第六話 呼んでないのに向かってくる。
学校に登校する柘魔を待ち受けていたのは、ある噂だった。
寝不足の目を擦りながら、先輩と一緒に学校に登校をした朝。
学校内ではある噂で持ちきりになっていた。
内容は、いつものように俺と先輩についてなのだが。
かなりマズイ噂になっている。
先輩が部屋に泊まっているのがバレたのだ。
元凶は恐らくだが、由実だろう。
アイツしか考えられない。
学校新聞に書いてあるから、しかも俺と先輩が部屋で寛いでる写真まで載せて。
「由実!お前なんて事してくれてるんだよ!?」
「いやぁ…その…新聞部の先輩達からの受けが良くてつい…ありがとござやす!」
反省の『は』の字すら見せないかこのアマ。
なんて後輩だよ!
教室でも話が持ちきり、職員室に呼び出されるのも時間の問題か。
「今すぐ新聞全部剥がして来い、あと証拠も全部消せ」
「絶対に嫌っすよ!これ部室の先輩から高額で買いたいって言われてるんすから!小遣い稼ぎとしても最高なんっすよ!」
ふざけんな!何故俺達の写真を売買してやがるんだ!?
「決めた、お前今日から俺の部屋出入り禁止な」
やべぇ、面白いぐらいに焦ってやがる。
なんだろう、からかうのが若干楽しい。
少し可哀想にも思えるが、ここで甘やかすと面倒事を引き起こすだろうな。
絶対に持ってくる、コイツなら確実に面倒事を引き起こす。
現在進行形で起きてるから。
「流石に出禁は…蘭華が心配っすから」
「ああそうだ、お前に聞きたかったんだがよ…蘭華についてだ」
由実に聞きたい事。
朝、蘭華の様子が若干おかしかった。
昨日までのテンションが、一時間ほど眠ったら無くなっていたのだ。
まるで人が変ったかのような感じに。
「それはスイッチが切れただけっすよ。蘭華は一度寝るとスイッチが切れてリセットされるんっすよ、朝にはビクビク怯えた感じじゃなかったすか?」
確かにどこか怯えている感じだった。
思い返すと、初めて会った時もあんな様子だったような。
もしかして毎日アレを繰り返してるのか?
だとしたらもの凄く体力を消耗している事になるぞ。
メンタル的にもかなり辛いはずだが。
「かなり蘭華にとっては負担が掛かってるんじゃないのか?家での件もある上でだろ?」
「そうなんすよ…蘭華にとってはかなりの負担が掛かるっす、あれはどうしようもないっすよ…どれがトリガーになるか本人ですら分らないって言ってたっすから」
トリガーが分らない。
つまり、いつあの状態になってもおかしくはない。
恐ろしいな。
アイツは常にその状況と戦っていると言う事なのか。
段々と心配になってきた…部屋に一人置いてるから余計にだ。
もしかしたら、今にもなっているかもしれない。
俺は急いで電話を掛けた、すると怯えた様子で電話に出たので安心は出来た。
明日から引きずってでも連れてこないと駄目かもしれないな。
今日は蘭華と話し会いが必要になりそうだ。
「とりあえず言った通りにしとけ、あと放課後は蘭華の今後について話し合うぞ」
由実を教室に帰した後、俺も自分の教室へと戻る。
教室に入ると一斉に、俺へと視線が集まった。
朝も同じだったが嫌だな。
「柘魔この野郎!お前はついに同棲まで始めたって話じゃないか!?裏切り者がぁ!死ね!」
「同棲はしてないって!新聞部の奴が勝手に書いているんだよ!」
「俺は昨日見たぞ!コイツ真手場先輩以外にも女を三人連れてたぞ!しかも一人は一年だった!それもコスプレの店でコスプレさせてたぞ!」
あの店に居たのか!?
お前あの店で何してたんだよ!?
