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再三話 朝は怪獣、昼間は根暗。

休日の朝、目覚ましに起こされた柘魔は苛ついていた。

彼は目覚めが酷く悪く、誰も邪魔をしたがらないのだ。


 携帯の目覚ましが部屋に鳴り響くが、今日は休みだから俺は起きない。

 起きるとしたら昼に起きてやる、その方がゆっくり出来る。

 面倒なのは、携帯を確認して止めないといけないところだ。


「…まだ六時か…チッ」


 いつも目覚ましの曲はメタルに設定してる、だからかなりうるさい。

 だがこれにしないと俺の場合、起きることが出来ずに学校に間に合わないのだ。

 小学校時代はかなり酷く、何度目覚まし時計を破壊したことか。

 周りから言われるのは、俺は寝起きが悪くて普段以上に凶暴になると言われていた。

 まぁ実際、時計止めるのに無意識に窓からぶん投げたり、壁に投げつけたりしてたらしいからな。

 どこのギャグ漫画だよとツッコみたいが、自分自身がそうなのだがらどうしようもない。


「…窓…閉め忘れたか?…どうせ熱くなるから良いか」


 携帯を取った時に感じた違和感、カーテンが若干揺れている。

 多分窓が多少開いているんだろう。

 そこから風が入って来て、揺らいでるってとこだろうな。

 考え事をしている間にも睡魔が襲ってくる。

 俺は布団を被り、再び眠る事にした。

 何故かベッドの中が狭く感じるが…俺は睡眠を優先する。

 妙に腕に柔らかくて生暖かい物も感じられる、だがこれが妙に心地良いくらいの温度だ。

 余計に睡魔を増長させてきやが…る。


「た…タク?タク起きて」


 誰かに揺すられてる。


「タクさん?タク様?柘魔さま~?タっちゃん?」


 うるさい…この声は夏美の奴か。

 さてはまた合い鍵で侵入して来やがったな…。

 つか俺の事をタッちゃんって呼ぶな。


「…あ?…お前何人の部屋に入って来てるんだよ?俺の眠りを妨げると言う事はどういう意味か分ってるよな?テメェ頭出せや、唯一の楽しみ奪いやがって」

「まっ待って!部屋に勝手に入ったことは謝るから!それよりこれ見て!あとこ!」


 夏美の奴が勢いよく見せてきた物、それは女性物の下着。

 ふむ、まさにこれは真珠のような純白のレース、これなら一千万はくだらないって違う!

 コイツはなんて物を見せつけてくるんだ!?

 つか誰の下着だよ!?明かにお前の物じゃないだろ!?


「返品するなら自分でしてこい、俺が行っても怪しまれるだけだろ」

「違うの!私のじゃないし、間違って買ったわけじゃないの!タクの部屋に脱ぎ捨ててあったからの!てかこれはどういうことなのよ変態!」


 このバカ、部屋の中でヒステリーを起こすんじゃ…は?

 夏美が放った言葉。

 俺の部屋に脱ぎ捨ててあった…だと?

 落ち着け…落ち着くんだ俺。

 頭を冷静にしろ、目の前にある純白の下着に惑わされるな。

 てかこの下着、ブラの方かなりデカくね?かなりデカくね?

 俺は男だから女性物の下着は知らない、実際はこれが平均という。

 いやない、絶対にな…。

 俺の脳内にある人物が脳裏を通過したが、あの人は今。

 この日本には居ない。

 だからあの人はあり得ない。


「誰連れ込んだのよ!?答えなさいよ!?隠しても無駄なんだから!ベッドが盛り上がってるのが証拠よ!そこに連れ込んだ女を隠してるんでしょ!?出てきなさいよ泥棒猫!」


 お前は俺の彼女気どりか!?

 それよりも、夏美が言うとおりベッドがやけに盛り上がってる。

 まさかとは思うが、俺が誰かを連れ込んだのか?

 ありえない!俺は二次元だけを愛してる!

 真射子こそが俺の女神だ!

