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第五話 家庭の事情を知る

蘭華から語られる家庭の話。

それを聞いて行くうちに、柘魔も自分の過去を語ることになる。

「私の両親は…私に対していつも無関心なんです。だから私がどこで何をしていようと気にすることもありません」


 コスプレの店で抱きついたまま、部屋まで着いてきた蘭華。

 俺は彼女の両親が心配をしているのでは無いかと問いかけたが、少し重い話になりそうだ。


「家には小学生五年になる妹がいるんですが…私達姉妹は仲があまりよくなくて…両親はいつも妹の肩を持つんです」


 家族内での問題か。

 俺にも姉貴がいるが、考えると別に喧嘩をしたことは無かったな。

 兄弟や姉妹での喧嘩ってどんな感じだ?

 待てよ…確か蘭華は昨日ネカフェに居たよな?

 もしかして昨日も喧嘩して逃げ出してきたんじゃいのか?


「なぁ蘭華。嫌なら答えなくていいだが…お前もしかして、昨日ネカフェに居たのって」

「先輩は何でもお見通しみたいですね。私の事を全部知っているみたいです、本当に全てを知っている凄い人」


 お見通しか、確かに言い当てたと言えるかもな。

 ただこれは簡単に導き出せる答えだ。

 今聞いた話と、過去の事。

 そこから逃げ場を確保する為に、一人になれるネカフェを選んだ。

 本当にシンプルで、楽な選択肢だろう。


「俺は同性での兄弟喧嘩は知らないが、何か相談したい事があるなら俺に連絡しろよ。出来るだけ協力はしてやる、飯くらいだって食わせてやる、だからあまり体に負荷の掛かる事は避けろ」


 俺は気づいていた、蘭華がしがみついた時に。

 彼女が若干痩せている。

 いや、痩せすぎている事実。

 これはあくまで俺の予想でしかないが、まともな食事をしていないのではないだろうか。

 いくら何でも痩せすぎている。

 外から見た感じでは伝わらない、彼女自身来ている洋服が大きいから隠れているのだが。

 実際に触れてみればハッキリと分る、栄養不足だ。


「少し胸の付近を触るが良いか?」

「私を受け入れてくれるんですか?嬉しいです」


 お前を受け入れるなんて言ってない、助けるだけだ。

 俺は軽く胸の下辺りに手を添えた。

 予想はしていたのだが、見事に的中した。

 体の発育はいい、しかし肋が出てきている。

 それどころか骨と皮に近い部分が多々あるのだ。

 正直驚かされた。

 俺は医者じゃない、それなのに分る程痩せている。


「いつからまともな食事をしてない?」

「…三日前に…お小遣いが足りなくて…由実から昨日、コンビニのお弁当とおにぎりを奢って貰いました」


 多少は食事は取れてると言う事か。

 だが相当偏った物しか食べてない、あるいは拒食してるかだ。


「どうかしたんですか?」

「これはあくまで素人の見解だが、お前は痩せすぎてる。しっかりとした食事も取ってないだろ?親御さんは食事を作ってくれないのか?」


 彼女に問いかけると、静かに頷いた。


「いつからだ?いつから親御さんはお前に食事を作らなくなった?」


 しばらく蘭華は黙り込んだが、か細い声で何かを言い始めた。

 最初は聞き取る事が出来なかったが、耳をすませて聞いて見るとこう言っていた。

 小学六年の辺りからだと。


「始まりは妹との些細な喧嘩でした…私の大切にしていた人形を壊して、怒ったら両親は妹を庇った上で、罰として夕飯を抜きにすると言われたんです…そこから徐々にご飯が出なくなってきて」


 殆どネグレクトじゃねぇか。

 このとき、俺の体が震えているのを実感した。

 ネグレクト自体は経験してる。

 姉貴が俺を育てたような物だ、両親は金を送ってくるだけ。

 両親がいつも期待をしていたのは姉貴だけ、俺は別におまけ程度の存在だった。

 優秀な姉貴を両親は可愛がったが、姉貴は両親より俺を気に掛けていた。

 ある意味、似た境遇って奴か。

 気がつけば俺は、姉貴との写真を蘭華に渡していた。


「…先輩のお母様ですか?とても綺麗な方ですね、凄く若く見えます」

「姉貴だよ…お前とお前の妹が五つ離れてるのと同じ、俺には五つ歳上の姉貴が居るんだ…今は海外で仕事をしてるがな」


 何故俺は写真を差し出したんだ?