まぁ別に俺がどうこう言えることじゃないわけだが。
とにかくだ、この二人を落ち着かせないといけないのだが。
興奮のしすぎで顔が猿のケツみたいになってるぞ。
「俺達はお前を信用してたのに!最低のクズ野郎だ!」
クズ野郎は言い過ぎだろ、傷ついたぞ。
「酷くねぇか!?まず弁解するが、一人は幼馴染みだ!あと浩寺の奴も一緒にいたぞ!」
「やかましいヤ○チン野郎が!ただでさえ真手場先輩と親密にあるだけじゃなくて幼馴染みだと!?あれか!?いつも校門で待ってるあの子か!?あの美少女か!?」
夏美…美少女か?
子どもの頃から見てるから全然分らない。
綺麗かどうかと言われれば綺麗だろうが…アイツの本性を知ってるとなぁ。
見た目以上に、どう刺激を与えないようにするかをきにしなくてはいけない。
だが他の奴からしたら美少女に見えるのか。
本人が聞いたらどんな反応を示すんだろうな、少し興味がある。
今日話してみるか。
「とにかくだ!お前が美少女に囲まれてるのが気に入らねぇ!今日をもってお前とは縁を切る!二度と俺達の前に姿を現すなよ!」
いやいや、無理だって。
学校に来た時点で顔会わせるだろ?
つかお前俺の前の席だろ。
縁切っても大して意味がねぇって。
「なんだそのバカを見る顔は!?」
「おいおい、話を聞いてれば随分と勝手な事を言ってるな、春魔には俺と言う親友が着いてるんだぜ、それからコイツは結構モテるからお前等が居なくても寂しくないぜ」
浩寺…おまえはバカだ。
火に油を注いだだけに過ぎない。
どうしてくれるんだよ、この状況を。
「死ねクソチンコンビ!」
「リア充コンビは爆殺されろ!」
めんどくさいな…。
何故こうなるんだ。
俺が何をしたって言うんだよ…俺何もしてないよな?
いや、絶対に何もしてない。
むしろ…むしろ…もういいや、考えるのもめんどくさい。
その後は授業を普通に受けていたが、二人が時折睨み付けてくるのには参った。
まだ二回や三回なら見逃してやる。
それが一時間に十回近くとなるとうっとうしい。
二時限目も同じ、三時限目も同じでイライラしてきた時。
反射的に睨み返してしまったのだ。
これがよくなかった、癖でついやってしまったが。
「な…なんだよ!?いきなり睨んでくるなよ!お前が睨み付けるとスゲぇ怖いんだよ!獣みたいな目付きしやがって!」
「うるせぇな!仕方ねぇだろ!元々獣みたいな目付きしてるんだからよ!なにか!?小動物だったらいいのか!?市場に出回ってる冷凍マグロみたいな目したらいいのか?あ?」
「お前のその目付きが前から気に入らなかったんだよ!なんだよその獣の目!額に傷まで付けてヤクザかお前!?もしかして強調するために自分でつけたんじゃ」
俺は無意識に二人の胸ぐらを掴み、持ち上げていた。
「もういっぺん…言ってみろよ…俺の額の傷がなんだって?どうした?言えよ…俺の額の傷がなんですか~?」
このとき、俺の顔はかなり凶悪な物になっていただろう。
自分でも顔が酷く歪んでいる事が、しっかりと分るからだ。
眉間にはしわが寄り、絶妙につり上がった口元。
顔はしっかりと笑みを作っているのに、目だけが笑っていない。
青ざめながら汗をかき始める二人。
その二人の視界に俺の不気味な顔が写り込んでいた。
酷い顔だな。
高校一年の時から仲良くしていた友人、恵似熊仁志。
その仁志と同じ中学出身の友人、半田和希。
いつもアニメの話をしていた二人に対して、ここまで攻撃的な姿を見せるのは初めてだった。
「何か言えよ…言わないなら、教室の外へ投げ飛ばすぞ?」
「落ち着け春魔、やりすぎだ。お前達も暴れ出す前に謝った方が良いぞ」
教室内がざわつき始める。
今まで大人しくしていたオタクが暴れだしたんだ、ざわついてもおかしくはない。
浩寺の奴が止めに入るが、二人を多少睨み付けているのが分った。