 なのに…なのに!何故!?

 俺は自問自答をしながら、恐る恐るシーツを捲り上げた。

 そこには二段重ねの巨大なバニラアイスがあった。

 巨大なバニラアイスは膨らんだり、元に戻ったりを……なんだこれ?


「………俺…ついにどう」

「出て行きなさーい!」


 夏美に部屋を追い出された。

 どうしよう…俺暑いからパンツ一枚で寝てたんだけど。

 部屋の鍵は…掛けられてる。

 終わった、俺の人生終了のお知らせが来てる。

 なんでパンツ一枚で放り出されるんだ…つかあれ、よく考えると先輩だったよな?

 あの胸と金髪からして先輩だよな?

 なんで俺の部屋で、裸で寝てるんだ?


「頭が混乱してきた…何?俺ついに一線越えたの?俺記憶が一切ないんですけど、大切な経験を忘れたって事か?あれ?俺いつ先輩に会ったんだ?昨日は夏美が途中で寝たから部屋に運んで…」

「何独り言してんの?流石に引くんだけど…もう良いから入って、あのビッチを叩き起こしたから」


 夏美の指示の元、部屋に戻ると涙目で頬を張らした先輩が正座していた。

 服は夏美が着せたようだ。

 夏美と先輩、お互いに睨み合っている、火花が飛びそうな勢いだ。

 これが、泥沼展開ってやつか。


「んで?なんでタクの部屋にアンタが居るわけ?それも裸でベッドに侵入して」

「君に話す理由はない。柘魔、迷惑だっただろうか?これは友情の証として」


 どこの世界に友情の証として、異性のベッドに裸で潜り込むんだよ?

 セ○レか?セ○レなのか?セ○レのつもりなのか?