「前に言われたんだよ。目の前で辛い思いをしている人が居たら手を差し伸べてやれって」


 なんで俺はそんな事を言ってるんだよ。

 姉貴が言っていたことは確かだが、別に誰かに教えろと言われた訳じゃないのに。


「これも何かの縁だ。今日は泊まっても良い」


 どうして泊まる事を許してるんだ俺。

 一体何が起ってるんだ?

 どうして俺は蘭華を静かに抱き締めてるんだ?

 どうして俺は蘭華の頭を優しく撫でてるんだ?


「お前には味方が居るから安心しろ…たとえまたあの連中が来たら、次は先輩としてじゃなく怪獣(オレ)がお前を守ってやるし助けてやる」


 思い出した…小さい頃、姉貴もこうしてくれたっけ。

 両親が居なくて泣いていた時、こうやってくれてた。

 やっぱり姉弟なんだな。

 喧嘩が好きで、こうして誰かを助けたいと思う気持ちがあるところなんてそっくりだ。

 姉貴は美人でモデルと間違えられるが、弟の俺は全然違う。

 似てるというのは性格だけってところか。


「…ずるいです、先輩。初めて会った時もそうでした…先輩は私が弱っている隙を突いてくるんです…まるで悪魔の様に弱っている心に入り込んできます…先輩は本当に悪魔かもしれませんね」

「悪魔?違う…俺はそんな生やさしいものじゃない」


 悪魔なんて言われる程の事はしてない。

 姉貴は正真正銘、いい人だった。

 対して俺は、自分のしたいことをしてるただの偽善。

 どうあがいても姉貴の様にはなれない。

 悪魔より質の悪い偽善者って事だ。

 後輩に対してこういう行為をしてる、弱みにつけいろうとしてる時点で、クズ野郎だ。


「卵とかアレルギーとかは無いか?あるなら早めに言ってくれ」

「アレルギーはないです。ただピーマンが食べれなくて…」


 ピーマンが駄目なのか。

 とりあえずは、消化に良いたまごがゆにしよう。

 腹も相当減ってるだろうが、まずは体の管理からだ。


「後で多分全員来るかもな…そうなるとお粥だけじゃ足りなくなるか…」


 おお…スゲぇ動揺してるぞ。

 俺何か地雷でも踏んだか?


「あの、あの女の人は何者なんですか!?先輩と凄く仲が良さそうでずるいです…おっぱいだってないのに」


 別にそこは関係ないだろう。

 もし夏美(本人)にでも聞かれたら大変な事になるな。

 この部屋が危ない。

 俺の大切なコレクションを巻き込んで、修羅場に発展する。


「アイツは幼馴染みだよ、丁度隣の部屋に住んでる。簡単に言うと俺は保護者みたいなものだ」

「可哀想な先輩…安心してください、私が先輩を」

「タク!アンタどういうつもりよ!?なんで普通に連れ帰ってるの!?まさか変な事を仕込もうとしてるんじゃ!?」

「落ち着けよ夏美、アイツは二次元にしか興味が無いのを忘れたのか?話を聞けば真手場先輩の裸を見ても取り乱してないらしいじゃねぇか」


 ナイス過ぎるタイミングだな。

 蘭華が何を言おうとしたのかは分らない。

 だがそれを聞いたとしても、俺の口からはいつもの言葉しか出てこないだろうな。

 二次元にしか興味がないのが何が悪い。

 俺はそうして生きてきたんだ、文句を言われる筋合いはない。


「勝手に入ってくるな!」

「見てくれ柘魔!途中寄った店でガバメントが安く売っていたんだ!感動のあまり四丁も買ってしまった!この二丁は是非君が持って居てくれ!」


 テンションが滅茶苦茶高ぇ!


「ありがとうございます」

「守ってくれたせめてもの礼だ」


 先輩から渡された紙袋は重く、中身に少し不安を覚えさせられた。

 この重さは、エアガンじゃない。

 まさか先輩が買ってきたのは、ガスガンではないだろうか?

 もしそうだとしたら、とても高価な物を頂いてしまった事になる。

 一丁何万もする物なんて受け取る事は出来ない。


「先輩、これって」

「変だな…スライドしない?くっ!ふんっ!むっ!んっ!」


 固定式ガスガンだったのか、それなら一万も超えない品だ。

 もしかして先輩、固定式ガスガンだと知らずに買ってるのか?