そりゃそうだろう、俺は別に悪い事はしてないのだから。
逆に因縁を付けられて限界に来たのは俺の方だ。
こっちは大人しく我慢してやっていたのに、絡んできたのはそっちだろう。
「やばいよこれ、先生呼んできた方がよくない?」
「でも…あの三人の事だし放って置いた方が」
「このままだと浩寺君が怪我しそうだよ…男子止めてよ」
騒ぎが大きくなってきたか。
二人を睨み付けたまま、俺は二人を開放した。
「お前等が俺に姿を見せるなっていうのは分った、だが物理的には無理だ…これからはお互いに居ない者として扱えば満足だろ?俺は金輪際お前等を人としては見ない」
椅子に座り携帯で蘭華に無事か連絡を取る。
メールとかで済みそうだが、声を聞いてテンションを確認しないことにはどうにもならない。
電話の向こうでは相変わらずびくついた蘭華の声。
不思議と安心が出来るのが怖い。
心配症な面も、姉貴に似たのかもな。
「蘭華に電話か?」
「ああ…少し心配でな…今日は説得して、明日から学校に連れてこさせるようにしようと考えてる」
俺の意見に浩寺は賛成と言ったが、少し不安そうな顔をしていたのが分った。
さっきまでキレてたのが、嘘の様に落ち着いてるからな。
なんだか憑きものが落ちたような気分だ、アイツ等と連む事自体がストレスになっていたのか?
違うな…最近の出来事でのやりとりが原因だろう。
今回、縁を切った事で楽になった感じか。
それからは、二人は俺と目を合わせる事もなく怯えてる様子だった。
クラス全体から伝わる恐怖心。
俺には別に、どうでもよく感じられた。
怖がられても関わる事なんて殆どないからだ。
あるのは浩寺くらいか。
先輩を引き連れ部屋に戻ると、蘭華がベッドのシーツを被りながら怯えていた。
まるで何かから隠れるかの様に、ガタガタと震えていたのだ。
「どうした!?何かあったのか!?さっきまで普通に電話で話してただろ?」
蘭華は覚えた表情のまま、こちらを見つめる。
瞳には多少涙が流れるものの、どこか虚ろな感じになっている。
俺はこのとき、何か会った事は間違いないと思った。
先輩に蘭華を任せ、落ち着く様にココアを入れて渡してやる。
すると勢い良く飲み干した後、突然蘭華は泣き始めた。
「泣いていたら分らないから話してくれ、何かあったのか?もしかして電話を掛けたのが嫌だったのか?それなら謝る」
「…父から…電話が来て…どこに居るのかと怒鳴られて…」
父親からの電話か、それも怒鳴られたから。
怯えていた理由はそれか。
蘭華の父親から電話が掛かってきたと言うことは、心配をしていると言う事で間違いは無さそうだな。
しかしだ、この怯え方は異常なような気もしてくる。
例えるなら、音に驚いたウサギのような感じか。
「父が…父が探してます…先輩と居るところが知られたんです…私帰りたくありません!あんな家!私の家じゃないです!ここが私の家です!」
いや、ここ俺の部屋なんだけど。
「なる程、これは大変な事態になっているようだな…柘魔、私は蘭華を助けたいが、手伝ってくれるな?」
「ここまで来たならやるしかないですよ…ただ状況的には、こちらの方が分が悪い…そこをなんとか覆す手段があれば」
幾ら考えても、思いつくはずがない。
なんせ蘭華自身が家出をしている。
俺はあくまで蘭華にとっては先輩、しかも家に泊めているという最悪な状況。
もし学校にバレれば、ノックアウト確定のKO負けだ。
ましてや学校では呼び出しを喰らったが、証拠無しの口頭注意で終わった。
ただ教室内での喧嘩の件は酷く怒られてしまったわけだが。
更にこれがバレるのは、危険だろうな。
「父は世間体を気にしてます…しばらく私が家に帰らないのが近所に知られるのを恐れてるんです…だからそこを突けば私はここに居られるかと」
「先輩、蘭華に対するネグレクトを攻撃するのはどうでしょう?あと先輩の家で泊まらせていた事にして置いてくれませんか?バレると厄介なので」