「はぁ!?なんで友情の証に男のベッドに忍び込むのよ!?このビッチが!」


 夏美が平手打ちをしようとした瞬間、先輩が勢いよく立ち上がった。

 二人の伸長差は、完全に先輩の方が高い。

 夏美が立ったとしても、先輩の胸元辺りにしか顔が来ないわけなのだが。

 ここである意味、奇跡と呼べる事が起った。

 先輩に繰り出された平手。

 それは立ち上がった先輩の胸へと辺り、もの凄くいい音と同時に胸物のボタンが吹き飛んでいく。

 あくまで俺の憶測だ、あのボタンは夏美の爪が引っかかり吹き飛んだに違いない。

 だってアイツ、ネイルに拘ってるから爪が若干だが長い。


「私の大切な軍服が…なんてことをしてくれるんだ!?これは母が軍人時代に愛用していた物なんだぞ!それに私の頬を打った挙げ句に胸にまで傷を着けて…許さん!」

「上等よ!長年タクとプロレスごっこで鍛えてきた私に勝てると思ってるの?こう見えても私って結構強いんだから、そんじゃそこらのいじめっ子なんて返り討ちよ!」

「そろそろいい加減にしろよ、近所迷惑を考えないと追い出すぞ、つか今すぐ追い出す」


 睨み合いを続ける二人。

 俺は二人を掴み上げ、部屋から引きずり出そうとしたが、返り討ちにあった。

 夏美による平手打ちと引っ掻きの連撃に負けてしまった。

 先輩は心配してか介抱してくれたのだが、突然俺の額の髪を捲り上げる。


「この傷…柘魔、この傷は一体?」

「タクの額にある傷は小さい頃に負った物よ、喧嘩が強くてよくいじめっ子から狙われてたんだけど、返り討ちにしてたら」

「それ以上言うな!ガキの頃に事故で負った傷ですよ…自転車で転んだ時についた傷…とりあえず今日のところは帰ってください…後で連絡しますから、夏美も一度部屋に戻れ」


 先ほどまで騒がしかった部屋は静まりかえり、重い空気が漂い始めていた。


「でも…タク、私」

「いいから一人にしてくれって言ってんのが分かんないのか!?」


 いつ以来だろうか、いや、初めてかもしれない。

 夏美に対して、怒鳴り声を上げたのは。

 いつもなら軽く言うだけだ。

 だが今の俺には、そこまでの余裕なんて無かった。


「……すまない事をした」


 一言残して、先輩は静かに部屋を出て行った。

 ただ夏美がその場にとどまる。


「…ごめんね、でも、悪気があったわけじゃ」

「覚えてるだろ?俺が普段前髪を伸ばしてる理由、この傷が出来た本当の事を…俺はあの時の事を思い出す度に、自分自身に対して苛ついてくるんだよ」


 俺自身の額にある傷、まだ怪獣と呼ばれてた時に付けられたものだ。

 当時、俺はかなりの悪ガキで通っていた。

 歳上のガキ大将だろうが、部下を引き連れてる奴だろうが、問答無用で喧嘩を受ける。

 戦いにルールもクソも関係ない、だからこそ怪獣という名前がついた。

 相手を泣かせるなんて日常茶飯事。

 噛みつき技なんて頻繁に使う。

 俺が敵と認定した相手には、躊躇無く全力の蹴りを入れてた。

 その名も「テールキック」、足を尻尾技に見立てての攻撃。

 俺が一番得意とする技で、今でも浩寺はこれを恐れてる。

 この技の餌食になって泣いた野郎は数知れずだ。


「覚えてるに決まってるでしょ…学校のいじめっ子達が、私を階段から突き落として…そのまま病院に運び込まれたんだよ、三日間ずっと目を覚まさない私を心配して、タクは毎日お見舞いに来てくれてたし、ずっと手を握っていてくれた」


 俺はあの時、夏美を助けられなかった。

 よりにもよって、喧嘩をしている間に夏美を狙って来やがった。

 喧嘩の最中に夏美を階段から突き落としたと叫ぶ奴が一人、そいつに気を取られている間に。

 俺は、家から釘を持ってきた奴に額を斬りつけられた。

 傷自体は少し深かった物の、俺にやられた相手の方が重傷になっていたかもしれない。

 なんせ、血が目に入って視界が奪われてたんだ。

 それに夏美の事も心配過ぎて、手加減なんて出来なかった。


「いつも私を助けてくれるのはタクだった…お父さんとお母さんが仕事で居ない日も、側に居てくれて、一緒に過ごしてくれた…どんなに辛い時でも、私を支えてくれたのはタクだったんだよ…」