「ふむ、これはもしや不良品か?」

「真手場先輩、それって確か固定式ガスガンって書いてあったっすよ」

「固定式ならスライドが動きませんよ、その分値段が下げられてるんです。由実、少し話があるんだが良いか?」


 俺は皆から離れたところに連れだした。

 蘭華の事について聞いておきたい事が幾つかあるからだ。

 後ろの方で視線が痛いが、大切な話なので気にしない。


「話ってなんすか?もしかして私に告白とかするっすか!?まだ出会ったばかりっすよ!?でも先輩がどうしてもというなら付き合ってあげてもいいっす」

「違ぇよバカ…話ってのは蘭華の事についてだ…アイツいつから家に帰ってない?」


 先ほどまで浮かべていた笑みは消え、深刻な顔付きに変わり出す。


「本人が話したんすか?」


 俺は静かに頷いた。

 由実は徐々に語り始めた、彼女の家庭環境の事を。

 話によると、蘭華の両親は再婚らしい。

 元は彼女の父親の浮気が原因で離婚。

 別れた後の親権は父親の方に行ったらしい。

 蘭華の父親はそのまま浮気相手と再婚をして、妹が生まれたトのこと。

 彼女の両親は末っ子である妹を可愛がり、次第に彼女には興味を示さなくなっていったらしい。

 理由は、彼女に母親の面影があるかららしい。

 そこが嫌で妹を余計に可愛がる様になったと。

 酷い話だ…本当に酷い話。

 正直親の所に乗り込んでやりたいくらいだ。


「ありがとう…悪かったな」

「どう思ったっすか?やっぱり蘭華が哀れに思えるっすか?可哀想とか思えるっすか?」


 怒りが籠もった視線を送り着けてくる由実。

 確かに、可哀想だと思える。

 しかしだ、それ以上に俺は違う感情が溢れていた。


「哀れとか、可哀想と思う以前に…まず蘭華の親父に対して怒りが湧いてきて仕方がない…顔面に数発蹴りか踵落としを喰らわしてやりたいぐらいだ」


 本当に、出来ることならそうしてやりたい。

 罪のない自分の子どもを差別する。

 正直居るのかと疑いたくもなる。

 なのに…蘭華が実際にそうだ。

 安心する場所がないから、ネカフェに居た。

 食事もまともに貰えない、それを何年も耐えてきた。

 彼女に対する仕打ちが許せない。


「なぁ由実。金をやるから、蘭華の換えの服と下着を買ってきてくれないか?もちろん礼に飯もご馳走してやる」

「イマイチ行動が読めないっすね。先輩は面倒見が良いのか、あるいは何かを隠しているのか」


 読めないって、俺の行動を読んでどうしようってんだよ。

 まぁ、俺自身も何がしたいのかよく分らないわけだが。

 とりあえずは、泊まっていくなら着替えが必要だろう。


「今日のところは泊める予定だ」


 やめろ、そのいやらしい笑顔を向けてくるな。

 好奇心に狩られたその笑顔だ。


「やっちゃうんすか!?ついに童貞を処女に」

「少し黙れ、お前と話してると頭が痛くなってくる」


 俺は由実に財布を渡し、部屋に戻った。

 部屋の中では浩寺の奴が勝手にDVDを漁り、夏美はベッドの上で漫画を読んでいた。

 気になったのは、先輩と蘭華が銃をお互いに弄り合っている光景。

 蘭華はかなり敵対意識を見せていた気がしたのだが、案外そうでも無いのかもしれない。


「そういえばさっき、先輩が私の事をやさしく抱きしめてくれたんですよ」

「はぁ!?どういうことなのよタク!?」


 こいつ…地雷どころか原爆を投下しやがった。


「ふむ…私はよく柘魔を抱き枕にして寝ているが」


 今度は核が投下されました。

 皆さん避難をお願いします、次は流星群が降ってくる恐れがあります。

 大至急避難をお願いします。

 つか俺の知らない新事実が発見されたんだが。


「わ、私なんて…一緒にお風呂に入ったりしたんだから」


 夏美(こいつ)はとうとう捏造しやがった。

 何?俺に何か恨みでもあるわけ?

 そんなに修羅場を発生させたいわけ?

 どっかにカメラとかない!?昼ドラでも撮影する!?

 てか言い出した本人がなんで顔真っ赤にして睨んでくるんだよ!?