先輩は了承をしてくれた。
今回は先輩の協力が不可欠だ。
問題はどう説明をするかになってくる。
蘭華の家に行くのは当たり前だが、メンバーをどうするか。
夏美を連れて行くのはNG、浩寺の奴は部活があって無理だ。
となると、俺と先輩に由実を連れて行くしかないか。
決まりだな、由実もどちらにしろここに来るだろう。
来たら突撃を開始するか。
「今日はお前の実家に行く、しっかりと話を着けに行くぞ」
「ふほぇ?実家に行くんですか?いやです!私実家は嫌なんです!」
拒絶することは分かっていた。
お前がいくら拒絶しようと、ちゃんとケリを着けないと終わりそうにはない。
たとえお前が噛みつこうと連れて行く。
「なら条件を出す、お前が頑張れたら、出来る範囲で一つ願いを聞いてやるってのはどうだ?」
蘭華のことだ、きっと乗ってくるだろう。
注意しておくことと言ったら、出来る範囲を着けておくこと。
そうしないと後々面倒になりそうだからだ。
特に彼女の場合はかならず面倒な事を要求してくるだろう。
昨晩の件が前科のようなものだから。
さて、蘭華は一体どういう要求をしてくるのやら。
「じゃあ…私の事を抱いてください」
確かに出来る範囲とは言った。
しかし昨日説明をしたはずだ、半殺しにされると。
「お前理解してなかったのか?それが出来ないと話しただろ?別のにしろ」
「…デートでも良いです」
「ふむ、では私も協力する報酬として同じのを柘魔に要求しよう」
アンタまで何を言い出すんだ?
別に協力をしてもらうから仕方のないことだが、デートって何するんだ?
この前みたいにゲーセンとかで遊べば良いのか?
つか女と付き合う事自体ないから、デートとかの事を全く知らないんだが。
「どうしてタクがアンタ達二人とデートする約束してんの?そういうことはまず、私のありがたい許可を得るのが必要でしょうが!」
いやいや、お前の許可を得る理由がどこにあるというんだ?
まず理由が見当たらねぇよ!
つかまた勝手に部屋に入ってきたのか!?
俺のプライベートは一切無いと言う事か!?
酷くないか?俺には安らぎと言う物を与えてくれないのか。
別に今始まったことじゃないが、前より断然疲れてきた。
夏美と蘭華のバトルが勃発している間にも、由実の奴が部屋に勝手に入ってくきた。
二人のバトルを写真を撮り始めたので、カメラを取り上げる。
「丁度良いタイミングだ、これから蘭華の家に行くから着いてこい」
「マジっすか!?一体どうしたんっすか!?結婚報告とかっすか!?痛い!すみませんでした!アイアンクローは勘弁してくださいっす!」
ふざけた事を抜かす状況を考えろ。
まさか後輩に対して、躊躇無くアイアンクローを喰らわせる俺がいるとは思わなかった。
とりあえずこれで、役者は揃ったというところだ。
夏美だけは留守番で確定。
俺は二人の喧嘩を止めた後、夏美に留守番を言い渡したのだが。
「はぁ!?なんで私が留守番なの!?私も行くから!絶対に行くから!むしろ私を連れて行かないと話が進まないでしょ!?」
「どうしてお前を連れて行かないと話が進まないんだよ!?意味が分からないんだよ!まずお前は違う高校だろうが!」
今度は俺と夏美のバトルに発展した。
結果は簡単、俺の負け。
怒った夏美はそのまま部屋に戻って行った。
腹部に重いブローを入れられたが、話がこじらされるよりはマシだろう。
犠牲としてはかなり大きい代償を払ったわけだが。
ここで蘭華の携帯が鳴り始めた。
静まり帰る室内で、彼女が電話に出ると一気に青ざめる。
どうやら父親からの電話だったらしい。
涙目になり始める蘭華、それを見かねた先輩が携帯を奪い取り話はじめた。
「もしもし…私か?私は真手場狂子だ、貴様こそ何者だ?」
どうして貴様とか言うの!?
