らしすると言い出してずっと心配だったけど…やっぱりまだ一人暮らしははやかったみたいね」
やめて!静かに言うのは良いけど、最後に包丁でダンってのはやめて!
心臓に悪いから!
「でもちゃんと部屋は綺麗にしてる様子ね。相も変わらずアニメのグッズが多いけど…学業に支障をきたすよりは大分マシだけれどね」
「いつ帰って来たんだよ?」
姉貴に問いかけるも、こちらをチラ見しただけで返事が返ってこない。
都合が悪い事があるといつもこうだ。
家の姉による横暴、黙秘。
これをされるとこちらからは何も言えなくなる、もししつこく言えば現世に地獄が現れる。
つか二人共無事なのか?
頭に拳を落とされてるかもしれないな。
この人ならやりかねない、むしろやっただろう。
姉貴の拳は岩どころか、厚さ十ミリの鉄板に風穴を開けると噂される代物。
まぁ所詮は噂、尾ひれがついてそこまで拡張されたんだろう。
まず一緒に暮らしていた俺が言うのだから間違い無い、姉貴の拳は瓦十枚は粉砕出来る!
「じゃあ私は買い物に行ってくるから、しっかり寝ていなさいね、冷蔵庫にはポカルを数本入れてあるから、水分補給を忘れないこと、あとこれも食べて起きなさいね」
「へいへい…ありがたく食わせていただきます」
買い物に姉貴が出ている間、する事は飯を残さず食う。
残したりしたら、怒る以前に泣き始めるから凄く厄介だ。
以前にもそれを数回やられた、こちらにしたら罪悪感が凄い。
それ以来は残さず食べるようにしている。
夏美も同様、そうやって躾けられてきた。
だから食事を残すとどうなるか知っている。
しかし…姉貴のやつ…。
「普通、病人にカツ丼の特盛り作るかよ…予想はしてたけどよ、自分を基準にしすぎなんだよ」
あの人の考えは普通の人とはちょっと違う。
風邪を引いたら食欲は失せる。
なのに姉貴は、体力が落ちるからという理由でカロリーの高い物を食べたがる。
昔、姉貴の友人から聞いた話だが。
姉貴は日頃常々カロリーを消費し続けていると言う。
その消費するカロリー量は、成人男性の約三倍のスピードらしい。
だからもう化け物と言える。
しかも風邪を引いたら余計に腹が空くと言っていた、インフルの時はピザを三枚も平らげた程。
なのに太ると言う概念は一切存在しない、それが春咲秋恵と言う人間なのだ。
「気持ち悪ぃ…吐きそうだ…」
これで最悪のパターンを回避出来る。
…寝よう、寝てないと多分怒られる。
しかし…どうして今頃になって、ガキの頃の夢なんて見たんだ?
それもかなり古い記憶の夢。
「あの子は…今何してるか…考えるのダリぃ」
冷蔵庫からポコリを取り出し、飲んだ後にベッドで再び眠った。
ただベッドに脱ぎ捨てられた下着があるのが気になったので、適当に放り投げたが…まぁいいか。
あれからどれほど寝ていたのか知らないが、俺が寝ている間に部屋が騒がしい。
というより、玄関先で揉めている感じか。
「ですから!私の先輩に会わせて下さい!私もここに住むって昨日決めたんです!」
「子ども同士でそういうことを認めるわけないでしょ!いい加減帰りなさい!あの子は私が着いてるから問題ありません!」
「だが本人の意思を聞いてみないと駄目ではないのか?柘魔は私達が居ても文句などは言わないぞ?」
そりゃアンタ達が勝手に侵入してくるだからだ。
つかあまり外で騒ぐなよ、近所迷惑になるだろ。
「姉貴…五月蠅いから静かにしてくれ、それから二人を中に入れて」
「駄目じゃない!ちゃんと寝てなきゃ、やっと少し熱が下がってきたと思ってたのにってちょっと!勝手に部屋にはいるんじゃありません!」
今の蘭華を止める事は出来ない。
だってスイッチ入ってるもん!絶対に俺から刺激をしたくはない!