「どうせ子ども時代の話ですよね?今が一番大切なんですよ」

「今だって毎週入ってるから!」

「お前はいつまで嘘を捏造する気だ!?俺お前と風呂入った事ねぇぞ!?せいぜい市民プールで泳ぎを教えた位だろうが!」


 涙目で夏美にぶん殴られた。

 何故だ…?

 なぜ俺が殴られなければいけないんだ…。



 夕飯を食べ終わり、夏美達は帰ったのだが。

 現在俺の部屋に蘭華以外の客が二人残っている。

 真手場先輩と由実だ。

 先輩はいつものことだが、由実が残る理由は蘭華が心配なのだろう。

 だが問題が一つある。


「お前…俺は洋服を買って来いって言ったよな?どうしてワイシャツ一枚だけなんだよ!?しかも若干小さめの選んできただろ!?下着丸見えになってるだろうが!どうするんだよ!?」

「フッフッフッ、甘いっすね先輩。私はただフラグを立てただけっす!エロゲ的展開を期待してこういう風にしたんっすよ!無論真手場先輩の分もあるっすよ!」


 俺は今、買い出しに行かせる相手を間違えたと後悔していた、

 もう少し念を押した上で、スウェット辺りの指定を出しておくべきだったのだろう。


「お前もう一度買い出し行ってこい」

「無理っすよ、元々蘭華の洋服サイズ知らないっすから」


 駄目だ…そのまま蘭華を連れて服を買いに行くのが正解だった。

 にしてもだ、どうして先輩の分まで買ってくるんだよ。


「ありがとうございます、先輩。私毎日これを着ますね、先輩の前でずっとこの恰好してますね」


 いや、目の前で着られても目のやり場に困るんだが。

 今現在もやり場に困ってる。

 裸とかならまだ問題ないのだが、どうもこういう服装には耐性がない。

 元々は姉貴が家の中を裸で歩く事で耐性がついた。

 しかしこういうことはなかったからか、妙に恥ずかしくなってくる。


「どうやら効果ありっすね、蘭華、そのまま責めるっすよ」

「柘魔、どこか調子が悪いのか?少し横になった方が」


 全然対応が違うな。

 もしここに夏美がいたなら、俺は大変な事になっていただろう。

 アイツ、俺が調子悪くてもお構いなしに我が儘を爆発させるから。

 先輩に言われるがままにベッドに横になるが、どうして一緒に横になるんだ?

 ましてやワイシャツ一枚というのは反則だろう。


「なんだか恥ずかしいな…どうしてこんなにも恥ずかしいのだろうか?店でも何故か恥ずかしかった…まさか私は病気か何かなのか!?」


 この人は多分だが、何処かズレてるんだな。

 感性というか、常識というか。

 世間知らずと言えばいいのだろうか。

 とりあえずズレてるって事が今、ハッキリと分った。

 だからお俺の部屋に堂々と侵入はする、裸で潜り込む。

 これである意味納得がいった。


「病気以前にそれが普通ですよ、つか異性の前で裸になるのが間違いですから」

「まぁ恋人同士なら普通っすけどね」


 先輩はしばらく考え込んだ後、普通に服を着始めた。

 なんとか理解はしてもらえたようだ。

 俺はここで一つ問題に気づく。

 今日は蘭華を泊める事になったのだが、先輩も多分泊まっていくだろう。

 まず、俺は手出す事はないからここはクリアだ。

 次に、寝る場所の確保になる。

 先輩が俺のベッドで寝るとして、蘭華も同じベッドで寝て貰えればいいのだが。

 若干抵抗されそうな気もする。


「先輩は今日も泊まるんですか?」

「もちろんだとも、家ではメイド達メイド達が五月蠅くて敵わない」


 そりゃお嬢様が裸で寝てれば五月蠅くもなるだろうな。


「だからって春咲先輩の部屋で寝るのは筋違いじゃないっすか?」

「そうです!今日から私が代りに寝ま、ね…うぅ」


 どうしてそこで恥ずかしがるんだよ。

 もうそこまで言ったのなら、最後まで言い切れよ。

 んで先輩も先輩だ、どうして俺の部屋の方が落ち着くんだ?

 起こしてくれば部屋にあるソファに移動出来る、なのに眠って居る所に潜り込んでくる。


「とりあえず、今日のところは二人とも泊まると言う事だが…二人はベッドで、俺はソファで寝るんで」

「そろそろ私もオイタマさせてもらうっす、明日学校なんで」


 あれ?明日学校なら、先輩は制服をどうするんだ?

 多分先輩の制服は家にあるよな?