話がこじれちゃうでしょ!
「だから真手場狂子だと言っているだろう、何?何度言えば分るんだ?私の名前は真手場狂子だと言ってるだろう!そうだ!蘭華の先輩だ!偉そうな口を聞くなだと!?貴様は自分の娘を泣かせているのがわからないのか!?…切られてしまった」
「なんて事をしてくれたんですか!?これじゃあ話が余計にし辛くなるしてるんですよ!?」
焦り始める先輩だが、既に遅い。
てか全然話がかみ合ってなかったし、どうして電話を取ったんだ。
落ち込んでいても仕方がないので、俺達は蘭華と由実に家まで案内をさせた。
「ここが…私の実家です」
学校からはそこまで離れては居ない場所、俺の住んでるマンションからは多少距離はあったが。
青ざめながら腕を掴んでくる蘭華、頭を抱える先輩。
由実は余裕そうな表情をしていたが、やはりびくついてる気がする。
「不安なのは分る…正直俺もかなり不安だからな、でも絶対に守ってやる」
例え、怪獣を出すとしてもだ。
暴力に訴えず、頭をフル回転させろ。
怪獣として活動してる時の集中を、話し合いに回すんだ。
ただし、相手が暴力を振るってきた場合だけは違う。
出来るだけ加減をして、数発で沈めるようにする。
あくまで正当防衛を意識する。
過剰防衛を避けるようにしないとだ。
「開けますね…怖いです!無理です!先輩お願いします!」
「私が代りに開けよう」
蘭華から鍵を預かった先輩が扉を開けようとすると、勝手に開いた。
中からは小学生くらいの少女が一人出てくると、俺達をジロジロと見始めた。
そして蘭華の事を睨み付け始めたのだ。
「る、琉美李」
今なんて言った!?
ルビィとか言ったのか!?
もしそれが本当なら、何というキラキラネームだ。
しかし…似てないな、この姉妹。
母親が違うというのは聞いたが、ここまで姉妹に違いが出るのか。
「よくもまぁ堂々と帰ってこれたわね。キチガイのくせに、家出とかどれだけ迷惑を掛けるつもり?」
随分と口が悪いな、驚いたぞ。
これが本当に蘭華の妹なのか?
見た目以上に性格が違い過ぎるだろ。
普通に見た感じでは、可愛いと思えるが…性格がヤバいな。
姉貴にキチガイとか普通言うかよ。
俺が自分の姉貴に言ったら、海に沈められるかもな。
「あまりお姉ちゃんにそんな酷い口を利いたら駄目っすよ」
「うるさいカメラ!どうせアンタが連れ出したんでしょ!?このキチガイコン…誰?」
怖ええ!
最近の小学生超怖え!
歳上に対してスゲぇ強気の攻撃的!
蘭華に関してはもう涙目じゃねぇか!?