 そういや…夏美に初めて会ったのは、コイツの両親が海外出張で不在になると言う事で預かる事になった。

 丁度あの時は、こっちの両親も仕事で同じく海外に行っていた。

 当時、俺の世話の事を世話してくれていたのは五歳上の実姉。

 俺も出来るだけ、姉の手伝いはしていた。

 理由は簡単、姉が怖かったからだ。

 俺が凶暴になった理由の一つは姉の影響が強い。

 俺が怪獣と呼ばれるのに対して姉は昔、周りから悪魔と呼ばれて居た。


「今でも感謝してる…タクと秋恵(アキエ)さんに……感謝しても仕切れないよ」

「…俺は出来るだけの事をしただけだ…姉貴もそう言ってただろ…それに、元々は俺が原因だ…さっきは怒鳴って悪かった」


 もう少し冷静になれないものか。

 性格が荒っぽい所は自覚してる、短気だと言うところもだ。

 昔に比べれば、大分落ち着いた方だろう。

 俺が落ち着いた一番の理由、友人を危険に晒した事。

 あれが原因で姉貴からフルボッコにされた。

 自分の身はいくらでも傷つけても、痛いのは自分だけだ。

 だがそれで起る被害も考えろと、周りに起る被害もしっかりと考えろと。

 まさに、その通りだ。

 俺は真の大馬鹿野郎だって、気づかされた瞬間だった。

 以来俺は、むやみに意味がない喧嘩をする事はしなくなっていった。



 あれから二時間程経ち、俺も大分冷静になってきた。

 正直言うと、あの時に見た先輩の裸が脳裏に焼き付いてやがる。

 普段は制服でそこまで気づいていなかったが、先輩の巨乳を甘く見ていた。

 あれはグラビアも顔負けするレベル。

 とても巨大であり神々しかった、正直本物か疑いたくなる位に。


「ハァ…連絡取るか」


 かなり気が重い。

 あんな状況になったんだし、仕方がないか。

 先輩が部屋に侵入した方法には驚かされた、まさか窓をガラスカッターでこじ開けてくるんだもんな。

 どうりで風が入ってくるわけだ。

 後で修理代請求しないと。


「なんて連絡をすればいいんだよ」


 悩み続けるものの、全然思いつかない。


「参ったな…本当に…電話?こんな時に誰だよ」


 手に握っていた携帯が鳴り始めた。

 画面には真手場狂子と表示されてる、タイミング的には素晴らしいって所か。

 俺は先輩からの電話に出た。


「…もしもし」

「良かった、出てくれないんじゃないかと心配になっていたんだ」


 電話の向こうから聞こえてくる声は、とても陽気な物だった。

 暗いわけでもなく、落ち込んでいるわけでもない。

 ただただ、いつも以上にテンションが高い。

 その声を聞いて、どこか安心している俺がいた。


「先ほどは本当にすまない事をしてしまった、今は電話で話しているが、謝罪を受け取ってほしい」

「いえ、俺の方こそさきほどは大声を出してしまいすみませんでした…本当なら俺の方から連絡をするべきだんですが」


 先輩に気を遣わせてしまった。

 本当に俺は、大馬鹿野郎だ。

 何故にメールをしようとしたのか?

 普通に電話をすれば良かったのではないか?

 とてもシンプルで、誰にでも分る事なのに。

 どうして思いつかなかったのだろうか?


「先輩…今から、会うことは出来ますか?」


 自然と口から現れていた言葉。

 理由は二つ。

 一つは、先輩に直接謝罪をしたかった。

 二つ目は、どうして先輩があのような行動に走ったのか。

 真実が知りたい。


「一度窓の外を見てみると良い。今、私には浮かない顔をした男が一人、携帯を片手に耳にあてているのが見えるよ」


 ゆっくりと窓の方を向いた。

 俺の視界には、無邪気な笑顔を浮かべる先輩、真手場狂子が写り込んで来た。


「なにしてんですか…?ここは…六階ですよ」

「フッ…六階だろうと十二階だろうと、私にとっては準備体操にすらならない、何よりこれを使ったのさ」


 先輩の手に握られていたのは、ツメが着けられた独特な銃。

 一瞬は水中銃かと思ったが、ここまで登り切ったアイテムと言えば、フックショットで間違い無い。

 昨晩もこれで侵入してきたんだろう。

 とはいえ、女性を外に待たせるのは良くない。

 もし真射子が現実に居たなら、幻滅されるだろう。


「入ってください、今珈琲を入れますね」

「悪いな、気を遣わせてしまって…やはり君の部屋は落ち着くな…不思議と居心地が良い」


 居心地が良いか、ただのオタク部屋だってのに。

 本当に不思議な人だ。

 普通だったら激怒する行為なのに、どうしてか怒れない。

 いや、怒るには怒れるのだが、理由は分らない。

 俺は何故に起る事が出来ないのだろうか?

 相手が先輩だというのが原因か?

 だが人は普通に怒れるはずだ、特に俺はもの凄く短気な性格をしている。

 そんな短気野郎が珈琲を入れるか、ある意味お笑いだ。


「珈琲をどうぞ、それから…すみませんでした」

「君が謝る必要はない、全面的に悪いのは私の方だ」


 珈琲を口に含み、一息をつくと、先輩は真剣な顔を向けてくる。


「深夜、君の布団に潜り込んだ理由を話す…アレは私の母からのアドバイスで、気に入った男には友情の証として裸でベッドに潜り込むのが良いと言われたのだが、間違っていたのだろうか?」


 思いっきり間違いですよ、むしろ間違いでしかない。

 つか先輩のお母さんの方がビッチじゃねぇか!?