 だとすると、明日の学校はどうするんだよ?


「先輩…制服はどうすんですか?家に帰らないと」

「ああ、心配いらないぞ、こうしてベッドの下にしまってある」


 なんという用意周到なんでしょう。

 後輩のベッドの下から、学校の制服が仕舞ってあるコンテナが出てくるではありませんか。

 それも学校の鞄に、下着まで出てくるしまつです。

 この人どんだけここに泊まる気なんだよ。

 準備良すぎるだろう。


「真手場先輩はソファで寝てください、私が先輩と寝ますから」

「いやいや、遠慮をする事はない。私は別に構わないぞ、むしろ人肌くらいの暖かさがある方がぐっすり眠れる事を最近知ったから居てくれた方が嬉しい」

「だってよ、良かったな蘭華。先輩から頼りにされてるぞ」


 不満そうな顔をする蘭華を気にせず、俺は押し入れから予備の掛け布団と枕を取り出す。


「本当にソファで寝るんですか?寒くないですか?風邪引いてしまいますよ?まだ先輩が入るスペースありますよ?」


 ベッドの方から向けられる視線を無視して、俺は暗闇の中で沈黙を貫く。

 それからしばらく時間が経った頃、静まり帰る部屋の中に謎の音が響き渡った。

 最初はベッドが軋む音で寝返りでもしたのかと思ったのだが違うような気もする。

 少しだけ熱い視線を感じるのだ。

 更に、ベッドの方から妙に荒い息づかいも聞こえてくる。

 俺には振り返る勇気はない。

 なんか振り返ったら絶対気まずい空気になりそうだし!

 しばらくすると音は止み、部屋は再び静けさをとりもどした。

 だがここで終わる事はなかったのだ。


「なんで振り返ってくれないんですか?」


 背後から突然聞こえてくる声。

 俺は驚きの余り振り返ってしまった。

 同時に口の中に何か布の様な物を詰め込まれると、それは俺の上に乗っかり始めた。

 暗闇の中で揺らぎ動き続ける影。

 見覚えのあるシルエットで俺は、それがなんなのかを理解した。

 こういう事をしてきそうなのは一人だけだ。


「どうして振り向いてくれないんですか?どうしてですか?なんでですか?私にはそこまで魅力がないですか?根暗からですか?引きこもりだからですか?頭がおかしいからですか?」


 視界にかすかに写り込む蘭華の姿に違和感を感じ始めた。

 こいつまさか服着てないんじゃ?


「どうしても私のものにならないなら…力づくで手に入れます」


 蘭華の顔が近づいてくる。

 激しくなる呼吸、俺はあることを思い始めていた。

 コイツにはしっかりと話しておかないといけないのかもしれないと。

 でないと納得しなだろうからだ。

 近づけてくる顔を空いている手で掴み、口の中に詰められた布を取りだす。


「…降りろ…そして座れ」

「わかりまひゅた」


 このとき、俺自身もかなり冷たい声が出ていたと実感していた。

 床に座ろうとする蘭華をソファに座らせ、俺が床に座る。

 ここで俺は手に握っていた布の正体を知った。

 蘭華(こいつ)、人の口にパンツをツッコみやがったのか。

 後で締めるか。


「一応確認だ。俺は二次元にしか興味がないからそういうことをされても意味がないし、逆に迷惑でしかない」


 冷たい事を言うだろうが、仕方が無い。


「か…可哀想…先輩」


 は?なんで可哀想になるんだ?

 もうコイツの思考回路は理解不能だ!

 しかも目が慣れてきたら泣いてるのが分ってきたしよ。

 どういう状況なんだよこれ!?


「きっと幼い頃にトラウマがあるんですね!?私が克服出来るように手伝いますね!先輩のトラウマは私が克服させて見せます!」

「俺の話を聞け、俺が二次元に逃げたのはそもそも姉貴の過剰なスキンシップからくる物だ」


 姉貴は昔から異様に俺へ執着をしてきた。

 何処へ行くも着いてこようとする、風呂にまで乱入してくる。

 酷いのは家の中を裸でうろつくのだ。

 そのせいで、女性に対しての裸を見ても何も感じられなくなった。

 自然と姉貴に見えてくるから、萎えてくる。

 アニメでは問題がないのだが。


「頼むから、ああいうことはしないでくれ…姉貴にバレたら後が怖い」

「お姉さんはそんなに怖い人なんですか?」


 怖い人、真面目に怖い。

 姉貴の要求を拒否した日には、一日中拗ねられた上で技を掛けてくる。

 得に俺よりも力が強いせいで固定なんてされれば逃げられない。


「姉貴は何というか…家族に対して凄く甘いと言うか…甘える事が多くてさ…それでいて大雑把な性格をしてるんだ、しかも基本裸で生活してるからあまり興味が湧かないというか、見慣れ過ぎててよ」


 おお…凄い頬が膨らんでいる。

 お前は餌を溜め込んだキンクマみたいな顔をしやがって。


「理解したならそっとしておいてくれ」

「いやです」


 即答かよ!?