しかも腕をしっかりと掴んでくるから…これ以上は心を無に変えよう。
そんな事を考えてる間に、少女は俺の前まで来て睨み付けてきた。
「誰?バカの彼氏?同じ格好してるからそうだよね?キモっ!」
「蘭華…お前の妹、礼儀がなってないぞ…普通初対面の相手にキモいとか言うかよ?流石に小学生になれば常識くらい分るだろう」
マジかよ…少し言い返しただけで涙目かよ。
豆腐メンタル過ぎるだろう。
もし夏美に言ったりしたら、顔面に頭突きをしてくるぞ。
人それぞれなのは分る、だが喧嘩売って置いて言い換えされたら涙目って反則だろ。
端から見れば俺が泣かせた様にも見えるんだぞ!?
「琉美李、どうかし…蘭華!お前は何処にいたんだ!?このバカ!」
火山大噴火中だな、頭から湯気が出そうだ。
二人の父らしき男はイメージとは違い、ただのサラリーマン風の男だった。
もう少し厳ついのかと思ってたんだがな、蘭華の怯え方からして。
てかどうして俺の事を睨み付けてくるんだ?
俺がアンタに何かしたとでも言いたいのか?
まず会うこと自体が初めてなんだが?
「なんだね君は?家の娘とはどういった関係だ?」
「二年の春咲柘魔と言います」
「この人は私の先輩です…同じ高校の…そしてこっちが三年の真手場先輩です」
目付きが更に悪くなったぞ、そりゃ先輩が電話であんなことをしたからな。
だがこのまま家の中に入れてくれるのかが心配になってきた。
蘭華も俺の背中に隠れてるしよ、由実も何故か隠れてるしよ。
そんなに怖いのか?
俺は蘭華の妹の方が怖いんだが。
とにかくだ、本題に入らないとどうしようもない。
「突然お伺いして申し訳ございません、今日は蘭華さんの事についてお話をしようと思って来た次第です」
「蘭華について?話す事はない、そいつは我が家の穀潰しだ、高い金を出して高校に行かせてやっているのに家に引き籠もるか何処かへとほっつき歩く、本当にバカ娘だ」
「高い金って…お金を出してるのはお母さんの方のおじいちゃん達だよ…お父さん達は私の為にお金なんて出してない!小さい頃からずっとお母さんが出してくれてたの!」
衝撃の真実が発生しました。
なんとこの父親、蘭華のお母さん側が金を出してるのを自分が出してると言い張っております。
相手もだが、俺の方も苛ついて来てるのが分る。
「落ち着きなさい、近所迷惑になるだろ」
「いや!近づかないで!いつも外面だけ気にして!私にはいつも無関心のくせに!」
蘭華がここまで拒絶する、相当嫌なんだな。
かなり辛いだろうが、我慢してもらうしかない。
俺は背中に隠れる蘭華に手を伸ばしてくる手を払いのけた。
「なんのつもりだ?これは親子の問題だ」
「親子の問題?ネグレクトしておいてよく言えますね、彼女の状態を知っているんですか?すっかりと痩せていてまともに食事すら取れていない状態だったんですよ?それを何年も繰り返してきたそうじゃないですか?」
俺の頭は不思議と冷静だった。
てっきりブチ切れると思っていたのに、ここまで冷静になれるんだな。
むしろ怒りすぎてる結果か。
人は怒りすぎると逆に頭が冷静になる、姉貴が喧嘩をしている時は常に冷静な理由が分った。
「どうなんですか?違うのであれば否定をなさればいいじゃないですか?否定をなさならないのであれば、認めると言う事でいいでしょうか?」
「…とりあえず中に入りなさい」
俺達は言われるがままに、家の中へと通された。
リビングに通され、ソファに腰掛け、話し合いを開始する。
まずこちらが話す事は、蘭華に対する事。
何故彼女に対して、酷い仕打ちをするのか。
妹の躾けがなっていないこと。
蘭華が引き籠もりがちになったのは、そちらに責任があることを説明した。
「蘭華は母親に似てる…だから、どうしても」
「ではどうして親権を取ったのですか?」
俺の言葉に対して、相手は黙り込んでしまった。
それと先ほどから気になるのは、奥さんらしき人が見たらないことだ。
もしかして仕事で居ないのか?