てか颯爽と病人のベッドに潜り込む奴がいるか!
風邪移してやろうかこの野郎!
「もう!タッちゃん!なんなのこの子達は!?私と言う物がありながら!」
もうツッコむのも面倒くせぇ!
病人に一体何をさせたいんだよ!?
俺このままだと過労死するぞ!
…もう駄目だ…頭痛くなってきた。
とりあえず蘭華蹴り落としてでも寝よう。
「先輩、私の愛を」
すり寄ってくる蘭華を軽く蹴り落とすと同時に、姉貴が引っ張り出した。
考えてみたら、俺って普通にこういうこと出来たんだな。
いや、元から出来るのに気を遣ってただけか。
よくよく考えるとコイツのせいで風邪引いたんだしな。
「未成年がふしだらなな事をしない!まさか貴女達!弟に対して毎晩こんな事をしてるんじゃないでいしょうね!?」
「私は柘魔を抱きしめて寝ているのだが…何か問題でもあるのだろうか?」
「先輩が…先輩が蹴った…でもなんかキモチいい…」
ああ…ダメだこりゃ。
非常に面倒な事態がこれから発生する。
悪魔が降臨されるぞ!悪魔様が降臨なされるぞ!
もうそうやって叫びたい位にヤバい。
だって姉貴がマジでキレると言う事は、ここが地獄と化すとと言う意味。
愛神蘭華対春咲秋恵、とんでもないバトルが今始まる。
「俺の部屋で争い事をするなら出てけ…」
「ごっ誤解よ、お姉ちゃんは喧嘩なんてしないから、ほらいつもの優しい笑顔でしょ?」
おい…若干顔が引きつってるぞ。
どこがいつもの優しい笑顔だよ、徐々に強ばりはじてるんだが。
無理してる!姉貴完全に無理してる!
今にも暴走しそうな勢いで顔がヤバい事になってる!
蘭華を片手で振り回しそうな勢いでヤバい!
断言しよう、姉貴なら蘭華を片手で振り回すことが出来ると。
実際姉貴が喧嘩してるところを見た事あったが、相手を軽く持ち上げて振り回してたからな。
もうゴリラと呼んでも良いかもしれない。
「姉貴…二人は同じ学校の先輩と後輩だ、訳があってそこの黒髪は家で寝泊まりしてるが気にしないでくれ」
「気にしないでくれ!?私は心配をして言ってるのよ!どうみたって気にしない方がおかしいでしょ!?」
「まぁまぁ落ち着いてください、病人がいるので騒ぐのは宜しくはないかと、彼も昨日色々と疲れているので」
先輩の放った一言で、我が姉が発狂した。
驚いた蘭華が上着を脱ぎ捨てこちらに逃げてくると、姉貴が部屋の物を手当たり次第に投げ始めた。
やめてくれ!俺の大切なフィギュアとDVDコレクションが!
ああ!真射子の限定バリアントカラーがぁ!
今度は深夜の二時まで並んで買った限定BDボックスまで!
「助けてください先輩!」
「バカ!そんな恰好してこっちに来るな!姉貴のターゲットはお前だ!」
無残に破壊されていくコレクションの数々。
首がもげる真射子、片足が壁に刺さる真射子、宙を舞うキリタマのぬいぐるみ。
CD類は手裏剣の如く飛んで行き、俺のベッドを切り裂いて行く。
ここであることに気づく、先輩はどうしたのだろうか?
俺は先輩の方へ振り返ると。
「ホアチャッ!アチョー!アチョチョチョチョ!」
全部見事に、粉砕してくれていた。
つかアチョーとか本気で言う人間初めて見た。
てかやめて!本当にやめて!もう手に入らない奴もあるんだから!
粉砕出来るならキャッチとか出来ないわけ!?
気がつけば俺は、シーツを広げながら二人の前に立っていた。
「柘魔…私を庇ってくれるのか?」
違う!これ以上コレクションへの被害を無くす為だ!
「タッちゃん!そこを退きなさい!バカに着ける薬はないのよ!」
「バカはアンタだろ!?俺のコレクションを壊してんだよ!?これ以上やるなら実家に戻って姉貴のドールを全部!