 なんてことを高校生の娘に教えてるんだよ!?

 どうして友情の証に、異性のベッドに裸で潜り込むんだよ!?


「えっとですね、とりあえず先輩は女の子なんですから、自分の体はもう少し大切にしましょう」


 ああ駄目だ、先輩の顔が全然理解してない。

 とういか、普通なら気づくはずだろうに。

 もしこれおやっていたのが俺じゃなかったら…本当に俺で良かった。

 だが、先輩はある意味危機感が無さ過ぎる。

 このままでは、とても危ない自体にまで発展しそうだ。


「私は、そんなに危ない事をしていたのか?」

「危ないと言いますか、まぁ危ないと言えば危ないですけど…いいですか?男性の前で裸になるのはやめましょう、恥ずかしくないんですか?」


 少しでも期待をしてみたものの、駄目そうだ。

 先輩からは恥じらいらしき物は感じ取れない。

 むしろ胸を張ってるから、フリーダムって感じでいいのか?

 本当にどうしようもない人間ってのは沢山いる。

 俺だってそうだ、何人、いや何十人も怪我はさせてるかもしれない。

 人間誰かしら、そういう面はあるだろう。


「何かゲームでもしますか?先輩の好きそうなのならいくつか…どうしたんですか?」

「柘魔。この写真に写っている女性は一体誰だ?もの凄く浸しそうにしているのだが」


 先輩が手に持っている写真、姉貴と一緒に撮影した最後の写真。

 姉貴は高校を卒業して、直ぐに海外へと就職した。

 理由は両親が働いている子会社に入社したから、姉貴自体が元々頭が良かったのもある。

 それで、両親が姉貴を紹介した事で入社が出来たと聞いている。


「とても優しそうな女性だ、隣に移っているのは…名前が思い出せない」

「隣のは夏美ですよ、そんでこれは俺の五つ上の姉貴です、親父達と同じくアメリカの方に仕事で居るんですよ…姉貴が海外に行く前に記念で撮影した写真です」


 驚いた表情で写真を見比べ始める。

 写真を見てから、俺の顔を見つめてまた見直す。


「お姉さんが居たのか…やはり寂しくは感じるものか?」


 寂しく感じる…それはないな。

 どちらかというと、安心出来た。

 姉貴は怖い面がかなりあるが、問題は異常に過保護な面も多いところだ。

 小さい頃から両親は共働き、故に姉とは基本的に二人暮らしを強いられてきた。

 途中で夏美が加わり三人に増えた、だが相変わらず姉貴は凄かった。

 実際、色んな所で伝説を残してきたからだ。


「たまにですけどね…毎週手紙を送ってくるんですが、必ず写真まで同封してくるんですよ」


 必ず自取りを写真同封、それも妙にセクシーな服を選んでくる。

 一体何がしたいのか理解出来ないが、正直写真が溜っていくから困るんだよな。

 姉貴の性格からして、捨てたらブチ切れられる。

 更に夏美も楽しみにしてるのも厄介だ。


「良いお姉さんじゃないか、毎週手紙を送ってきてくれるなんて」

「返事を書くのも大変なんですよ、姉貴は勉強の為に全部英語で書けと強制するんで…どうします?まだまだ時間があるんですけど、ネカフェに行ってみます?」


 今日は元々ネカフェに行く約束をしていた。

 約束はしっかりと守らないといけない、特に先輩は楽しみしていたから。


「良いのか?私と一緒に行ってくれるのか?」


 心配そうな顔を向けられると、なんか悲しくなってくる。


「何言ってるんですか、行かないなら言い出したりしませんよ」