正直平日に来る事自体が間違いなのは認める。
しかし、こうなってしまってはどうしようもない。
「どうせ嫌がらせでしょ…お父さんはお母さんが苦しめば良いと思ってやってるんでしょ!だからお母さんに似てる私を苦しめるんでしょ!?」
「少し静かにしてろ、俺はお前の親に聞いてるんだ」
「そうだぞ蘭華、ここは一度心を落ち着かせよう、柘魔ならきっと上手くやってくれる」
隣で興奮していた蘭華は落ち着いたものの、目に涙を溜めながら父親を睨み付けていた。
しばらく沈黙が続いた後、ついに口を開いた。
「違う…お前は忘れてるだけだ…お前が俺と一緒に来たがったんだろ?お前がママは嫌だって言って」
「言って無い!私はそんな事言ってない!それなのにお父さんが無理矢理連れて行ったじゃない!お母さんに暴力まで振るって!私知ってるんだから!あの女と結婚したくてわざとDVしてたの!」
涙目で訴える蘭華が叫び、顔を手で覆った瞬間だった。
もの凄い音が響き、彼女がソファから倒れ込んだ。
一瞬何が起っているのかが分らなかった。
だが直ぐに視界に入る光景で理解が出来た。
父親が蘭華を打った、それも力いっぱいに。
頭が真っ白になりながらも、父親は顔を赤くしながら蘭華に怒鳴りつけている光景が写り込んでくる。
由実が蘭華の元へ駆け寄ると同時に、俺は彼女の父親の胸ぐらに手を伸ばしていた。
意外と軽いんだな…大人って。
今までもこうして胸ぐらを掴み上げる事は多々あった。
今日だって二人持ち上げてきた、あの二人に比べたらこの男は。
全然軽すぎる。
「な…何をする?警察を呼ぶぞ」
「呼ぶなら呼べよ…今この状態で呼べるなら呼べよ…別に警察に厄介になっても構わないしよ…大切な友人達が守れるなら警察だろうがヤクザだろうが、叩きつぶす覚悟くらいして来てるんだよ!このクズ野郎ぁ!」
俺は拳を振り上げた。
アイアンクローじゃなく、しっかりと握った重い拳。
姉貴から教わった喧嘩の一つ、まずは握力を鍛えろ。
相手の顔面を攻撃するなら握力からだと。
殴れば痣が出来上がる、それにこちらの手もただでは済まない。
だからこそアイアンクローを使え、力加減も出来る上で腹部に蹴りを入れる為の注意をそらせる。
だから拳を使わずにアイアンクローを使う事にしていたのだが、今はそれも出来そうにないな。
「右頬と左頬、それか鼻を殴られるならどこが良い?選ぶのはお前の自由だ、俺はそこに一発だけ叩き込んでやるだけだ…選べよ」
答えが来ない…じゃあ蘭華が打たれた左頬で良いな。
そう考えながら拳を更に固く握ると、後ろから押さえられてしまった。
「それ以上は駄目だ。君の手は誰かを殴る溜めにあるではないだろう?ここから先は私が話しを着ける、だから柘魔は蘭華と由実を連れて部屋に戻っていてくれ…お互いに頭を冷やす必要がありそうだ」
「そうっすよ、ここで先輩が殴ったら退学になるっす…いやっすよそんなの」
確かに…頭に血が上り過ぎていたようだ。
「先輩一人で残るって、大丈夫なんですか?」
「問題はない、既に呼んでいるしな」
呼んでいる?誰を?
先輩の言葉に疑問を持っていると、突然インターホンがなり響く。
そして扉が開き、スーツを着た男が数名入ってくると同時に俺達は追い出された。
そのまま部屋に戻り、先輩を待ったが、その日は戻っては来なかった。
狂子が蘭華の家に残ったまま、部屋に戻った三人。
戻ってこない狂子を心配する柘魔だったが。