 しかもいやってどうしてだ!?

 お前に拒否する権利なんてないだろ!

 多分理解してるんだろうが、理解をしたくないんだろうな。

 つまりは話しても無駄と言う事か。

 だとしてもだ、夜這いをしてくる事を辞めさせないといけない。

 俺の命の為にも。


「蘭華。さっき俺の上に乗っかってきただろ?もうアレはするな」

「どうしてですか?私じゃだめなんですか!?」


 さっき話しただろうに。


「理由を簡単に話すとだな、半殺しにされるんだよ…姉貴に」


 さっきから姉貴の事ばかり出てくるが、姉貴はマジで怒らせるとヤバい。

 特に性に関する事は厳しい。

 昔から言われてるのは、責任が取れる様になってからと教えられてきた。

 あと絶対に二十歳を超えてからというルールまである。

 もしこれを破ったら、半殺しどころか血祭りに上げられて部屋のオブジェにされる可能性もある。

 本気でそれは勘弁願いたい。


「なるほど…柘魔にはそのような過去があったのか」


 声のする方へ振り返ると、先輩が起き上がって話を聞いていたらしい。

 つか素っ裸で話聞かないで欲しい、なんか姉貴といる気分だ。


「話は聞かせて貰った、ではこうするのはどうだろう?私達が柘魔のトラウマ克服を手伝うというのは」

「私一人で十分です、真手場先輩は引っ込んでいてください」

「別に克服とか良いから、そっとしておいて欲しいだけなのに」


 二人には声が届いていないようだ。

 この二人に喧嘩されると被害が大きそうだが。

 蘭華の行動パターンが読めないから被害を押さえるのは難しい。

 となってくると、落ち着かせるのが一番いいのだが。

 この流れからして俺が折れるべきなのだろうが、折れたくない。

 喧嘩を見届けて、部屋の物を破壊されるか。

 俺自身が折れて、二人の仲裁に入るか。

 答えは一つか…気が重い。


「分りましたよ!どうぞよろしくお願いします!だからいい加減寝かせてくれ!」


 とうとう俺も限界に到達したか。

 驚く二人はお互いに顔を見合わせた後に、同時に笑顔を向けて来た。

 これで被害は回避出来ただろう。

 あとはゆっくり眠るだけなのだが。


「では訓練を始めるとしよう!まずは…何をすればいいだろうか?」

「そうですね…まずは先輩の男としての本能を取り戻す事が一番いいのではないでしょうか?そうしないことには何も始まりませんし、真手場先輩のその姿を見ても反応が薄いというのは流石に」


 …結局は、どちらを選んでも転けるのか。

 眠ると言う選択肢はないと言う事でいいんだな。

 なんてこった…俺には休息はない。

 つか二人共元気良すぎだろ!

 どんだけエネルギーが有り余ってるんだよ!?

 いい加減にしてくれないかな!?

 明日学校なんですけど!?

 結局は、二人の会議は朝まで続いた。

 俺はその中で眠ろうとしたのだが、二人の会話が恐ろしすぎて眠る事自体が出来ていない。

 ここで驚かされたのは、真手場先輩は殆ど性に対する知識が皆無と言う事だろう。

 どうも蘭華との会話がかみ合っていなかった。

 貞操概念がないか、あまりそういうことに触れずに生きてきたのか。

 だが最低でも知識はあってもおかしくはないはずだ、高校三年生だぞ。

 むしろ無い方が不思議でならない。

 一番不思議なのは、どうして異性の前で裸で平気と言う事。

 確か服を着ている時は恥ずかしがってたよな。

 コスプレ専門の店でも恥ずかしがってたし、ワイシャツ一枚の時も同じだ。

 本当に不思議な人だな、若干怪しいけど。



彼が何故二次元に走ったのかを語り、女性に対する謎のトラウマ認定をされた柘魔。

二人が考案した克服方法とは一体。


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