「…君には感謝してもしきれないな、それじゃ遅くなる前に行こう」


 着替えをしている間に、先輩には部屋から出てもらった。

 流石に目の前で着替えるのには抵抗がある。

 といっても、何を着ていくか決まらない。

 いつものジーンズとタンクトップ、それからパーカーで良いか。

 着替えも終わり部屋を出ると、夏美と浩寺までもが外で待機していた。


「またそうやって黒い服選ぶんだから、前に一緒に選んだパーカーあったでしょ!あれ着なさいよ!」

「あんな真っピンクなの着れるかよ、派手すぎて落ち着かねぇんだよ、つか背中の文字だせぇからやだ」

「確かにアレはないな「please kiss me」なんてどこの罰ゲームだよ、着てこい春魔」


 浩寺の野郎に茶化されるも、俺はあのパーカーは着ない。

 てかあれ?なんか先輩の顔が暗い。

 暗いと言うか、期待外れと言ったような顔をしてる?


「どうしたんですか先輩?さっきと違って凄く暗い顔してますけど」

「いや、私の中にある、オタクのイメージと違っただけだ」

「もしかしてあれですか?チェックのTシャツにバンダナとリュックとか?」


 一気に先輩の顔が明るくなる、図星かよ。

 てか俺になんて期待してるんだよ、俺そんな恰好した事ねぇよ。

 それよか逆に珍しいんじゃねぇの?

 まぁ、このパーカースタイルを変える気はない。


「先輩先輩、春魔の奴に期待しないほうがいいですよ、コイツにとってこの恰好は、ある意味アイデンティティーなんすから」

「よし来い浩寺。今からテメェのケツをサンドバックにしてやるから、なぁに安心しろよ、蹴り技しか使わねぇって」


 青ざめる浩寺、嫌なら最初から言うなってんだ。

 本当に学習しねぇ奴だ。

 これで成績上位に居るのが不思議な位だぜ。


「やはり強いのか?柘魔はやはり強いのか?」

「浩寺、後でドーナツクッション買おうね」

「いや助けろ!コイツを止めろ!殺される!俺嫌だぜ!ケツを蹴り続けられて殺された有名人なんてお断りだ!」


 二人に助けを求めている間に、一発目を決める。

 悶絶して倒れ込む浩寺に俺は、更に追い打ちを掛ける。

 最初にダメージを与え、後からジワジワとダメージを与えていく。

 蹴りのラッシュを続けていると、流石にヤバいと思ったのか夏美に抑え込まれてしまった。


「良いところなんだから止めるなよ」

「これ以上やったら、浩寺がドMに目覚めちゃうからそこまで」


 少しスッキリした。

 若干ストレスが溜ったから丁度発散された感じか。

 周りからなんと言われようと、俺は一切謝る気はない。

 多少トラブルがあった物の、先輩を連れてネカフェに到着した。


「ここが…あのネットカフェか…感動だ!」


 店内を見て回り出す先輩。

 俺と浩寺は先に部屋を確保する事にした。

 出来るだけ、四人が固まった位置が良いだろう。

 離れすぎない程度に保つ。

 そうでもしないと、先輩と夏美が心配になる。


「柘魔!部屋に入ろう!私達はここにしようじゃないか!」

「先輩、一応はここ一人部屋ですよ」


 あ、凄いショック受けた顔してる。


「だっだが!詰めれば一緒に入れそうじゃないか!?柘魔が椅子に座って、私が君の上に座る、これで解決」

「解決してないから!なんでアンタが柘魔の上に座るわけ!?そんな事したら!柘魔が潰れる上に胸で窒息でしょうがこの化け乳女!そういうことは私みたいなスレンダーな女が」