真射子にカスタマイズするぞ!?」
そう、姉貴はドールコレクター。
それもかなり高いフランス人形を好んで買う。
部屋には人形だらけになる程だ。
「そ…それは…」
やはり効果は覿面だったか。
姉貴の暴走も収まり、二人についてしっかりと説明をしたのだが、やはり納得はしない。
まぁそれが普通な訳だが。
まだ常識を持ってくれていてよかった…ヒステリーまでは予測出来なかったが。
「じゃあ、貴女達は弟の部屋に居候をしている事でいいのね?」
「むしろ同棲です!」
「お前…ややこしくするのはやめろ…また熱出てきたかもしれない」
「それはいけない、早く横になって寝た方が…なんと!?ベッドがボロボロじゃないか!?」
誰のせいでベッドがこうなったと思ってるんだよ!?
つかこれじゃあベッドが使い物にならないな。
畜生!新しいベッドを買わないといけないじゃねぇか!
といってもパイプベッドだから、マットとシーツを買えればいいだけか。
つか姉貴の殺傷力がアップしてる気がする。
フィギュアやらCDやらが壁を貫通してるんだからな、絶対夏美の奴が突撃してくるかもしれない。
「ちょっと!何が起ってるのよさっきから!?私の可愛いニャリーゼが大けがするところだったんだけど!」
ほら言わんこっちゃない。
夏美の奴が突撃してきた。
「ごめんね五月蠅かったでしょ?ちょっと興奮しやって」
「流石秋恵お姉ちゃん…これなら納得出来たわ…てか私の部屋にまで被害が出てるんだけど!」
「先輩のお姉様は怖い人なんですね…でも諦めません」
もう滅茶苦茶だ。
姉貴の襲来により、落ち着き始めた生活が再び崩壊しはじめた。
その後は姉貴が仕切り始め、部屋割を決める事となった。
どうやら姉貴もこの部屋に住む気でいるらしい。
理由は簡単、俺がいるからだろう。
あとは二人の監視も目的としているのだろうな、話を聞いて発狂するレベルだから。
それよりだ…まず言いたい事が一つある。
「全部弁償しろよバカ!全部で幾らすると思ってるんだ!?場合によっては車売れよ!人形も売れよ!給料使って全部買い揃えろ!」
「分ってるわよ、そんなに騒いだら治る風邪も治らないわよ、さてと、それじゃあ夕飯を作るわね」
逃げやがったな…。
だが…日本に住むとか行ってるが仕事はどうしたんだ?
まさかクビになったのか!?
それだとしたらかなりマズイ。
両親に知られたら滅茶苦茶怒られる、それだけじゃ済まない!
下手をすれば勘当も免れない、となると埋め合わせは俺に回ってくる。
冗談じゃない!
俺は姉貴ほど頭が良くはない!
実際の所、姉貴は腕力だけじゃなく頭脳も良い。
入学して知った事だが、姉貴は俺が通ってる高校を卒業してる。
だから一部の教師には有名だが、俺が弟だと言う事実は何故か知られていない。
まぁ似てないってのもあるかもしれないが。
「ところで気になっていたんだけど、貴女真手場狂子って言ったわよね?どこかで聞いた事がるのよね、その名前」
「私も不思議と会った事がある気がします、ずっと昔にお会いしている気が」
もしかしてあの夢に出てきた少女。
まさかな、だって性格とか全然違う。
ラノベとかだとこういう時は実際なるんだろうが、これは現実だ。
そんな事は決してない、あったら…いや、なんでもない。
面倒な事を考えるのはやめよう、ただでさえ熱で怠いのに余計悪化しそうだ。
姉である春咲秋恵の訪問。
風邪で寝込んでいる柘魔を看病すると共に、部屋に住み着く事を決める彼女の目的とは。
狂子と蘭華に続き、三人目の居候が増えて仕舞った柘魔の部屋は酷く荒れ果ててしまった。
これからもっと騒がしくなる柘魔の生活はどうなるのか。