「お前はスレンダーどころか、ただ単に胸がないだけだろ」


 夏美から放たれる、高速ストレート。

 それは見事に浩寺の頬を撃ち抜いた。

 俺はこの技に名前を付けることにしよう。

 その名も「夏の拳銃」(サマー・リボルバー)と。

 しかし、根本的にどうしたものだろうか。

 先輩は同室を求めてくる。

 それを夏美が阻止しようとしているのだが、妙に視線が怖い。


「だったら先輩は椅子に座ってください、丁度座敷なんで俺が縮こまって座れば解決ですよ、俺は適当に漫画探してきますから」


 正直、夏美と二人っきりの個室に入れられるくらいなら、こうした方が断然マシだ。

 アイツ、絶対に俺をパシリに利用しそうだしな。



 漫画コーナーをうろついて十分くらい経った頃だろうか。

 正直言って、何を読もうか迷っている。

 真射子は確定なのだが。


「畜生…よりによって一番好きな六十九巻が貸し出し中だと」


 真射子と真射子に好意を抱いている既婚上司とのやりとりが、本当に最高なのに。

 やはり、この店には同士が居るということなのか?


「ふんーっ!んーっ!やっぱり駄目!取れなうええ!?」


 隣から声が聞こえてきたと思えば、気づかぬ間に踏み台が置かれてる。

 しかも面白い事に、丁度見上げた瞬間にだ。

 踏み台に乗っていた少女がこちらに倒れてきてる。

 なんて少女漫画だよ、俺あんま少女漫画とか読まないんだけどよ。

 この先の展開は、大体の予想が出来る。

 俺が受け止める、あるいは下敷きになるかだろうな。

 正直言うと背を向けて倒れてくれるなら、まだ受け止める事が出来る。

 むしろその方が自身はある。

 なのに…どうして…こっち側向くんだよ。


「どいてください!危ないです!」

「避けろって…真横に居る奴に無茶言うんじゃねぇ!」


 大きい音を立て、俺達は倒れ込んだ。

 見知らぬ少女の下敷きになるが、体を鍛えていたのは正解だったと実感した。

 なにより一番の幸運は、この少女が巨乳であるから衝撃が吸収されたようだ。

 重さ自体はかなり伝わってくるのだが、それ以上に女に乗っかられてるのが、なんとも言えない。


「怪我はないか?足とか挫いてないか?」

「すっすみませんでした!すっ直ぐに退きます!」


 俺の上から退いた少女は、その場にへたり込んでしまった。

 驚いたのは、俺と同じように少女が黒いパーカーを着ていた事だ。

 たまたま同じ恰好をしていたのかもしれない、ただ服のメーカーも同じと言う点にも驚かされた。

 俺が普段愛用しているパーカーは、かなりマイナーなメーカーであまり知っている者がいない。

 ある意味では奇跡と言える。


「あの、お怪我とかはありませんでしたか?下敷きにしてしまいましたしもしかしたら骨折とか」

「別に問題ない、本棚から飛び降りてきたならまだしも二段から落ちた程度で折れることはないさ」


 手を貸して起こしてやると、俺はあることに気づく。

 踏み台が壊れている。

 それも支えの方からバキッと行ってる、古かったのか。

 後で店にクレームを入れておくか、今回は俺だから良かったが、子どもだったら怪我してたぞ。


「ちょっと蘭華!大丈夫っすか!?今もの凄い音がしたっすけど…ああ!二年の春咲先輩じゃないっすか!?これは特ダネってカメラを個室に忘れてきた!なんたる失態っす!蘭華!先輩を捕まえて置いてくださいっす!私はカメラを取ってくるっすから!」


 騒がしい奴だなおい!

 …あれ?さっきアイツ、俺の名字知ってなかったか?

 それでいて、俺の事を先輩とか呼んでいなかったか?

 つまり後輩に当たるわけか。


「怪我がないなら行っても大丈夫か?その踏み台の事も店に言わないといけないから」


 少女はうつむきながら、静かに頷いた。

 俺は店員にクレームを付けた後、先輩のいる個室に戻る。

 あの少女に配慮して、俺はあえて、自分が乗ったら壊れたと話す事にした。

 どうせ誰が乗っても壊れてただろう、俺に変えても別に問題もないだろうしな。



ネカフェで出会った二人の少女。

一人は柘魔を先輩と呼び、カメラを取りに行くと行ってしまった。

彼女達の目的は一体。

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